「この家は長男に譲った。お前は出てけ」…

「この家は長男に譲った。お前は出てけ」...

テーブルの向こうで正尾が立ち上がった。並んだ寿司桶の向こう側から、床に響くような声が降ってきた。

「この家は長男に譲った。お前は出てけ」

さやかがグラスを持ち上げて笑った。

「やっと私たちの家ね。お母さんはもう用済み。30年、お疲れ様でした」

り介はこちらを見なかった。ビールの泡だけをじっと眺めている。

その日、この家の住宅ローンが終わった。360回目の引き落としが、朝の9時前に済んでいた。

私は柴田安子。58歳。市の総合病院で看護師をしている。勤続34年。

看護学校を出て免許を取ったのは20歳の時。その紙には「牧野安子」と書いてある。22で結婚して柴田になり、24でこの病院に移った。以来、院内での私は「牧野安子」だ。そんなことを誰かに説明したことはないが、私は私の名前で働いている。

家は市の外れにあった。2階建ての住宅で、土地は父が残してくれたものだ。父が亡くなったのは私が27の時。畑と古い平屋と、父が植えた柿の木しかない土地だった。翌年、そこに家を建てた。正尾の母と暮らすためだ。足が悪く一人暮らしが難しい正尾の母のために、1階は和室にした。2階は子供部屋と客間だ。

同居を持ち出したのは正尾だったが、金を出したのは私だった。建築費は3200万円。私の貯金から頭金500万円を入れ、残りの2700万円を借りた。借金のない土地を担保に入れたから、28の看護師でも銀行は首を縦に振った。名義も、借りた人間も、私だ。

毎月10日に9万5000円。それを360回。最初の5年だけ、正尾は月に3万円を家に入れていた。合わせて180万円。それきり、だ。

6年目の4月。正尾は封筒もよさずに言った。

「小遣いが足りえん」

それっきり、25年間、封筒は出てこなかった。その25年で、正尾は車を3度買い換え、親戚が集まれば必ず一番いい酒を出した。家の通帳は一度も見ていない。契約の時、銀行の応接室で正尾は腕を組んで座っていた。署名をしたのは私だ。

銀行員が「土地も建物も奥様のご名義ですので、ご主人様には万一の時も責任はお願いしません」と言うと、正尾は満足そうに頷いた。返せなくなっても、正尾には一切の責任が及ばないという意味だ。分かっていたとは思えない。

「主婦の稼ぎでよく回してるもんだなあ」

それが正尾の口癖だった。私は看護師でフルタイムで働いている。それでも正尾の頭の中では、私の給料は「主婦のお小遣い」に分類されていた。

「病院なんて座って血圧測ってりゃ金がもらえるんだろう」

そんな言い方をされた夜のことは、日付まで書き残してある。私は家計簿をつける。結婚した年から、返済の明細は30年分全部残っている。

り介が高校に上がった年、夜勤明けの私が炊いた飯を食べながら、り介が言った。

「母さんの仕事って大変なの?」

「大変よ」

「ふん。父さんは母さんの仕事は遊びみたいなもんだって」

箸を持つ手が止まった。止まったのを見られたくなくて、私は換気扇の下に立った。

正尾の母が亡くなったのは18年前。最後の2年は寝たきりで、おむつを変えたのも、夜中に体の向きを変えたのも私だった。正尾はその2年、一度も1階の和室で寝なかった。

「男がそういうことするもんじゃないだろう」

そう言って、正尾は2階へ上がっていく。正尾の母は、階段を踏む音のたびに天井を見ていた。

「安子さん、すまないね」

私に謝ったのは、正尾の母の方だった。息子には最後まで何も言わなかった。

り介が就職して家を出てから、2階は空き部屋だった。8年前、そこにり介とさやかが戻ってきた。式を上げて1カ月後、2人はダンボールを抱えて階段を上がっていった。家賃の話は一度も出なかった。

「新婚のうちはため時きだから」

そう言ったのは正尾だ。自分の金でもないのに、堂々と決めていく。

電気もガスも水道も、メーターは1つしかない。請求は全部、私の口座から落ちる。2人が入ってから、光熱費は月に2万円ほど増えた。米も味噌も洗剤も、私が買えば2階の分もなくなる。食費を足せば月に4万円。それが8年続いた。400万円に近い。それに固定資産税が年に11万円。私の名前で来る紙だから、私が払うのが当たり前だ。30年分で300万円を超える。数えたのは前の年の暮れだ。数えてから、しばらく家計簿を閉じられなかった。

