スーパーで買い物をしていたら、近所のよ子さんに突然高笑いとともに言われた。「血田組の若頭があんたをボコって、貧乏症を直してあげるわ」って。彼女の夫は千田組の若頭らしく、それを笠に着て近所の人を次々と攻撃しているという。その標的が私になるなんて。彼女は勝手に私の家の養育費や光熱費を払わせようとし、断ると「あんたはヤクザの若頭の妻に逆らったのよ」と脅してきた。そして夫に電話し、「クリ田ゆきってい…

スーパーで買い物をしていたら、近所のよ子さんに突然高笑いとともに言われた。「血田組の若頭があんたをボコって、貧乏症を直してあげるわ」って。彼女の夫は千田組の若頭らしく、それを笠に着て近所の人を次々と攻撃しているという。その標的が私になるなんて。彼女は勝手に私の家の養育費や光熱費を払わせようとし、断ると「あんたはヤクザの若頭の妻に逆らったのよ」と脅してきた。そして夫に電話し、「クリ田ゆきってい...

スーパーの買い物かごを抱えた私に、けたたましい高笑いが響き渡った。近所のよ子さんが、私を見下すように言い放った。

「血田組の若頭があんたをボコって、貧乏症を直してあげるわ。覚悟しなさい」

彼女の夫は、この地域を根城にする千田組の若頭らしい。それを笠に着て、近所の人間を次々と攻撃してきたという。そして、今度は私が標的になった。

私はクリ田ゆき。27歳。表向きは普通の専業主婦だが、実は栗田組に所属するヤクザだ。父は組の組長で、私は跡目を継ぐことが決まっている身。しかし、夫と結婚し、子どもにも恵まれた今は、子育てに専念するため、普通の主婦として平穏な生活を送っていた。

その日、よ子さんに突然話しかけられた。

「あなた、栗田さんよね。ちょっと今いいかしら」

同じ主婦とは思えない派手な服装。きつい香水の匂いに、思わず顔を背けたくなった。

「専業主婦って、毎日暇じゃない? どうせ家事と子育てくらいしかやることないんでしょ?」

「いえ、そんなことは…」

「小さいって言っても、もう歩いてるじゃない。あなたがどん臭いだけなんじゃないの?」

以前から彼女の悪い噂は聞いていた。近所のママを攻撃して地域から追い出したとか、精神的に参らせたとか。関わらないに越したことはない。そう思って、適当に話を終わらせようとした時だった。

「あの、そろそろ子どものご飯の時間なので…」

「なら、あなたがお友達になってくれない?」

「はあ?」

「実はね、前からのお友達の一人が近々引っ越すことになってしまったの。それで新しいお友達を探していたんだけど、あなたは適任だと思うの。是非お友達になってちょうだい」

ママ友の穴埋めか。断ったら、さらに面倒なことになりそうだ。

「私のお友達になるといいことがたくさんあるのよ。まず、私って美人じゃない? だから男が次から次へと寄ってくるのよ。そのメンズたちと交流会を毎週のように開催してるの。あなたもどう?」

「いや、結構です」

「は? あなたみたいな地味なブスには想像できないでしょうけど、そんな私がおこぼれを恵んであげるって言ってるのに、断るなんて正気?」

「いいえ、私は結構です」

「ちょっと、あなた勘違いしてるんじゃない? この私が声をかけた時点で、あなたは選ばれたのよ。断る権利なんてないわ」

「友達って、そうやって頼んだりするものじゃないでしょう」

「私のお友達っていうのは、世間で言う普通の友人関係とは違うわ。この私の生活をサポートする代わりに、私から素敵なプレゼントを上げる。ギブアンドテイクの関係よ。いわば特権階級のようなものね」

「生活をサポート? どういうことですか?」

「まあ、そういうのはおいおい分かっていくから心配しないで。とりあえず、クリ田さんには私の家の養育費と光熱費の支払い担当になってあげるわ。後で請求書を持っていくから待っていてね」

