中学のいじめっ子が、10年後、同じ職場に現れた。彼女は親会社の社長令嬢で、自分のミスを「あんたのせいなのよ」と私に押し付けた。誰も逆らえず、私は解雇を言い渡された。荷物を整理するために最後に呼ばれた先は、まさかの社長室。そこに立っていたのは、かつて私がおにぎりを分け与えた、あの貧しい少女だった。「お久しぶりですね、雨宮さん」――彼女は今、この会社の社長になっていた。そして彼女は私に、信じられ…

中学のいじめっ子が、10年後、同じ職場に現れた。彼女は親会社の社長令嬢で、自分のミスを「あんたのせいなのよ」と私に押し付けた。誰も逆らえず、私は解雇を言い渡された。荷物を整理するために最後に呼ばれた先は、まさかの社長室。そこに立っていたのは、かつて私がおにぎりを分け与えた、あの貧しい少女だった。「お久しぶりですね、雨宮さん」――彼女は今、この会社の社長になっていた。そして彼女は私に、信じられ...

「あんたのせいなのよ。あんたが金額から何から確かめもしないで指示したのよ」

中学時代のいじめっ子が、大人になってからも自分のミスを俺に押し付けた。親会社の社長令嬢である彼女に誰も逆らえず、俺は会社を追われるはめになった。

荷物整理のために会社へ向かった俺は、なぜか社長室に呼ばれた。そこには、きりっとしまった目元と鼻筋の通った美女が立っていた。

「お久しぶりですね、雨宮さん」

この見覚えのない美女の正体が判明した瞬間、俺の人生はがらりと変わっていった。

俺、雨宮孝介。23歳でとあるメーカーに契約社員として勤めている。家族は祖母と母だけ。父親は物心つく前の両親の離婚で一度も会ったことがなく、写真の類いも一切ない。なんとなく、父親がどんな人だったのか母に聞くのもためらわれて、触れずに生きてきた。

祖母と母との暮らしは昔から裕福とは言えず、いつもギリギリの生活だった。子供ながらに生活の心配をするのが当たり前で、成長するにつれてクラスメイトや友達と自分を比べて惨めさを味わうようになった。

特に地域で荒れていた中学校に通っていた時は、貧乏なことでからかいの的になっていた。

昼は給食がなく弁当持参の学校で、同級生たちは大きな弁当箱に豪華なおかずとご飯。俺はいつもおにぎりが2個だけ。しかも、朝早くから仕事に出かける母に代わって自分で握っていた。

それでもおにぎりが用意できるだけましな家だった。

同じクラスに西村さんという子がいた。確かおばあさんと暮らしていたはずで、はっきり言って俺よりも貧しい家の子だった。俺の貧乏は彼女のおかげで少し和らぎ、強烈なからのターゲットにされていたのは西村さんだった。

俺たちと同じクラスに、お金持ちのお嬢様の鹿島麗子という子もいた。

鹿島はとにかく西村さんを目の敵にしていた。

「ねえ、あんたさ、すべてが貧相だよね。細いっていうかさ、そんなのただの棒だし、ガリガリじゃん」

「ああ…うん。そうだね」

「そうだねって。貧乏で食べてないからでしょ。かわいそう」

食べるのにも苦労していたらしい西村さんを、鹿島は必要以上に攻撃する。弁当を持ってこれない日もあった西村さんの前で、豪華な弁当を広げて高笑いしているのを見たこともある。

「食べたい? あげてもいいけど、土下座してみせてほしいんだよね。土下座」

当時まだ中学1年生の子供だったのに、鹿島はすでにそこ意地の悪い人間だった。それでも彼女に逆らえば自分の身が危なくなる。だから俺もクラスの全員も沈黙するしかなかった。

夏休み前のある日のこと。俺は西村さんがクラスメイトの弁当を盗もうとする瞬間に遭遇してしまった。たまたま教室に忘れ物を取りに戻って、そんな場面に居合わせた。

「西村さん…」

「あ、あの、ごめんなさい。あの…それ…ごめんなさい。あの、もうしないから」

西村さんは泣きながら俺に何度も謝る。何を言えばいいのかわからず、俺は自分のおにぎりを1つ彼女に差し出した。

「あのさ、そんなことするなら俺のおにぎり分けるよ。2個あるし。俺が作ったのでよければだけど」

「あ…そんな…でも、あの…ありがとう」

西村さんはおにぎりを受け取った。俺はこのことは見なかったことにして、その日以来彼女とおにぎりを分け合うようになった。これも特別な思いやりではなく、淡々とした助け合いみたいなものだった。それで平和になるなら、ぐらいの気持ちだった。

