「え、もう私は独身だけど。支払いは愛人に請求しておくね」…

「え、もう私は独身だけど。支払いは愛人に請求しておくね」...

デパートで買い物をしていた私は、ある光景に足を止めた。ベビーカーを押す仲の良い夫婦が、互いに褒め合っている。幸せそうで、微笑ましい。けれど、その夫の顔を見た瞬間、私の頭は真っ白になった。

私の夫、ユウイチだった。

「かわいい赤ちゃんですね」

私は唐突に声をかけた。夫は私を見て、今まで見たことのないような表情を浮かべる。隣にいた浮気相手は、にこやかなままだ。彼女は私が妻であることを知らない。でも、私は彼女のことを知っている。それはまだ黙っておこう。

「ありがとうございます。今、主人に似てかわいいねって話してたところなんですよ」

浮気相手がそう言う。心の中で嘲笑しつつ、私は夫を見た。

「な、なんでお前がここにいるんだ?」

夫はそう言うのがやっとで、私の様子を伺っていた。そんな私たちを見て、浮気相手が疑問を抱く。

「あれ?ユウイチさんのお知り合い?」

「え?ああ。いやいや、知らない。知らない」

あなたが私を知らないというのなら、私も他人のふりをすることにしよう。そして、そのまま地獄に叩き落としてあげるわ。怒りを抑えるように自分に言い聞かせ、私はにこやかに表情を作って口を開いた。

「本当は今日、夫との結婚記念日で旅行する予定だったんです。それなのに夫は急な出張でドタキャンしちゃったので、気分転換にちょっと遠出をして、景色を写真に撮ろうと思ったんですよ」

「まあ、そうだったんですか」

「はい。外で写真を撮っていたらお腹が空いてきて、ちょうどいい時間だったので食事をしようと思ってここに来たんです」

「へえ、そうだったんだね」

何とも白々しい反応だった。夫は浮気相手にバレてはいけないと考えているのだろう。目のやり場に困りながら、なんとかごまかそうと必死の様子だ。そんな夫に目もくれず、私は名刺を取り出して浮気相手に渡した。

「申し遅れました。私はこういうものです。一応プロのカメラマンをしているんですよ」

「あ、ご丁寧にありがとうございます。へえ、カメラマンさんなんですね」

「はい。それにしても、とっても仲のいい夫婦で羨ましいですね」

浮気相手は私がカメラマンであることに興味津々で、名刺を受け取ってくれた。そして、何も知らない彼女は平然とした顔で口を開いた。

「それにしても、結婚記念日をドタキャンするなんてひどいですね。信じられないわ」

「ええ、本当に。仕事だから仕方ないとは言っても、やっぱり寂しいものですね」

「あ、ああ……」

浮気相手にはバレないように、チラチラと夫に視線を送って無言の圧力をかけ続ける。夫は何か言いたそうではあるが、うまく言葉を発することができないでいた。ここで私は次の行動に移す。

「すみません。お二人がとても素敵な家族に見えまして、よろしければ記念写真として撮影させてもらえないでしょうか?」

「え?」

突然の私からの提案に、夫は戸惑い驚きの声をあげていた。そんな夫をよそに、浮気相手はというと、

「へえ、本当ですか?嬉しいです。プロのカメラマンの方に撮ってもらえるなんてラッキーだったわね。ユウイチさん」

「え、あ、ああ、そうだね」

「あれ?ユウイチさん、浮かない顔してるけど、どうしたの?別に写真が嫌いなわけじゃないわよね?」

「い、いや、なんでもないよ。そうだね。撮ってもらおうか」

夫としては何とかして断りたかったことだろう。だが、下手に断ると理由を話さなければいけなくなってしまう。私のことがバレると困るので、それは避けたかったのだろう。表情を引きつらせながら、撮影を了承したのであった。

「それじゃあ、撮りますね。はい、チーズ」

私は夫と浮気相手、そして赤ちゃんの写真を撮影した。笑顔の浮気相手とは対照的に、夫は表情を作るのに精一杯の様子。そして何枚か撮影したところで、その手を止めて口を開いた。

「ありがとうございます。いい写真が撮れました」

「こちらこそありがとうございます。ユウイチさん、よかったわね」

「あ、ああ。写真が出来上がりましたら連絡しますね。それじゃあ、失礼します」

そう言って私は夫と浮気相手から離れ、その場を後にした。

それから数時間後のことだ。私は自宅に戻り、部屋でゆっくりしていると、一本の電話がかかってきた。

「あ、エミか。あのさ、さっきのことなんだけど、違うんだ。決して浮気とかじゃないんだよ」

よっぽど焦っていたのだろう。私が突っ込むまでもなく、夫は「浮気」という言葉を口走って言い訳を始めたのであった。

「さっきのことって、何かしら?仲良さそうな家族に会って、旦那さんはユウイチにとても似てたけど、他人の空似だと思ってたわ。そうじゃなくて、本人だったのかしら」

「あ、えっと、でも、あれがユウイチだったなら、浮気じゃないなんてことはないわよね。どういうことかしら?」

「いや、浮気なんかしていない。レイカとはそんな関係じゃないんだよ」

「あんな可愛い子供までいるのに、そんな関係じゃないなんて、簡単に信じられるはずないじゃない」

「そんなこと言わないでくれよ。あ、そうだ」

夫は必死に言い訳をし、浮気を認めるつもりはないようだ。すると何かを思いついたかのように、浮気相手との関係について説明を始めたのである。

「レイカは学生時代の後輩なんだよ。大事な相談があるからどうしてもって頼まれてさ、本当に仕方のないやつなんだよ」

「仕方のないのはどっちだろう?それに、こんな日に会いに行くことはないでしょう。相談に乗るために出張だと嘘をついて、記念日の旅行をドタキャンしたの?そんなに大事な人なんだ」

