私、なお子。夫の大輔と結婚して3年になる。出会いは職場の忘年会で、酔った上司に絡まれていた私を助けてくれたのが大輔だった。それをきっかけに交際が始まり、順調に結婚へと至った。
今は義実家に同居している。元の部屋が火事の影響で住めなくなり、義母・ゆり絵が「うちに住みなさい」と言ってくれたからだ。そのときは本当にありがたかった。だが、同居が始まってから、ゆり絵の嫌みが日に日に鋭くなっていった。
「なお子さん、あなた家事が雑すぎるわ。嫁なんだからちゃんと夫を立てなさい。全く、この程度のこともできないなんて嫁失格よ」
同じような言葉を、ほぼ毎日浴びせられた。大輔はどちらかと言うと義母の味方をすることが多く、義父は空気のように影が薄い。私は四方八方から責められ、心がすり減っていくのを感じていた。
孤独な毎日の中、親友のあけみに忠告されていたことを思い出す。結婚すると告げたとき、あけみは真剣な顔で言ったのだ。
「やめときなって。お兄ちゃんと結婚するの、やめときなさい」
私はその言葉を聞き入れなかった。親友の直感を信じず、私はこの家族に足を踏み入れてしまったのだ。
そんなある日、大輔とゆり絵が珍しく優しく話しかけてきた。
「なお子さん、3人で旅行に行かない?」
久しぶりの優しさに飢えていた私は、疑うことなく頷いてしまった。そしてホテルの予約など面倒な準備は全部私に押し付けられた。
「予約はできた?ああ、そう。じゃあ荷物の準備もしておいて。忘れ物がないようにしっかり確認するのよ」
ゆり絵は何も手伝わず、指示を出すだけだった。
旅行の当日。ホテルまでは車で行くことになっており、高速道路を使っても数時間かかる道のりだった。長距離運転は私にしろと言われ、私は文句も言わずにハンドルを握った。道中、大輔もゆり絵も気持ちよさそうに熟睡していた。
途中のサービスエリアで小休止を挟むことになった。私はトイレと軽い食事を済ませて車に戻ると、目を覚ました大輔が運転席に座っている。
「運転してくれるの?ありがとう」
私がそう言うと、大輔はへらへらと笑いながら窓越しに言った。
「そのことなんだけどな、お前はここまでだ。仕事もできないお前をホテルに泊まらせる金はない。予約もすでに2人分に変更してある。安心して、ここから歩いて帰るんだな」
彼は私が反論するのも待たずに車を発進させた。そのまま一切止まるそぶりもなく、サービスエリアを出て行ってしまった。私はその場で立ち尽くし、込み上げてくるものを抑えるのに精一杯だった。
すると、私にある人物が声をかけてきた。その人物は私の顔を見て驚いていた。私は込み上げてくる笑いを抑えきれず、微かに笑っていたのだ。
数時間後、何も知らない大輔とゆり絵は予約していたホテルに到着し、エントランスで予約の確認をしていた。
「大輔様のお名前でご予約ですか?」
「はい。先日、人数の変更をしたものです」
堂々と振る舞う大輔に、窓口の女性は首をかしげながら言った。
「大輔様は、その後にキャンセルをされていますが……」
「なんだって?」
ホテルのエントランスに響く声に、周りの客が振り返った。それにも構わず騒ぎ立てる2人の元へ、3人の人物が歩み寄っていった。
それが、あけみとあけみの彼氏、そして私だった。
「な、なんでなお子がここにいるんだ?」
私が車から置き去りにされた後、声をかけてきたのはあけみの彼氏だった。実は今回予約していたホテルの経営者は、あけみの彼氏だったのだ。私はあけみから置き去りにされる計画を事前に聞かされていて、ホテルの予約をキャンセルし、サービスエリアで先回りして待っていた。
「ふざけるな!お前、お母さんへの恩を仇で返すつもりか?」
「恩?そんなもの、これっぽっちも感じたことなんてないわ。今までの仕打ちが全部辛かったのよ。もっと早くこうするべきだった」
私は準備していた離婚届を突き出した。
「離婚よ。あなたたちみたいな人たちと、これ以上一緒には住めない」
怒りのあまり、大輔が拳を振り上げた。しかし、あけみの彼氏がそれを掴んで、静かに威嚇した。
「僕のホテルの前で、揉めないでください。警備を呼びますよ」
「やってみろよ!俺たちはあけみの家族だぞ!」
その後も騒ぎ立てる2人を、あけみの彼氏は容赦なく警備員を呼び出し、警察まで呼んで連行してもらった。みっちりと警察署で絞られた2人は、旅行どころではなくなって家に帰った。
家に帰ると、義父・壮介が鬼の形相で立っていた。
「よくもまあ、嫁さんをこんな目に遭わせてくれたな、お前ら」
私はゆり絵からの嫁いびりの証拠を、事前に壮介へ渡してあったのだ。壮介はいつも気にかけていられなかったことを詫び、さらに私は探偵事務所に頼んでいた調査結果も渡した。調べたところ、ゆり絵も大輔も、それぞれ浮気をしていたらしい。
「お前らの悪事は全部聞いている。夫として、父親として、本当に恥ずかしい。今後、一切お前らとの縁を切らせてもらう。さっさと荷物をまとめて出ていけ」
壮介の怒鳴り声に、2人は震えながら従うしかなかった。
私はあけみとホテルで食事をしている時に、全てが終わったことを壮介から電話で伝えられた。電話を切った私はあけみと笑い合い、再び乾杯をした。
独身に戻った私は、あけみの彼氏から「うちのホテルで働かないか」と声をかけられ、その話に甘えることにした。学生時代に留学経験があり英語が得意だった私は、高級ホテルという職場に恵まれた。本格的に働くのは来月からにしてもらい、それまでに、あけみと少し遠くへ息抜きの旅行に行こうと思っている。
慰謝料で気分も晴らし、私は新たな一歩を踏み出す準備をしていた。あの2人の今がどうなろうと、もう興味はない。
鏡に映る自分の顔が、いつの間にか笑っていることに気づいた。私は笑いながら家を後にした。



