家まで財布を届けたら、次の日クビになった。公園で拾った、ボロボロの服を着たおじいさんの財布。中には札束がぎっしり。高級車に乗り込む老人を追いかけて、豪邸まで届けた。おじいさんは涙を流して感謝してくれた。翌日、職場に現れたその人物の正体を知った俺は、社長から”拾った財布を届けるような頭”だと嘲笑され、解雇された。親切心が裏目に出たと諦めかけた時、一通のメールが届いた。差出人は、あの議員の孫娘だ…

家まで財布を届けたら、次の日クビになった。公園で拾った、ボロボロの服を着たおじいさんの財布。中には札束がぎっしり。高級車に乗り込む老人を追いかけて、豪邸まで届けた。おじいさんは涙を流して感謝してくれた。翌日、職場に現れたその人物の正体を知った俺は、社長から"拾った財布を届けるような頭"だと嘲笑され、解雇された。親切心が裏目に出たと諦めかけた時、一通のメールが届いた。差出人は、あの議員の孫娘だ...

「じじの財布を拾った罪で、お前は首だ。」

その言葉を聞いた瞬間、俺は自分の耳を疑った。たかが拾った財布を届けただけなのに、なぜここまでされるのか。すべては数日前に遡る。

秋の冷たい雨が降る中、俺は久しぶりの休日を近所の公園で過ごしていた。疲れ切った心を癒やそうと、色づき始めた木々を眺めながら歩いていると、目の前で一人の老人がベンチから立ち上がった。全身ボロボロの服を着た、まるでホームレスのような風貌だった。

「あ、痛たた……」

腰を押さえて立ち上がった老人は、ゆっくりと歩き出した。すると、その後ろに何かが落ちていることに気づいた。財布だ。俺は慌てて拾い上げ、声をかけようと駆け出した。だが、老人は公園の出口に停まった黒塗りの高級車に迷うことなく乗り込んだ。

「え?」

呆気に取られて立ち尽くしている間に、車は風のように走り去ってしまった。残されたのは、俺の手の中にある財布だけ。開いてみると、中には札束がぎっしりと詰まっていた。ざっと見ても十数万円は入っている。

もしかしたら、これだけあれば……。

悪魔の囁きが頭をよぎる。給料は下がる一方で、物価と家賃は上がる。貯金もできない生活。だが、俺は首を振った。

「どんな理由があろうと、他人のお金を盗むのはいけない」

財布の中には健康保険証が入っていて、住所も書いてあった。高級住宅街として知られる場所だった。俺はタクシーを拾い、住所を告げた。運転手に料金を払って降りると、そこには映画のセットのような豪邸が広がっていた。白い塀に、手入れの行き届いた日本庭園。まるで別世界だった。

ちょうどその時、あの高級車が屋敷の前に滑り込んできた。後部座席から降りてきたのは、やはりあの老人だった。

「君はどなたかな?」

「は、はい。こちらを落とされたようだったので……」

俺が財布を差し出すと、老人は目を見開いた。

「おお! これは私の財布じゃ! 君が拾ってくれたのか!」

老人は震える手で財布を受け取り、涙まで浮かべて何度も頭を下げた。

「今の世の中、こんなに親切な若者がいるとは……。君の名前を教えてくれないか」

俺は名刺を渡した。老人はそれを受け取り、ジッと見つめた。

「上平君か。この恩は決して忘れない」

そう言って、老人は財布を宝物のように胸に抱きしめた。

数日後、俺は社長室に呼ばれた。中に入ると、社長と向かい合って座っている人物がいた。あの日、財布を拾って届けた老人だった。驚く俺に、社長はこう紹介した。

「こちらは一ノ瀬先生だぞ。現役の国会議員だ」

俺が知り合った老人は、なんと現役の国会議員だったのだ。一ノ瀬議員は俺に深々と頭を下げた。

「上平君、改めて礼を言う。君の誠実さに触れて、私も心を入れ替えようと思えた。ありがとう」

社長はその場で俺を褒めちぎり、「弊社が誇る優秀な社員だ」と一ノ瀬議員に紹介した。あの日、俺は、この小さな親切がやがて日本を揺るがすことになるとは知る由もなかった。

翌日、再び社長室に呼ばれた。昨日とは打って変わった社長の冷たい声。そして、告げられた言葉。

「お前には辞めてもらう」

「え?」

「聞こえなかったのか? 解雇だと言ったんだ」

あまりにもあっさりと、まるで机の上のゴミを捨てるかのように、俺は解雇を告げられた。理由は「業績悪化による整理解雇」。だが、本当の理由は昨日の俺の言動にあった。

「昨日の言葉が本心だと思ったか? 拾った財布を正直に届けるだけの頭だ。本音と建前も理解できない」

社長はそう笑い捨てた。俺は呆然としながら、何も言い返せずに社長室を出た。残りの一ヶ月は引き継ぎ作業に追われ、俺は後輩たちに知識を惜しみなく伝えた。彼らを守るために。そう、最後の日まで。

「みんな、聞いてくれ。俺は今からここを去る。これは、俺がみんなにできる最後のことだ。この会社に未来はない。逃げられる者は逃げてくれ」

涙をこらえながら、俺は会社を出た。後輩たち全員がエントランスまで見送りに来てくれた。その顔を忘れることはないだろう。

それから三ヶ月が経った。俺は起業していた。社名は「上平システム」。それまで培ってきたエンジニアとしてのスキルを生かすためだ。しかし現実は厳しかった。無名の企業に、誰も大切なシステム開発を依頼しない。貯金は底をつき、生活は苦しいばかりだった。