「あ、いや、その……」

私の言葉に、夫はどう答えたらいいのか分からないようだ。とても困惑し、うまく言葉が出てこない様子。そんな夫に構わず、私はさらに話を続けた。

「それに、レイカさんとの関係が浮気じゃないなら、あの赤ちゃんのことはどう説明するつもりなの?傍から見ても、仲のいい親子三人家族という感じだったけど」

赤ちゃんのことを尋ねられると、さすがに夫も困るであろう。そう思ったのだが、少し考えた後で夫は話し始めた。

「あの子はレイカと元旦那との間にできた子だよ。離婚後があまりにも大変そうにしていたからさ。順番になって相談に乗っていたんだよ」

「ふうん」

とりあえず、そういうことにしておいてあげるか。あえて反論などせず、聞き流す感じで返事をした。すると、

「分かってくれたか、よかったよ」

反論をせず聞き流して返事をしたことで、夫は分かってもらえたと勘違いしたようだ。それもあってか、落ち着きを取り戻したかのような様子で言葉を続けた。

「まあ、とりあえず話は帰ってからしようぜ」

「そうね。分かったわ」

そしてそのまま電話を終えたのだった。

「さてと。ユウイチが帰ってくるまでに、準備を進めないとね」

電話を切った後、私はすぐに行動を開始したのであった。

数時間後に夫が帰宅し、私に向かって声をかけてくると、夫はあんぐりと口を開けて固まってしまった。なぜなら、そこにいたのは私だけではなかったからだ。

「よくもまあ、あの子のことと帰って来られたものだな」

「本当にそうね。あんたがそんなにバカだとは思わなかったわ。この一族の恥晒し目が」

そこには私以外にも、義両親や夫の親族が集合していたのだった。

「父さんに母さん、それにおじさんたちまで集まってどうしたんだ?それに、恥晒しって何を言ってるんだよ」

「それよりも、他に言うことがあるんじゃない?」

義両親たちがいたことや、みんなの話を聞いて夫はとても困惑していた。義両親たちの方へ向いていたが、私が声をかけると思い出したかのように口を開いた。

「出張だと嘘をついて旅行をドタキャンしたこと、本当にごめん」

「レイカさんとのことには触れないのね」

旅行がドタキャンされたことは確かに残念ではあるが、浮気相手のことに何も触れないのはおかしい。そう思ったので、私は夫に対して返答した。

「あなたにとって、レイカさんとの浮気旅行の方が大事だったんだもんね」

「え?」

私が話すと、夫は驚きの声をあげた。私に分かってもらえたと勘違いしていたので、その発言が信じられなかったのだろう。

「何を言ってるんだよ。電話でも言ったけど、レイカは学生時代の後輩なんだよ。浮気なんかじゃないんだって」

そう言って夫はみんなの前で必死になって否定した。そして義両親の方へ目を向けて口を開いた。

「父さんとお母さん、それに、俺のことを信じてくれるよな?」

義両親なら味方になってくれると思ったのだろう。目で訴えながら声をかけたが、夫の思い通りに行くはずもなく。

「そんな言い訳が通用すると思ってるのか、このバカ息子」

「お父さんの言う通りよ。ちゃんと正直に話しなさい。嘘をつくなんて本当にけしからん。エミさんに悪いと思わないのかよ。全く」

みんなが口を揃えて私の味方をしてくれ、夫のことを糾弾した。夫はその様子が信じられないといった様子で焦りながら口を開く。

「みんなして何を言ってるんだよ!本当に浮気なんてしていないんだ!信じてくれよ!」

夫は必死の様子で浮気をしていないと否定し、周りに訴えかけていた。だが、全く効果が現れることはない。それにも理由があった。

「お前はこれを見ても、そんなことが言えるのか?」

「え?」

義父の一言を皮切りに、義母や他の親族も一斉にスマホの画面を夫に向けて掲げた。その写真に映し出されていたのは、夫と浮気相手と赤ちゃんの画像だった。

「なんでみんなしてそんな画像を持っているんだ?」

夫は疑心暗鬼にかられた様子で口を開いたので、理由を答えることにした。

「あなたたち三人の写真を撮っていた時、カメラだけでなくスマホでもこっそりと撮影していたのよ。それで、スマホで撮ったものを親族全員に送っていたの」

「そんなの、いつの間に……」

夫は私の言葉にまた驚き、頭を抱えて考え始めた。義両親たちが集まったことが、その写真のせいだと理解したようだ。少し考え込んだ後、夫は再び口を開く。

「全く困るよ、エミ。そんなことをする前に、ちゃんと俺の話を聞いてくれなきゃさ。浮気なんかしていないのに、でっち上げるような真似をしたら、みんなに迷惑がかかるじゃないか」

この後に及んで浮気を認めようとせず、それどころか私を悪者にする発言に、本当に呆れてしまった。もう、はっきり言ってやらないとダメね。これ以上は義両親たちにも迷惑をかけられない。私は夫も知らない真実を突きつけ、勝負に出た。

「ねえ、ユウイチ。私がデパートであなたとレイカさんに会ったこと、本当にただの偶然だと思ってる?私はデパートであなたたちと会う前から、浮気を疑っていたわよ。私との旅行のドタキャンが、レイカさんと会うためだったってことも知っていたわ」

「なんだって?どういうことなんだ?」

「あなたたちを尾行していたのよ」

「は?なんでそんなことをするんだよ。ふざけるな」

「これを見ても、そんなことが言えるかしら」

そう言って私は分厚い封筒を取り出し、夫に突きつけた。そして、その中身をばらまき広げると。

「こ、これは……なんてことなの?」

そこには、夫の浮気の証拠として十分なものが山ほどあったのだった。

「なんでこんなものが……」

「さすがにもう、言い逃れはできないわよね」

私がそう話すと、夫は愕然としていた。そんな夫に対して、義両親からの叱責が飛ぶ。

「このバカ息子が。お前は一体どこまでエミさんを苦しめたら気が済むんだ」

「お父さんの言う通りよ。本当に情けない。あきれ果てたわ。お前はエミさんがどれだけ子供のことで悩んでいたのか知らないのか?エミさんとの子供のことをちゃんと考えないで、よその女の人と子供を作るなんて、本当に情けない」

実は私たち夫婦の間には子供がいない。私は子供を望んでいるのだが、夫は非協力的だった。そのことに悩んでいた私に、義両親は二人とも優しく相談に乗ってくれていた。浮気だけでも許されないことだが、子供のことで悩む私を騙し、他の女性と子供を作ったとなれば、義両親が大激怒するのも無理はないだろう。

