銀行の窓口で、まさか。 「貧乏人の少額預金なんていらないわよ」――私の作業着を見て、かつて毎日のように私をいじめていたマリナが、あの頃と同じ意地悪な笑みを浮かべて言った。名前は知っていた。私だって、今は彼女の想像もつかない立場になっているのに、その瞬間、高校時代の弱い自分が蘇って逃げ出した。でも、翌日にはもう決めていた。もう昔の私じゃないって。マリナがいる銀行で、私は言った。…

銀行の窓口で、まさか。 「貧乏人の少額預金なんていらないわよ」――私の作業着を見て、かつて毎日のように私をいじめていたマリナが、あの頃と同じ意地悪な笑みを浮かべて言った。名前は知っていた。私だって、今は彼女の想像もつかない立場になっているのに、その瞬間、高校時代の弱い自分が蘇って逃げ出した。でも、翌日にはもう決めていた。もう昔の私じゃないって。マリナがいる銀行で、私は言った。...

支店長を呼んでください。うちの社員、八千人分の口座を解約しますから。

窓口の向こうで、かつて私を毎日のようにいじめていたマリナが、呆けた顔で立ちすくんでいた。私は四十歳。山田七子。今は従業員を何百人も抱える会社の社長だ。そして、この瞬間、私はようやく彼女に反撃できるのだと、心の底で確信していた。

高校時代、私は無口で地味な生徒だった。だから、マリナの格好の標的になった。朝、教室に入るたびに、私に聞こえるように悪口を言われ、クラスの女子からは一人だけ仲間外れにされた。「七子は仲間に入れなくていいからね。みんなで行きましょう」。彼女がそう言えば、誰も逆らえなかった。私は言い返す勇気もなく、ただ必死に耐えるだけだった。「何でそんなことをするの」と尋ねることもできず、心の中で泣くしかなかった。

「七子って本当に呪いよね。赤ちゃんからやり直した方がいいんじゃないかしら」。そんな言葉が、私の高校生活の日常だった。教科書を忘れた時は、私のせいにしてクラス全員の前で先生に怒られた。マリナがその時、くすくすと笑っていたのを今でも覚えている。悪いのは彼女なのに、私が罰を受けた。どうして私がこんな理不尽な目に遭わなければならないのか。毎晩のように布団の中で泣いた。

中学時代もいじめられていた私は、同級生に会わないように遠くの高校を選んだのに、そこでまたマリナに遭った。もうダメだと思ったが、それでも卒業だけはしようと頑張った。そして大学進学を機に、自分を変えることを決意した。弱い自分を捨てて、強い自分になる。過去を封印して、明るく振る舞うようにした。すると、周りに友達ができた。マリナのトラウマは残っていたけれど、時間が経つにつれて、その傷も薄れていった。

社会人になってからも、意地悪な上司に出会い、悪夢が蘇ることはあった。それでも「みんなが楽しく笑える職場を作りたい」という夢を持ち続けた。必死に働いて貯金をし、三十歳でついに起業した。会社は地元に作った。嫌な思い出がたくさんある場所だけど、いつか成功して、あの時の同級生たちをぎゃふんと言わせたかった。特にマリナには。彼女は私の高校生活を台無しにした張本人なのだから。

年月が過ぎ、会社は順調に成長した。従業員とは距離を縮めるため、私も現場で一緒に働くようにした。毎日、現場に顔を出す。みんな優しくて、本当に恵まれた環境だと思う。そんなある日、私は会社のお金を預けるために、一人で銀行へ行った。作業着のままだったが、銀行の人たちは顔馴染みで、私のことも知っていた。

受付を済ませて窓口に座ると、向かいの女性が私を見て、こう言った。「貧乏人の少額預金なんていらないわよ」。はっとして顔を上げると、そこにいたのは、何とマリナだった。名札には「古中マリナ」と書いてある。顔は当時よりふけていたが、意地悪そうな表情はあの頃のままだった。「この銀行に勤めてたの?」と聞くと、マリナは勝ち誇ったように言った。「最近転職してきたのよ。あんたは相変わらず汚いし、貧乏臭いわね」。

