夫の葬式の翌日、遺品の整理をしていたら、引き出しの奥から見知らぬ借用書の束が出てきました。合計で四百二十万円。十年後にすべてを返し終えた時、私の手はボロボロで、息子は私の番号を知らない誰かのものになっていました。それでも私は生きて働き続け、七十二万円を貯めました。それが、十年ぶりにかかってきた息子の泣き声の電話で、半分以上消えました。「お母さんしかいないんだ」と言われて、私は信じました。そし…

夫の葬式の翌日、遺品の整理をしていたら、引き出しの奥から見知らぬ借用書の束が出てきました。合計で四百二十万円。十年後にすべてを返し終えた時、私の手はボロボロで、息子は私の番号を知らない誰かのものになっていました。それでも私は生きて働き続け、七十二万円を貯めました。それが、十年ぶりにかかってきた息子の泣き声の電話で、半分以上消えました。「お母さんしかいないんだ」と言われて、私は信じました。そし...

冷たい水道水で砕いたインスタントラーメンをすすりながら、織田桐ひさえは六十八歳になった自分がまだ生きていることに、むしろ少し驚いていた。家賃五万五千円の木造アパート、剥がれかけた天井のクロス、錆びついた水道。それでも彼女はここを出る選択肢を持っていなかった。外出時は夏でも必ずベージュのトレンチコートを羽織った。コートの下のみすぼらしい服を、誰にも見られたくなかったからだ。手は天剤と漂白剤と熱風の中で毎日六時間過ごすうちに、指の皮がめくれ、関節は赤く硬くなっていた。声は低く、いつも少し小さかった。相手の言葉を遮らないよう、無意識に音量を抑える癖がついていた。すみません、という言葉が口から先に出るのも、長い年月で身についた癖だった。

仕事はホテル向けの寝具類を扱う産業用クリーニング工場での仕分けパート。週五日、朝七時から午後二時まで、時給は千百十円。社会保険はなく、契約は三ヶ月ごとの更新だったが、もう三年続いていた。工場の中は、漂白剤と湿った布と機械油の匂いが混ざり合い、コンベアベルトの音と乾燥機の熱風が一日中続く。ひさえの仕事は、ベルトの上を流れてくる布類を種類ごとに分類することだった。手の感触だけで枕カバー、タオル、バスローブを判別できるようになるのに、一ヶ月もかからなかった。隣に立つのは四十代の派遣社員か、自分よりさらに年上の男性だった。会話はほとんどなかった。昼休みは十五分だけ。いつも一人で隅のベンチに座り、自作のおにぎりを食べた。梅干一個か塩昆布少々で十分だった。

帰宅しても、眠れない夜が続いていた。布団に入ると、頭の中で数字が動き続けた。家賃、電気代、食費、薬代。足し算と引き算を繰り返して目が覚める。実際に眠れるのは深夜二時か三時を過ぎてからで、三時間が限界だった。朝五時半には起き上がり、六時半には家を出た。胃の具合は何年も良くなかった。痛みが強い日は、胃を手で押さえながら仕事をした。同僚に気づかれないよう、体の向きを変え、顔には何も出さないようにした。

アパートに戻ると、まず財布を開いてその日使った金額を確かめた。それから、引き出しの奥にしまってある表紙の擦り切れたA6サイズのノートを取り出した。一ページを縦に三列に区切り、左から日付、金額、と書いて、一円単位で記入していた。もう四年以上続けている習慣だった。このノートだけが、自分が何かを管理しているという感覚を与えてくれた。実際には何も管理できていなかった。毎月の収入は約八万五千円。出ていくものを引けば、残るのは一万円あるかないかだった。それでも数字を書き続けることが、地に足のついた感覚を保たせていた。

食費は月に一万二千円以内に抑えるのが目標だった。一日四百円。朝は食べないか、茹でた麦茶を飲んだ。昼は工場への自賛弁当。夜がいちばん工夫のいる食事だった。インスタントラーメンは五食入りで百九十円ほどのものをまとめ買いした。そのまま食べるだけではなく、鍋の残り汁に翌日の野菜を入れて煮込んだり、茹でずに砕いて振りかけとして使ったり、小麦粉と混ぜて簡単な団子にしたりした。今夜は何が作れるか、それだけが夕方に少しだけ気持ちを軽くさせた。

ひさえが今のような暮らしになったのは、一朝一夕のことではなかった。夫の高明が死んだのは、ひさえが五十一歳の時だった。急性心不全だった。葬儀が終わって遺品を整理していると、引き出しの奥から紙の束が出てきた。消費者金融の借用証の控え。名前を見たこともない人間への借用証。合計で四百二十万円を超えていた。夫が生きている間、ひさえはほとんど何も知らなかった。パチンコに行くことは知っていた。たまに財布の中身が減っていることも。しかし、四百万を超える借金があることは知らされていなかった。息子の達也はその時二十三歳で、専門学校を出てIT関連の会社に就職したばかりだった。ひさえは息子には一切知らせなかった。これは自分が片付けるべきものだと思った。親戚たちが家に来るようになる前に、どこかの清掃の仕事を掛け持ちして、一つずつ返していくしかないと決めた。

七年かかった。その間、ひさえは週の七日、昼と夜の二箇所で働き続けた。食費を月五千円以下に抑えた時期もあった。達也に会いに行く交通費が惜しくて、年に一度、彼の誕生日にだけ電話をかけた。要件だけ話して、五分以内に切るようにしていた。長く話すと、声が震えそうだったから。

借金を完済したのは、ひさえが五十八歳の時だった。しかし、その時貯金はゼロだった。年金の加入期間は断続的で、将来受け取れる金額は月額六万円に満たないことが後には分かった。体力だけで稼げる時間がいつまで続くかも分からなかった。達也が声を避けるようになったのは、それから一年くらい経った頃だった。最初は返信が遅くなり、次に電話に出なくなり、そのうち番号が変わっていた。一度だけ、達也の職場近くまで行ったことがある。昼休みに出てきた息子を遠くから見た。連れていた女性が妻なのだとは分かった。達也は笑っていた。ひさえはそこで声をかけることができなかった。自分の存在があの笑顔を曇らせてしまうと感じたからだ。それきり、ひさえは息子のいる場所に近づくのをやめた。

二〇二六年の初夏、ひさえの生活は表面上は安定していた。貯金は七十二万円まで増えていた。老後の備えと呼ぶには心もとないが、それでも数字が増えていくことは唯一の安心の根拠だった。このまま七十歳まで体が動けば年金が出る。月六万円弱でも、パートを続けながらこの部屋にいれば、何とかなるかもしれない。ひさえはそういう計算を寝る前に繰り返し頭の中で行った。それ以上の希望は持たなかった。

六月の第二週、月曜日の朝だった。工場への出勤前に郵便受けを確認すると、管理会社からの封書が入っていた。部屋に戻って開封した文は短かった。「物価上昇及び近隣相場の変動を理由として、七月分より家賃を二万円引き上げる」。現在の五万五千円が七万五千円になる。ひさえはその紙を台所のテーブルに置いた。置いたまま、しばらく動かなかった。頭の中で計算が始まった。月収八万五千円。新しい家賃が七万五千円。残るのは一万円。そこから電気代、ガス代、水道代、食費、交通費、薬代を出す。できない、という言葉が浮かんだが、口には出さなかった。二万円の増額は、単なる数字の変化ではなかった。これはひさえの計算全体を崩壊させるものだった。七十歳まで保てば、という前提がここで消えた。引っ越すにしても、敷金を払う余力はなく、今より安い物件を探せば、治安、立地、設備のどれかを大きく妥協することになる。

その週から胃の痛みが強くなった。市販の胃薬は以前から飲んでいたが、効き目が薄れてきていると感じていた。本当なら病院に行ってちゃんとした処方薬をもらうべきだと思っていた。しかし、診察と薬代を計算すると手が出なかった。初診で三千円前後はかかる。その金額が食費の何日に相当するか、ひさえは自然に換算してしまった。