それからしばらくして、今度はクラス内で水奏学部の部費がなくなった。担任や水奏学部の生徒たちが慌てていると、鹿島が声をあげた。

「ねえ、西村って休み時間はいつも1人だよね」

鹿島は西村さんに詰め寄った。

「しかもさっきの休み時間って西村しか教室になかったじゃん」

鹿島はニヤニヤしながらクラスメイトの顔を眺めた。西村さんが問い詰められ、彼女の貧しさを知る全員が鹿島の言い分に納得させられそうになった。

「いや、待ってよ、鹿島さん。西村さんが本当に1人だったかわからないよ」

俺が鹿島に反論すると、学級委員も「先生の指示を待とう」と言って鹿島を黙らせた。

結局、この一件は担任の勘違いで終わることになった。担任は生徒から部費を預かり、職員室の机にしまい込むのを忘れていたのだ。なんとも迷惑な話だったが、俺にとって最悪だったのはこの後。

この一件から、鹿島は俺もからのターゲットにするようになった。西村さんと俺の扱いは変わらず、鹿島の機嫌の悪い日におにぎりを捨てられ、昼食抜きになる日もあった。相手にするのも面倒で、抵抗もせず受け流した。

受験生になった3年生になると、からかいは緩やかになった。鹿島も自分の進学のことで余裕がなかったのだろう。だが、そのタイミングで西村さんの身に大きな変化が起きた。

おばあさんが亡くなり、彼女は天涯孤独になってしまった。

「雨宮君、親切にしてくれて本当にありがとう。私、何もお礼できなくてごめんなさい」

「いいよ。気にしないで。それよりも元気で気をつけてね」

身寄りのない西村さんは児童養護施設に入ることになった。クラスメイトとの別れもそこそこに、彼女は足早に転校していってしまった。

西村さんがどうなったのか、俺もクラスメイトも気にする間もなく、中学時代は過ぎていった。

その後の俺は母の強い勧めもあって高校に進学した。高卒から先の選択肢は俺の中にはなかった。お金の心配をしなくてもいい暮らしを。少しでもそうなれるように働くことを選んだ。

正社員雇用のチャンスも狙える契約社員として、何事にも手を抜かず仕事に励んだ。残業も断らず、資格の勉強もした。先輩や上司はいい評価をしてくれて、難しい案件への挑戦もさせてもらえた。

「近いうちに正社員雇用の試験を受けたらいい。推薦状は用意するぞ」

「本当ですか?」

「ああ、やる気のある者が挑戦してチャンスを手に入れたらいいんだ」

そんな嬉しい誘いをもらい、俺の仕事へのやる気は日に日に増していった。正社員雇用試験に向けて、目の前のやるべきことに集中する日々。

そんなある日、職場に中途入社の社員が配属になった。その社員の顔を見た瞬間、俺は昔を思い出して固まってしまった。

「鹿島麗子と申します。皆様よろしくお願いします」

中学生時代のあの鹿島麗子が、職場にやってきた中途の社員だった。

「あっ、まって。あの…雨宮君だよね」

同僚たちへの挨拶を済ませた鹿島は、俺の近くのデスクにつくなり話しかけてきた。その顔には中学生当時に見慣れていた嫌味な笑みが浮かんでいる。

「雨宮孝介って名前見て、あれって思ったんだよね。なんだ、意外とちゃんとした人生になってるんだね」

「ああ、まあなんとか」

「へえ。ああ、でも契約か。あれ、高卒だっけ?」

「そうだよ」

「そっか。そうだよね。ま、高卒で契約社員になれただけでも良かったね」

大人になった鹿島は、嫌な感じにネチネチと人のコンプレックスをつくようになっていた。見た目はともかく、人間性の成長はある意味で鹿島らしいのかもしれないと思った。

中学時代に戻ったかのように、職場で鹿島の嫌みとからかいを食らう。鹿島はそれだけ仕事そっちのけでそんなことに集中していた。上司の指示もろくに聞かず、振られた業務は先輩だろうが後輩だろうが関係なく人に投げる。

それでも鹿島は職場で大事に扱われていた。鹿島の父親は俺が務める会社の親会社の社長。うちの会社はその子会社で、鹿島は父親のコネで一連の関連企業を渡り歩いていた。将来的には親会社に移り、今はそれに向けての研修期間。ちなみに子会社でも数年後には役職をもらえると決まっているらしい。

鹿島には会社ぐるみで頭が上がらない。それを承知で鹿島も好き放題だった。

「私、こんなちまちました地味なことできません」

「ああ、そうか」

「けど、けどって何ですか? こんなこと、その他大勢がやることでしょう」

上司も鹿島の見幕に押され、顔色と機嫌を伺う。鹿島のやりたがる仕事は、見栄えのする大きなプロジェクトや相手が大手企業の取引ばかり。その裏にある事務処理や雑務は完全無視して人に押し付ける。

