「中卒が何の用だ?」――十年間取引を続けてきた大手メーカーの契約更新の席で、新担当になった中学時代の同級生に、挨拶もなくそう言い放たれた。彼は俺の顔を見るなり学歴を侮辱し、「お前みたいな中卒の工場と対等に契約するなんてありえない。間違いだから帰れ」と追い返した。だが、彼は完全に見落としている。俺の特許技術が、彼の会社の主力商品を支えていることを。俺はその場で、十年間大切にしてきた取引を終わら…

「中卒が何の用だ?」――十年間取引を続けてきた大手メーカーの契約更新の席で、新担当になった中学時代の同級生に、挨拶もなくそう言い放たれた。彼は俺の顔を見るなり学歴を侮辱し、「お前みたいな中卒の工場と対等に契約するなんてありえない。間違いだから帰れ」と追い返した。だが、彼は完全に見落としている。俺の特許技術が、彼の会社の主力商品を支えていることを。俺はその場で、十年間大切にしてきた取引を終わら...

ドアが開き、高村が入ってきた瞬間、俺の三十年間の記憶が一気に蘇った。

「中卒が何の用だ?」

一瞬、自分の耳を疑った。三十年ぶりの再会。挨拶もなく、いきなり学歴を持ち出された。中学時代、俺に執拗な嫌がらせをしていた高村。その彼が、今、俺の取引先の大手メーカーの新しい調達部長として現れたのだ。

俺は岡崎、四十五歳。食品用の保存剤を製造する小さな工場を経営している。父から継いだ従業員十人の会社で、十年前に画期的な保存技術の開発に成功した。特殊素材を使った保存フィルムだ。フィルムに無数の微細な穴を開けることで、冷凍食品を従来の二倍以上長期保存できる。冷凍焼けやドリップも大幅に削減でき、解凍後の味や食感、うまみを損なわない。

何百回と実験を重ね、失敗を繰り返した末にたどり着いた技術だ。この特許を取得した時、複数の冷凍食品メーカーから取引の申し出があった。俺は最も早く声をかけてくれた大手冷凍食品メーカーと、十年間の独占契約を結んだ。以来、安定した取引を続け、今や俺の特許保存剤を使った同社の冷凍食品シリーズは、業界シェア一位の主力商品にまで成長した。

「従業員十人か。うちはこんなボロ工場と契約してるのか」

高村は椅子に座り、資料を開いて吐き捨てるように言った。中学時代、高村は俺の父の工場を「潰れかけの工場」と呼んだ。今、同じ口調で俺の工場を馬鹿にしている。

「特許使用料で年間数千万か。正直、金を捨てているようなものだな」

「お前みたいな中卒にうちが頭を下げる必要はない。お前は中卒だが、俺は一流大学を出てエリートになった。お前と俺じゃ格が違うんだよ。中卒ごときの工場が、うちと対等に契約を結ぶこと自体ありえない。間違いだから帰れ」

高村は立ち上がり、ドアを指差した。

「もう二度と来るな」

俺は黙ってその場を立ち去った。この男と毎年契約更新のたびに会い、同じ屈辱を味わい続けるのか。だが、ここで感情的になれば、工場で働く十人の従業員を路頭に迷わせることになる。俺は深呼吸をして冷静さを取り戻した。

高村は知らない。俺の特許がなければ、あの会社の主力商品が作れないことを。業界シェア一位の商品は、俺の技術で支えられている。大手メーカーの本社を出た時、俺がやるべきことはもう決まっていた。

工場に戻った俺は、契約書を確認した。契約満了日は今日から一ヶ月後だ。例年ならこの時期に更新手続きを済ませている。契約更新には双方の合意が必要だ。一方が手続きをしなければ、満了日をもって契約は終了する。

俺は机の引き出しから一枚の名刺を取り出した。進行冷凍食品メーカーの社長、三浦の名刺だ。十年前、俺が特許を取得した直後、三浦は自ら工場に足を運んでくれた。

「岡崎さんの技術は、冷凍食品業界を変える力がある。いつか必ず一緒に仕事をさせてください」

以来、三浦は毎年必ず挨拶に来る。俺が大手との契約を続けていることを知りながら、それでも諦めずに十年間待ち続けてくれた。俺は三浦に電話をかけた。

「お久しぶりです。岡崎です。実は大手メーカーとの独占契約が一ヶ月後に満了します。今回、更新は行いません。改めて取引の相談をさせていただけませんか?」

一瞬の沈黙の後、三浦は興奮気味に答えた。

「本当ですか? ぜひお願いします。近日中にそちらに伺ってもよろしいでしょうか?」

電話を切った後、俺は従業員たちを集めた。

「大手メーカーとの契約が一ヶ月後に満了する。だが心配はいらない。新しい取引先との話が進んでいる。俺たちの技術を正当に評価してくれる相手だ」

従業員たちの表情が少しずつ明るくなっていく。大手メーカーはまだ何も気づいていない。高村は自分が何をしたのか理解していない。契約がなくなり、俺の特許技術が使えないことに気づいた時には、もう手遅れなのだ。

