夫が義父のクレジットカードを手に取り、義母と一緒に高級レストランへ出かけようとした時、私は震えが止まらなかった。病院で意識不明の重体と聞かされた義父を差し置いて、「死んだら連絡しろ」と言い放った夫の顔は、かつて優しく微笑んでいた男とは別人だった。結婚してから続く義母の虐待、父への暴力。すべてを我慢してきた私に、ある日思わぬ真実が待っていた。夫の正体を知った時、私はこう思った。「この人たちは、…

夫が義父のクレジットカードを手に取り、義母と一緒に高級レストランへ出かけようとした時、私は震えが止まらなかった。病院で意識不明の重体と聞かされた義父を差し置いて、「死んだら連絡しろ」と言い放った夫の顔は、かつて優しく微笑んでいた男とは別人だった。結婚してから続く義母の虐待、父への暴力。すべてを我慢してきた私に、ある日思わぬ真実が待っていた。夫の正体を知った時、私はこう思った。「この人たちは、...

父が事故に遭ったと聞かされたのは、義父の秘書である小林さんからの電話だった。意識不明の重体だと言う。私は血の気が引く思いで、夫の貴行と義母に知らせに行った。すぐに病院へ向かわなければならない。必死に伝えたのに、二人の反応はあまりにも冷たかった。

「俺が何だって?あんたの父親がどうなろうと知ったことじゃない」

二人は私の父が事故に遭ったのだと勘違いしていた。違う、事故に遭ったのは義父なのだ。私は誤解を解こうと必死に訴えた。

「違います!とにかくすぐに病院へ行ってください!」

しかし、夫も義母も私の言葉に耳を貸そうとしない。

「は?行くわけないだろ。死んだら連絡しろ」

そう言い捨てると、貴行は義父のクレジットカードを手に取り、義母と共に最高級レストランへと出かけてしまった。あまりの身勝手さに、私は震えが止まらなかった。

私は一人で病院へと向かった。そこで待っていたのは、予想もしていなかった光景だった。

私は高田小雪、25歳。三つ年上の夫・貴行と義両親と共に暮らしている。私が生まれ育った家は、代々続く老舗の和菓子店だった。父は和菓子職人として、毎日厨房に立っていた。口数は少ないが優しい人で、父が生地に込める愛情は人一倍だった。繊細なのに、口いっぱいに広がる優しい甘さ。それは父の愛情そのものだった。私は父の作る和菓子が大好きだった。

母はそんな父を支えながら店頭に立ち、いつも笑顔を絶やさない人だった。私が覚えている限り、母が不満を口にしたことはない。どんなことも前向きに考え、建設的な意見を言う人だった。

そんな両親に見守られて育った私。しかし、私が十歳の頃、両親は離婚した。私は父に引き取られることになった。離婚の理由は分からなかったが、父の背中が寂しそうだったのを覚えている。

それからというもの、父は男手一つで私を育ててくれた。どんなに忙しくても、自分の寝る時間を削ってでも私を優先してくれた。授業参観も運動会も、時間を作っては必ず来てくれて、私に寂しい思いをさせまいと必死に頑張ってくれた。母がいない寂しさがなかったと言えば嘘になるが、それでも私は十分幸せだった。

しかし、私が高校三年生になった直後、父が追突事故に遭った。配達に行った帰りのことだった。居眠り運転のトラックと正面衝突してしまったのだ。幸い命に別状はなかったものの、父は全身麻痺となってしまった。医師はリハビリをすれば改善の余地はあると言うが、元の生活に戻るには相当な時間が必要だった。

当時、大学への進学を希望していた私は、父が働けなくなった以上、それを諦めるしかなかった。治療費や今後の生活費を考えると、大学へ行くより就職して収入を得る必要がある。そう思った私は、高校卒業後、地元の企業に就職した。

毎日父の介護をしながら懸命に働いた。それでも、毎月の生活費と父の治療費を支払うと、手元に残るお金はわずかだった。貯金をする余裕も、自分の身だしなみにかけるお金も、毎日の食費さえも節約しなければやっていけない状況だった。それでも、いつか父がまた和菓子を作れるようにと願っていた。