そんな姿勢ではいつか問題が起きる。誰もがそう予想していたが、それが的中した。しかもその問題のしわ寄せが、最悪な形で俺に振りかかった。

ある大手メーカーとの取引で、鹿島は珍しく1人で最後まで仕事をした。普段は嫌がる事務処理まで自分で行ったのだが、それは彼女の代わりに手を貸せる人がいなかったから。期日が迫り、誰の手も開いていない状況で、鹿島は仕方なく嫌な地味な作業まで自分の手でやった。

「鹿島さん、先日の取引なんだけどね」

「何ですか?」

「先方からご納品と請求金額の間違いを指摘されているんだ。請求書と納品書の金額記載を謝らなかったかな」

「はぁ? 何言ってるんですか? 私が間違ったっていうわけ?」

「ああ、いや、まだそうだとは。ただ金額と品名の桁数があまりにも違っていてね。先方も怒っているんだ」

「そんなこと知りません」

鹿島はどうやら自分での請求書と納品書の発注で、盛大な間違いを犯したらしい。いつも優しい上司の厳しめの追及から察するに、誤差の金額は億単位のようで、取引先の怒りも相当なもの。取引中止の申し入れも入っていて、緊迫していた。

「鹿島さん、単純なミスかもしれないが、こればかりは見過ごせない」

上司が語気を強めて厳しい言葉をぶつけると、鹿島は目を見開いてヒステリックな声をあげた。

「だから私じゃないって言ってるでしょ! 私がそんなことするわけないの! 私はね、この雨宮に教えられたまま請求書と納品書を作ったのよ。悪いのは適当なこと言った雨宮よ!」

職場に自分の名前が突然響き、俺の顔は上司と鹿島の方へ向く。その反対に、同僚たちの顔は俺に向いた。同僚たちの目には戸惑いが見て取れた。鹿島の言い分を信じているようないないような、どんよりとした雰囲気の視線。

「あの…鹿島さん、これは本当なのか?」

「違います」

「はぁ? あんたのせいなのよ。あんたが金額から何から確かめもしないで指示したのよ」

鹿島は上司も俺も無視して、自分のミスを俺に押し付けるためのストーリーを喋り続けた。俺が取引先への請求書作成のすべての指示を出し、金額のチェックもした。自分は本当にそれでいいのか上司の意見も聞きたいと言ったが無視された。私だって自分で請求書作成するのは初めてで、せめて誰かに見てもらおうとしたわよ。でもそれだって、あんたが止めたじゃない。

鹿島の言い分は当然すべて嘘だ。それでも上司や同僚たちは、彼女の勢いと彼女が持つ立場に押し切られた。俺は反論する時間や場所を与えられず、会社も鹿島のミスを検証しようとしなかった。

最終的に俺はミスの責任のすべてを背負わされた。「申し訳ない」の一言と共に、1ヶ月間の謹慎とそれが明けてからの解雇を言い渡された。

俺は母には何が起きているのか伝えなかった。心配させたくなかったからだ。謹慎期間中は転職活動をしていて、次の会社が見つかったから有給消化だと2人には言って、毎日ひたすらぼんやりと過ごした。

謹慎が半月を過ぎた頃、テレビのニュースに鹿島の父親の会社が登場していた。製造している製品の検査での不正行為が発覚し、製品の出荷停止処分命令が下された。世間からは信用を失い、経営にも大きな支障が出るのは避けられない。

そのニュースを眺めてから、俺はぼんやりと自分が勤めていた子会社について考えていた。鹿島の父親の会社。親会社が窮地に立たされたとなれば、その下にいる子会社は真っ先に煽りを受けるはずだ。上司や同僚のことは気の毒だが、俺はもう会社を出ていく身。鹿島にも腹は立っていたが、彼女は何も困らない。

気が抜けたまま謹慎期間が明けて、俺は荷物整理のために会社に向かった。会社の雰囲気は慌ただしく、俺が在籍していた部署のフロアも人がまばらだった。俺に気づいた数人が控えめな励ましの言葉をかけてくれる。

デスクを片付け、ロッカールームへ行こうとすると、同僚に社長室へ行くよう呼び止められた。最後に叱責でも受けなければいけないのか。暗い気持ちで社長室を訪れると、見知らぬ人がそこにいた。その人は女性で、俺と同世代。うちの社長は60代の男性だったはずだ。この社長に秘書がいただろうか。

「お久しぶりですね、雨宮さん」

「はい…あの、失礼ですが」

「ああ、すみません。そうですよね。覚えていらっしゃらないですよね」

色白で鼻筋の通った顔立ちと、きりっとしまった目元の美人に見覚えがないと言われ、俺はますます首をかしげる。何も言えないまま突っ立っているだけになった俺に、美人女性が正体を明かした。

