「地方の底辺バカ大学に、うちの会社の仕事をさせるわけにはいかない。雑用でもして時間を潰してろ」 新しく来た係長が、私の実績も評価も全て無視して、学歴だけを理由にそう言い放った。同期から信頼され、取引先から指名されるほど仕事をしてきた私への、最初の侮辱だった。私は必死に抗議したが、係長は鼻で笑うだけ。 「これができなければ首だから。ちゃんと上に報告して処分してもらうよ」…

「地方の底辺バカ大学に、うちの会社の仕事をさせるわけにはいかない。雑用でもして時間を潰してろ」 新しく来た係長が、私の実績も評価も全て無視して、学歴だけを理由にそう言い放った。同期から信頼され、取引先から指名されるほど仕事をしてきた私への、最初の侮辱だった。私は必死に抗議したが、係長は鼻で笑うだけ。 「これができなければ首だから。ちゃんと上に報告して処分してもらうよ」...

「お前は十億の収益チャンスを潰したんだ。責任を取ってやめろ。荷物を持ってさっさと出ていけ」

上司の星野にそう言い放たれた時、俺は言葉を失った。投げ出された仕事を押し付けられ、必死に食らいついたが、締め切りに間に合わなかった。そしてそのまま、会社から追い出されることになった。

なんで俺がこんな目に遭わないといけないんだ。一度はそう悔やんだが、翌日、最高の皮肉と共に、俺は星野に別れを告げることになる。

俺の名前は伊藤啓介。三十五歳。地方出身の会社員だ。

地元の中堅レベルの大学を出た俺は、就活で思いがけず当たりくじを引いた。運試しのつもりで応募した都内の企業に採用されたのだ。東京で働けるだけでも、田舎出身の自分には価値があった。

入社早々、都会出身の同期や同僚に圧倒された。テレビのニュースで聞いたことのある超名門大学や有名大学の出身者がざらにいた。皆、それなりの家の生まれで、穏やかで優しい人ばかりだったが、実力は本物だった。物覚えも良く、発想力もある。同期でも少しずつ差がついていく。

俺が配属された部署の係長は、佐田さんと言った。

「結果、成果は大事だ。だが、中身が伴っているか。そこまでちゃんと考えるんだ」

佐田さんも育ちがいいらしく、超名門大学の出身だった。

「成長って面白いよな。短期間で一気に伸びるのを繰り返すのもいれば、じわじわと確実に伸びていくのもいるのだから」

佐田さんは人を見る人だった。それぞれの長所や得意不得意を見極めて、仕事を割り振る。学歴を全く気にせず、その人が何ができるかに重点を置いていた。

佐田さん自身も疎なく仕事をこなす。派手な実績はなくても、同僚や上司を的確にサポートして成功に導く。車内でも知る人ぞ知る縁の下の力持ち。それが佐田さんだった。

「僕なんかがおこがましいですが、佐田さんのような人を目指そうと思います」

いつしか俺は佐田さんに憧れ、それを面と向かって口にしていた。

「僕も確実に最適な形で周りをサポートできるようになりたいと思います。柱になれる人は他にたくさんいますから」

俺の決意を、佐田さんは嬉しそうに聞いてくれた。

「自分を信じることだけは忘れるな。そのうち、何でもかんでもやってくれと人に望む人とも出会うはずだ。でも、そういう時こそ、自分が何を目指しているか確認することだ。そうすればぶれずにいられる」

柔よく剛を制す。柔軟でなければ飲み込まれる。佐田さんはそう頷いた。

そこから俺はひたすら働いた。自分の目指す縁の下の力持ちになるため、共に働く同僚を観察し、アイデアの特徴や働き方を掴んだ。どんなプロジェクトに入って、誰と一緒になっても業務が円滑に回るように。結果、俺は着実に成果を出し、周囲からの信頼を勝ち取った。地方大学出身者と影で言われていた自分への陰口も、仕事で跳ねのけた。

車内では「最高の……」と言われ、取引先からは見積書と契約書の作成者に指名されるようになった。このまま焦らずキャリアを重ねていきたい。そう思っていた矢先、佐田さんの退職を知らされた。