家賃値上げの通知が来てから四日後の夜、ノートを開いて七月からの収支を書き直した。どう組み替えても赤字になった。食費をさらに削るとして月九千円。一日三百円。今まではギリギリ達成できていた。しかし、これ以上となると、カロリー的に工場の仕事を続けられるか怪しくなる。体が動かなくなれば収入が途絶える。収入が途絶えれば、全てが崩れる。ひさえはペンを置いた。窓の外は暗かった。街灯の光が部屋の隅にうっすら届いていた。

その電話が来たのは、家賃通知が届いてから十日後の夜、午後九時過ぎだった。知らない番号だった。しかし、仕事関係かもしれない、管理会社かもしれない。そういう思考が先に立って出た。もしもし、と言うと、電話の向こうで息を整えるような音がして、それからしゃがれた声が「お母さん」と言った。ひさえが反応するまでに数秒かかった。達也だった。十年近く、ほとんど連絡を取っていなかった息子の声が、突然耳の中に入ってきた。

「や」
ひさえは、それ以外に出てくる言葉がなかった。電話の向こうの息子は、しばらく黙った後、急に泣き始めた。声を抑えて、息が詰まるような泣き方だった。大人がどうしようもなくなった時に漏れる泣き方だった。

「お母さん、俺、本当に困ってる」

達也が話した内容は断片的で、時系列が混乱していた。半年ほど前から友人の紹介で投資の話に関わり始めた。最初は小額で配当が出た。それで調子に乗って増額した。さらに知人を誘ったところ、三ヶ月前から連絡が取れなくなり、気づいたら全ての資金が消えていた。それだけではなく、名義を貸したローンや保証人になっていたらしく、今になって取り立ての連絡が来ている。金額は三百万と言った。

「助けてほしい。お母さんしかいない」
「百五十万だけでいい。いや、七十万でもいい。そうすれば今月の分だけ何とかなる」

ひさえの頭の中に、すぐに貯金の数字が浮かんだ。七十二万円。工場で手を荒らしながら、一円単位で積み上げてきた数字。理屈の上では断るべきだった。十年連絡を絶っていた息子が、金の話だけで電話をかけてきた。話の内容は、いわゆる投資の被害者によく聞く経緯と重なる。三百万の借金の返済を、七十二万の貯金しか持たない老母に求めている。しかし、ひさえの中には理屈と別のものがあった。それは、息子が泣いているという事実だった。その息子が今、自分に電話をかけてきた。どんな事情があれ、かけてきた。ひさえはその一点に引っ張られていた。

ひさえは電話口に戻って聞いた。
「今、どこにいるの」
達也は自分の家だと言った。妻はいるが、この話は妻にはまだ言えていないと言った。ひさえは少し考えてから言った。
「分かった。全部は無理だけど、今持っているものは送る」
達也の息遣いが変わった。
「ありがとう」

翌朝、ひさえは工場のシフトを始める前に、最寄りの郵便局に立ち寄った。振り込み用紙に金額を書いた。四十万円。貯金の半分以上。残りは達也が何とかするしかない。自分はこれ以上は出せない。窓口の担当者が金額を確認して「間違いないですか」と言った。ひさえは「はい」と答えた。処理が終わり、機械を受け取った。通帳の残高の欄に新しい数字が記されていた。三十二万円。郵便局を出て工場に向かいながら、ひさえは何も考えないようにしていた。考えれば恐ろしくなると思っていたから。

その日の夕方、仕事が終わって帰宅してから、ひさえは達也に電話をかけた。繋がらなかった。翌日もかけた。同じだった。三日目の夜は、メッセージアプリから達也にテキストを送った。既読はなかった。四日目の朝、電話をかけると「おかけになった電話番号は現在使われておりません」という自動音声が流れた。ひさえは受話器を下ろして、台所のテーブルに手をついた。頭の中が静かだった。不思議なくらい静かだった。怒りがないわけではなかったが、それよりも先に、何か重いものが胸の中心に沈んでいく感覚があった。達也が嘘をついたのだという確信が、じわじわと広がってきた。投資詐欺というのが作り話だったのか、本当に被害にあっていたのかは分からなかった。しかし、四十万円は戻ってこない。今の貯金は三十二万円。家賃の値上げは来月から始まる。

六月の末、ひさえが退去を告げられたのは朝の八時過ぎだった。管理会社の男は三十代くらいで、グレーのポロシャツを着ていた。玄関先に立ったまま「すみませんが、七月からの家賃についてもご対応をいただけないようなので」と言った。丁寧な言葉だったが、内容は明確だった。増額への同意書を提出しないなら、七月末までに退去してほしい。ひさえは玄関に立ってその言葉を聞いた。反論する材料はなかった。達也への振り込みがあった後、次の手を考える気力が出なかった。そのまま一週間が過ぎていた。男は続けた。「もし、ご事情があれば相談には乗れますが」。ひさえは「七月末で出ます」と言った。男は「すみません」と言って頭を下げた。扉を閉めて、ひさえは部屋の中を見渡した。六畳に満たない空間。三年と少し暮らした場所。台所の椅子に座り、お湯を沸かした。麦茶のパックを入れて少し待った。それだけのことをしながら、頭の中で整理を始めた。今日は土曜日で工場は休み。退去まで一ヶ月ある。次の住まいを探さなければならない。初期費用は出せない。ノートの一番下のページに、新しい欄を作った。「七月末退去」と書いた。書いてしまえば、少しだけ気持ちが落ち着いた。

一週間かけて、ひさえは安い宿泊施設をいくつか調べた。ウィークリーマンションは一ヶ月に換算すると十二万を上回る。論外だった。シェアハウスは身分証明書と保証人が必要だと言われた。保証人はいなかった。最終的にひさえが見つけたのは、歌舞伎町の外れの横町にある古いカプセルホテルだった。一泊千五百円。身分さえあれば入れる。工場までの距離も、乗り換えなしで三十分以内には収まる。ノートに書いた。カプセルホテル一泊千五百円、月換算四万五千円。今の月収から引いて、残り四万円。食費と交通費と薬を出して、月に五千円から一万円が残る計算になった。

七月二十九日、ひさえはスーツケース一つに全ての持ち物を詰めた。衣類、洗面道具、薬、通帳、ノート、工場の作業着が一枚。それだけでひさえの生活は収まった。使い古した鍋と茶碗は大きすぎてスーツケースに入らなかったので、廊下に置いた。誰かが使うかもしれない。扉に鍵を差したまま、ひさえは一度だけ振り返った。空になった部屋は、初めてここに来た日と同じ顔をしていた。鍵を抜いてポケットに入れた。管理会社に返却する封筒は、郵便受けに入れて建物を出た。外は曇っていた。七月末の東京は蒸し暑く、スーツケースを引く手がすぐに汗ばんだ。

カプセルホテルは、繁華街の喧騒から一本路地を入ったところにあった。入り口は狭く、看板は古びていた。受付には中年の男性が一人いて、テレビに視線を向けながらひさえを一瞥した。ひさえが一ヶ月分の宿泊を申し込むと、男は慣れた手つきで書類を出した。「女性専用フロアは三階です」。カプセルの番号が書かれた紙を渡された。三〇七。エレベーターで三階に上がった。廊下は狭く、照明が少し暗かった。カプセルが壁に沿って二段ずつ並んでいた。ひさえの番号は上段だった。幅が九十センチほどで、奥行きが二メートル。天井まで八十センチ。横になれば、頭が壁に近く、すぐに足もとに届いた。薄い仕切りカーテンを引くと、外との繋がりが切れた。電灯は小さなスイッチで操作できた。コンセントが一口あった。ひさえはスーツケースをロッカーに押し込んだ。通帳とノートとスマートフォンはカプセルの中に持ち込んだ。横になった。天井が近かった。ここが今夜から自分の場所だとひさえは思った。その事実に感情が追いつくのに、少し時間がかかった。