しかし、五年経っても父の容態に変化は現れなかった。もしかしたら、父は一生寝たきりなのかもしれない。そう思いながらも、私は希望を捨てられなかった。父が作る和菓子をもう一度食べたい。父の和菓子は、私にとって幸せそのものだった。寝たきりになってからの父も、そのことだけを願ってリハビリに励んでいた。

そんなある日、訪問診療に来てくれた医師から明るいニュースが届いた。父が全身麻痺になった原因は、事故による脊髄の損傷だったのだが、それは不完全損傷で、手術とリハビリで十分改善できるというのだ。父がまた和菓子を作れるようになる。私の胸に希望が生まれた。しかし、手術には多額の費用が必要だった。父が元の姿に戻れるのであれば、すぐにでも手術を受けさせてあげたい。だが、当時の私には手術費用を用意する余裕はなかった。

借金して手術代を用意しようかとも思ったが、返済を考えるとそれも難しい。頼れる親戚もいない私は、一人で思い悩む日々を送っていた。

そんなある日、私の前に高田商事の社長秘書である貴行が現れた。貴行は、社長から見舞いに行くよう言われ、家を尋ねてきたという。高田商事は、かつて父が技術協力を行っていた会社だった。まだ私が小さい頃のことだが、それまで国内で仕入れた食品を販売するだけの事業をしていた高田商事が、独自の商品を作ろうと、和菓子職人である父の技術に目をつけたのだ。以来、高田商事の社長は父のことを気にかけてくれていた。

「わざわざありがとうございます」

社長の代理として父を見舞ってくれた貴行に、私は丁寧に礼を伝えた。

「お父さんがこんなだと、生活は大変でしょう」

「ええ、まあ…でも、仕方ないです」

貴行は同情する目で私を見つめたが、現実を受け入れる以外、どうすることもできなかった。

それから数日後、また貴行が訪ねてきた。

「俺の父が、親父さんの治療費を肩代わりするって言ってるんだ」

貴行は社長の意思を伝えに来たのだ。技術開発に協力したとはいえ、高田商事の社長はどうしてそこまでしてくれるのか。私は複雑な思いを抱いた。

「ただし、俺と結婚すればの話だ」

貴行は私の見た目が気に入ったと言い、自分と結婚すれば高田社長が家族として父の治療費を出してくれるという。

「少し考えさせてください」

高田商事の御曹司で息子ということ以外、私は彼のことを知らない。そんな男性と本当に結婚していいのだろうか。高田商事といえば、地元では有名な大企業で、中心地に建てられた豪邸は地域の人々にとって憧れの存在だった。その屋敷で妻としてやっていけるだろうか。高田社長は人格者で知られているが、夫人は気が強い人とも聞く。その家に入ってやっていく自信などなかった。

それでも、結婚すれば父に手術を受けさせてあげられる。父を救うためには、この契約を受け入れるしかない。そう思い、私は結婚を受け入れた。

三か月後、私は貴行と結婚し、父と共に高田家へ引っ越した。

「よく来てくれた。何も遠慮しなくていいから、楽に過ごしなさい」

義父は私と父のことを快く受け入れてくれた。

「そうよ。貴行が選んだ人だもの。私たちにとっても、娘になるんだから」

義父の隣で、義母も笑顔を見せてくれている。

「もう何も心配いらない。俺を受け入れてくれてありがとう」

貴行の優しい笑顔に、私は救われた思いだった。

「私は仕事で不在にすることが多い。何かあれば貴行に相談すればいいから、安心して暮らしなさい」

「ありがとうございます」

もしかしたら、ずっと苦労してきた私に神様がプレゼントをくれたのかもしれない。貴行と結婚したことで、生活費にも父の治療費にも悩む必要がなくなった。その日は家族たちと食卓を囲み、穏やかな時間を過ごした。

ようやく悪夢が終わる。私はほっと胸を撫で下ろしていた。しかし、翌日、義父と貴行が仕事に出かけると、義母の態度が激変した。

「いつまで座ってるの?さっさと家事をしなさい」

朝食の片付けをし、一息つこうとリビングのソファに座った瞬間、義母の怒声が飛んできた。

「掃除と洗濯が終わったら、草むしりもするのよ」

義母は高田家の嫁としてのルールを教えると言い、一日中私に家事をやらせた。父の治療費を出してもらっている以上、私に拒否権はない。しかし、義母に言われるまま仕事をしても、何度もやり直しを命じられ、ようやく解放された時には、私は疲れ果てていた。それでも、父には疲れた顔を見せないように笑顔で接した。自分のせいで私が苦労していると思わせたくなかったからだ。

