面接会場に、熱を出した息子を連れて入ってきた瞬間、あの人の目が私を捉えた。4年前、何の連絡もなく私の前から消えた、私の人生を全部変えた人。彼は副社長としてそこにいた。私は息子を抱きしめ、逃げ出したかった。「お子さんのお父さんはどちらにいますか?」と聞かれた時、私は震えながら「1人で育てています」と答えた。すると彼は、信じられないものを見る目で、私の息子の耳の後ろにある小さな痣を見つめた。そし…

面接会場に、熱を出した息子を連れて入ってきた瞬間、あの人の目が私を捉えた。4年前、何の連絡もなく私の前から消えた、私の人生を全部変えた人。彼は副社長としてそこにいた。私は息子を抱きしめ、逃げ出したかった。「お子さんのお父さんはどちらにいますか?」と聞かれた時、私は震えながら「1人で育てています」と答えた。すると彼は、信じられないものを見る目で、私の息子の耳の後ろにある小さな痣を見つめた。そし...

面接会場に、病気の子供を抱いた女性が現れた。待合室の空気が張り詰め、他の応募者たちの好奇と軽蔑の視線が彼女に集中した。小川愛は、汗で湿った履歴書を握りしめていた。4歳の息子ジュンは、熱でうなされながら愛の膝に顔を埋めている。

「まま、のどがいたい」

「もう少しだけ我慢しようね。面接が終わったら病院に行こう」

愛は心の中で繰り返した。この面接を逃せば、もう次はない。財布の中には500円玉が一枚だけ。家賃は3ヶ月滞納し、息子の医療費は増える一方だった。この面接は、生き残るための最後のチャンスだった。

「お子様を連れてのご面接は、規定で遠慮していただいております」

女性社員の声は静かだが断固としていた。愛は必死に懇願したが、答えは変わらなかった。他の応募者からは「非常識ね」という囁きが聞こえた。

その時だった。

「構いません」

低く冷たい声が待合室に響いた。全員の視線が入り口に向かった。黒いスーツを完璧に着こなした男性が立っていた。Sグループ戦略企画本部の副社長、鈴木俊助。34歳の若さでその地位まで登り詰めた冷徹な男として有名な人物だった。

彼の視線が愛に止まった。愛の心臓は止まるかと思った。なぜ、よりによってここで。絶対に会ってはならないと、心の中で何百回も繰り返してきた人。4年前、自分の前から突然消えた、まさにその女性が、今、目の前にいた。

俊助はその場に立ち尽くし、愛を見つめていた。彼の唇が微かに動いたが、声にはならなかった。やがて、彼の視線は愛の膝の上の子供に移った。黒い髪、丸い目、小さな唇。心臓が早鐘を打ち始めた。

面接室に通され、愛はジュンを膝に乗せて座った。役員たちの質問が続く。経歴のなさ、大学中退の理由、育児との両立。そして、息子の父親について尋ねられた瞬間、愛の顔が強張った。

「1人で育てています」

その言葉に、役員たちの間を微妙な空気が流れた。愛は唇を噛みしめた。その時、俊助が口を開いた。

「そこまでにしましょう」

面接は中断され、結果は後日連絡されることになった。愛はジュンを抱いて立ち上がり、ドアへ向かった。俊助の呼びかけが聞こえたが、振り返らなかった。廊下に出ると、足がガクガクと震えていた。

「ジュン、大丈夫?」

愛が水を飲ませようとラウンジに立ち寄った時、俊助が近づいてきた。

「小川さん、少しお話できませんか?」

「今は子供が病気なので、病院に行かないと」

「分かっています。だからこそ、お送りします」

その時、ジュンが突然俊助に近づき、よちよちと歩いて彼の脚に掴まった。

「おじさん」

俊助は膝をつき、目線を合わせた。そして、ジュンが顔を傾けた瞬間、彼はそれを見た。耳の後ろ、耳たぶの少し上にある、小さくて黒い痣。俊助は自分の同じ場所に手を当てた。同じ大きさの痣があった。鈴木家の男性にだけ遺伝する、代々受け継がれてきた印だった。

「この子は…僕の…」

愛は素早くジュンを抱き上げた。

「何歳ですか?」

「答える必要はありません」

「誕生日は? 教えてください」

愛の顔が強張った。俊助は必死だった。

「4月15日です」

俊助は計算した。彼が愛と最後に会った日から、ちょうど9ヶ月後。そして、血液型も自分と同じRhマイナスのB型。全てが一致していた。

「なぜ言わなかったんですか?」

「あなたが消えたからです」

愛の声が震えた。彼女の目には涙が溢れていた。

「あなたが先に去ったんじゃないですか。電話も出ない、メッセージも返さない。私一人、置き去りにされたんです」

「僕は連絡しようとしたんだ。でも、母が…」

その時、ジュンが激しく咳き込み始めた。顔が赤くなり、息ができないと喘ぎ始めた。愛はパニックになった。

「助けて! 誰か!」

ロビーで騒ぎになりかけた時、俊助が階段を駆け下りてきた。

「救急室の準備を! Sグループ病院に連絡して、小児の最高の医療チームを待機させろ!」

俊助はジュンを抱き上げ、駐車場に停めてあった車に飛び乗った。病院に到着し、ジュンはすぐに救急室に運ばれた。愛は膝から崩れ落ちた。俊助が彼女を支えた。

「大丈夫です。うちの病院の最高の医療チームが見ています」

医師から「急性気管支炎ですが、迅速な処置ができたので大きな問題はありません」と告げられ、愛はほっと涙を流した。医師は血液型の話を口にし、俊助も同じRhマイナスのB型だと告げた。医師は「お父様でしたか。それなら遺伝的に似ているかもしれませんね」と何気なく言った。