「私、西村千夏です。中学の時、同級生だった」

「え…西村さん?」

俺の頭の中にあの西村さんの姿が浮かぶ。いつも下を向いて、折れそうな体で所在なさげにしていた白い顔の女の子。

「え、けど…なんで西村さんが…」

俺のまぬけな問いかけに、西村さんはにっこり笑った。そして、自分がこの会社の社長になったという。

西村さんが会社の社長に。何を言われたのかわからなくなり、話に追いつけない。俺の顔を見て頷いた西村さんは、静かに今に至るまでの生い立ちを説明した。

西村さんは現在、ある進興の社長を務めている。事業拡大を見据え、同業他社の買収を検討していたところで、鹿島の父親が経営する会社の不祥事を耳にした。不祥事の内容は目を覆うものではないが、これまでの業績や所有するノウハウは西村さんの会社にとって魅力的なものだった。

「あの検査不正で業績が下がり、あちら側も再建に手を貸してくれる会社というのを探していたんです。そこで思惑が一致して…」

「そうですか」

「ええ、そしてこの会社も含めて、我が社で買収を行いました」

「なるほど…でもびっくりしましたよ。西村さんがそんな有名な会社の社長になっていたって」

昔を思い出すと、今この場でしている会話が信じられない。申し訳ないが、西村さんは俺よりも貧しい家の子で、食べるものにも苦労していた。中学3年生で学校を去っていく時、彼女の未来が明るいとも思えなかった。

「あの転校してからは、どうしていたんですか?」

「祖母が亡くなって施設に入って半年後かな。遠縁の方が私のことを探し出したんです。母方の遠縁で、子供のいない人だったんです。その方が私の存在を知って引き取ってくださったんです」

西村さんを引き取った遠縁の人というのは、世間に名乗り出た企業の社長だった。その人は子供に恵まれず、自分の兄弟もいない。親類縁者も少なく、血が繋がっている西村さんを見つけ、救いの手を差し伸べた。彼女を養子にして市立の中学へ転校させ、手厚い教育と愛情を与える。そして西村さんもその恩に答えて有名大学を卒業し、養父の会社へ入ったという。

養父はひたむきな西村さんに関心し、新しく立ち上げた会社の社長に抜擢した。任された会社の規模を順調に拡大する西村さんは、さらなる成長のために俺が務めていた会社とその親会社の買収をするに至った。

「雨宮さん、あなたに何があったのか、すべて伺いました」

「ああ…ああ、はい」

「過去を思い出して、辛さや悔しさもあったと思います」

「そうですね。確かに」

「ですが、その処分については取り消しとさせていただきます。謹慎は過ぎてしまいましたが、解雇は不当なものですので取り消しです。ですので、雨宮さんには引き続き勤務していただきます」

「え…あ、あの…ありがとうございます」

俺は迷わず頭を下げた。

「あの、何と言えばいいか…」

「いえ、わかります。驚かせてしまいましたね」

西村さんは苦笑いをすると、俺の待遇を正社員にしたいと申し出た。

「これまでの働きぶり、皆さんからの評価。雨宮さんは正社員になるべきです。そして、その上で私の右腕になってください」

「右腕ですか?」

「はい。その力は十分にあるはずです」

「いや、そんな買いかぶりです」

俺が首を振ると、西村さんはそんなことはないと否定した。そして、俺に恩返しをさせてもらいたいと言った。

「おにぎりの恩と言ったらいいでしょうか。あの時、私はお弁当を盗もうとして…」

西村さんの声が細くなる。

「あの時、雨宮さんは私を責めずにおにぎりを差し出してくれました。私はお腹が空いて、自分が惨めだとしか思っていなかったんです。だから、誰かのお弁当を盗んでもいいと自分を正当化していた。私の盗みを止められず、おにぎりを分け与えてもらえていなかったとしたら…」

西村さんは俯いた。

「私は自分のことを悲劇の主人公にしたままなら、きっと人のものを盗むことを何とも思わなくなったはずです。そんな人間の末路は想像するまでもない。だからこそ、あの時に自分を救った雨宮さんに、最大限のお礼をしたい。今なら社長のわがままかもしれないが、それを叶えられる。ですから、社長命令として私のこの頼みは聞いていただきます」

西村さんは笑顔で宣言した。

西村さんの社長就任3年後、俺は正社員としてキャリアを重ね、現在は役職も得て部署を1つ抱える。会社の体制は親会社も含め大きく変わり、旧経営陣は一掃された。

鹿島はと言うと、父親がいなければ会社にとって価値のない人間だった。日頃の行い、俺が巻き込まれたミスの責任もしっかりと取らされ、解雇された。

俺は将来的には本社への異動を打診されている。西村社長の強い希望らしいが、今は期待に答えるために日々精進の日々だ。本社に移った時、西村社長を喜ばせるためにできることに全力で取り組む毎日を送っている。

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