「子供を作ったこともそうだが、現場を見られた後のお前の態度も許せんぞ」

「本当にそうよ。言い訳ばかり並べても、始まらないったらありゃしない。これはお前の両親だけの意見じゃない。親族一同の総意でもあるんだからな」

義両親に親族も加勢して、夫に言葉を浴びせ責め立て始める。そんな中、夫が次に取った行動はといると。

「はあ。もういいか」

軽くため息をついて呟いた後、夫はとんでもないことを口走ったのである。

「ああ、もう全部バレてるから、何を言っても無駄なようだな。あの通り、俺は浮気してたよ」

夫は完全に開き直ってしまったのだ。

「貴様!その態度は何だ?いい加減にしろ!」

夫の態度に、義父の怒りは我慢の限界を超える。今にも掴みかかっていきそうな勢いだ。

「お父さん、落ち着いてください。とりあえず、ユウイチの話を聞いてみましょう。私は大丈夫ですから」

「そうか。エミさんがそう言うなら」

そうして義父をなだめて落ち着かせると、今度は夫に向かって口を開く。

「それで、何なのかしら?思うことがあるなら、ちゃんと話してくれないかしら?」

私がそう言うと、夫は本当のことを語り始めた。

「まず、エミと結婚したのは世間体のためだよ。俺は元々レイカのことが好きだったんだ。レイカ以外の女性なら、誰でも良かったの。そういうことだな。レイカが他の男と結婚してしまったことだし、あいつ以外の女は誰でも同じなんだ。そんな時にお前は、手頃な感じで結婚するのにちょうど良かったんだ」

「じゃあ、なんで今更レイカさんと浮気したの?私に何か不満でもあった?」

「エミに対しては、何にも不満はなかったよ。ただ、レイカが離婚したって聞いて、乗り換えるチャンスだと思ってな。遅かれ早かれ、とは離婚するつもりだったよ」

「なるほど。そういうことだったのね」

夫の話により、結婚する前から騙されていたと知ったが、不思議と感情的になることはなく、私の心は冷静だった。そんな私に、夫はまたとんでもないことを口走る。

「レイカとのことがバレたとはな。くっそ。もっとうまくやるつもりだったのに、しくじっちまったぜ」

この開き直った言葉に反応したのは、義両親や親族たちだった。

「なんだと?ユウイチ、自分が何を言っているのか分かっているのか?」

「あなたのことは、もう謝ったって許さないわ」

「ふざけるのもいい加減にしろ!」

義両親や親族は大激怒し、次から次へと夫に怒りの感情をぶちまけていた。しかし、私だけは違う感情を抱いていた。

「ふふっ、あはははは!」

「は?何をそんなに笑っているんだ?エミさん、どうしたんだ?」

「こんなことがあって笑ってる場合じゃないわよ。ユウイチのお母さんの言う通りだぞ」

私が急に笑い出し、周りの人は全員困惑していた。夫以外は、私のことをとても心配してくれている。そこで私は大丈夫ですと言わんばかりに目配せして、笑った理由を話した。

「許すつもりはありませんよ。でも、レイカさんの本性を知らないんだって思うと、おかしくなっちゃったんです」

「レイカの本性だと?」

夫は私の発言に、わけのわからないという表情を浮かべた。そこで私は、浮気相手の本性を教えることにした。

「レイカさん、本当は離婚なんてしていないわよ。あなたは騙されているだけなの」

「レイカが離婚していないなんて、何をふざけた嘘ついてんだ」

「嘘だと思いたいわよね。でも、これは現実よ。レイカさんは、離婚したと思わせておいて、あなたのことを騙していたのよ」

「は?俺を騙していた?レイカが俺を騙す必要がどこにある?説明しろよ」

浮気相手が夫を騙していた理由。それはとても単純で簡単な答えであった。

「それは、お金のためよ」

「は?お金だと?」

「あなた、レイカさんのために、高級なブランドものばかり買ってなかった?」

「ああ、確かにプレゼントしたな。レイカに喜んでもらえるためなら、いくらでもするさ」

「その気持ちに簡単に漬け込まれていたのね。可哀想に」

「そんな哀れんだ目で見るな」

「それに、もしレイカが離婚していないなら、お金に困っているわけがない。あいつの旦那、大企業勤めで金持ちだって聞いてるぞ」

「そうね。でも、お金を自由に使わせてもらえなかったみたい。だから、あなたを騙して搾取させようとしたのよ。ちなみに、あの赤ちゃんはレイカさんと旦那さんの子供よ。あなた、言っていたわよね。『あの子はレイカと元旦那の間にできた子だよ』って。私を騙すための嘘だったんでしょうけど、あれ、本当だったのよ。レイカさんは、あなたの子だと言えば、どんどんお金を使ってくれると思っていたんでしょうね」

「そんなはずはない!で、で、でたらめばかり並べるんじゃねえよ」

信じたくないならそれはあなたのだけど。浮気相手の正体について私が知っていることを全て話したが、夫は信じてくれる様子が全然ない。でも、もう信じてもらえなくてもいいかな。今は一刻も早くこの人と離婚したい。私の思いは、ただそれだけだった。

「とにかく、はい。これ、離婚届よ。さっさとサインしてちょうだいね」

「私もお前とは絶縁する」

「母さんもそれでいいな」

「ええ、もちろんそのつもりですよ」

私たちがそう言って夫のことを突き放すが、夫は強がった様子を見せる。

「ふん。そんなもの、いくらでもサインしてやるよ。俺にはレイカさえいれば十分なんだ。お前らのことなんか、こっちから捨ててやるよ。バーカ」

まるで子供みたいなことを口走りながら、夫は家を飛び出して浮気相手の元へと向かってしまったのであった。

その後、夫との離婚は成立して慰謝料も請求した。これで私にも穏やかな生活が戻ってくると思うと安心だ。しかし、しばらく経ったある日のこと、元夫が私の前に現れた。

「エミ、助けてくれ」

「いきなり現れて、何よ?幽霊みたいに」

久しぶりに姿を見せた元夫は、とても焦った様子で顔面蒼白だった。

「お前の言う通り、レイカは離婚してなかった。だが、レイカの旦那にも浮気がバレて、本当に離婚してしまったんだよ」

「へえ。そうなの」

「それで、赤ちゃんはやっぱり旦那さんが。そうだよ。赤ちゃんのことも、お前の言う通りレイカの旦那の子供だったから、親権も旦那に渡ってな。子供を奪われたから、レイカも一人になったんだ」