夜が来ると、カプセルホテルの音が始まった。隣の人のいびきは薄い仕切りを超えてはっきり聞こえた。どこかで誰かが咳込んでいた。廊下で誰かが話す声が聞こえた。外の繁華街の音も、壁を通して低く届いた。ひさえはカーテンを引いたままで目を閉じていた。眠れなかった。深夜二時を過ぎた頃、ようやく浅い眠りに落ちたが、朝五時には誰かの携帯のアラームで目が覚めた。目の下に、以前からあった疲れの感覚が一層重くなった。

翌週の月曜日、ひさえは工場に出勤した。更衣室で着替えながら、できるだけ自然に振る舞った。引っ越しをしたことは誰にも言わなかった。同じパートの田辺さんが「ひさえさん、疲れた顔をされてますね」と言った。ひさえは少し笑って「暑いせいですかね」と答えた。田辺さんはそれ以上追わなかった。ひさえは、工場で社員証の住所を確認されることがあるという話を、入社してすぐに聞いて知っていた。書類に記入した住所は、先週まで住んでいたアパートの住所だった。カプセルホテルに住民票は映せないし、映すべきでもないと判断していた。もし何か書類の更新や確認が来た場合、どう対応するか。もし住所が発覚したら、ホームレス状態の人間を雇うことを会社が嫌がるかもしれない。ひさえは、気づかれないよう、工場内で家に関する話題を一切出さないことにした。どこに住んでいるかを聞かれたら、「以前と同じ方向です」と答えるつもりにした。それだけのことを考えるだけで、体の内側が緊張した。

カプセルホテルには台所がなかった。共有スペースに電子レンジとポットが一台ずつあった。しかし、コンビニの弁当を買えば一食三百円から五百円かかる。一ヶ月にすれば食費だけで三万を超える。それは許容できなかった。ひさえは工夫を始めた。朝は近くのコンビニでおにぎりを一個だけ買った。昼は工場の自賛弁当で、ポットのお湯を使えるものに限った。カップスープの素を小さな容器に入れて自賛し、お湯を注いで飲んだ。夜は共有スペースのポットでカップ麺を食べた。一日の食費は二百五十円から三百円に収まった。しかし、体がだんだん食べ物を欲しがらなくなってきたように感じた。食欲が薄れてきていた。空腹感は続いているのに、食べようとすると箸が進まないという状態が続いた。胃の具合は以前より悪化していた。工場の仕事中、痛みが突き上げてくることがあった。休憩所に行って深呼吸をしてやり過ごした。毎晩カプセルの中でノートを開くことが、ひさえの唯一の習慣として残っていた。暗い中でスマートフォンのライトを当てながら、その日の支出を書いた。数字を並べていると、少しだけ正気に戻れる気がした。ノートの中だけは、まだ秩序があった。

それが起きたのは、八月の第二週の朝だった。工場のシフトが始まる前に、ひさえは三階の廊下を歩いていた。自分のカプセルから数歩離れたところで、何かがずれているのに気づいた。三〇七番のロッカーの扉が少し開いていた。鍵のところが曲がっていた。強引にこじ開けようとした後だった。扉を開けた。スーツケースはあった。しかし、中の配置が変わっていた。誰かが触った。ファスナーを開けて確認した。衣類、作業着、薬の袋、どれもある。しかし、内側のポケットに入れていた財布がなかった。財布の中には一万円が入っていた。今月の最後の現金だった。次の振り込みは十日後だった。それから、ノートもなかった。財布は変えられる。現金は何日かを最低限に抑えれば乗り切れる計算が立った。しかし、ノートは変えられなかった。三年以上毎日書き続けた記録。一円単位で書いてきた数字の積み重ね。それが消えた。ひさえはロッカーの前にしゃがんだ。足に力が入らなかった。結局、その場にしゃがんだままになった。しばらくしてから、ひさえは立ち上がった。受付に届け出なければならないと思った。しかし、同時に何が変わるわけでもないという思いも来た。受付の男にロッカーがこじ開けられていたと伝えた。男は「それは申し訳なかったですね」と言ってから、「防犯カメラの映像を確認してみます」と言った。確認すると言っただけで、何かをするとは言わなかった。「被害届は出しますか」と聞かれた。ひさえはしばらく考えた。出したとして、仕事を休まなければならない。時間が取られる。そして、ほぼ確実に戻ってこない。「いいえ」とひさえは答えた。男は「そうですか。今後は貴重品はフロントの金庫に預けることもできますよ」と言った。ひさえは「分かりました」と言った。

現金のない状態で、今日の昼食をどうするか。工場まで歩いて節約できるか。昼は水だけでいられるか。実用的なことを考え続けることで、ひさえはノートのことを頭の端に追いやった。工場までの道を歩きながら、ひさえは一度だけ足を止めた。路地の脇に自動販売機があった。財布がないのだから買えない。分かっていたが足が止まった。ひさえは交通系ICカードにいくら残っているか確認した。三百四十円。電車の往復分だけある。それで工場には行ける。昼食はない。ひさえは歩き始めた。

工場のタイムカードを押すまでの間、体がひどく重かった。睡眠が足りていない。食事が足りていない。胃が痛い。という三つの要素が重なっていた。仕分け台の前に立つと、手がいつもより遅かった。田辺さんが横に来た。「今日は特に顔色が悪いですよ」。ひさえは「少し寝不足で」と言った。田辺さんは黙った後、「ちょっと待って」と言って、自分のバッグから小さなチョコレートを一粒取り出した。「よかったらどうぞ」と言って、ひさえの作業台の端に置いた。ひさえは「すみません」と言った。お礼を言おうとしたが、声が少し詰まった。「ありがとうございます」とようやく続けた。田辺さんは何も言わずに自分の作業に戻った。ひさえはチョコレートを口に入れた。甘さが喉の奥に広がって、なぜか目が熱くなった。それを悟られないよう、目線を下に向けた。こんなことで泣きそうになるとは。チョコレート一粒で感情が動く。それが自分の今の状態だった。昼休みは水だけで過ごした。休憩室の隅で、ひさえは窓の外を見ていた。外は夏の日差しが強く、工場の駐車場のアスファルトが光って見えた。田辺さんがまた声をかけてくれないかという思いが一瞬頭をかすめたが、ひさえはその思いを打ち消した。人の施しを期待するのは、自分に許さないことにしていた。午後の作業が終わった後、上司の中山から声をかけられた。「ひさえさん、今日は動きがゆっくりでしたね。体調はどうですか?」。ひさえは「すみません。暑さのせいかもしれません」と言った。中山は「無理しないでくださいよ」と言った。それ以上の追求はなかった。

その夜、カプセルに戻って、ひさえは新しいノートを探した。コンビニで安いメモ帳を買おうと思ったが、財布がないので現金がない。ICカードにチャージする分の現金もない。ひさえはスマートフォンのメモアプリを開いた。使ったことはなかったが、画面を触りながら操作を覚えた。そこに今日の支出を書き込もうとしたが、現金がなかったから、今日の支出は電車賃の追加だけだった。「食費0円」と書いた。その数字を見ていたら、何かが空虚な感じがした。ノートに書いた数字は、ひさえが実際に動いた証拠だった。今日いくら使って、何を食べて、どう過ごしたか。それが残った。しかし、スマートフォンの画面の文字は、どこか他人のものみたいだった。ひさえはアプリを閉じた。天井の低い空間で、カーテンを引いて横になった。隣の人のいびきがすでに始まっていた。眠れなかった。頭の中でいくつかの問いが繰り返された。来月の家賃は払えるか。おそらく払える。しかし、それがいつまで続くか。体が動かなくなれば仕事を失う。仕事を失えば、全てが終わる。達也のことを、ひさえはこの二週間、意識的に考えないようにしていた。考えると胸の奥で何かが崩れる感じがして、それを立て直す力が今はなかった。ただ一度だけ、夜中に「達也は今どこで何をしているのだろう」という問いが自然に出てきた。答えがなかった。自分が一人であるということはずっとそうだったから分かっていた。しかし、この場所では人々の気配だけが周囲にあって、その誰もひさえとは関係がなかった。人の中にいる孤独というのが、部屋に一人でいる孤独より重いことを、ひさえは今になって知った。