そんなある日、一通のメールが届いた。差出人は「一ノ瀬キン」。内容は「現在進行中のプロジェクトがあり、是非上平様のお力をお貸しください」。一ノ瀬議員の秘書を名乗る人物だった。俺は藁にもすがる思いで返信し、喫茶店で待ち合わせをした。

現れたのは、驚くほど美しい女性だった。長い黒髪に、大きく澄んだ瞳。彼女は一ノ瀬議員の孫娘であり、第一秘書だと言った。

「祖父の依頼で、上平さんにどうしても協力してほしいことがあるのです。西テックに絡む闇を、一緒に暴いてほしい」

「闇?」

一ノ瀬議員の事務所に連れて行かれ、俺は真実を知った。西テックと複数の国会議員の間で、不正な金のやり取りがあるというのだ。一ノ瀬議員は、その不正を暴くために密かに動いていた。

「私が決心したのは、あの日君が財布を届けに来てくれた時だ。君の誠実さに触れて、私も自分の初心を取り戻そうと思った」

一ノ瀬議員の熱意に押され、俺は協力を決意した。あの会社にはまだ後輩たちがいる。彼らを守るためにも、この不正を暴かなければならない。俺たちは三週間かけて証拠を集める計画を立てた。

ある日、俺は買い物に出かけた先で、西田社長に呼び止められた。

「ようやく罠から出てきたな、上平」

「何の話でしょうか?」

「俺の会社にネズミが入り込んでいるんだ。駆除しなきゃならなくてな」

全て察していた。俺は動揺を隠しながら、その場を離れようとした。だが、社長は俺の腕を掴んで離さない。

「お前のバックは誰だ? 教えるなら許してやってもいい」

「絶対に、教えません」

その時、背後から声が響いた。

「やめないか」

振り返ると、そこには一ノ瀬議員が立っていた。俺たちは一ノ瀬議員の事務所に向かうことになった。だが、そこに着いても社長は一切動じる様子がなかった。むしろ、余裕の笑みさえ浮かべている。

「一ノ瀬先生、あなたが上平のバックでしたか。残念ですね。このまま引退していれば、平和に議員生活を送れたものを」

「お断りしよう」

「何?」

「不正を見逃せば、何のために政治家になったのか分からない」

一ノ瀬議員の目に強い決意の光が宿った。すると、突然社長のスマートフォンが鳴った。社長が応答すると、電話の向こうから秘書の叫び声が聞こえてきた。

「システムが停止しました! 開発部の業務がストップしています!」

「バカな!」

「無駄です」俺は静かに言った。「そのシステムを構築したのは、俺なので」

「な、なんだと?」

「お忘れですか? 二年前、俺が独自に開発支援ツールを作ったこと。あれを開発部に導入したのは、あなたの命令でした。俺は、そのツールにバックドアを仕掛けておいたんです」

社長の顔色が変わる。そこへ、電話口から後輩の田中が声を上げた。

「社長! 僕たちは退職願を持ってまいりました!」

「なに?」

「社長の命令で、システムを復旧させることはできませんでした。それと、社長のために働いていたのは上平さんのためです。社長が上平さんを追い出した時点で、もう限界でした」

電話口からは、次々と退職を申し出る声が続いた。開発部の全社員、20人が辞職を決意していたのだ。

「そして、不正の証拠は掴みました」

「なんだって……」

それは俺たちの本当の目的だった。セキュリティの脆弱な部分を突いて証拠を集める方法を、田中たちに一ヶ月かけて指示していた。社長が誤認するよう、俺のアドレスでアクセス履歴を残させることも仕組んでいた。

「私の負けだ」

社長は糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。

その後、西テックの社長は逮捕された。彼と複数の国会議員たちによる入札の不正操作、裏金の授受、多くの罪が明るみに出た。西テックはブラック企業としての実態も暴露され、世間の批判を浴びて倒産した。一ノ瀬議員は政治の最前線に復帰し、社会の不正と戦い続けることを誓った。

そして、田中君を筆頭に20人の後輩たちが、俺の会社にやってきた。

「上平さん、ここで一緒に働かせてください!」

こうして俺は一挙に20人の人材を確保した。一ノ瀬議員の紹介もあり、仕事も順調に回り始めた。俺たちは「上平システム」をIT業界の新星へと育て上げた。今では200人を超える社員が働く会社になっている。

そしてもう一つ、俺の人生に大きな変化があった。一ノ瀬議員の孫娘、キンさんとの関係だ。彼女が俺の様子を見に来てくれるうちに、二人の距離は縮まり、やがて交際へと発展した。

「優さん、今日はどこに行く?」

「そうだな。海でも見に行くか」

「嬉しい!」

こうして休日を一緒に過ごすことが、今では何よりの幸せだ。一ノ瀬議員の作戦が働いていたのかもしれないが、まあいいか。幸せだから。

俺は思う。進む道を選ぶ時には、大きな勇気が必要だ。だが、自分の損を顧みず誠実に生きる道を選んだおかげで、俺は今の幸せを掴むことができた。たった一人の小さな行動が、大きな変化を生み出すきっかけになる。あなたの勇気も、いつか誰かの希望になるかもしれない。だから、迷った時は、未来の自分に誇れる道を選んでほしい。

「約束です。私たちおじいさんとおばあさんになっても」

「うん。それまでも、その先だって、きっと一緒にいよう」

秋の冷たい風が吹く中、俺たちは手を繋ぎ、寄り添い合った。

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