「これも仕事だよ。俺がやれって言ってんだから」
俺の名前は久保山安弘。マーケティング部門に勤めて7年、仕事はきちんとこなしているのに、評価されることは一度もなかった。全部、同期の大津に手柄を横取りされているせいだ。
「おい、久保山。これ一緒にやろうぜ」
満面の笑みで俺の肩に腕を回す大津。やる気満々の顔をしているが、その仕事は元々大津のものだ。断りたいのに、何度も「同期だろ、助け合おうぜ」と言われてしまうと、どうしても頷いてしまう。
しかも終わったら、報告まで大津が持って行く。
「あ、俺が報告に行こうか」
「いいよいいよ。俺がしとくから任せとけって」
笑顔で背を向ける大津の姿を見て、俺は毎回がっくりと肩を落とす。同僚にも「また取られたのか」と慰められる始末だ。
その後に知った真実。大津は社長の息子だった。だから仕事を一切しなくても評価され、俺たちの苦労も全部自分の手柄にしてしまう。そりゃあそうだ。仕事をしない男がミスをすることなんてないのだから。
大津はスピード出世で部長になった。上司になった途端、遠慮がなくなっていく。
「俺が上司になったからには、俺の指示に全部従えよ。久保山はこの仕事を全部こなせ」
俺のデスクに大量の書類が積み上げられる。明らかに一人でこなせる量じゃない。戸惑っていると、大津がニヤニヤしながら言った。
「まさか仕事を選ぶのか?お前はそんなやつじゃないだろ」
「け、けど」
「これも仕事だよ。俺がやれって言ってんだから」
俺は無理やり笑顔を作り、仕事を引き受けた。他の社員も同じだった。休憩を削り、満足にご飯も食べられない生活が続いた。そんな中、唯一俺を助けてくれる新人がいた。新入社員の高橋という女性だ。
「私、今仕事がないのでお手伝いしますよ。何でも言ってください」
責任感が強く、気遣いのできる彼女。俺はよく仕事を手伝ってもらっていた。しかし、大津も彼女に目をつけていたようだ。
「なあ、今度一緒に飯でも行かないか?俺奢っちゃうよ」
「すみません、今日は予定がありまして」
勤務中にも関わらずしつこく口説く大津。高橋は笑顔で断っていたが、ある日、人目のないところで大津が強引に迫っている場面を見てしまった。
「今日こそいいかな?俺は上司なんだけど」
逃げ道を塞がれ、怯える高橋。大津の低い声は明らかに脅しだった。俺は思わず声をかけた。
「そのくらいにしておけ。そんな言い方したら怖がるだろ」
「久保山のくせに俺に指示するわけ?」
大津は不機嫌そうに俺を睨んだ。内心ビビりながらも、高橋に書類の仕事を頼んでその場を離れた。助けたことはよかった。しかし、その日のうちに、俺のデスクには大量の書類が積まれていた。そして倉庫整理まで押し付けられるようになった。深夜までの残業が続き、数週間後、ついにやってはいけないミスを犯してしまう。取引先との商談をすっぽかしてしまったのだ。
「全く君は何をやっているのかね。新規開拓した販売ルートだったのに」
社長に顔を真っ赤にして怒鳴られ、俺は土下座する思いで謝った。商談の予定は手帳にも何も書き込んでいなかった。俺にはその日に相談を入れていた記憶がない。なのに、メールは俺のパソコンから送信されていて、連日の忙しさで送ったことを忘れてしまったのだと思い込んでいた。
そして、社長から左遷通告の紙を渡された。これ以上、この職場にいるのは無理だと思った。夢務に押しつぶされそうで、もう、どうなってもいいと思った。そんな俺のデスクに、真剣な顔をした高橋が足早にやってきた。
「移動する必要なんてないですよ。私に任せてください」
そして彼女に連れて行かれた先は、社長室だった。ノックもせずに入った高橋は、パソコンを開くと社長にある画面を見せた。
「久保山さんははめられたんです。こちらをご覧ください」
メールの送信時間を見ながら彼女は言った。
「この時間、私は久保山さんと倉庫整理をしていました。久保山さんがメールを送るのは不可能です。倉庫の出入りには防犯のため、総務部に鍵を借りに行くとき入退室の時刻を記録することになってます。その記録を見れば、無実は証明できますから」
事実を知った社長は顔を青くした。
「それじゃあ、誰がやったと言うんだ」
「久保山さんが倉庫整理のためパソコンの前に戻らないと分かっていた人物ですよ。久保山さんに倉庫整理を命令した、あなたの息子さんです」
「なんだと?」
大津が呼び出され、高橋に反論する。
「そんなの証拠がないだろう。新人のくせに生意気だな」
「私を首にするのでしたら、倒産の覚悟はございますか?」
高橋は余裕の笑みを浮かべた。
「どういう意味だ?」
「私、高橋グループの社長令嬢で、会長の孫なんですよ」
その言葉に、社長も大津も顔色を失った。高橋グループは日本最大級のグループ会社で、うちの取引先の7割は関連会社なのだ。
「ここで見逃したことを父と祖父に告げて、即刻取引を中止してもらいますよ」
「ま、待ってくれ。きちんと調査するから」
手のひらを返したように社長が懇願する。すると高橋はスーツのポケットからボイスレコーダーを取り出し、再生ボタンを押した。流れてきたのは、大津から迫られたときの録音だった。大津はその場に崩れ落ちた。
その日のうちに調査が行われ、防犯カメラに大津が俺のパソコンを操作する映像が映っていた。さらに、大津が高橋以外の女性社員にも不適切な行為を行っていたことも発覚した。息子に甘い社長は大津を解雇しなかったが、社員からの冷たい視線に耐えられず、大津は自主退職した。
大津が辞めたことで、部長の席が空き、俺は主任に出世した。今まで日の目を見なかったのは、大津がいたからだったんだ。
「お前の真面目さなら、大津よりもいい仕事ができそうだな」
「大津さんみたいな人よりも、久保山さんの方が上司にふさわしいと思いますよ」
その言葉が嬉しかった。俺は今まで以上に頑張ろうと心に誓った。今は社員の力量に応じて仕事の配分を考え、誰もキャパオーバーにならないようにしている。女性社員も楽しそうに仕事をしていて、大津のせいで辞めようと考えていた社員もいたと知った。
退職後の大津は別の会社に就職したらしいが、今度こそ自分で仕事をこなせるはずもなく、長続きしていないようだった。そして高橋は、今まで以上に俺を支えてくれている。ある時、気になって聞いてみた。
「高橋さんはどうしてここで働いているの?お父さんの会社の方が大きいし、やれることも多いんじゃない?」
「父は私に甘いので、父の会社に就職したら何もできない人間になると思ったんです」
大津とは違い、楽な道を選ばなかった高橋。そんな彼女の輝きを失わせないよう、働きやすい職場を作っていきたい。それが、俺の窮地を救ってくれた彼女への恩返しだと思っている。