蒼太は7つになった。この春、小学1年生になったばかりだ。迎えは5時半。さやかは駅前の店で働いていて、帰りは7時を回る。

「お母さん、日勤だけですもんね。助かる」

最初は助けになるならと思った。迎えに行って、夕飯を食べさせて、風呂に入れて2階へ返す。それが週に4日。半年で5日になった。さやかの頼み方は柔らかい。命令はしない。

「無理しないでくださいね。無理だったら蒼太コンビニでいいんで」

7つの子にコンビニの弁当を食べさせられる祖母がどこにいるだろう。断れないように、言葉が組んである。

「2階の洗濯機調子悪くて。お母さんの下の分と一緒に回してもらっていいですか? あ、干すのはやりますんで」

強制されたことは一度もない。正尾はそれを見ていて何も言わない。言わないどころか、正月に親戚が来ると胸を張る。

「うちは3世代で暮らしてるからな。今時珍しいだろ」

その3世代の飯を作っているのが誰なのかは、正尾の話には出てこない。

6月に給湯器が壊れた。修理は12万円。業者を呼んだのはさやかで、私に相談はなかった。

「お母さん、お風呂使えないと蒼太が困るんで、勝手に呼んじゃいました」

支払いは私だ。当たり前だ。この家の設備は私のものだから、直す金を出すのも私でいい。腹が立ったのは、次の日曜だった。庭で正尾が近所の人に話していた。

「うちも古くなってな。給湯器を新しくしてやったよ」

「やってやった」と正尾は言った。12万円を出したのは私だ。当たり前に払ったものが、当たり前のように別の人間の手柄になっていくのを、私は8年見てきた。

一度だけ聞いたことがある。

「り介たちから、少しでももらった方がいいんじゃない?」

「ああ? 息子から家賃取る親がどこにいるんだよ」

正尾はビールの缶を置いて鼻で笑った。

「お前は昔からそういうところがせこい。金の話ばっかりだ」

お金の話をせずにいられなかったのは、毎月10日に9万5000円を出している人間の方だ。

話が前後する。ローンが終わる前の年の10月、私は子宮筋腫の手術を受けた。13日に入院して、17日に退院した。腹に小さな穴を3つ開ける手術で、14日の午前中に全身麻酔で3時間眠った。

入院の前の週、さやかが私の部屋に来た。

「お母さん、心配だから」

そう言って、上等な便箋と筆ペンを封筒ごと私の机に置いていった。

「万が一ってこともあるし。みたいなのを残しておいた方がいいですよね」

その時は、優しい嫁だと思った。翌日、1枚目に家族への言葉を書いて、引き出しにしまった。

正尾は2年前に定年を迎えた。同じ会社にそのまま再雇用されて、給料は現役の頃の半分になった。家に入れる金は、半分になっても変わらずゼロだ。

再雇用の初日、正尾は玄関で靴を持ったまま振り返った。

「肩書きは外れたけどな。この家じゃ俺が課長だから」

誰も何も言っていないのに、自分で自分に言い聞かせていた。30年払ってきた家の玄関で、ローンに1円も出していない人間が、そう言った。

それから2年が過ぎた。その年の春、正尾の機嫌が急に良くなった。帰りが早くなり、風呂上がりに鼻歌を歌うようになった。私が夕飯を出すと「おお」というようになった。

「なんだかご機嫌ね」

「そりゃなあ」

正尾はテレビの方を向いたまま、口の端を上げた。

「秋になれば面白いことになるぞ」

「面白いことって」

「ま、そのうちわかる」

それ以上は言わない。聞き返すと、リモコンを取って音量を上げた。

秋。10月にローンが終わる。360回目の引き落としが済む月だ。その頃、2階では夜の11時を過ぎても3人が集まって話し込んでいる日が増えた。私が階段の下を通ると、話し声がぴたりと止む。一度、湯茶を届けるつもりで階段を上がりかけたことがある。踊り場で足を止めた。上から正尾の声がした。

「そんなもん判子1個だろうが」

その後、さやかが何か言って、3人が笑った。判子、か。私は湯茶を持ったまま階段を降りた。台所に戻って、冷めた茶を流しに捨てた。判なら、この家には何本もある。銀行印も実印も、私の名前のものだ。それが何の話なのか、その時は思いつきもしなかった。