その翌日、朝食の準備をしようと朝五時半に起き、急いで台所へ向かった。

「こんなに遅く起きてきて、どういうつもり?お父さんが優しくするからって、いい気にならないで」

すでに起きていた義母は、開口一番私を罵倒した。

「すみません」

義母に怒鳴られながら、なんとか朝食を準備し、義父を見送る。そしてまた一日中、義母にこき使われた。

高田家の嫁としての役割を果たさなければ、父を救うことはできない。そう思うと文句も言えず、私は言われるままに作業をこなしていった。それからも義母の嫌がらせとも取れる行動は続いた。私の行動を監視し、一日中用事を言いつけられる。毎日家族全員分の靴を磨かされ、家の中に誇り一つ残すことも許されない。義母が友人とお茶会をすると言えば、準備から後片付けまで全てやらされるのだ。父の介護をしていても、義母に呼ばれたらすぐさま向かわなければならない。少しでも義母の機嫌を損ねると、一時間以上に渡る説教をされる。

そんな毎日を、いつしか苦痛に思うようになった。体力の限界を感じている自分もいた。義母の要求に答えていると、父の世話も満足にできないばかりか、自分の時間など少しも取れなかった。

ある日、私は思い切って貴行に相談することにした。

「お父さんの介護をする時間だけは作ってもらえるよう、あなたからお母さんに言ってくれないかな」

「は?なんで俺が」

貴行は不機嫌な様子を見せ、自分には関係ないと言い捨てた。

「今のままじゃ、父の世話をする時間も取れないの」

「母さんが言うことに従えないなら、親父さんの治療費も打ち止めだな」

貴行は治療費を盾に私を脅してきた。貴行は私を気に入って結婚したのではないのか。最初に見せていた顔とは全く違う、鬼のような表情に私は戸惑ってしまった。

「お前は金で買った俺のおもちゃだ。文句を言う権利はない」

その言葉に、私は絶望を感じた。貴行は最初から私を妻として迎えるつもりなどなかったのだ。私は自分たちが都合よく使えるおもちゃでしかない。その現実を突きつけられ、私の未来は真っ黒に染まった。

それからも、貴行と義母の嫌がらせは続いた。大勢の場であっても、二人は私を見下してくる。私のことを名前ではなく「下女」と呼び、人前で平然と罵倒するのだ。そればかりか、貴行と義母は父のことも邪魔者扱いした。「お荷物」「役立たず」と父を罵倒し、私が介護する時間も与えない。しかし、義父がいる間だけは本性を隠し、私にも笑顔を見せる。

「余計なことを言ったら、あなたの父親の命はないと思いなさい」

義母に脅されていた私は、二人に話を合わせるしかなかった。せめて毎日、義父に帰ってきてほしい。そう願っても、叶うことなどなかった。

幸い、義父の金銭的支援により、父は手術を受け、専門の理学療法士によるリハビリも受けさせてもらっている。そのおかげで、父の容態は劇的に改善していた。貴行と結婚して半年も経つと、寝たきりだった父が自力で歩けるまでに回復したのだ。まだ数メートルしか歩けないが、発症当初の父からすれば大きな進歩である。父が回復すれば、貴行との関係も変わるかもしれない。私の中に期待が生まれた。

しかし、貴行と義母は父の回復を疎ましく思っていたようだ。ある週末、義母に言いつけられた用事を済ませ、父の元へ向かうと、義母の声が聞こえてきた。

「もっと歩けるように、一緒にトレーニングしましょう」

義母は優しい顔で父を手伝ってくれていた。しかし、父が立ち上がった次の瞬間、義母は父の手を離し、突き飛ばしたのだ。

「何をするんですか!」

驚いた私は慌てて父に駆け寄り、体を起こした。

「今更元気になられても困るのよ。どうせ何にも役に立たないんだから、大人しく消えたらいいの」

義母は父をわざと転ばせ、病情を悪化させようとしたのだ。

「この人がうちの支援を受けている限り、あなたは私たちに逆らえない。そうでしょ」

義母は嫌な笑みを浮かべ、私を見下していた。義母の行動をスマホで撮影していた貴行は、ニタニタと笑いながら私と父を嘲笑っていた。

別の日には、父に用意した食事に大きな虫を混入させたり、父の元に置いてある水差しの水を、酢に入れ替えていたこともあった。その様子を貴行は裏アカウントを使い、SNSに流していた。私だけならまだしも、父にまで虐待を繰り返す二人が許せない。私は言いようのない怒りを感じていた。それでも、義父に父の治療費を出してもらっている手前、大きな声で抗議することもできなかった。