翌週の給料日に、ひさえは振り込まれた給与から必要な現金を引き出し、新しいメモ帳を百均で買った。それを今のノートにした。以前のノートとは違い、罫線ではなく無地で書きにくかった。線を自分で引こうとしたが定規がなかったので曲がった線になったが、仕方なかった。数字を書き始めると、以前の感覚が少し戻ってきた。一円単位の記録。それを続けることが、ひさえに唯一残っている習慣だった。カプセルの生活には少しずつ慣れてきていた。慣れることが良いことかどうかは分からなかった。ただ慣れた。音にも狭さにも他人の気配にも。仕事は続けていた。表面上は何も変わっていないように見えたかもしれない。しかし、ひさえの中で何かが少しずつ変化していた。以前は七十歳まで体が持てば、という計算があった。その先に、何とかなるかもしれないという薄い光があった。今は、その光の輪郭が見えなくなりつつあった。

カプセルホテルの受付で、男はひさえに向かって「申し訳ないんですが、今月分の支払いが確認できていません」と言った。ひさえは財布の中身を何度も確かめていた。三千二百円。今月分のカプセル代四万五千円には遠く及ばなかった。盗難の後、貯金から補填してきたが、その貯金もすでに底を突き始めていた。男は淡々と続けた。「延滞の場合は、退去をお願いすることになっています。規則ですので」。ひさえは「はい」と小さく答えた。それ以上出てくる言葉がなかった。九月の初め、ひさえはカプセルホテルからも出ることになった。荷物はスーツケース一つにまだ収まっていた。盗まれた財布の代わりに買った安いビニール製の財布。新しいメモ帳。それ以外は衣類と薬と通帳だけだった。行き先は決まっていなかった。ひさえは受付で深く頭を下げた。「お世話になりました」。男は何も言わずに頷いた。特別な感情もなく見送られた。それが、ここでの自分の存在の重さだった。

外に出ると、九月の日差しはまだ強かった。ひさえはスーツケースを引いて、とりあえず駅の方向に歩いた。行く当てがないまま歩き続けると、足が止まったのは新宿中央公園だった。公園にはベンチがいくつもあり、木陰があり、噴水の音が遠くから聞こえた。ひさえはスーツケースを脇に置いて、空いているベンチに腰を下ろした。何も考えられなかった。今夜どこで寝るか、その問いだけが頭の中にあったが、答えが出なかった。ネットカフェという選択肢はあった。一晩二千円前後。しかし、それも長くは続かない。貯金はもう五万円を切っていた。ひさえは財布を開いて三千二百円を確認した。それから通帳を確認した。四万八千円。合わせて五万円程度。工場の仕事には今日も出勤しなければならなかった。シフトは午後からだった。しかし、住所が定まらないまま、どう過ごせばいいのか分からなかった。

ベンチに座って三十分ほどが過ぎた頃、ひさえの隣に一人の女性が腰を下ろした。年齢は四十代半ばくらいに見えた。化粧は丁寧で、服装から見ればきちんとしていた。淡いベージュのワンピースに薄手のカーディガン。荷物は大きめのトートバッグ一つだけだった。女性はひさえのスーツケースをちらりと見て、それからひさえの顔を見た。「お引っ越しですか」と聞いた。ひさえは一瞬迷ったが、「まあ、そんなところです」と答えた。女性は笑った。「私も何ですよ。事情があって、ちょっと今住むところを探してる最中で」。女性は楠本リナと名乗った。ひさえも自分の名前を名乗った。リナの話し方は人懐っこく、それでいてどこか疲れがにじんでいた。話を聞くうちに、リナもまた何らかの事情で住まいを失っていることを知った。「離婚したんです。元夫が借りていたマンションを出ることになって、今は友人の家を点々としてる」。ひさえはその話を特に疑うことなく聞いた。リナはトートバッグからコンビニの袋を取り出した。「お弁当買いすぎちゃって」と、ハンバーグ弁当をひさえに差し出した。「よかったら、お一つどうですか?」。ひさえは最初断ろうとした。「受け取れません」と言いかけた。しかし、リナは「いいから、いいから。お互い様ですよ」と言って、ひさえの手に弁当を押し付けるようにした。ひさえは弁当の蓋を開けた。ハンバーグと付け合わせの野菜、白米。コンビニの弁当としては平凡なものだったが、ひさえにとってそれは数週間ぶりの温かくきちんとした食事だった。一口食べた瞬間、ひさえの喉の奥が締めつけられた。味というより、食べ物に対する感覚そのものが久しぶりに戻ってきたような気がした。咀嚼しながら目頭が熱くなるのを感じた。ひさえは俯いてそれを隠そうとした。リナはひさえの様子に気づいていたかもしれない。しかし、何も言わずに自分の弁当を食べ始めた。食べ終わるまでの十数分、二人はほとんど言葉を交わさなかった。しかし、ひさえにとってその沈黙は不思議と心地よいものだった。誰かと隣り合って食事をするという当たり前のことが、ひさえの中で何か別のものに変わっていた。

食べ終わった後、リナは缶コーヒーを一本、ひさえに渡した。「ひさえさん、今夜の宿は決まってますか」とリナが聞いた。ひさえは正直に「決まっていません」と答えた。リナは少し考えるそぶりを見せた。「それから私も何ですよ、実は。今夜友達の家に泊めてもらう予定だったんですけど、急にダメになっちゃって」。ひさえは黙って聞いていた。リナは続けた。「もしよかったら何ですけど、私、知り合いから安く借りられる部屋があるって聞いてて。一部屋で二人で済めば家賃も半分だし、ひさえさんさえよければ、一緒にどうですか?」。ひさえの中でいくつかの思いが交錯した。知らない人間と部屋をシェアすることへの警戒心。常識的に考えれば簡単に乗るべき話ではなかった。しかし、もう一方で、温かい食事を分けてくれた人間に対する素朴な感謝があった。そして何より、現実的な問題として、ひさえには今夜の宿がなかった。ひさえは少しの間黙っていた。「お世話になっていいですか」と言った。言ってしまってから、ひさえ自身少し驚いていた。普段の自分なら、もう少し慎重になったはずだった。しかし、この時のひさえには、慎重になる余力がすでに残っていなかった。

その日の夕方、リナに案内されて、ひさえは新宿から電車で二駅ほど離れた古い雑居ビルの一室に向かった。ビルの二階にあるその部屋は、六畳一間で、台所は小さなコンロが一つあるだけだった。窓は曇りガラスで外の景色は見えなかった。家具はほとんどなかった。畳んだ布団が二組と、小さな座卓があるだけだった。リナは「急で悪いんですけど、今日からよろしくお願いしますね」と言った。「家賃は来週払うことになってるんで、それまでは大丈夫です」と付け加えた。ひさえはその部屋を見渡しながら、安堵とわずかな違和感の両方を感じていた。安堵はとりあえず今夜の寝床ができたことに対するものだった。違和感は、何かはっきりしないものだった。家賃の支払いの仕組みも、誰がこの部屋を借りているのかも、ひさえはまだ理解していなかった。しかし、疲労がひさえの中の違和感を押し流した。