翌日、午前中に俺の携帯電話が鳴った。画面には奥野の名前が表示されている。奥野は十年前から俺の窓口を務めてくれた、誠実な担当者だ。

「岡崎さん、会社が大変なことになっているんです」

電話に出ると、向こうから奥野の切迫した声が聞こえてくる。やはりそうなったか。俺はこの事態をある程度予想していたため、冷静な声で返した。

奥野によれば、昨日の定例会議で高村が俺との特許契約更新を拒否したことを、コスト削減の成果として報告したという。高村は誰にも相談せず、調達部内でも事後報告だったらしい。前任者からの引き継ぎ資料をほとんど読んでおらず、奥野が契約の重要性を説明しようとしても「数千万程度の小口契約なんて後回しだ」と取り合わなかった。その時、技術部長が立ち上がり、「あの特許技術は代替不可能だ」と叫んだという。

「岡崎さんの特許保存剤が使えなければ、主力商品ラインが停止します。年間売上の四十パーセントが消失し、経営危機に陥ることは目に見えています」

奥野の声は絶望的だった。技術部門を統括する取締役の石川がすぐに謝罪して契約更新をお願いしに行くべきだと話し、近日中に高村を連れて謝罪に伺いたいと言っているという。

俺は電話口で少し間を置いてから話した。

「奥野さん、あなたには十年間本当にお世話になりました。でも、私はもう決めたことがあるんです」

俺は新しい契約交渉が進んでいることについて詳しく話すつもりはなかった。しかし、奥野は俺の口ぶりから察したらしい。

同日の午後、三浦から連絡が入った。

「岡崎さん、早速ですが社内で緊急会議を開きました。岡崎さんの特許技術とぜひ契約を結びたいと、全会一致で決まりまして。早速、明日にでも伺ってもよろしいでしょうか?」

俺は承諾した。そして翌日、三浦が工場を訪れた。

「ようやくこの日が来ました」

三浦は笑顔で俺と握手を交わす。

「十年前、あなたの特許を見た時、これが業界を変えると確信しました。いつか必ず一緒に仕事をしたい。その思いだけで待ち続けました」

俺は三浦の目を見る。そこには技術への尊敬と、対等なパートナーへの敬意があった。

その日の夕方、工場に電話が入った。

「岡崎さんでいらっしゃいますか? 技術部門を統括しております、取締役の石川と申します。この度の高村の対応について、直接お詫びに伺いたいのですが、お時間をいただけないでしょうか?」

俺は少し考えて、二日後なら空いていると答えた。

二日後、高村ともう一人、取締役の石川と思われる男が俺の工場に来た。応接室に二人を通すと、石川は名刺を差し出した。

「技術部門を統括しております、取締役の石川と申します。私は技術者出身で、だからこそ岡崎さんの特許がどれほど画期的か理解しているつもりです」

石川は俺に深く頭を下げた。

「岡崎さん、この度は高村が大変失礼な対応をいたしまして、誠に申し訳ございませんでした」

高村はしぶしぶといった様子で軽く頭を下げる。石川は苦渋の表情で話し始めた。

「私ども技術部門は、岡崎さんの特許技術が弊社の主力商品にとって必要不可欠であることを十分承知しています。今回の件は高村の独断で行ったものでして、この特許契約が切れれば、我が社の主力商品を生産するラインを止めなければなりません。たちまち会社は存続の危機に陥ります。どうか、特許契約を継続していただけないでしょうか?」

「お断りします」

「岡崎さん、お願いします。条件は何なりとも」

石川は一度言葉を切り、真剣な眼差しで俺を見た。

「岡崎さん、私は技術者としてあなたの特許がどれほど画期的か理解しているつもりです。だからこそ、私は技術者としてあなたに頭を下げているんです」

その時、高村が初めて口を開いた。

「金額の問題なんだろう。いくら上乗せすればいいんだ?」

高村の口調には、金さえ積めばなんとかなるという打算しか感じられない。石川が信じられないものを見るような目で高村を凝視した。俺は高村をまっすぐに見据えた。

「高村、お前は契約更新の時、俺の顔を見るなり『中卒が何の用だ』と言った。そして『間違いだから帰れ』と追い返した。お前は俺の工場を『従業員十人のボロ工場』と呼んだ。『のくせに大手と対等な顔をするな』とも言った」