浮気相手のことは正直どうでも良かったが、しっかり天罰が下ったんだな。旦那さんや子供のことを考えると、むしろ良かったかもしれない。

「それで、どうしていきなり私のところへ来たのかしら?」

「だって、レイカは俺のことを裏切っていたのに、旦那に捨てられると、俺に寄生しようとしてきたんだぜ」

「それがどうかしたの?」

「どうかしたのじゃないよ!あんな風に裏切られたとしたら、さすがに俺でも信じられなくなる。レイカを助けようなんて思えないよ」

さすがに二度も裏切られるのはごめんだから、断っているといったところか。浮気相手も、お金がないなら仕事をすればいいのに。そう思ったので、元夫に聞いてみることにした。

「ちなみに、レイカさんって、自分が働くことはしないの?」

「それがあいつ、まともに働くことができないみたいで、仕事が決まってもすぐにやめちゃって、どうしようもないんだよ。だから、俺のことを付け狙ってくるようになってしまったんだよ」

どうしようもないなんて、元夫も浮気相手のことを言えたものではないだろう。と思ったが、そんなことはどうでもよかった。

「だからさ、エミ、頼むから助けてくれよ」

そう言って懇願していたが、私はそれをもちろん拒否した。

「好きな人に追っかけてもらえて、よかったね」

私はにこりと笑い、元夫を突き放して話を終えたのであった。

それから数年後。

「ご飯できたわよ」

「ありがとう。おお、今日はカレーか」

「パパのカレーはうまいから、ミサも嬉しいだろ」

「パパったら、私よりはしゃいで、子供みたい」

「ミサの言う通りね。いっぱいあるから、ユウキもミサもたくさん食べてちょうだいね」

私は縁あって再婚することができた。子供にも恵まれ、幸せな家庭を築けている。一度目の結婚は失敗してまったが、今の家族なら大丈夫だ。家に飾っている家族写真を見ながら、私はそう思った。

「おい、キョウカ。いい物件が見つかった。両親も同居できる広い家で、二人とも喜んでるよ。五日後に引っ越すから準備しろ。断ったらどうなるか、分かっているよな」

以前から引っ越しの話はしていたが、義両親と同居するなんて。私には寝耳に水だ。でも、私は一切動揺しなかった。

「いつかあれば十分よ。任せといて」

「いい返事だ。まあ、お前は俺がいなきゃまともに生活もできない無能だからな。これからも、俺に黙って従え」

夫はそう言って嫌らしく笑いながら、出張のために家を出ていった。私は夫に言われた通り、引っ越しの準備を始めた。だが、これはただの引っ越しの準備ではない。夫への復讐の準備の始まりを意味するものだった。

毎日毎日、嫌味ばっかりだったわね。でも、それも終わりよ。私は全てを知っているのだから。私の引っ越し作業は順調だったので、五日後、予定通りに物事が進んだ。

「母さん、ここがこれから俺たちが一緒に住む新居だよ」

「おお、立派な家じゃないか。こんないい家に住めるなんて嬉しいね」

「ユウキ、本当にありがとう」

私が一人で新居の前で待機していると、夫は義両親を連れてやってきた。夫は義両親に対し、優しい言葉を投げかけている。とても穏やかな表情をしており、そのまま私の方に近づいて声をかけてくれた。

「キョウカさん、ユウキから話は聞いてるよ。キョウカさんが私たちとの同居を提案してくれたんだとね。君には本当に感謝しているよ」

「お父さんの言う通りよ。キョウカさんだって、仕事が忙しくて大変でしょう。仕事が終わると家で一人だったり夫婦だけだったりで、ゆっくり過ごす時間も欲しいでしょうに。それなのに、私たちとの同居を選んでくれて本当に嬉しいわ。ありがとう」

私はアパレル会社に勤務しており、義母の言う通り多忙である。一人でゆっくりとした時間が欲しいという気持ちは否めない。そのことを義両親も理解してくれている。

「ユキトはあなたのこと褒めてたわよ。私たちと一緒に住んだら、私と一緒に楽しくお買い物をしたいって話してた」

「そうね。わしにはゴルフを教えて欲しいそうだな。ゴルフぐらい、いつでも教えてやるぞ。とにかく、私たちのことも大切にしてくれる嫁さんをもらえて幸せだと、ユキトは本当に喜んでたよ」

「お父さん、お母さん、そう言ってもらえて私も嬉しいです。機会があれば、是非ご一緒できたらいいですね」

夫は義両親にそんなことを話していたのか。二人とも、とても優しい人だ。夫の言う通り、ゴルフや義母と買い物を楽しむ分には全然問題ない。問題なのは、義両親に対する夫の言葉が嘘だということだ。夫は私と結婚したことを幸せだなんて思っていない。義両親の前ではそう言って、優しい息子、優しい夫を演じている。義両親のことを騙しているというのが現状だ。

もしお父さんとお母さんがユキトの本性を知ったら、どう思うかしら。義両親は優しい人たちなので、夫の本性を知ればとてもショックを受けるだろう。そんな二人に本性を隠して、私を利用しようとしている夫のことが許せず、私は三人に見えないように拳を握り、静かに怒りに震えていた。私は全てを知っているが、今怒りに任せて騒ぎ立てるのでは意味がない。きっと信じてもらえないだろう。もう少し様子を見れば、義両親に打ち明けるタイミングがきっとある。そして、その時は思ったよりもすぐにやってきた。

「まあ、こんなところで立ち話してるのもなんだしさ。父さん、母さんは新居がどんなところか、ここに来るまで緊張してたし。移動で疲れただろ。家の中に入って休んでてよ」

「ん、もう引っ越しの準備は全部終わってるのか?まだやることがあるなら、私たちにも是非手伝わせてくれ」

「ええ、そうね。ユキトもキョウカさんも大変だったでしょうに。何もしないでくつろぐだけなんて、申し訳ないわ」

「いえいえ、大丈夫ですよ。もう準備は万端なので、是非家の中も見てくれると嬉しいです」

私がそう言うと、最初は申し訳なさそうに遠慮していた義両親も、目を細め嬉しそうに家の中へと入っていった。

「さてと、そろそろいいかな?」

義両親が先に家の中に入ると、必然的に家の前には私と夫の二人だけとなった。そのタイミングで、夫は私の方を見てにやりと不敵な笑みを浮かべる。まるで待ってましたと言わんばかりの表情だ。