4月の半ば。休憩室でお茶を入れていたら、大村リツ子に肩を叩かれた。看護師長で、私より2つ下。同じ病棟に長くいた。

「柴田さん、顔色。寝てないでしょ」

「そんなことないですよ」

「30年見てる顔よ。座りなさい」

リツ子は自分の湯のみを置いて隣のパイプ椅子を引いた。逃げ場がない。私は買いつまんで話した。2階の孫の迎えのこと。選択のこと。正尾が急に上機嫌なこと。金の話をすると「せこい」と言われること。

リツ子は黙って聞いていた。聞き終わってから、指を組んで机に置いた。

「柴田さん、家計簿つけてる?」

「つけてます。結婚した年から」

「返済の明細は?」

「銀行の通帳と、毎月の明細を全部。30年分」

リツ子の目が動いた。

「それ、絶対に捨てないで」

「捨てませんけど。どうして?」

「記録は嘘をつかないから」

リツ子はそう言って、「口癖よ」と付け足した。

「患者さんが転んでも、何か揉めても、職員を守るのは記録だけ。家も同じ。誰が払ったかを覚えてるのは人の頭じゃなくて、紙の方」

「揉めるようなこと、うちにあるかしら」

「ないならないでいいの。でもね、柴田さん。30年払った家に、払ってない人が3人住んでるのよ。その3人が同じことを考えてないって、どうして言えるの?」

返す言葉がなかった。

リツ子は言った。

「私ね、去年実家で似たようなことがあったの。弟が母の土地を自分のものだと思い込んでた。誰も何も言ってないのに。人ってね、そう思いたいものは勝手にそう思うの」

「それで、どうなったんですか?」

「登記を取ってきて、母の名前を見せた。それで終わり。弟は3日口を聞かなかったけど、その後は何も言わなくなった。紙が1枚あるかないかなの。本当に、それだけ」

その週の終わりに、リツ子は1枚の紙を持ってきた。市民相談の案内だった。月に2度、市役所の3階で弁護士の無料相談があるという。

「柏木先生っていう人。私の友達が世話になった。話を聞くだけ聞いてきなさい」

行くつもりはなかった。まだ何も起きていない。起きてもいないことで人に頭を下げるのは気が引けた。

それを思い出したのは、3日後の夜だった。蒼太を風呂に入れて、髪を乾かして2階へ連れて行った。パジャマの襟が湿っている。首の後ろをタオルでもう一度拭いてやった。ドアを開けたさやかは、間取り図のチラシを持っていた。

蒼太の頭をポンと叩く。

「蒼太、よかったね。おばあちゃんの部屋。そのうち蒼太の部屋になるからね」

蒼太が首をかしげる。

「おばあちゃんの部屋?」

「おばあちゃんのだよ」

「うん。まあ、今はそういうことになってるだけ」

さやかは笑っていた。私を見て笑っていた。

「ねえ、お母さん」

私は何も言えなかった。廊下の電球が1つ切れかけていて、じじっとなっていた。

「あの、さやかさん」

「はい」

「『今は』って、どういう意味かしら?」

さやかは缶を口から離して、少しだけ首を傾けた。言葉の綾ですよ。やだ、お母さん怖い。そのままドアが閉まった。閉まる寸前に、中から正尾の笑い声が聞こえた。正尾は2階にいた。夕飯の後、いつの間にか上がっていたらしい。

階段を降りながら、白衣のポケットに入れたままの紙のことを思い出していた。1階の廊下の電気を消そうとして、足が止まった。

階段の一番下の段に、白い紙が1枚落ちていた。裏を上にして落ちている。蒼太が落としたのだと思った。腰をかがめて拾い、表に返した。学校のプリントではなかった。上の方に太い字で見出しが印刷されている。

「贈与書」

足の裏から力が抜けた。人が倒れる前の顔を、私は何度も見ている。今の自分がその顔をしているのだろう。

紙は白黒のコピーだった。印鑑の朱色だけが灰色になっている。文面は短い。

「甲は乙に対し、記載の土地及び建物を無償で譲渡する。乙はこれを受諾する」

十数行ほどしかない。その欄に、私の名前があった。柴田安子。その下に、印の丸い跡。三文判だ。近所の文具店で売っている、「柴田」とだけ掘ってあるもの。この家に何本もある。