「一身上の都合というやつだ。でも、暗い話じゃない。あくまで俺自身の先々があっての代謝だ」

多くの人が佐田さんを慕っていただけに、代謝を惜しむ声は多かった。最後は握手をして、盛大に佐田さんを送り出した。

「本日より係長を務めます。星野です。どうぞよろしく」

佐田さんの退職後、まもなく新係長が異動してきた。星野さんは普通という感じの、場に馴染む雰囲気の人に思えた。しかし、すぐに噂が流れてきた。

「社長がヘッドハントして入れたって話なんだよな」

「ああ、実は違うらしい。星野さんが社長に頼んで入れてもらったってことみたいだぞ。あの人社長の甥っ子なんだってよ」

新係長・星野さんの最初の評判はそれだけだった。仕事の能力に関しては謎と言っても過言ではない。

「じゃあ、資料作成を中心に。あ、ついでに別の仕事もしておいてくれないか。時間のある連中で適当に」

新係長になって一週間もしないうちに、星野さんは実力を発揮し始めた。仕事は全て部下に任せ、膨大な量の指示を飛ばす。その大半は無意味なものだった。

「あのさ、去年の計画表見たいんだけど、誰か持ってきて。それから次の企画のアイデアね、全員来週末までに出して」

スケジュールを無視して、自分のしたいことだけをやろうとする。やたらに残業を要求し、それを働く上での美徳だと言った。

「翌日の分だろうが、明後日の分だろうが、やれるなら一日で片付けるべきなんだよ。がむしゃらに働けるなら、そうしないとな」

星野さん自身はとにかく動かない。デスクに座ると、退社までほとんど立ち上がらずに過ごすのだ。

「あれ、ちょっと出かけるけど」

「係長、どこに?」

「時間あるから買い物に行ってくる」

業務中に突然、私用の買い物に出かけてしまう。部下が必死に止めたが、何も聞かずに本当に出ていったと聞いた時には、誰もが驚いた。

その他にも、打ち合わせ日程を勘違いして取引先を激怒させたり、上司の承認を無視して書類を別部署に通そうとしたり。星野係長はいつしか、当然のように「無能」と囁かれるようになった。

「うちに来たのも、前の会社でやらかして解雇されたからだって」

「それ本当か?」

「噂だけどな。でも、あれを見せられると、なあ」

ある日、星野さんに突然尋ねられた。

「伊藤の出た大学って、どこにあるんだ?」

「ああ、地元です。まあ、田舎ですけど」

「聞いたことないんだけどさ。実在するの?」

「しますよ。今でも」

星野さんはやたらと俺の学歴に突っかかってきた。自分の出身大学の名前を出し、自慢げに説明し始める。得意の意味のない行動だった。俺は仕事をしながら、適当に星野さんの自慢を聞き流した。

しかし、自慢の最後に、星野さんはとんでもない決定を俺に告げた。

「伊藤さ、お前、全部のプロジェクトから外れて」

「え、どうしてでしょうか?」

「地方の底辺バカ大学に、うちの会社の仕事をさせるわけにはいかないから」

俺は耳を疑った。星野さんは無邪気に笑いながら、俺の肩を叩く。

「俺も気づかなかったからさ。今調べて知ったんだけど、こんな学歴のやつには仕事させられないなと思って」

そして俺に「適当に雑用でも探して、時間潰してよ」と言った。

俺は抗議したが、星野さんは聞く耳を持たなかった。疑問に思う人たちには「伊藤が体調不良でプロジェクトから降りた」と答えたそうだ。同僚が星野さんの命令撤回に走ってくれたが、効果はなく、俺は仕事を干されてしまった。

その日以来、俺は雑用と同僚たちの交通費計算をして過ごす日々を送ることになった。

「伊藤、コンビニで衆議袋買ってきて。超急ぎの用事」

「お断りします。ご自分の用事でしたら、昼休みにご自身で済ませてはどうですか。それよりも、業務はさせてもらえないんですか?」

瞬時に断り、業務への復帰を求めて抗議した。しかし、星野さんは鼻で笑った。

「言ったよね。学歴的にバカと思われるような人間に、この会社の仕事なんてさせられないの。雑用させてもらえるだけでも、泣いて感謝してほしいね」

「お言葉ですが、学歴に関係なく私を評価してくださる方もいます。それに、これまでしっかりと仕事をして、結果を残してきたかと」

「俺はね、そういう甘やかしはしない主義だから。やっぱり血統みたいなものは大事だから」

「血統? 話の焦点はそこではないんじゃないですか。あくまでも仕事をこなせるかどうか、実力があるかどうかではないんですか?」

「ああ、うるさいね。困るんだよな……そういうやる気」

星野さんはめんどくさそうに背中を伸ばすと、引き出しからファイルを取り出した。

「これやらせてやるよ。明日あたり誰かにやらせようと思ってたんだけど、そんなに仕事がしたいなら、やってみろよ」

それは、今後予定されている社外コンペに向けた企画作成だった。コンペで勝ち残り、周囲になれば十億の収益が見込める事業の獲得権が得られる。俺は指示書に目を通し、計画の概要やコンペの規定を確認する。