私や父に対し、義父は笑顔を見せてくれているが、その本心は測り知れない。もしかしたら、貴行と義母の嫌がらせも義父の意思なのかもしれない。そう思っていた。

「なんとか、父に対する暴力だけはやめてもらえないか」

そう思い、何度か二人に頼んでみたが、私の願いなど聞き入れてもらえず、私は連日、精神をすり減らしていた。

そんな中、ある日、高田家の固定電話に義父の秘書である小林さんから電話がかかってきた。小林さんは焦った様子で、社長が交通事故に遭い、意識不明の重体で病院に搬送されたと告げたのだ。驚いた私は、急いで貴行と義母に報告しに行った。

「お父さんが事故に遭って、重体だって!」

「それがどうした」

貴行は関係ないと言い捨てた。義母も「あんたの父親がどうなろうと知ったことじゃない」と、私の話を聞き流した。どうやら二人は、私の父がリハビリ中に出歩き、事故に遭ったのだと勘違いしたらしい。

「違います!ちゃんと話を聞いてください!」

私は誤解を解こうと必死に訴えた。

「これでお荷物が消えてくれるわ」

義母は私の言葉に耳を貸さず、不気味な笑みを浮かべながら笑っている。

「とにかく、すぐに病院へ行ってください!」

「は?行くわけないだろ。死んだら連絡しろ」

貴行はそう言い捨てると、義父のクレジットカードを手に、義母と共に最高級レストランへと出かけてしまった。

仕方なく、私は一人で小林さんから聞いた病院へと向かった。しかし、義父がいるはずの病室から、なぜか笑い声が聞こえてくるのだ。不思議に思いながら病室のドアを開けると、そこにはかすり傷だけで、ピンピンしている義父の姿があった。

「重体じゃなかったんですか?」

「この通り、元気だよ」

義父はいたずらな笑みを見せた。実は、義父は以前から貴行と義母の不正を疑っていたらしい。そのため、自分が窮地に陥った際の二人の本性を見極めようと、あえて重体という情報を流し、一芝居打ったそうだ。

「不正って…」

義母のそばにいた小林さんが、数枚の書類を私に差し出した。そこには、貴行が長年に渡り会社のお金を横領している事実や、義母が義父に無断で資産を売り払い、自身の娯楽に使っていた事実が書かれていた。さらに小林さんは、二人が父に行っていた虐待の数々の動画も抑えていた。

「まさか、ここまでしているとは」

義父は呆れたように深いため息をついている。その時、小林さんのスマホが鳴った。応答した小林さんは、スマホをスピーカーにして、私の前に差し出した。そこには、貴行と義母が最高級レストランでワイン片手に盛り上がっている様子が映し出されている。義父は部下を使い、二人を尾行させていたようだ。

「あなたも、飛んだおもちゃを買ったものね」

「けど、十分楽しめたでしょう」

「まあね。けど、そろそろ飽きてきたわ」

二人は私のことを言っているのだろう。その様子を、義父は厳しい目で見つめていた。その時、レストランにいる二人の元に、親族や会社関係者から次々と連絡が入ったようだ。画面越しにも「社長が重体だというのに、今どこにいるんだ!」と怒声が響いてくる。その瞬間、顔を真っ青にした貴行は、私に電話をかけてきた。