「父さん、母さんはもう奥まで行ったな」

夫は義両親に話を聞かれていないことを確認すると、私を見下すように鼻で笑い、ゆっくりと話し始めた。

「さて、本当に準備は万端なのか?すぐに退去できるんだろうな。もし嘘だったり、文句があるようなら、離婚してもいいんだぞ。何もできない無能な後妻はいらないからな」

そう言って挑発する夫を前に、私はやれやれとため息をつきながら口を開いた。

「準備はばっちりよ。とりあえず、そこの荷物を開けるから、自分の目で確かめてみたらどうかしら」

そう伝え、近くの荷物を開けた。

「なんで、そんなものがあるんだ」

その荷物を見た夫は、一瞬困惑した表情をしていた。それは、義両親と私たち夫婦の四人で生活していくだけなら、不要なはずの荷物だったからである。

「これがあるの、そんなにおかしいかしら?ベビー服なんだけど」

私はわざととぼけたように、その荷物のことを説明した。ベビー服を見た夫の表情は、私を馬鹿にしたような笑みに変わる。

「お前、なんでベビー服なんて用意してんだよ。不妊のくせに。しかも、男の子用だろ、それ。妊娠してから買えよ」

「買ったんじゃないわ。手作りしたのよ。あなたの隠し子は、男の子よね」

直後、夫は時間が止まったように固まった。私が隠し子の存在を知っていることに驚愕し、目を大きく見開いている。でも、彼は認めようとしない。

「俺に隠し子なんているわけがないだろ」

「本当にそうかしら。おかしいわね。ユキトの浮気相手から、あなたと子供のことを聞いたから準備したんだけど」

「それは、何かの間違いじゃないのか?俺は浮気なんてしてないし、ましてや子供なんているわけないよ」

平静を装って笑っているが、口元がピクピクとしている。私が浮気相手と接触していると知って、焦っているようだ。

「よくそんなことが言えるわね。ま、このベビー服はちゃんと、浮気相手の家に送っておくから安心してね」

「お前、本当に何を言ってるんだ?俺は浮気なんてしてないし、お前が知ってるはずもない。仮に浮気していたとしても、その相手の住所までお前が知るわけないだろう」

夫は私の話を信じず否定した。だが、私は浮気相手の住所を知っている。その証拠に、実はすでにある行動を起こしていた。

「いや、ユキトの浮気相手の住所、知ってるよ。だってもう、ユキトの荷物は浮気相手の家に送ったからね」

「そんな嘘に引っかかって、俺が騙されるとでも思ってたのか。全く、浅はかだな」

「別に信じなくてもいいけどね。ちなみに、この住所に送ったんだけど」

「はあ?本当に俺の荷物を送ったのか?一体どこに?」

私がメモしていた住所を見せた瞬間、流れが変わり始めた。それを見た夫は驚き、顔面蒼白で冷汗をかいていた。

「この住所は、間違いなくあいつの家だ。お前がなんでそれを知っているんだ?」

「さっきも言ったじゃない。あなたの浮気相手から聞いたって」

私がそう言うと、夫はカッとなり大きな声を張り上げた。

「ふざけるな!お前は俺の従順な後妻でいればいいんだ!これ以上余計なことをしやがったら、承知しないからな!」

夫は頭に血が登って忘れているようだ。家の中には義両親がいるということを。そんな大声を張り上げれば、義両親にも聞こえるだろう。案の定、夫の声を聞いた義両親がいぶかしげな表情をしながら戻ってきた。

「おいおい、ユキト、そんなに大きな声を出してどうしたんだ?夫婦喧嘩でもしてるのか?」

「あなたがそんなに怒るなんて珍しいわね。一体何があったの?」

浮気のことを聞かれてはまずい。そう思ったのか、夫は焦った表情をしていた。どうにかしてごまかそう。そんなことを考えているかのように、深呼吸をしてゆっくりと口を開いた。

「いや、父さん母さん、驚かせてごめんよ。ほら、見てくれよ、ベビー服。俺たちには子供はいないし、妊娠すらしていないんだ。それなのに、こんなものを買って無駄遣いしてるから、つい腹が立ってしまったんだよ」

「それは、そんなに怒ることなのか?お前たちはまだ若いし、子供を授かる可能性だって十分あり得ることだろう。それに、子供を授かるための縁起担ぎかもしれないじゃないか。キョウカさんが、考えもなしに無駄遣いするなんて思えないけど」

「ああ、その可能性もあるのか。そんなことは考えられなかったな。ははは……」

夫は頭を掻きながらごまかすように笑った。義両親は呆れていたものの、夫の本性には気づいていなかった。だが、ここで話を終わらせてはならない。義両親に本当のことを話すのは、今しかない。私は意を決し、夫の本性を暴露することにした。

「いえ、ユキトさんが大声を出した理由は、そんなことじゃありません。ユキトさんは浮気しています。このベビー服を浮気相手の家に送る。すでに浮気相手の家に、ユキトさんの荷物を送った。その話をした途端に、血相を変えて大声を出したんです」

「え、ユキトが浮気だと?」

「そんな幸せそうな夫が、キョウカさんを裏切るようなことしないわよね。何かのお間違いよね」

義両親は私の話に驚き、信じられないといった表情をした。これまで義両親が見ていた夫は、とても優しい息子で、私にとっても優しい夫。そんな姿を見せられていたのだから、そうなっても仕方がない。夫は義両親の表情を見て、まだチャンスがあると思ったのだろう。わざとらしく「やれやれ」といったポーズを取りながら、ゆっくりと話し始めた。

「いやいや、父さん、母さん、俺が浮気なんてするわけないじゃないか。キョウカのやつ、何か勘違いしてるんだよ」

「そうか。そうだよな。びっくりしたよ」

「もし本当にキョウカさんの勘違いだったとしても、誤解させるようなことはユキトだってしてるはずだから、反省しなさいね。ちゃんと二人で話し合いなさいよ」

「ああ、分かってるよ」

両親の言葉を聞き、夫はしてやったりという表情をした。だが、彼が浮気を認めないことは想定内だ。そこで、私は義両親に別の真実を先に明かすことにした。

「話したいことは、それだけじゃないんです。実は、新居への引っ越し、お二人との同居は、私に相談なくユキトさんが勝手に決めたことでした。逆らったら離婚するなんて、脅されて」