数日後、ジュンは快方に向かった。俊助は毎日病院に通い、ジュンに食事を食べさせ、一緒に遊んだ。ジュンはすぐに俊助に懐いた。愛は複雑な気持ちでそれを見つめていた。

退院の日、俊助は愛に封筒を差し出した。

「これは、4年前の資料です。母がしたことが、全てまとめられています」

愛が封筒を開けると、分厚い書類の束が入っていた。彼女の身元調査の記録、俊助への連絡を遮断した記録、そして、彼女の妊娠を知りながら放置していた証拠。彼が残した数百件のメッセージの記録もあった。全てが彼女に届くことなく、遮断されていた。

「僕は諦めなかった。毎日連絡しました。でも母が全部ブロックしていたんです」

愛は涙を流した。4年間抱き続けてきた誤解と怒りが、少しずつ解けていくのを感じた。

「しゅんすけさん…私たち、本当に悔しかったね」

「ああ。君が去ったんじゃなかったんだ」

2人は互いを抱きしめ、長年の悲しみを分かち合った。

その夜、俊助は母・美咲と対峙した。美咲は平然と認めた。

「あの女があなたの人生を台無しにするところだったのよ」

「僕の子供を奪ったことが、守ることなんですか?」

「あの女と子供がいない方が、あなたのためだったのよ」

「僕は、愛さんを愛しています。ジュンを認知し、守ります」

「そんなことをすれば、会社に傷がつくわ!」「それでもやります。会社のイメージより、僕の息子の方が大事です」

俊助はそう言い残して、会長室を後にした。しかし、美咲は執念深かった。彼女は再び秘書室に命じ、愛の弱点を探させようとした。

翌日、俊助は愛に言った。

「母には、もう手を出させない。君が望むものは何でも守る」

愛は震える声で言った。

「怖いです。また、1人にされるのが」

「絶対に1人にはしない。ジュンに良い父親になる。そして、君にも2度と傷つけないと誓う」

「……考える時間をください」

「分かった。待ってるよ」

1週間後、愛はSグループのデザイン室に正式に採用された。俊助の推薦によるものだった。

「副社長、この件、噂になっておりますが…」

「小川さんは、私の息子の母親です。そして、私が愛する人です。近々、公式に発表します」

その夜、俊助は再び美咲の元を訪れた。

「来週月曜日、記者会見を開きます。ジュンを私の息子として、公式に認知する会見です」

「だめよ! そんなことをすれば、会社が…」

「会社に問題はありません。むしろ、正直に認める方がいい」

「あなたがそんなことを言うなら、私はあの女を…」

「手を出さないでください。これは警告です。4年前、母が愛さんを脅迫した記録、僕の連絡を遮断した記録、妊娠を知りながら放置した記録。全てここにあります。これを役員会で公開したら、会長の座はどうなりますか?」

美咲は顔色を変えた。

「あなた、私を脅迫するつもり?」

「いいえ、警告です。愛さんとジュンに手を出さないでください。さもないと、これを公開します」

俊助は背を向けて去った。美咲はその場に崩れ落ちた。

そして、役員全体会議の日。俊助は息子の存在を認め、愛との結婚を発表した。続けて、美咲の一連の不正行為を明らかにし、会長職の辞任を求めた。採決の結果、美咲は解任された。

3年後。春。上野公園は桜が満開だった。7歳になったジュンが走りながら叫ぶ。

「パパ、早く来て!」

俊助は笑って走り出した。愛はその後ろ姿を見つめて微笑んだ。愛はデザイン室で課長に昇進し、2人は2年前に結婚していた。俊助はSグループの会長となり、歴代最年少の37歳だったが、彼は変わらなかった。毎晩家に帰ってきてはジュンと遊び、週末は愛と過ごす。それが彼の幸せだった。

「ママ、パパ、アイスクリーム食べようよ!」

「ああ、食べようか」

3人は手を繋いで歩いた。桜並木をゆっくりと。愛は振り返った。4年前、1人で歩いたあの道。しかし今、隣には俊助が、愛する息子がいる。

「私たちは、もう家族なんだ」

愛は微笑み、再び前を向いた。

その数年後、美咲は小さなカフェで一人、窓の外を眺めていた。そこに、俊助と愛、そしてジュンが現れた。

「おばあちゃん!」

ジュンが駆け寄り、美咲に抱きついた。美咲は驚き、震える手でジュンを抱きしめた。

「お母様、お元気ですか?」

俊助と愛が近づいてきた。しばらく沈黙が流れた。

「ごめんなさい。あの時は、私が間違っていました。あなたたち2人を引き裂いたことも、ジュンのことを隠したことも、全部、私の責任です」

美咲の目に涙が浮かんだ。愛がそっと彼女の手を握った。

「お母様、もう全部、過ぎたことです。私たち、やり直しましょう。家族として」

美咲は涙を流した。

「ありがとう…本当にありがとう」

「おばあちゃん、泣かないで! 一緒に遊ぼうよ!」

「ええ、一緒に遊びましょう」

4人は、穏やかな午後を一緒に過ごした。窓の外からは、温かな日差しが差し込んでいた。

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