「お前の父親が重体なんじゃなかったのか」

「いいえ、事故にあったのは高田社長よ」

ようやく真実に気づいた二人は、大慌てでレストランを後にした。

三十分後、貴行と義母が病室にやってきた。

「あなた、どうしてこんなことに!お父様、行かないで!」

二人は涙を拭うふりをしながら、ベッドに横たわる義父にすがりついている。

「どうしてこんなに遅くなったんですか?」

「その女が知らせなかったのよ!夫が重体だって知ってたら、すぐに駆けつけるわ!」

義母は私に責任を押し付けてきた。

「いいえ、私はちゃんと伝えました。でも、私の父が重体だと勘違いしたお二人は、『死んだら連絡しろ』と言い残し、出かけてしまったんです」

私は事実を述べた。

「こんな時に、よくそんな嘘が言えるな。お前を見損なったよ」

貴行は白々しい演技で、良い夫を演じている。

「そのセリフは、そっくりお前に返してやろう」

義父の声に、二人は腰を抜かした。無理もない。意識がないと聞いていた義父が、ベッドの上で起き上がり、二人を睨みつけているのだ。

「お二人の行動は、全て社長の確認済みです」

小林さんは、レストランから病院に向かうまでの間、車内で話していた二人の会話を流した。

「あの人が死んだら、全て私たちのものよ」

「この日をずっと待ってたよ」

「これで俺たちの人生は安泰だな」

二人は義父が亡くなるものと決めつけ、遺産のことばかり話していた。

「これで、あの人から盗んだお金も全部うやむやにできるわね」

「ああ。会社の奴らが何か言ってきても、全部社長のせいにしてしまえば、誰にもバレない」

貴行と義母は、義父が亡くなれば自分たちの不正も隠蔽できると喜んでいる。

「これはどういうことだ?」

「やだなあ。本気で言ってるわけないだろう。お父様が重体だって聞いて、気持ちを落ち着かせようと冗談を言ってたんだよ」

義父に追求され、貴行と義母は苦しい言い訳を繰り返していた。

「本当にそうですか?」

小林さんは、別の日に録音したという二人の会話を流した。そこでも二人は、義父の遺産を奪い、会社からも追い出す計画を立てていたのである。

「俺はこれ、お芝居だよ。ほら、ご近所の皆さんとお芝居をすることになったから、その練習に付き合ってもらってたの」

「そうだよ。大体、お父様に何かあれば、実の息子である俺が後を継ぐことは決まってる。わざわざ画策する必要なんてない」

貴行の言葉は最もだと思えた。しかし、義父は顔を背け、小さくため息をついた。

「お前は、私の息子ではない」

かつて義父は、成長していく貴行が自分に似ていないことに疑問を持ち、義母に内緒でDNA鑑定を行ったことを告白した。鑑定の結果は、「親子関係は認められない」と書かれていたらしい。貴行は、義母の不倫によって生まれた子だったのだ。その後、義父は義母の調査も行った。義母は義父の不在中に、当時運転手をしていた男性と関係を持っていた。その中で妊娠に気づいた義母は、義父の子として育てれば、会社を含めた彼の財産が全て手に入ると企んだらしい。

その事実を知った義父は怒りも湧いたそうだが、「仕事ばかりを優先し、義母に寂しい思いをさせていた自分が悪いのだ」と思い直し、実子ではない貴行のことを本当の息子として愛そうとした。しかし、そんな義父の慈悲は最悪の形で裏切られてしまった。

「そんな嘘よ!貴行は間違いなくあなたの子よ!」

義母は取り繕おうと必死に訴えているが、義父が用意していた鑑定書が全ての真実を物語っていた。

「貴行さんも、本当の父親が別にいることを知ってましたよね」

小林さんは、貴行が義母と共に男性と会っている写真を見せつけた。その男性こそ、義父の元運転手であり、義母の不倫相手だったのだ。

「俺は何も知らない!これだって、仕事の話があるって言われて会いに行っただけだ!」

貴行は実の父親が別にいることすら知らなかったと主張しているが、小林さんが続けて流した音声がそれを覆した。音声の中で、貴行と義母は「義父が死んだら、高田家に本当の父親を迎え、家族三人で暮らそう」と話しているのだ。

「お前は、ずっと俺のことを裏切っていた。これは紛れもない事実だ」

「待って!誤解よ!」

言い逃れができなくなった義母だったが、義父に捨てられたくないと必死にすがりついている。

「もはや、お前たちを家族とは認めない」

貴行と義母に対し、義父はその場で絶縁を言い渡した。

「待ってくれ!血が繋がっていなくても、これまでずっと一緒に暮らしてきた家族には違いないだろう!」

「問答無用」

義父はその場に弁護士を呼び寄せ、義母に離婚届にサインするよう迫った。

「嫌よ!私は離婚しないわ!」

義母は最後まで抵抗を見せていたが、弁護士から「裁判になれば離婚に加え、多額の慰謝料の支払いが命じられます」と言われ、しぶしぶ離婚届に署名した。その上で、義父は貴行を相続人から排除する手続きを済ませ、二人に「今後二度と高田家に関わらない」という誓約書を交わさせた。