「なんだと?」

「いや、そんなはずは。だって、キョウカさんの希望だったんだろ。それに、私との買い物やお父さんとのゴルフも楽しみだって話だったわよね」

「お二人さえよければ、これからそういうことができれば嬉しいです。その気持ちに嘘はありませんが、私が同居を希望したというのは、ユキトさんの嘘です」

私がそう話しても、まだ義両親はそれを信じることができずにいた。

「でも、ユキトがキョウカさんを脅すなんてあり得るのか。こんなに優しいのに……」

「ユキトがそんなことをするなんて、考えられないわ」

「父さん、母さん、キョウカの話を間に受けたらダメだって。さっき浮気の話を信じてもらえなかったから、根も葉もないことを言ってるだけさ」

夫は冷静にその場をしごうとするが、そうはいかない。これ以上言葉だけで説明するのは拉致があかないので、私は自分の話が本当である証拠を見せることにした。

「お父さん、お母さん、少し落ち着いて聞いてくださいね。ユキトさんが優しいのは、お二人の前だけです。今、その証拠を見せますね」

私はそう言ってスマホを取り出し、ある音声を再生した。

『おい、今日か。いい物件が見つかった。両親も同居できる広い家で、二人とも喜んでるよ。五日後に引っ越すから準備しろ。もちろん、お前が全部やるんだ。断ったらどうなるか、分かっているよな』

『いつかあれば十分よ。任せといて』

『いい返事だ。まあ、お前は俺がいなきゃまともに生活もできない無能だからな。これからも、俺に黙って従え』

流れたのは、五日前の私を罵る夫の声だった。実はあの日、私はこっそり音声を録音していたのだ。ただ、私が嫁いびりの証拠を残していたのは、あの日の夫の態度に腹を立てたことが理由ではない。日頃からやっていたことである。

「あ、あの、それ……」

夫は私に会話を録音されていることを知り、動揺していた。義両親もお互いの顔を見合わせ、だんだんと表情が険しくなっていった。そこで、私はすかさず別の音声を再生した。

『子供が産めない分、俺たち家族に尽くせ。それすらできないような後妻なら、出ていってもいいぞ』

日頃から言われていた言葉の数々だ。普段からこうした嫁いびりをされていたからこそ、私は証拠として夫との会話を録音するようにしていたのである。これには、さすがの義両親も夫を庇うことはできなかった。義父が夫に鋭い視線を向け、話し始める。

「ユキト、これはどういうことだ?キョウカさんに、なんてことを。お前が一方的に引っ越しや同居を決めているじゃないか。私たちに嘘をついてまで、そんなこと。私たちが悲しむことになるって、分からなかったの?」

「何よりも、キョウカさんに対して申し訳ないわよ。ううっ……」

義両親が私の話を信じ、夫のことを責めると、夫は悔しそうに唇を噛んだ。だが、証拠を出されたことで、白を切ることは無理だと悟ったのだろう。夫は私の方を向くと、すぐに頭を下げながら口を開いた。

「キョウカ、今までひどいことを言って悪かった。俺、子供が欲しくてさ。だから、キョウカが不妊だと知って、ショックだったんだ」

「子供が欲しい気持ちは理解できる。だが、それはキョウカさんをいびる理由にはならないぞ」

「お父さんの言う通りよ。むしろ、それならユキトがキョウカさんを支えなきゃダメじゃない。なのに、嫁いびりなんてして余計なストレスまで与えて、挙げ句の果てに浮気もしてるって、どういうことなの?」

今までにないくらい、義両親は大激怒していた。実の息子の間違った行動に対する失望。そして、私を守るために怒ってくれている。私も夫には失望しているが、義両親には感謝の思いでいっぱいだった。

「キョウカにひどいことを言っていたのは、本当に悪かった。申し訳ない。でも信じてくれ。俺は浮気なんてしていない」

夫は謝罪しながらも、あくまで浮気のことは否定した。が、私は夫が嘘をついていることを知っている。今度はその証拠も見せるべく、あるものを取り出した。

「三人に見て欲しいものがあります。今、それを出しますね」

そう言って鞄の中から取り出して三人に見せたのは、一枚の封筒だった。その封筒の中に入っていたのは、たくさんの写真。夫と女性が仲良さそうに笑顔で映っており、女性の腕の中には子供がすやすやと眠っていた。

「これは、確かにユキトだな。この女は誰なんだ?それに、男の子の赤ちゃんまで。一体、どういうことなの?」

「お、俺はこんなの知らないぞ。こんな女性も赤ちゃんも、これはきっと合成写真だ。そうに決まってる」

見苦しい言い訳だ。夫は私を無能呼ばわりし、何もできないと決めつけている。だから、簡単に認めようとしない。でも、彼がどれだけ言い訳しても、事実は変えられない。私は全てを知っているのだから。

「ユキト、これは合成じゃないわ。だって、この女性、レイカさんは私が務めているアパレル会社に中途採用で入社した人なんだもの」

「なんだと?お前、レイカのことを知っていたのか?」

私が女性のことを話すと、夫は義両親の前でも浮気に関してボロが出始めた。私はここぞとばかりに、浮気に気づいた理由を話すことにした。

「レイカさんが仕事を始めた理由は、出産したからだそうよ。その話をしていたら、彼女は家族写真を見せてくれたの。あなたと男の子が映っている写真をね。さっきあなたに浮気がバレてから、聞いたっていうのは、そういうことだったのよ」

「じゃあ、このベビー服も、レイカの家に送るつもりだったのか。一体どうして、そんなことを」

「それは、レイカさんと約束したからね。ベビー服を送るって。そしたら、レイカさんすごく嬉しそうにしていたわ。私がユキトの妻だと知らずに。私が妻であることを隠したことで、レイカさんは無警戒だった。何も知らない彼女は、素直に喜び、住所を教えてくれた。だからこそ、男の子用のベビー服を事前に作ることや、夫の荷物をレイカさんの家に送ることができたのである」

「ユキト、お前というやつは、どこまで最低なんだ。家族のことを騙して裏切るなんて。平気で嘘をつくなんて、本当に信じられないわ」

全てが明らかになった。今、夫に言い返すことなんてできないだろう。これで少しは反省するかしら。私はそう思ったが、次に夫が放った言葉は、信じられないものだった。

「はあ。もうどうでもいいよ」

夫はそう言ってため息をつくと、すっかり開き直り、とんでもないことを言い出した。

「ああ、はいはい。そうだよ。俺は浮気してた。だけど、それは父さんと母さんのため、仕方なかったんだよ」

「私たちのためだと?私たちはキョウカさんを裏切ることなんて、望んでないわよ」

義両親は呆れていた。呆れられても当然の開き直りだが、夫はお構いなしに話を続ける。

「俺、早く父さんや母さんに孫の顔を見せたかったんだ。でも、キョウカが不妊だと知って、それが叶わないなら、さっさと切り捨てようと思ってた。そんな時に出会ったのが、レイカだったんだ」