彼女と話しているうちに、あの日の記憶が蘇ってきた。いじめられていた日々、言い返せずに泣いていた日々。私の体は震え始めていた。銀行のお客さんなのに、こんな態度を取られるなんて。マリナは止まらない。「この銀行はね、あんたみたいな貧乏人が来るところじゃないの。大手企業の役員様が来るところなんだから」。私は気づかないうちに、昔の弱い自分に戻っていた。「ごめんなさい」。そう言って、逃げるように銀行を出てしまった。

帰り道、悔しさでいっぱいだった。私は今、大手企業の社長だ。社員たちの生活を背負っている。そんな私が、昔いじめられた同級生ごときにビビってどうする。そう自分に言い聞かせたが、その日は一晩中、眠れなかった。翌日、私は会社を休んだ。社長として、本当に情けない。何より情けなかったのは、社員の給与口座がある銀行で、預金もせずに逃げてしまったことだ。また行かなければならないのに。

会社を休んだ日、私は起業してからの日々を思い返した。みんなが楽しく働けて、笑顔が溢れる会社。こんなに素晴らしい仲間に恵まれて、今の私があるのだ。大事なのは過去じゃない。現在であり、未来だ。そう考えると、不思議と心が落ち着いてきた。マリナに「貧乏人」と言われたが、私はマリナよりもずっと高い給料をもらっている。人を見下して喜んでいる彼女よりも、私は幸せなはずだ。そう気づくと、マリナが怖くなくなってきた。私には味方がたくさんいる。立ち向かう勇気も湧いてきた。

翌日、私は会社に向かった。従業員たちは体調を心配して声をかけてくれた。中にはお菓子を用意してくれた人もいて、その優しさが本当に嬉しかった。そして、意を決して、再びあの銀行へ行った。「行ってきます」とみんなに言って、会社を出た。

銀行に着くと、マリナは変わらず窓口にいた。「あんた、また来たのね」。私を見て、嫌そうな顔をする。でも、私はもう昔の私じゃない。マリナに負けないくらい、心は強くなった。

「支店長を呼んでください。うちの社員、八千人分の口座を解約しますから」

私は静かに、でもはっきりとそう言った。マリナは意味が分からず、困惑している。「は?」。私は続けた。「私はこの会社の代表取締役よ。だから、社長から支店長にお話があると伝えてほしいんだけど」。マリナの顔が青ざめていく。「いつから会社をやってたのよ。どうして従業員がそんなにいるの」。彼女は責めるように問い詰めたが、私はただ「三十歳の時から起業している」と答えた。マリナは最近転職してきたばかりで、私のことを知らなかったのだ。

すると、マリナは急に怒鳴り始めた。「私みたいな呪いが、どうして社長なんてしてるのよ。世の中、不公平だわ」。銀行には他のお客さんも社員もいる。皆、私たちに注目している。騒ぎを聞いて駆けつけた支店長の斎藤さんが、マリナを止めた。「古中さん、何やってるんだ。この方はうちの長年のお客様だぞ」。斎藤さんは私が起業した時からお世話になっている人で、会社の飲み会にも顔を出してくれる。彼は申し訳なさそうに私に謝った。「最近入った新人が失礼な態度を取ってしまって、すまない」。私は言った。「斎藤さんは全然悪くないです。悪いのは、お客様に対して失礼な態度を取ったマリナの方です」。

しかし、マリナは止まらない。今度は私の過去をばらし始めた。「この人、高校生の時にクラスでいじめられてたのよ。地味で目立たなくて、友達もいなかった。なんで会社なんかやってるの、分かんない」。私が今まで隠してきた過去を、全て斎藤さんの前で話した。斎藤さんがどう思うか、少し怖かった。でも、斎藤さんはこう言った。「俺は、会社を起業した頃からの山田さんしか知らない。だが、そうやって人の過去を掘り返していじめる古中さんは、最低だと思うぞ」。マリナはビクッとした。