その夜、座卓を挟んで向かい合いながら、リナはひさえに仕事の話を持ちかけた。「ひさえさん、お仕事は今クリーニング工場でしたよね」。ひさえは頷いた。リナは「もしよかったら、もう一つ仕事を紹介できるかもしれません」と言った。「夜間の電話対応の仕事で、時給がいいんです。座って電話を取るだけなので、体への負担も少ないし」。「どんな会社ですか」とひさえは聞いた。リナは「コールセンターみたいなものです。詳しいことは紹介する人から聞いてもらった方が早いと思います。私の知り合いがそこで働いてて、紹介すれば採用されやすいって言ってたんです。ひさえさんみたいにしっかりした人なら、大丈夫だと思います」。ひさえの中でわずかな期待が芽生えた。今の収入だけでは、貯金を取り崩す一方だった。もし別の仕事ができれば、収入が増えて状況を立て直せるかもしれない。ひさえは「その仕事、私にもできそうですか」と聞いた。リナは「もちろんです」と言った。「ただ」とリナは続けた。「手続きの都合で、身分のコピーが必要なんです。本人確認のために」。ひさえは「分かりました」と言った。何の疑問も持たずに、というと嘘になった。一瞬、何かが頭をかすめた。しかし、その違和感を言葉にする前に、リナの朗らかな口調がひさえの警戒を緩めた。

翌日、ひさえが工場の仕事を終えて部屋に戻ると、リナが待っていた。「ひさえさん、例の身分証、お借りしてもいいですか? 明日、知り合いに渡して手続きを進めてもらいたいので」。ひさえは財布から運転免許証ではなく健康保険証を取り出した。免許は持っていなかった。リナは保険証を受け取って、写真を撮った。「それから、もう一つだけ念のため」とリナは言って、「住民票の写しとかありますか」。ひさえは「今は持っていません」と答えた。リナは「それなら保険証だけで大丈夫だと思います」と言った。少しせかすような口調だった。ひさえはその夜、自分の保険証が他人の手に渡ったことに対して、漠然とした不安を感じていた。しかし、同時に新しい仕事への期待がその不安を上回っていた。何か新しいことが始まる。その感覚自体が、ひさえにとって久しぶりのものだった。

それから三日間、ひさえはいつも通り工場に通った。リナは朝は遅くまで寝ていることが多く、ひさえが出勤する時にはまだ布団の中にいた。夜、ひさえが帰ってくると、リナが部屋にいることもあれば、いないこともあった。ひさえはリナの生活リズムについて深く詮索しなかった。お互いに事情があるのだろう、という程度の理解で済ませていた。二日目の夜、リナはひさえに夜間の仕事の件を「もう少し待ってくださいね。書類の確認に時間がかかってるみたいで」と言った。ひさえは「はい。お願いします」と答えた。三日目の朝、ひさえが工場に向かう前、リナはまだ布団の中にいた。ひさえは「行ってきます」と小さく声をかけた。リナは寝ぼけたような声で「行ってらっしゃい」と返した。それが、ひさえがリナの声を聞いた最後だった。

その日の夜、工場の仕事を終えて部屋に戻ると、リナの荷物がなくなっていた。トートバッグも、布団の片方も、洗面道具も、何もかも消えていた。机の上に何かのメモが残されているかと思って目を凝らしたが、何もなかった。ひさえは最初、何かの間違いだと思おうとした。リナが一時的にどこかへ出かけているだけかもしれない。しかし、部屋を見渡すうちに、その可能性が薄いことが徐々に分かってきた。ひさえはスマートフォンを取り出して、リナの電話番号にかけた。呼び出し音がなった後、機械音声が流れた。「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」。ひさえはその場に立ち尽くした。頭の中でいくつかの記憶が急速に繋がり始めた。家賃を払うという話があったのに、誰がこの部屋の契約者なのかは一度も確認していなかった。夜間の仕事という話があったのに、会社名も連絡先も知らなかった。そして、自分の保険証はリナの手に渡ったまま、戻ってきていなかった。達也の時と同じだ、という思いがひさえの中で浮かんだ。信じたかった。誰かが自分に親切にしてくれているという事実を信じたかった。その願望が警戒心を上回ってしまった。ひさえは自分自身に対して静かな怒りを感じた。しかし、怒りの感情は長く続かなかった。それよりも、これからどうなるのかという不安が急速にひさえを覆い始めた。

三日後の夜、ひさえが工場の仕事を終えて部屋に戻ると、扉の前に二人の男が立っていた。一人は三十代くらい、もう一人は四十代くらいに見えた。スーツのような服装をしていたが、どこか着崩れていて、整っているとは言いがたかった。ひさえが近づくと、年配の方の男が「織田桐ひさえさんですね」と確認してきた。ひさえは「はい」と答えながら足が止まった。男は手にしていた書類の束をひさえの前に突き出した。「これ、見てもらえますか」。ひさえは書類を受け取った。手が震えた。そこには、消費者金融とは異なる、個人融資のような形式の契約書があった。借入人の欄に、織田桐ひさえという名前が記されていた。署名欄には、ひさえが見たこともない筆跡で、しかし自分の名前が書かれていた。金額は三百万円だった。ひさえは「これは私が書いたものではありません」と言った。声が震えた。男たちはひさえの言葉に嘲笑った。「年配の男が「それは、こっちが知ったことではないんですよ。本人確認書類のコピーも揃ってますし、契約書には保証人の署名もあります」と続けた。ひさえはその「保証人」という言葉に息を飲んだ。保証人の欄を確認すると、そこには見知らぬ名前があった。ひさえは何が起きたのかを頭の中で繋ぎ合わせようとした。保険証のコピー。リナが持ち去ったもの。ひさえが一度も会ったことのない誰かが、その情報を使ってひさえの名前で契約を結んだ。あるいは、リナ自身が何らかの形でこの契約に関わっていた。ひさえには、全てを確認する術がなかった。ただ事実として、三百万円の借金の名義が自分のものになっていた。若い方の男がひさえに近づいた。「俺たちもね、好きでこんなことしてるわけじゃないんですよ」。口調は柔らかかったが、目には冷たいものがあった。「会社から回収するように言われてる以上、こっちも仕事なんで」。ひさえは後ずさった。年配の男が「まあ、今日は下がとやかくは言いません。ただ、この件はうちの方でも記録に残してますんで、また連絡させてもらいます」と言った。男たちはそれだけ言うと、背を向けて去っていった。ひさえはその場に立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。手の中の書類をもう一度見た。三百万円という数字が視界の中で揺れた。自分の名前を悪用された。借りてもいない金の返済を求められている。部屋に戻ることが、ひさえには怖くなった。あの部屋にもう自分の居場所はないと感じた。誰の部屋だったのかすらも確かではなかった。ひさえはスーツケースを取りにもう一度部屋に上がった。荷物をまとめながら手が震えていた。早くこの場所を離れなければならないという思いだけが頭の中にあった。あの男たちが今夜また戻ってくるかもしれない。ひさえはスーツケースを引いて階段を駆け下りた。外に出ると、夜の空気が湿っていた。九月も半ばを過ぎて、夜はいくらか涼しくなっていた。ひさえはどこに向かうとも決めずに、ただ歩き始めた。歩きながら、頭の中でいくつもの問いが渦巻いていた。三百万円という借金を自分はどう返せばいいのか。返せなければどうなるのか。今夜どこで眠ればいいのか。明日、工場に行けるのか。手元にあるのは、スーツケース一つと、三千円に満たない現金と、自分の名前で結ばれた覚えのない三百万円の契約書だけだった。ひさえは駅前の街灯の下で一度足を止めた。達也のことを思い出した。リナのことを思い出した。どちらも、ひさえが誰かを信じようとした結果だった。信じることが、ひさえを追い詰めていた。それでも、とひさえは思った。誰も信じずに生きていく方法を、ひさえはまだ知らなかった。ひさえはスーツケースの取っ手を握り直し、再び歩き始めた。行き先はまだ決まっていなかった。