あきれて物が言えない。勝手にそんな話を進められてたまるか。よ子さんは強引に私のスマホを奪おうとした。

「ちょっと返してください。払いませんよ。友達にもなりません」

思わずはっきりと言い返すと、よ子さんの目がかっ、と見開かれ、怒りで肩が震え始めた。

「は? あんた、そんな態度、私にとっていいと思ってんの?」

「すみません。ただちょっと強引かなと思って」

「この私があんたに特別に養育費と光熱費を払わせてあげるのよ。ありがたいと思いなさいよ」

「無理です。意味が分かりません」

「まあ、あんたみたいな貧乏人には重い話かもね。仕方ない。あんたの夫と三人で話し合いましょう。きっと分かってくれるはずよ。我が家のような後ろ盾があると、この地域でも何かと有利でしょうしね」

「うちは貧乏じゃないですし、夫も了承しませんよ」

「さっきから何、その態度? あんたね、私の旦那が誰か知ってんの?」

「私はね、千田組の若頭の妻なのよ」

え? 千田組? 突然出てきたのは、うちの組と長年因縁のある組の名前だった。

「そうよ。つまりあんたは、ヤクザの若頭の妻に逆らったのよ。あんたはもう、この地域では生きていけないわよ」

どうやら彼女は、夫の立場を利用して近所の人を脅していたらしい。ヤクザの名を勝手に語って一般市民を脅すなんて。同じヤクザとして、組がどう思っているのか心配になってしまった。

「本当にむかつくわね。あんた、今に見てなさい」

そう言ってよ子さんは、どこかに電話をかけ始めた。夫だろう。電話に出た瞬間、彼女の口調が甘ったるいものに切り替わった。

「もしもし、あなた。なんかね、近所のクリ田ゆきっていう女が超むかつくの。あんたの名前出しても全然ビビらないのよ。痛い目見せてやってくんない?」

「千田組の若頭があんたをボコって、貧乏症を直してあげるわ。覚悟しなさい」

これはさすがに調子に乗りすぎだろう。たまたま私はヤクザの組員だったからいいものの、普通の主婦相手に同じことをしているんだ。これは先制攻撃ってところね。

「あ、どういう意味?」

「千田組の若頭さんが殴りに来るのを楽しみに待ってるわ」

それだけ言い残して、私はその場を去った。そしてすぐに、護衛を兼ねた組員に電話を入れた。普段は、万が一の時に備えて何人か近くに配置してあるのだ。

「千田組との因縁は前々からありますからね。いずれは何かしらでこうなったのかもしれません」

「そうかもね。とりあえず、売られた喧嘩は買わなくちゃ。千田組の取引先は押さえてある?」

「もちろんです。全取引先に乗り込みましょうか」

「そこまでしなくても、おそらく取引先は千田組と手を切りたいはずよ。うちが提示すればあっさり切り替えると思うわ。もしそれでもしつこいようだったら、脅してでも奪いなさい」

「わかりました」

組員たちが動き出した。優秀な連中だから、三十分もあれば全ての取引先を押さえられるだろう。これで千田組の資金源は封じられる。さらに、栗田組の息のかかった金融機関を通じて、千田組若頭の個人資金も凍結させた。