高村は言い返そうとするが、俺は追求の手を緩めない。

「そして何より、お前は技術の価値を全く理解していない。『所詮は保存剤だ。どこでも作れるだろう。もっと安い業者に切り替えればいい』と言ったな。お前が見ていたのは学歴と会社の規模だけだ。その保存剤に詰め込まれた技術の重要性など、まるで眼中になかった。そうしたお前の態度の全てが、今の事態を産んでいる。それにまだ気づかないのか?」

高村の顔に影が差す。

「そんなつもりは…俺はただ…」

しかし、言葉が続かない。石川が高村に向かって低い声で言った。

「高村、貴様がどれだけのことをしたのか、いい加減自覚したらどうだ。誠意を持って謝罪しない限り、岡崎さんに伝わらないぞ」

高村は唸ったまま何も答えられない。石川が俺に向き直る。

「高村の件につきましては、会社として厳正な処分を検討しております。ですから、どうか…」

しかし、俺は首を横に振った。

「契約満了をもって、御社との取引は終了させていただきます」

「岡崎さん」

石川が絶望的な表情を浮かべる。

「私には新しい道があります。技術を正当に評価し、尊重してくれる相手と仕事をします」

俺は高村に向き直った。

「お前は三十年前から何も変わっていない」

高村の目には、もう強がりも傲慢さもなかった。あるのはただ絶望だけだった。

「ああ、そうさ。中学の時、俺はお前に負け続けた。テストの度に、貧乏工場の息子に負けたんだ」

高村の声は震えている。

「俺の家は裕福だった。塾にも通った。なのにお前は塾にも行かず、工場を手伝いながら、それでも俺より成績が良かった。あの屈辱を、俺はずっと忘れられなかった。何もかも順調で恵まれているはずなのに、お前に負けたことだけが唯一の汚点だったんだ」

高村は焦点の合わない虚ろな目で続けた。

「そして今回、調達部長になってすぐに成果を出さなきゃいけなかった。お前の契約を切れば、コスト削減の実績になる。それでようやく見返せると思ったんだ」

石川が呆れた顔で言った。

「高村、まさかお前、私怨で会社を危機に晒したというのか」

高村は完全に打ちひしがれている。俺は冷静に、しかし厳しく言った。

「お前が過去に囚われている間、俺は工場を継ぎ、従業員を食わせるために必死に働いたんだ。夜遅くまで新しい保存剤を開発するため、何百回と実験を重ねた。失敗の連続だったが、それでも諦めなかった。諦められないんだ。それが従業員の生活を支える糧となるからだ。技術を磨き続け、そして特許を取得した。俺は現実と向き合い、技術で勝負してきたんだ。そして、その技術を本当に価値を理解してくれる相手に使ってもらう。それが俺の誇りだ」

高村は顔を上げることすらできない。

「個人的な感情だけで仕事をするような人間とは、取引をするつもりはない。もう二度と来るな」

石川と高村は絶望的な表情で工場を後にした。二人が工場を出た後、俺は深く息をついた。これでけじめはついた。

後日、正式な契約の席で三浦は資料を開いた。

「岡崎さん、条件についてご説明します。特許使用料は従来の二倍とさせていただきます」

俺は驚きを隠せなかった。

「我が社は今、急成長しています。しかし商品の差別化が課題でした。岡崎さんの特許があれば、『鮮度が違う』という明確な強みを打ち出せます。大手が使えなくなった。今こそ我々が市場シェアを奪うチャンスなんです。だからこの金額でも十分に採算が合うんですよ」

三浦の目には、ビジネスとしての計算と技術者への敬意の両方が宿っていた。

その後、奥野から連絡があった。高村は取締役会で処分が決まり、調達部長を解任され、地方の関連会社への左遷が決まったという。しかも格下げの一般社員待遇だと聞いた。会社に数十億の損失をもたらした責任として、退職金の大幅減額も検討されているらしい。また、特許の使用停止に伴い主力商品の製造停止を余儀なくされ、未だ代替技術も見つかっていないとのことだった。

一方、俺は大手メーカーとの契約満了の翌日、三浦の進行メーカーと正式に特許契約を結んだ。特許使用料は従来の二倍。さらに進行メーカーの技術顧問としての契約も決まった。契約書にサインしながら、新しい道が開けたことを実感する。技術と誠意こそが、次の道を切り開く。俺はその新しい道を、地に足をつけて歩いていくつもりだ。

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