クリーニング工場の裏口で、ひさえは中山に呼ばれた。「ひさえさん、ちょっといいですか?」という声には、いつもと違う硬さがあった。その短い距離の間に、何か悪いことが起きる予感があった。九月の終わりから、ひさえは寝る場所を毎晩変えていた。公園のベンチ、二十四時間営業のファストフード店、深夜営業のサウナの仮眠室。晩のうちに何箇所も移動することもあった。理由は単純だった。同じ場所に長く止まれば、見つかるかもしれないという恐怖があったからだ。見つかるというのが誰を指すのか、ひさえ自身明確には分かっていなかった。あの夜の二人組かもしれない。あるいは、もっと別の誰かかもしれない。ひさえの中で恐怖は、もはや具体的な対象を持たず、漠然とした重さとして体にしかかっていた。それでも、工場の仕事だけは続けていた。それが最後の繋がりだった。

裏口で向き合った中山は、目を合わせようとしなかった。「ひさえさん」と中山は切り出した。「さっき、外で話をしました。あなたの件で、消費者金融系の取り立ての人間が来ているようです」。ひさえは「それは私のせいではありません。騙されたんです」と言いたかった。声がうまく出なかった。中山は「分かってます。分かってますけど」と言って、少し間を置いた。「それから、会社としては、ああいう人たちが出入りするようになるのは困るんです。他のパートさんたちの安全のこともありますし」。ひさえは何も言えなかった。中山は「申し訳ないんですが、今日でシフトを終わりにしてもらえますか」と言った。「ひさえさんが悪いわけじゃないとは思ってます。でも、会社としてはこうするしかないんです」。ひさえは「分かりました」と小さく答えた。反論する言葉も抗議する力も、ひさえの中には残っていなかった。中山の言うことは理不尽だった。しかし、同時に利にかなってもいた。会社の立場からすれば、取り立て屋が出入りする職場を放置するわけにはいかない。ひさえにもそれは理解できた。理解できることと、受け入れられることは別の問題だった。中山は最後に「本当にすみません」と頭を下げた。それから「これ、今月分の給料です」と封筒を差し出した。ひさえは封筒を受け取り、深く頭を下げた。「お世話になりました」。更衣室で作業着を脱ぎ、ロッカーから私物を取り出した。タオル一枚、安いハンドクリーム、古い鏡。それだけのものを、ひさえはビニール袋に入れた。工場を出る時、田辺さんが廊下の向こうからひさえに気づいて駆け寄ってきた。「ひさえさん、やめちゃうんですか? 本当に?」と田辺さんは言った。ひさえは「ええ、ちょっと事情があって」とだけ答えた。詳しく話す気力はなかった。田辺さんは何か言いたそうにしていたが、結局「体に気をつけてくださいね」とだけ言った。それから、自分のバッグから何かを取り出して、ひさえの手に握らせた。小さな包みだった。中身はお菓子だとは分かった。ひさえは「ありがとうございます」と言った。声が震えた。工場の門を出る時、ひさえは一度も振り返らなかった。振り返れば、何かが崩れる気がした。

収入源を失ったことで、ひさえの状況は急速に悪化した。貯金はもうほとんど残っていなかった。日雇いの仕事を探そうとしたが、住所不定の状態では面接にすら呼ばれないことが多かった。食事は一日一食、それも乾パン一つやコンビニの廃棄寸前の値引き商品で済ませることが増えた。胃の痛みはもはや慢性的なものになっていた。痛みがあることが当たり前になり、痛みがない時間の方が珍しくなっていた。それでもまだ動けた。動けるうちは何とかなる。ひさえはその思いだけを支えに毎日を過ごしていた。

十月の半ば、ひさえは達也に電話をかける決心をした。達也の番号はもう使われていないことを知っていた。しかし、達也が結婚していることを思い出した。一度だけ遠くから見た、息子の妻の顔。その妻の連絡先は知らなかったが、達夫婦が以前住んでいたと思われる場所はおぼろげに覚えていた。ひさえは最後の所持金からテレホンカードを買い、公衆電話を探した。駅前に一台だけ見つけた。以前の記憶を頼りに、達也が使っていたかもしれない固定電話の番号にかけてみた。呼び出し音が数回なった後、女性の声が出た。ひさえは「もしもし。達也の母です」と名乗った。電話の向こうで一瞬沈黙があった。それから、女性の声が低く硬くなった。「ひさえさんですか」と女性は言った。声には明らかな警戒と、抑えきれない苛立ちが混ざっていた。ひさえは「すみません。突然」と言いかけた。女性はひさえの言葉を遮るように「もう、やめてください」と言った。「うちにはもう関わらないでください。達也も私も、ひさえさんのことで、これ以上振り回されたくないんです」。ひさえは「達也は元気にしていますか」とだけ聞いた。女性はしばらく黙った後、達也の名前を言いかけて、また止まった。それから、はっきりとした声で言った。「達也は、もう十年以上前に死んだって聞いてます。それでいいじゃないですか。今更、何の用ですか?」。ひさえは受話器を握ったまま、言葉を失った。達也は生きている。少なくとも数ヶ月前に電話をかけてきて、四十万円を受け取った人間は達也のはずだった。しかし、その達也が自分の妻に対して「母親はもう死んだ」と話している。ひさえの頭の中でいくつもの可能性が交錯した。達也が嘘をついたのか。あるいは、本当に何かの事情があって、母親の存在を消そうとしているのか。どちらであっても、結論は同じだった。達也は、ひさえを切り捨てた。女性は最後に「もう、電話してこないでください」と言って、一方的に電話を切った。ひさえは受話器を耳に当てたまま、しばらく動けなかった。ツー、という機械的な音だけが耳の奥に響いていた。その音は、ひさえが最後に持っていた息子との繋がりという感覚を、静かに、しかし確実に断ち切っていく音だった。ひさえは受話器を置いた。公衆電話のボックスの中で、ひさえはガラスに映る自分の顔を見た。頬がこけていた。目の下には深い影があった。コートの襟元は、もう何日も洗っていないせいで薄汚れていた。これが自分の顔か、とひさえは思った。

その夜、ひさえは廃駅のベンチで強い腹痛に襲われた。これまでの鈍い痛みとは違う、突き上げるような痛みだった。ひさえは体を折り曲げ、両手で腹を押さえた。冷たい汗が額に滲んだ。しばらくして、込み上げてくるものがあった。ひさえはホームの端にうつむくようにして向かい、嘔吐した。吐しゃ物には暗い色が混じっていた。ひさえはそれを見て、何かが体の中で限界を迎えていることを悟った。病院に行くべきだとは思った。しかし、手元にある金額では診察すら受けられない。ひさえは震える手で口元を拭い、再びベンチに戻った。横になることもできず、座ったまま夜を過ごした。

それから二ヶ月近くが過ぎた。十一月、十二月。冬が近づくにつれて、ひさえの体力は目に見えて落ちていった。寒さの中で眠ることは、夏や秋のそれとは比べ物にならないほど過酷だった。ひさえは見つけられる限りのダンボールや古い布を体に巻きつけ、廃駅のベンチで夜を過ごし続けた。日中は、できるだけ温かい場所を探して歩いた。図書館の閲覧室、ショッピングモールの休憩スペース、ファストフード店の片隅。長居をすれば追い出されると思っていたので、ひさえは常に移動を続けた。食事はほとんど、誰かが捨てた弁当や、値引きシールの貼られた廃棄寸前のパンに頼っていた。一日に一度口にできるかどうかという状態が続いた。ひさえの意識は次第に曖昧になっていった。何時にどこにいたか、何を食べたか、記憶が連続しなくなることが増えた。