そして私は、千田組の事務所へ向かった。場所は曖昧にしか把握していなかったが、近くまで行くと、やけに悪趣味で監視カメラだらけの建物があった。ここだと確信した。

しばらく遠くから眺めていると、事務所から一人の男性が出てきた。声をかけてみる。

「すみません。千田組の若頭っていらっしゃいますか?」

「ああ、若頭は俺だが…。俺、今忙しいんだけど」

まさか本人だったとは。見た目はただのチンピラにしか見えない。

「忙しいところすみませんが、ちょっと話ができますか。多分、その忙しいのと関係あることだと思うんで」

「は? どういうことだよ、てめえ」

「私はクリ田ゆきと言います。奥様のよ子さんに友達になるよう頼まれたのを、断った者です」

「よ子のママ友? なんでそれを断るんだよ。頭おかしいのか?」

「それ、さっき奥さんからも言われたわ。そうやって一般市民を脅して優越感に浸ってるから、取引先が全部逃げたんじゃない?」

「ああ? なんでそのことを…。何なんだ、てめえ?」

「私がよ子さんのママ友を断ったのはね、ヤクザなんか怖くないからよ。特に、組長なんかね」

「てめえ、ヤクザが怖くないだって?」

「なんで私がヤクザを怖がらないのか、考えて分からない? 私もヤクザだからよ」

「は? てめえみたいなどこにでもいる女がヤクザなわけないだろ」

「さっき名乗ったけど、私、クリ田ゆきって言うの。苗字に聞き覚えはない?」

「クリ田…。まさか、栗田組? あの、栗田組の跡目組長?」

「そうよ。あなたが忙しい理由と関係あるって言ったでしょ。千田組の取引先を全部、栗田組に切り替えさせるように指示したのは私よ」

「冗談じゃねえ! なんで栗田組にそんなことされなきゃいけないんだ!」

「それだけじゃないわ。あなたの口座やクレジットカードも、使えないようにしてあるから」

「嘘ばっかり言ってんじゃねえ!」

「嘘だと思うなら、そこらのコンビニででも試してみれば? まあ、恥をかくのはあなたでしょうけど」

私の言葉でピンチに陥った若頭は、茹でたエビのように顔を真っ赤にして震えている。どうやら想像以上に小物らしい。

ちょうどその時、仕事を終えた栗田組の組員たちがぞろぞろと駆けつけてきた。三十人ほどはいただろうか。対する千田組若頭は一人だけ。見るからに動揺している。

「みんな、ご苦労様。無事、終わったみたいね」

「はい。どうやら千田組は取引先に対してもかなり乱暴な振る舞いをしていたようで、取引先を栗田組に切り替えられると、涙を流して喜んだ会社もありましたよ」

「てめえ、マジでヤクザなのかよ…」

「まだそんなこと言ってるの? ほら、あと一つ、忘れてない? よ子さんから頼まれ事があるでしょ?」

「あ? 何の話だ?」

「ほら、さっき電話で『クリ田ゆきっていう女が超むかつくから、痛い目見せてやって』って頼まれてたでしょ。クリ田ゆきって、私のことよ。あんたが来る前に、わざわざ来てやったのよ」

「何だよ、よ子のやつ…」

「さあ、さっさと殴ってみなさいよ。できるものならね」

追い詰められた若頭は、パニックになったのか、その場から突然走って逃げようとした。

「逃がすな」

当然、組員たちに取り押さえられる。

「話は聞いたぞ。お前の嫁は、ママ友たちに男をあてがう代わりに、お前らの生活費を負担させていたらしいな。一般市民に対して、そんな振る舞いをするなんて。お前ら夫婦はヤクザ全体の恥だ」

組員の一人が、若頭を殴った。それに続いて、他の組員たちも次々に殴りかかる。

「千田組の事務所を制圧するぞ」

掛け声とともに、栗田組の組員たちが事務所に雪崩れ込んだ。千田組の事務所では、数人の組員が慌てて電話をかけているだけだった。おそらく、取引先を失ったことで組全体がパニックに陥っており、機能していないのだろう。

すぐに制圧は完了した。ぐったりと座り込んでいる若頭に、声をかける。

「制圧は完了よ。もし望むなら、千田組を栗田組の下に置いてあげてもいいけど、どうする?」

「お願いします! そうじゃなきゃ、俺たちはもう全部失って、路頭に迷っちまう…」

土下座をしながら懇願する若頭の惨めな姿を見ながら、ひと段落ついたことにほっとした。

その時だった。突然、聞き覚えのある声が響いてきた。

「あら、あんた、さっきの女じゃない。なんでこんなところにいるわけ? ああ、自らボコボコにされに来たってわけね。へえ、自分から来たの? でも、結果はそうならなかったみたいだけど」