「人はそれぞれいろんな人生がある。世の中には大変な思いをしている人がたくさんいる。だが、今を頑張っていたら、過去のことなんてどうだっていいじゃないか。過去があるから、今があるんだしな」

私は斎藤さんの言葉に深く頷いた。私も同じ意見だ。もしあの時、マリナにいじめられていなかったら、私は人に優しくできない人間になっていたかもしれない。マリナと仲良くしていたら、心の狭い人間になっていただろう。だから、あの過去は無駄ではなかった。私が会社という未来に向かって進むための、通過点だったのだ。学生時代なんて、人生のほんの一瞬だ。いつまでもそれを引きずっているマリナこそ、本当に恥ずかしい人だと思った。

「私が間違ってるっていうの?今まで仕事、頑張ってきたのに」。マリナは怒り続ける。斎藤さんが何度も「落ち着きなさい」と言っても、彼女は止まらない。すると、今度はマリナの過去の話になった。高校卒業後に就職したマリナは、どこの会社にも溶け込めなかったらしい。学生時代は女王様のように振る舞って周りを従えていたが、社会に出るとそうはいかない。年上の人が多く、協調性が求められる。マリナにはそれがないから、どこでも仲良くしてくれる人がいなかった。今の銀行も十社目だという。私は驚いた。もちろん、結婚もしておらず、独身らしい。

「ほとんどの会社は、私の言うことを聞けないから良くないのよ。彼氏だってそうだわ」。私は思わず言った。「それはマリナが悪いんじゃない?」。マリナは怒ったが、それは本当のことだ。彼氏ができても、すぐに振られてしまうらしい。その気持ちはよく分かる。だって、マリナみたいな人を奥さんにしたいとは思わないから。

すると、斎藤さんがこう言った。「古中さんには、もうここには辞めてもらうことになるかな」。マリナは驚いた。「え、なんでよ。私、何か悪いことでもした?」。斎藤さんの話によると、マリナの高圧的な態度で、お客や従業員からたくさん苦情が来ているとのこと。本人に改善する気もないし、近々解雇される予定だった。マリナは叫んだ。「私は悪くないわよ。全部、七子のせいよ」。

私はマリナを上から見下ろしながら、こう言った。「残念だったわね。人をいじめることしかできないあんたは、本当に可哀想な人だわ」。そして、自分の通帳を見せた。今まで必死に働いて貯めたお金だ。マリナはその金額を見て、倒れそうになっていた。「貧乏人なのは、あんたの方じゃないの?これから仕事もなくなって、大変ね。でも、うちでは絶対に雇わないけど」。マリナは悔しそうに唇を噛んだ。「あんたなんかよりも、私の方がずっと優秀で素晴らしい人間なはずよ。どうして、こんなに理不尽な目に遭うの?」。理不尽な目に遭ってきたのは、私の方だ。マリナみたいな人を雇うはずがない。私の中で、彼女は最初からブラックリスト入りしている。「あんたのせいで、今までたくさん苦しんだわ。次はマリナが苦しむ番ね。さようなら」。私は斎藤さんに預金の件を伝え、銀行を出た。

後ろでマリナが叫んでいるのが聞こえたが、もう振り返らなかった。あれは全て、過去のことだ。私はもう、未来に向かって歩いているのだから。

その後、斎藤さんからマリナが解雇されたと聞いた。銀行の人事部でも、相当評判が悪かったらしい。マリナの自業自得だ。その後、彼女がどうなったかは分からない。でも、今の私には、もうどうでもいいことだった。

後日、会社の飲み会に斎藤さんも来てくれた。彼は私にこう言った。「これからも、何かあったら、いつでも声をかけてください。山田さんは、素晴らしい社長です」。私は「こちらこそ、よろしくお願いします」と答えた。もちろん、全従業員の口座を解約するというのは、マリナを脅すための言葉だったので、実際に解約するはずもない。私はこれからも、会社の発展のために、もっと頑張っていくつもりだ。私の未来は、明るく輝いているのだから。

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