十二月二十四日の夜、東京には雪が降っていた。気象予報では、数年ぶりの大雪になると言われていた。ひさえがそれを知ったのは、駅の電光掲示板に流れていたニュースの文字を見たからだった。雪は午後から降り始め、夜になる頃にはすでに薄く町を覆っていた。気温は氷点下近くまで下がっていた。ひさえはいつもの廃駅にたどり着く前に、体力の限界を感じた。足が思うように動かなかった。スーツケースを引く力もほとんど残っていなかった。ひさえは繁華街の外れにある、二十四時間営業のコインランドリーを見つけた。扉を開けて中に入ると、乾燥機の熱と洗剤の匂いがした。ひさえはその温かさに思わず泣き出しそうになった。店内には誰もいなかった。ひさえは隅にある椅子に腰を下ろした。乾燥機が一台、ごとんごとんと音を立てて回っていた。ひさえはその音をぼんやりと聞いていた。体の感覚が、少しずつ遠いていくようだった。ふと、正面の洗濯機のガラス扉に、自分の姿が映っているのに気づいた。そこに映っていたのは、自分が知っている織田桐ひさえとは、ほとんど別人だった。頬はこけ、目は落ちくぼみ、髪はもつれていた。トレンチコートは薄汚れ、所々が破れていた。ひさえはその姿をじっと見つめた。ここまで、何があったのだろうとひさえは思った。夫の借金を七年かけて返した。息子のために自分を犠牲にした。それなのに、息子は離れていった。最後にすがった息子からの電話は、結局、ひさえから金を奪うだけのものだった。家を失い、騙され、三百万円という覚えのない借金を背負わされ、仕事を失い、そして今、誰からも何の繋がりも持たない場所に、一人で座っている。ひさえは、自分の人生の中で、何か一つでも自分のために選んだことがあっただろうかと考えた。答えは出てこなかった。ひさえの中で、何かが静かに折れていく感覚があった。これまで、どんなに苦しくても、明日への何かしらの足がかりを探そうとしてきた。ノートに数字を書くこと、節約の工夫をすること、誰かに頭を下げて助けを乞うこと。ひさえはそうやって自分を支え立たせてきた。しかし、今、ひさえの中には、その足がかりを探そうとする力さえ残っていなかった。頭の中がひどく静かだった。痛みすら遠くに感じられた。ひさえは、自分がもうこれ以上歩けないところまで来てしまったことを、ぼんやりと理解していた。コインランドリーの外では、雪が降り続いていた。ひさえは椅子から立ち上がった。スーツケースを引く力はもう残っていなかった。ひさえはそれをその場に残したまま、扉を開けて外に出た。冷たい風が、薄い服を通して体に突き刺さった。ひさえは何かを考えているわけではなかった。ただ足が自然に動いていた。雪が積もり始めた道を、ひさえはゆっくりと歩いていった。町の明かりが一つ、また一つと後ろに遠ざかっていった。人通りはほとんどなかった。クリスマスイブの夜、町の喧騒は別の場所にあり、ひさえが歩く道には降り積もる雪の音だけがあった。ひさえは、自分がどこに向かっているのかも、もう分からなくなっていた。ただ歩いた。雪が肩に降り積もり、髪に積もり、それを払う気力もなかった。頭の中は、ひどく静かだった。達也のことも、リナのことも、工場のことも、もう何も浮かんでこなかった。ただ、足を一歩また一歩と前に出すことだけが、ひさえに残された唯一の行為だった。

川沿いの道に出た時、ひさえは足を止めた。川面には、街灯の光がわずかに反射していた。雪がその水面に、音もなく落ちては消えていった。ひさえはその場に立ち尽くした。これ以上進む先も、戻る場所も、自分にはないように思えた。体の奥から、長い疲労だけが滲み出していた。その時、雪を踏む足音が遠くから近づいてくるのが聞こえた。「お母さん」と、背後から声がかけられた。ひさえはその声に反応するまで数秒かかった。意識のどこかが、まだ自分の体から離れたところにあるようだった。振り返ると、合羽を着た中年の女性が、息を切らしながら立っていた。「夜間の見回りをしているものです」と女性は言った。「すごい雪ですね。こんな時間に、こんな格好でお一人で、大丈夫ですか?」。女性は自分を中里と名乗った。路上生活者や生活困窮者の支援を行うNPO法人のスタッフで、冬場は特に夜間の見回りを強化しているのだと説明した。手にしていた懐中電灯をひさえの方に向けながら「寒くないですか? 温かいお茶があります」と言った。ひさえは何も答えなかった。答える言葉が見つからなかった。中里はひさえの顔を懐中電灯の光の中でじっと見つめた。その視線が少しずつ変わっていくのが、ひさえにも分かった。驚きと、それから何か確信のようなものへ。「もしかして」と中里が言った。「織田桐さんですか? 織田桐高明さんの、奥様のひさえさん」と。ひさえはその名前を聞いて、初めて顔を上げた。中里はひさえの反応を見て続けた。「私、昔、織田桐さんのお宅にお世話になったことがあるんです。中学生の頃、家に居場所がなくて、夜遅くまで公園にいたら、高明さんが声をかけてくれて。何度もご飯を食べさせてもらいました」。ひさえは夫の名前を、もう何年も他人の口から聞いていなかった。記憶の奥にあったものが、急に呼び覚まされる感覚があった。中里は「こちらに来てください」と、ひさえの腕に手をかけようとした。ひさえはその手を、弱々しいながら振り払った。「結構です」とひさえは言った。声が、自分でも驚くほどかすれていた。「私のことは、ほっといてください」。中里はその言葉にひるまなかった。「ほっておけません」と言った。「こんな雪の中で、こんな時間に、こんな場所に一人でいる人を」。ひさえはその場から動こうとしなかった。これ以上、誰かに迷惑をかけたくないという思いが、ひさえの中で固まっていた。これまでの人生で、何度も誰かを頼り、その度に裏切られ、あるいは自分自身が誰かを苦しめてきた。もう、誰の世話にもなりたくなかった。ひさえは「私には、もう行くところがないんです」と言った。声が震えた。「三百万の借金があって、息子にも見捨てられて、仕事もなくて。生きていても、何もいいことがないんです」。中里は、ひさえの言葉を遮らずに、最後まで聞いた。それから中里は静かに言った。「織田桐さんが、どれだけ辛い思いをしてきたか、私には全部は分かりません。でも、『生きていても何もいいことがない』って決めるのは、今のこの瞬間の織田桐さんじゃなくていいと思うんです」。ひさえは何も言えなかった。中里は続けた。「借金のことも、息子さんのことも、仕事のことも、全部、今すぐにどうにかしろとは言いません。ただ、今夜だけは、温かい場所で休んでください。それだけでいいんです」。ひさえの中で何かが緩んだ。抵抗する力も、もうほとんど残っていなかった。ひさえはその場に崩れるように座り込んだ。雪の積もった地面の冷たさが、膝から伝わってきた。中里はすぐにひさえの隣にしゃがみ込み、「大丈夫です」と何度も繰り返しながら、持っていた毛布をひさえの肩にかけた。ひさえは毛布の重みと温かさを感じながら、声を出さずに泣いた。涙が頬を伝って、雪の積もった地面に落ちていった。

その夜、ひさえは中里に付き添われて、NPOが運営する一時保護施設に向かった。タクシーの中で、ひさえはほとんど何も話さなかった。中里も無理に会話をしようとはしなかった。ただ時折、「もうすぐ着きますから」と声をかけるだけだった。施設は住宅街の中にある、古いが清潔な建物だった。中に入ると、暖房の効いた空気がひさえの凍えた体を包んだ。スタッフの一人が、温かいお粥とお茶を用意してくれた。ひさえは震える手でスプーンを持ち、ゆっくりと口に運んだ。久しぶりに食べる温かい食事だった。味を感じる余裕はまだなかった。それでも、体の中に温かいものが入っていくという感覚が、ひさえを少しずつ現実の方に引き戻していった。