「は? 何言ってんのよ。てか、あんたなんでこんなにピンピンしてんの? ちょっと、あなた。話が違うじゃない。さっさとこいつ、ボコボコにして痛い目見せてやりなさいよ」

「いや、よ子、違うんだ。この人は…」

「ていうか、なんでそんなにズタボロなの? まさか、あの女が仲間を連れてやってきたとか? ひどい。性格最悪じゃない?」

「こいつ、話を聞け、バカ! この人は、栗田組の跡目組長なんだよ!」

「え? 栗田組って、昔から千田組と因縁があるっていう組の? そんなわけないわよ。第一、聞いたことないわ」

「あのね、私はヤクザだからって優遇してくださいなんて、普通の人に言ってるの? そんなこと、恥ずかしいわよ。あんたたち夫婦、暗いわ。この恥さらし」

「何なの? ひどくない? しかも、ヤクザの跡目組長って、若頭より偉いんじゃない? あんた、陰で私のこと、こっそりバカにして笑ってたってこと? 本当、性格最悪だわ」

「いい加減にしろ! お前がママ友にやってきたことと、この人への先制攻撃のせいで、うちの組は終わったんだよ! 財産も全部差し押さえられた! どうしてくれるんだ!」

「組が終わりで、財産が差し押さえ? 何言ってるのよ。どうしてそんなことに…」

「あんた、まだ自分が誰に喧嘩を売ったのか、ちゃんと分かってないみたいね」

私の低い声に怯えたよ子さんは、反射的にその場から走って逃げようとした。

「そうはさせるか」

足をかけると、よ子さんは見事に転んだ。

「ちょっと、痛いじゃないの! 何するのよ、卑怯者!」

「卑怯者? どっちが? ヤクザの夫を笠に着て、散々好き放題やってきたあんたの方が、よっぽど卑怯でしょ」

「痛い! おい、お前、いい加減にしろ!」

「ごめんなさい! 許してください!」

尻を強く打ったらしく、よ子さんは子供のようにその場でわんわん泣き始めた。その泣き叫ぶ声は凄まじく、通行人が立ち止まって何人かカメラを向けていた。髪もぐしゃぐしゃで、服も汚れており、声を上げて許しを乞う大人の姿は、なかなか見られるものじゃない。

騒ぎを聞きつけたのか、よ子さんのママ友たちも駆けつけてきたが、いつも憧れていたマダムなよ子さんの姿とのギャップに絶句していた。さらに、その時の映像がSNSで拡散され、よ子さんが往来で泣き叫ぶ間抜けな姿が、一晩で世界中に知れ渡ることになった。

それから一年後、千田組は栗田組による経済制裁で解散となった。千田組の中の何人かは栗田組の傘下につき、千田組から奪った新たな取引先を得たこともあって、栗田組は一層規模を拡大させた。

千田夫婦は離婚したらしい。よ子さんの拡散された動画が原因で、子供はいじめられるようになってしまったという。また、今まで取り巻きとしていたママ友たちも目を覚ましたらしく、完全に絶縁されたそうだ。よ子さんはこの地域にいる限り後ろ指を刺されて笑い者になってしまう。それが嫌でこの地域にはいられなくなり、どこか遠くへ引っ越したと風の噂で耳にした。

日頃からまともに生活費を負担させたり、失礼な言葉を平気で投げかけたりするなんて、なんてバカな女なのだろう。今になってしみじみと思う。

一方、私はと言うと、千田組の解体が無事に終わったことで、またヤクザの世界とは距離を置き、子育てと家事に専念する専業主婦に戻ることができた。今日もスーパーに行っても因縁をつけられることのない、穏やかで平和な一日を過ごすのだった。

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