その後、義父は私への慰謝料として、貴行と義母の資産を取り上げ、家から追い出した。わずかな金と荷物だけで追い出された二人は、その後、親戚を頼ったそうだが、金遣いの荒さや二人の行いを見かねていた親戚たちは、「関わりたくない」と誰も手を差し伸べなかったらしい。仕方なく義母は、貴行の実の父親である元運転手の元を訪れたが、彼の妻から長年の不倫の代償として慰謝料を請求されてしまったのだとか。居場所がなくなった二人は、その後、安アパートを借りて暮らし始めたようだが、貴行の横領の件が知れ渡り、就職は叶わなかったそうだ。それでも生活していかなければならず、貴行は清掃員のアルバイトをしながら、義母と二人でなんとか生活しているらしい。

二人が去った後、義父は私に深く謝罪してくれた。

「本当にすまなかった」

「いいえ…こうやって助けていただいて、感謝しています」

私は素直に礼を言った。

「でも、どうして私と父を助けてくれたんですか?」

「実はな…」

義父がまだ起業したばかりの頃、毎日必死に営業に回ったが、「新参者とは取引しない」と誰にも相手にしてもらえず、挫折の連続だったという。しかし、そんな中、私の父が、自分がひいきにしている業者たちに声を掛けてくれたのだとか。その後、安定して経営できるようになった頃、新しい販路を拡大するため父に技術提供を受け、義父の会社は業績を伸ばしていったそうだ。

「彼には、返しきれない恩がある。だから、君たちを救うのは当然のことなんだ」

義父は、かつての恩人である父とその娘の私を放っておけなかったという。父が事故にあったことを知った義父は、貴行に見舞金を持たせ、様子を見に行かせた。しかし、貴行から「小雪が同情するなら治療費を援助してくれと強請られた」と報告を受けたらしい。

「そんなこと…」

「分かっている。全て、貴行の嘘だったんだろう。貴行は私の要求として結婚すると言ったらしい。義父はそれが貴行の嘘だと気づきながらも、『自分のそばで彼女たちを支援し、見守ることができる』と考えたようだ」

「ずっと、偽りの結婚だから我慢するしかないって思ってました」

「君は、俺が守るべき恩人の娘だ」

義父の力強い言葉に、私は涙が溢れた。

その後、義父の会社は、貴行を横領の罪で告訴した。貴行は警察に逮捕されることとなり、その後の裁判で実刑判決が下された。同時に、義母は貴行の横領を示唆していたとして共犯として逮捕され、高額の賠償金の支払いが命じられた。

義母は老体に鞭打ってパートを始めたようだが、これまで働いたこともない義母にとって、自分よりはるかに若い上司に命令されることが我慢できず、すぐにやめてしまったらしい。そんな中、知人から「暗号資産が儲かる」と投資に誘われたのだとか。その話に乗った義母は、知人に勧められた暗号資産に、泣けなしの貯金を全てつぎ込んだそうだ。しかし、数日のうちに義母が買った暗号資産は大暴落し、多額の借金を背負うことになったという。借金の返済と賠償金の支払いに追い込まれた義母は、ついに闇金に手を出したらしい。今では、その取立てから逃げるように、夜逃げを繰り返しているそうだ。

その後、私は義父の会社で正社員として働くことになった。貴行との離婚が成立した後も、義父は高田家での生活を進めてくれ、父のことも支援してくれている。その恩に報いるため、私は事務職をしながら義父を支えている。

父は義父のおかげで、自力で散歩ができるほどに回復し、和菓子職人としての復活を夢見るようになった。いつか父と共に、また和菓子屋に立てることを願いながら、私は平穏に暮らしている。頼もしい二人の父に見守られ、私の未来は明るく輝き始めた。大丈夫。私はこの先も、満面の笑顔で歩いていける。ようやく手に入れることができた私の人生を、思いきり楽しんでいくのである。

Thumbnail