翌朝、ひさえは施設の提携病院で診察を受けた。医師は、ひさえの胃の状態を見て、すぐに精密検査が必要だと言った。検査の結果、胃に腫瘍が見つかった。長期間の栄養不足とストレスが原因だろうと医師は説明した。「入院が必要です」と医師は言った。ひさえは「お金がありません」と小さく答えた。付き添っていた中里が「それについては、心配しなくて大丈夫です。生活保護の申請と並行して進めますので」と言った。ひさえは「生活保護」という言葉を聞いて、複雑な表情を浮かべた。それは、ひさえがこれまで、自分とは関係のないものだと思い込んできた言葉だった。入院初日の夜、ひさえはベッドの上で天井を見つめていた。生活保護を受けるということは、ひさえにとって、自分の人生が完全に失敗したことを公的に認めることのように感じられた。これまで、どんなに苦しくても、自分の力で何とかしようとしてきた。働いて、節約して、数字を書き続けて。それが、もう続けられないと認めることになる。ひさえは布団を強く握りしめた。

翌日、見舞いに来た中里に、ひさえは言った。「生活保護を受けるくらいなら、このまま誰にも迷惑をかけずに、消えてしまいたいです」。中里はその言葉に、すぐには答えなかった。少し間を置いてから、静かに言った。「織田桐さんは、『迷惑をかけたくない』って、ずっと言いますね」。中里は続けた。「でも、私が中学生の時、高明さんに何度もご飯を食べさせてもらった時、私は『迷惑をかけてる』なんて、高明さんに一度も言われたことがありません。むしろ、『いつでもおいで』って言われました」。ひさえは夫の名前をまた聞いた。胸の奥が締めつけられた。「誰かに助けてもらうことは、迷惑をかけることとは違うと思うんです。織田桐さんが高明さんから受け取ったもの。私が今、誰かに返そうとしているだけなんです。だから、織田桐さんが今、私から何かを受け取ることも、同じことなんじゃないでしょうか」。ひさえは何も言えなかった。ただ、目から涙がこぼれた。

退院後、ひさえは中里の紹介で、法律相談を受けることになった。担当した弁護士は、四十代くらいの落ち着いた男性だった。事情を聞いた弁護士は、「その契約は、典型的な名義悪用です。ひさえさんが署名していないことが証明できれば、債務は無効にできる可能性が高いです」と言った。ひさえは「本当ですか」と聞いた。声が震えた。弁護士は「もちろん、簡単な手続きではありませんが、しっかりと対応していきましょう」と言った。それから数週間、ひさえは何度も役所と弁護士事務所に通った。書類は多かった。本人確認、収入の申告、これまでの住所の変遷、契約書の筆跡鑑定のための資料提出。ひさえは一つ一つの手続きを、丁寧に、しかし疲れた表情でこなしていった。二月の終わり、ひさえは裁判所で破産の手続きを正式に申し立てた。申立書に署名する時、ひさえの手はわずかに震えていた。これまでの人生で積み上げてきたものが、紙の上の文字一つで清算されていく。そういう感覚があった。弁護士は「これは織田桐さんの失敗ではありません」と言った。「これは、織田桐さんを利用しようとした人間たちの責任です。法律は、そのために存在しているんです」。ひさえは頷いた。完全には納得できていなかったが、それでも前に進むしかないことは分かっていた。並行して、ひさえは生活保護の申請手続きも進めていた。担当のケースワーカーは三十代の女性で、淡々とした口調で、しかし丁寧に必要な条件を説明した。資産状況、収入の有無、家族からの援助の可能性について、いくつもの質問がされた。家族からの援助については、ひさえは言った。「息子がいますが、もう十年以上、ほとんど連絡を取っていません」。ケースワーカーは「それについては、特に問題ありません。家族に頼れないことを理由に、申請が却下されることはありませんので」と言った。ひさえはその言葉に、少しだけ救われた気がした。三月の初め、生活保護の受給が決定した。ひさえは決定通知の書類を受け取りながら、複雑な感情を抱えていた。安堵と、それから、まだ拭いきれない屈辱感が、同時に胸の中にあった。

三月の半ば、ひさえは区が斡旋する福祉住宅の一室に入居することになった。部屋は六畳ほどの広さだった。古いが、清潔に保たれていた。窓には鍵がしっかりとかかり、トイレと風呂は共同だが、建物全体が管理されていて、見知らぬ人間が勝手に出入りできる構造ではなかった。ひさえは初めてその部屋に足を踏み入れた時、しばらく玄関先に立ったまま動けなかった。鍵をかけられる部屋。それだけのことが、自分にとってこれほどまでに大きな意味を持つとは。以前のひさえは、知らなかった。入居から数日かけて、ひさえは少しずつ部屋に必要なものを揃えていった。中里が知人から譲り受けたという小さな炊飯器を持ってきてくれた。区からは、最低限の寝具と簡単な調理器具のセットが支給された。ひさえはそれらを部屋の隅に、一つ一つ丁寧に並べていった。生活保護の受給額は、決して多くはなかった。支給を差し引いた手元に残る金額は、月に七万円程度だった。それでも、ひさえはその金額の中でどうやりくりするかを、自然と考え始めていた。

ある日、区からの帰り道、ひさえは百円ショップに立ち寄った。文房具の棚の前で、ひさえは足を止めた。様々な種類のノートが並んでいた。ひさえはその中から、以前使っていたものに似た、方眼が入った薄いノートを選んだ。レジで会計を済ませ、ノートを手に持ったまま、ひさえはしばらくその表紙を見つめていた。その夜、ひさえは新しい部屋の小さな台所で、鍋に水を入れ、火にかけた。棚には、安いインスタントラーメンが何袋か並んでいた。ひさえはその一つを手に取り、袋を開けた。お湯が沸く音を聞きながら、ひさえは麺を鍋に入れた。湯気が、狭い台所に立ちのぼった。ひさえはその湯気を見つめながら、何も考えないようにしていた。麺が出来上がると、ひさえはそれをどんぶりに移し、座卓の前に座った。新しく買ったノートを、隣に置いた。ひさえはどんぶりの中を見つめた。それからノートを開いて、今日の日付と、ラーメンの値段を書き込んだ。三十円。ペンを置いてから、ひさえは箸を取った。一口、麺をすすった。味は、以前と同じインスタントラーメンの味だった。しかし、ひさえの中で、その味の意味は少し変わっていた。これは、もう誰にも見られないように隠れて食べる食事ではなかった。鍵のかかる自分の部屋で、自分のために作った食事だった。それでも、ひさえの頬を涙が伝った。麺をすする音と、涙がどんぶりに落ちる小さな音が、静かな部屋に響いた。ひさえはそれを拭おうとはしなかった。ただ、箸を動かし続けた。達也のことを、ひさえはもう完全には許せていなかった。これから先、達也が再び連絡をしてくることがあるのか、ひさえには分からなかった。もしそうなった時、自分がどう対応するのか、ひさえ自身まだ答えを持っていなかった。リナという女が今、どこで何をしているのかも、ひさえは知らなかった。あの三百万円の契約が完全に無効になるまでには、まだ時間がかかるだろうと弁護士から聞いていた。ひさえの体は、まだ完全には回復していなかった。月に一度、通院することになっていた。体力も、以前のようには戻らないかもしれないと、医師から言われていた。それでも、ひさえは今夜、温かい食事を自分の部屋で、自分のために食べていた。どんぶりの中身が空になる頃、ひさえは箸を置いた。ノートを閉じて、棚にしまった。窓の外では、三月の夜風がまだ少し冷たく吹いていた。ひさえは布団を敷きながら、明日もまたこの部屋で目を覚ますだろうことを、漠然と思った。それが幸福と呼べるものなのかどうか、ひさえにはまだ分からなかった。ただ、今夜はここにいる。それだけが確かなことだった。

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