「それで、レイカさんには独身だと偽って、子供を作ったってわけ」

「ああ、そうだよ。レイカは俺の望み通り妊娠して、子供を産んでくれて、本当に最高の女だぜ」

そう言って夫は気色ばみながら話していた。今の夫は、私に対して愛情が全くなく、レイカさんへと向けられている。だけど、それも夫の勝手な言い分だ。夫は私だけでなく、レイカさんすらも騙している。結局、自分のことしか考えていないのだ。

「ちなみに、俺がキョウカをいびっていたのは、離婚したいと言わせるためだ。だって、俺の浮気が理由で離婚したら、慰謝料が発生するからな。そんな無駄金、払いたくなかったんだよ」

そんな言い分が通るとでも思っているのだろうか。何も分かっていない。自分がやったことに責任を取らず、全て私に押し付けようとするなんて、信じられない。夫の自分勝手な言い分に、義両親はこれ以上怒りを抑えることはできないようだった。

「ふざけるのもいい加減にしろ!慰謝料が払いたくないから、キョウカさんをいびっていた?お前は自分の妻を何だと思ってるんだ?」

「私たちは確かに孫の顔を見たかったわ。でも、もしあなたたちに子供ができなくても、二人が幸せに暮らしているだけで良かった。それが私たちの一番の望みだったのに」

義両親は厳しい表情でそう言うが、夫の心には響かない。

「ギャーギャーとうるさいな。こんなことになったのは、不妊のキョウカのせいだ。ちゃんと妊娠して、子供を産んでくれていたら、浮気せずに済んだんだよ」

そう言って夫は悪びれることなく、全ての責任を私に押し付けるセリフを吐き捨てた。そんな夫の姿を見ながら、私は過去のことを思い出した。夫はアパレル業界で働く私に対し。

『仕事を頑張ってるのはすごいよ。これからも頑張れ。でも、あまり無理しちゃダメだよ』

と、私の体を気遣いながら応援してくれていた。そんな夫の口癖は、子供ができたらキョウカにベビー服を作ってほしいということ。優しい笑顔でそう言ってもらえて、あの頃の私は本当に幸せだった。でも、それも全部嘘だったかもしれない。夫は私を愛していたのではなく、子供が欲しかっただけで、結婚相手は誰でも良かったのだと思わざるを得なかった。

「はあ。ユキト、もういいわ。ここまで言われて、反省しないようじゃ、話にならないから。私たち、離婚しましょう。もちろん、慰謝料だって請求するからね」

私はそう言って、離婚届を突きつけた。

「もちろん、私たちもユキトとは絶縁する。母さんも、それでいいな」

「ええ、当然よ。私もお父さんと同じ気持ちだからね」

私との離婚は、夫がそうなるように前々から仕組んでいたことなので、彼にダメージはないと思う。しかし、義両親に孫を見せたかった気持ちが本当だったなら、義両親からの絶縁宣言には少し動揺するのではないか。そう思ったが、私の考えはどうやら甘かったらしい。

「ああ、喜んで離婚してやるよ。俺は新居でレイカと人生をスタートさせるから。父さんも母さんもバカだよ。後で泣きついてきても、孫の顔なんて見せてやらないからな」

そう言って、私たちを見下すように高笑いしていた。もう夫に話すことはない。彼がサインした離婚届を受け取ると、私と義両親はそのまま新居を後にし、出ていった。

「キョウカさん、ユキトが本当に迷惑をかけて、申し訳なかった。私たちの育て方が間違っていたのかもしれないな」

「同居の話をユキトから聞いた時も、ユキトの話だけを一方的に聞かず、キョウカさんに確認すればよかったわね。キョウカさんの話を何も聞かず、ごめんなさい」

新居から離れて少し落ち着くと、義両親は夫の代わりに私に謝罪してくれた。二人は何も悪くないので、頭を下げる必要なんてない。どうしてこんな優しい二人から、夫のような人間が育ったのか、不思議でならなかった。

「お二人とも、頭をあげてください。私の方こそ、ユキトさんの浮気やいびりを相談できず、申し訳ありません。ただ、このままユキトさんの思い通りには行きませんよ。必ず、ユキトさんは後悔することになります」

「え、それはどうしてだ?」

「キョウカさん、他に何か知ってるの?」

私の話に、義両親は不思議そうな顔をしてお互いの顔を見合わせていた。

「しばらく、様子を見ましょう。その答えは、すぐに出ると思いますから」

私がくすっと笑いながらそう言うと、義両親も少し戸惑いながらも小さく頷いた。

その答えが出たのは、思った以上に早かった。翌日、私が仕事を終えスマホを取り出すと、画面に表示された着信履歴を見て、思わず目を疑った。なんと、元夫から何十件もの鬼電が入っていたからだ。こんなに電話してくるってことは、やっぱりそういうことよね。どういう要件か大方の予想はついていたが、とりあえず折り返そう。そう思っていたところに、再度元夫から着信が入ったので、電話を取り、話を聞いてみることにした。

「やっと電話に出がったな。おい、キョウカ。昨日あの後、レイカの家に行ったが、俺の荷物があっただけで、レイカ自身はいなかった。一体どういうことだ?お前、何か知っているのか?」

昨日は散々、私や義両親を見下していたくせに。そう思ってしまうほど、夫は電話越しでも分かるくらい焦っていた。正直いい気味だと思ったが、その気持ちは抑え、私は元夫に現実を突きつけることにした。

「ユキト、あなたはレイカさんのことを独身だと騙していたけど、レイカさんだってユキトのことを騙していたのよ。あの人は、ユキト以外にも何人もの男性と交際して、全員に搾取させているわ」

「はあ?なんだよ、それ。なんでお前にそんなことが分かるんだ?」

「それは、調査会社を使ってしっかり調べたからよ。ユキトの浮気を知ったのは、ただレイカさんから聞いたってだけじゃないの。徹底的に浮気調査をしたら、彼女の本性を知ることができた。レイカさんは、ユキトのことをATMとしか見ていなかったのよ」

私はレイカさんの本性を知っていたが、元夫への復讐のために黙っていた。最も、こんな状況にでもならない限り、私がそれを話したところで信じてもらえない。そんな風にも思っていた。でも、今なら私の言うことを信じるしかないわよね。しかし、認めるわけにはいかないと思ったのか、夫は泣きそうな声になりながら話を続けた。