「ただ、締め切りがな……半月後なんだよ」

星野さんの言葉に、俺の血の気が引いた。通常であれば、もっと早くコンペについて話があってもおかしくない。星野さんが業務を引き継いだ段階で、コンペがあることは決まっていたはずだ。日頃の不真面目さから察するに、おそらくその存在を忘れていたのだろう。

「これができなければ首だから。会社に損失をさせた人間として、きっちり上に報告して処分してもらうよ」

どこまでも人を舐めている星野さんに、頭に来た。俺はこの先の自分のことなど考えず、受けて立った。

「やりますよ。どうにかします」

しかし、実際に作業を始めると、冷静を装って返事をした自分を呪った。資料集めと整理だけでも膨大な時間がかかり、時間が足りない。残業と家での作業、休日返上で働いても、食事と睡眠を削らなければどうにもならない。疲れが溜まり、体重まで落ちていった。

職場では同僚が声をかけてくれた。

「大丈夫か?」

そう言いながら、同僚は協力できないと謝る。

「星野さんが、手を貸すな。そんなことすれば処分するって」

同僚は、星野さんに丸投げされた企画書についての真相を教えてくれた。

「あの企画、始まりは星野さんが自分で手柄にしようと受けたらしいんだ。引き継ぎの段階で引き受けたはいいけど、不真面目な星野さんは大変だと感じて投げ出した。そして、そのことは誰にも言わず、自分で勝手に溜め込んでいたみたいだ」

やっぱり、とんでもない人だな。怒りに襲われても、企画書を完成させることが何より最優先だった。俺はひたすら資料とパソコンに向き合った。しかし、あと一歩のところで締め切り当日を迎えてしまった。

「間に合わなかったなあ。どこの誰だろうな……受けて立ったのは。まあ、いいや。このことは極めて詳細に上に報告させてもらうから」

締め切りまでに企画書が間に合わず、俺は全てを失うことになった。周囲からの信頼と期待。これまで得た評価。そして、本当に仕事も失った。

大激怒した星野さんは、会社上層部へ今回の企画書についてこと細かに報告した。自分がしたことは隠して、「そもそも伊藤が星野から企画書を奪うようにして仕事を引き受けた」と。怒っている割には落ち着いて嘘の筋書きを用意して、星野さんは俺を悪者に仕立て上げたのだ。

重大な職務違反として、俺は解雇を告げられた。退社したその日、荷物を整理する俺の背後で、後輩たちがほっとしたように呟いていた。

「星野さんは使えない人だけど、学歴主義者だからな。よかった……いいところの出の人が来て」

後輩を責めるわけではないが、そう思わせる世間の感覚にやるせなくなる。

ひっそりと荷物を抱えて会社を出た俺は、憂さ晴らしのつもりで飲みに出た。駅前の居酒屋に入り、ぼんやりと酒を飲みながらテレビを眺めていると、声をかけられた。

「伊藤……伊藤じゃないか」

振り返ると、かつての上司であり目標であった佐田さんが立っていた。退社以来の久しぶりの再会だ。

「どうにか見せようとしたが、佐田さんはやつれた俺に目を細めた」

「なんだか雰囲気が変わったなあ」

「ああ、まあ……ちょっと会社に首を切られちゃって」

酔いが回った俺は、自虐的に近況を語った。佐田さんは俺の隣に腰を下ろすと、静かに話を聞いてくれた。

「そもそもコンペの企画書は、新係長が自分でやると引き受けたそうで。それなのに投げ出して、最後は俺に押し付けられて……運が悪かった。そんなところでしょうね」

「俺も、まともに食ってかかるべきじゃなかったんでしょうね」

俺が後悔を口にすると、佐田さんは首を横に振った。

「そんなことないぞ。……企画書は持ってるのか?」

俺の鞄を見て、佐田さんは身を乗り出した。そこには確かに、未完成の企画書が入っていた。会社への提出はしていない、あくまでも俺の私物だ。俺は鞄から企画書を取り出し、佐田さんに差し出した。佐田さんは真剣にそれを読むと、尋ねてきた。