「そんなはずはない。だって、俺はレイカと子供を作ったんだぞ。俺のことを騙してたなら、子供を抱きながら俺と一緒に笑顔でいることなんて、できないはずだ」

そんなことになってもなお、レイカさんのことを信じてわめき散らす元夫に、本当に呆れてしまう。だが、そんな元夫に追い打ちをかけるように、私はある事実を明かすことにした。

「あのね、実は不妊なのは、私じゃなくてユキトの方よ。もちろん、レイカさんが産んだ子供は、別の男性との子供で、ユキトの子供じゃないわ。別に信じたくないなら、信じなくてもいいんだけど」

「何を言ってるんだ?自分が不妊だからって、負け惜しみなんてみっともないぞ。俺との子供を産んだレイカが羨ましいんだろうが」

そう言って元夫は私の話を信じず、しこりもなく私を不妊だと決めつけて攻め立てた。この人には、言葉で説明しても話が通じない。私がそう思うには十分だった。

「さっきも言ったけど、信じなくていいわ。とりあえず、不妊検査の結果は出てるから、あなたのスマホに送るわね。あなたが検査だけは受けてくれたから、ちゃんと検査を進められてよかったわ」

「なんだよ。お前が不妊だって証拠があるなら、早く出しとけよな。って、これはどういうことだ?本当に俺が不妊だったのか?」

私がスマホに検査結果を送ると、ようやく元夫は信じた。いや、信じるを得ないという方が正しいだろう。元夫の驚いた声を聞くと、そのすぐに予想できた。

「おい、どういうことなんだ?どうして教えてくれなかった?」

そう話す元夫の声は震えていた。そこで、私は元夫に隠していた理由を話すことにした。

「最初は、ユキトにも伝えるべきかどうか悩んでいたわ。それでも、なかなか伝えることができなかったのよ」

「それは、どうしてだ?」

「だって、ユキトはあんなに子供を欲しがっていたから。そんなあなたに、不妊だと伝えるのは酷だと思ったのよ。もし実際に私が不妊だったとしたら、どうだっただろう。簡単に不妊治療を頑張ろうと前向きになることなんて、できなかったはずだ。きっとショックでたくさん泣き、自分のことを責めただろう。そう思うと、元夫にも簡単に話をすることができないと考えていた。でも、もしユキトが真摯に私と向き合い、大切にしてくれてたなら、ちゃんと話したと思うわ。ユキトは最初ショックを受けたと思うけど、ユキトのことも支えよう。治療を頑張れば、いつか私たちの子供を授かれるかも。そう思ってた」

「だったら、どうして……」

「それは、あなたが一番よく知ってるんじゃない?あんなに私のことを不妊だと決めつけて、嫁いびりをしてきたのよ。挙げ句の果てに、浮気もして、お父さんやお母さんのことさえも騙してた。あなたの本性を知っちゃったら、支えたい気持ちなんてなくなったわ。絶対にユキトに復讐をする。そう決意したってわけよ」

私は元夫にはっきりと、冷たく告げた。次に元夫から飛び出した言葉を聞き、ようやく私の話が伝わったことを理解した。

「キョウカは、俺が不妊でも見捨てず、支えようとしてくれてたってことか。俺がもっとキョウカに寄り添ってれば、こんなことにはならなかったってことなのか」

「まあ、そういうことになるわね。今更気がついても、遅いけど」

「なあ。今度こそ、俺はキョウカのことを支えていくから。だから、もう一度、やり直してくれないか?キョウカ、頼むよ」

自分の間違いを認め、後悔を口にしたかと思えば、まさかの復縁を要請してきた。そんなことあり得るはずがない。謝れば何でも許されると思ったら、大間違いだ。

「いいえ、もう無理よ。世の中には、取り返しのつかないことがあるの。ユキトは、それだけのことをしたの。よく覚えておくことね」

「キョウカ、待ってくれ!」

夫はまだ何かを言いたそうに声をあげていたが、私は聞く耳を持たず、そのまま電話を切り、話を終えた。

その後、私は元夫と離婚し、自由な生活を続けていた。そんなある日のこと、義両親がたくさん野菜が取れたからと言って、私の家に持ってきてくれたのだが、その時に元夫の様子も教えてくれた。

「この間、ユキトが私たちのところに助けを求めてやってきたよ。どうやら、あの後ショックで引きこもって、仕事も辞めたらしい。財産も失い、仕方なく新居も売りに出したそうだ。だからと言って、同情して私たちに許してもらえるなんて思ったら、大間違いなんだけどね。ユキトが巻いた種なんだから、私たちはキョウカさんに頼らず、自分の力で乗り越えなきゃいけないわよね」

絶縁宣言をした手前、義両親も簡単に元夫に手を差し伸べることはできないだろう。もちろん、私も元夫のことを助けるつもりは全くない。義両親の話で、今元夫が人生のどん底に落ちているのは理解したが、ここから這い上がれるかは、元夫の努力次第としか言いようがない。

その一方で、レイカさんもまた、幸せに過ごせているわけではなかった。ある時、突然アパレル会社を退職したのだが、元々勤務態度も悪く、社内でも男に色目を使ってばかりだった。噂によると、レイカさんと付き合っている人の中には、元夫以外にもレイカさんのことを騙していた男がいたり、付き合っていた男の中には既婚者も多く、奥さんにバレて高額の慰謝料を支払うことになったそうだ。それにより、全財産を失って、ボロボロになっているらしい。

元夫にしろ、レイカさんにしろ。こうなったのは、自業自得でしかない。私はこれから、自分の幸せを考えて生きていこう。そう考えて前向きに過ごしていると、数年後に私に幸せが舞い込んだ。縁あって、素敵な男性と再婚できたのだ。今度の夫はとても優しく、私のことを大切にしてくれた。子供を授からなくても、夫婦二人で幸せに過ごせるといいねと言ってくれてたので、私はストレスを感じることもなく、毎日笑顔で過ごしていた。

それが良かったのだろう。結婚して一年後には、無事に男の子を出産した。さらに翌年、息子が一歳の誕生日を迎えた際には、ベビー服を手作りして息子に贈った。夫と一緒に息子の誕生日を祝い、みんなが笑顔になっており、それを見て私は幸せを噛みしめていた。きっと、この幸せは永遠に続いていくだろう。私はそう確信している。

Thumbnail