「これ……譲り受けて問題ないか?」

問いかけに首をかしげる俺に、佐田さんはある提案をした。

「どうだ? この企画書を完成させて、もう一度才能を生かしてみないか?」

俺は無言で頷き、それからどちらともなく握手を交わした。

佐田さんとの再会から一週間後、俺は佐田さんのいる会社で忙しい再スタートを切っていた。居酒屋での佐田さんの提案は、俺のヘッドハンティングだった。

「過去はどうでもいい。そんな濡れ衣を着せられて作られた過去なら、なおさらだ」

そう言って佐田さんは俺を会社に迎え入れた。本当に急な転職で、未だに夢を見ているような気分だった。

しかし、現実は現実で、俺の知らないところで時間も進んでいた。ある日、俺は社長室に呼び出された。中に入ると、そこには社長の佐田さんと、前の職場の社長、そして星野係長がすでに顔を揃えていた。

佐田さんが俺を迎え入れることを決められたのは、佐田さん自身が今は社長を務めているからだった。佐田さんの退職の理由だった「家庭の事情」というのは、父から社長職を引き継ぐためだったのだ。

「伊藤啓介君です。まあ、ご存知でしょうが」

佐田さんが前職場の社長を前に自然に振る舞う姿に、これが本来の佐田さんなのだと知らされる気分だった。星野さんはというと、どこかそわそわと居心地が悪そうにしている。

前職場の社長が、深々と頭を下げた。

「伊藤さん。大変申し訳ありませんでした。星野の言い分だけを鵜呑みにして、我々はとんでもない間違いをしてしまった」

佐田社長から全て伺った。そして、星野からも改めて聞き取りを行った。佐田さんは、俺が居酒屋でした告白を前職場の社長に伝えていた。それだけではなく、ダメ押しとして自分の妻も使っていた。佐田さんの妻は、なんと前職場の社長の娘さんだったのだ。

「恥ずかしい限りですが、娘からも指摘をされました」

俺の解雇は、してはならない決断だったと気づいたという。

「待ってください。私は彼がやると言ったから仕事を譲っただけです。本来は私が責任を持って仕上げるつもりでした。それなのに、強引に……」

佐田さんと社長が押し黙る中、星野さんが最後の反撃に出た。

「私から彼が仕事を横取りしていったんです。挙句の果てに失敗をして……」

「君はまだそんなことを言うのか。そもそも最初に引き受けたのは君だ。君がやれると言って私から引き受けた。責任というのならば、君が全てを受け入れるべきだ」

社長に睨みつけられ、星野さんは目をそらした。

そして社長は、俺が完成させた企画書の仕上がりを賞賛した。謝罪交じりの賞賛をもらい、複雑だったが、ようやく日の目を見たと思う自分がいた。

「どうしてあの企画が……」

星野さんが首をかしげると、佐田さんが割って入った。

「あの企画はですね、弊社が契約を獲得することになりましてね。伊藤君の企画と、調べ上げた資料のおかげで、弊社が進めていた企画に最高の補強ができました」

俺が締め切りに間に合わせられなかった企画書は、佐田さんの会社で急ピッチで作り上げられた。コンペ自体には佐田さんの会社も参加して提出済みだったが、それを補強する形で俺の企画書を追加し、コンペの本戦で最高の評価を得たという。

「助かりましたよ。あの事業で弊社は想定以上の利益を得ている。伊藤君のおかげだ」

コンペを勝ち抜き、事業でも最高の結果を出す。星野さんのとんでもなさから始まった騒ぎは、とんでもない結末を迎えようとしていた。

「星野さん。伊藤君を首にしてくれて、ありがとうございました」

佐田さんから星野さんへの、最高の皮肉。

「あなたの行動のおかげで、うちは最高の才能を手に入れました」

佐田さんの笑顔に、星野さんは無表情で固まり、身を縮めた。それから星野さんは、最後まで何も言わずに座り続けていた。

その後、佐田さんから星野さんの解雇を知らされた。社長室での面会から半月ほどのことだった。これまでの職務怠慢や一連の行為、差別的な発言という問題行動の全てが取り調べられ、星野さんは会社から追い出された。その流れで、星野さんは一族からも追い出されたそうだ。

「深夜のコンビニ勤務。他には倉庫でも働いているそうだよ。お金持ちの親族に頼れなくなり、星野さんは人目を避けながら細々と生きるらしい」

元の星野さんの人間性から、助ける人はいないようだった。

俺は今も、佐田さんの会社で働き続けている。多様性を大切にする会社には、様々な背景を持つ人々がいた。互いを認め合い、仕事で切磋琢磨できる人たち。そんな環境で、俺はこれからも自らの信念を全うしていくつもりだ。

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