乙の欄には「柴田り介」と書いてあった。

私は紙を持ったまま、階段の1段目に腰を下ろした。座ったのではない。そこにしか下ろす場所がなかった。

上から声が降ってきた。

「だからさ、司法書士なんて誰でもいいんだって。向こうが勝手にやってくれるんだよ。こういうのは」

正尾の声だ。

「でもお父さん、順番はちゃんとしないと。この人はいつも落ち着いている。10日に引き落としを確認してからですよ。それまでは絶対に動かないでくださいね」

「分かってるって。去年の秋から黙って待ってるんだ。あと半年くらいどうってことない」

前の年の秋。その言葉が耳に残った。

「お父さんが焦ると全部ダメになるんですよ。あの人、こういうことだけは頭いいから」

「あいつはな、判こと判の区別もつかんよ。通帳の記帳しかしてない女だぞ」

笑い声が起きた。り介の声は、長い間しなかった。一度だけ、低い声がした。

「母さん、下にいるんじゃないの?」

「もう寝てるでしょ。あの人、9時には目がトロンとしてるもん」

また笑い声。3人分。

私は紙の右上を見た。そこに日付が記されていた。前の年の10月14日。その数字を見た瞬間、指の先が冷たくなった。冷たくなってから、頭の方が追いついてきた。

10月14日。私はその日付を、この家の誰よりも正確に覚えている。当たり前だ。忘れられるはずがない。

私は自分の名前をもう一度見た。コピーだから線の太さも濃さも本物と変わらないように見える。だが、私の「安子」の「安」は、最後の払いが右へ長く伸びる。癖だ。看護記録に「牧野安子」と署名し続けてきて、その癖だけは治らなかった。紙の中の「安」は、払いが短く止まっていた。

だが、今それを口にしても何にもならない。手元にあるのはコピーが1枚だけだ。原本がどこにあるのかも分からない。この紙を持って2階に上がったところで、帰ってくる言葉は決まっている。「知らない」「落ちてたなら捨てとけ」。それで終わる。破けばいい。もう1枚作ればいい。次はもっと上手く作る。

この日付が何を意味するのか。それを知っているのは、この家の中で私一人だった。

私は台所へ行って、電気をつけずに携帯電話を出した。窓から入る街灯の明かりだけを頼りに、紙の全体が1枚、見出しと印の欄が1枚、右上の日付を大きく1枚。手が震えて、3枚目は取り直した。

それから紙を階段の1段目に戻した。裏を上にして落ちていたのと同じ向きに、同じ角度で。自分の部屋に戻って、電気をつけずに座った。心臓の音がうるさかった。考えたのは腹が立つとか悲しいとかではなかった。順番のことだった。何をどの順で確かめるか。誰に何を渡すか。

看護師の頭というのは因果な作りをしていて、緊急の時ほど手順が浮かんでくる。まず通帳。30年分。押入れの上の段の衣装ケースの下。明細。同じ場所に、年ごとに輪ゴムで束ねてある。家計簿の36冊。私は結婚した年から、1冊も欠かしていない。土地と建物の権利の書類。仏壇の下の引き出しの一番奥にある茶封筒。家を建てた時に司法書士の事務所からもらったものだ。封筒の表に事務所の名前が刷ってある。実印と印鑑登録カード。同じ封筒の中。銀行印もそこに入っている。前の年の入院の時の書類。診療明細と領収書。同じ引き出しの手前。それから、机の引き出しの便箋。

この家は私のものだ。だが、この家に私だけの場所はない。押入れも仏壇も机も、誰でも開けられる。8年間、それを不自由だと思ったことすらなかった。家族なのだから。その言葉で何もかもを説明してきた。

家族なのだから。近いうちに、全部運び出そう。病院のロッカーは小さいが、リツ子に頼めば置き場所くらいはある。

私は立ち上がって、机の引き出しを開けた。前の年の入院の前にさやかが置いていった便箋は、そこにあった。1枚目に私が書いた家族への言葉も、そのままだった。封筒は開いていた。私は封をしていない。だから開いているのが当たり前だ。当たり前のはずだった。

私は便箋を光にかざした。1枚目をめくって、手が止まった。2枚目がない。筆圧の跡が一番濃く残るのは、いつも2枚目だ。その次の紙に、私の文字の跡が薄く残っていた。

筆跡。

その言葉が頭に浮かんだ時、2階でまた笑い声がした。私は便箋を元に戻して、引き出しを閉めた。

翌朝、私はいつも通り6時に起きて味噌汁を作った。正尾が食卓に着いたのは6時40分だ。新聞を広げて、卵を割る。

「おい、階段のとこに紙が落ちてたぞ」

心臓が一度大きくなった。

「そう。知らないわ」

「知らん。片付けとけ」

正尾は新聞から目を離さずにそう言った。拾いもしなかったのだろう。

「そういうのはお前の仕事だろ。家の中のことなんだから」

「そうね」

「大体お前は、家の事になると雑なんだよ」

私は味噌汁の椀を置いた。手は震えていなかった。自分でも意外なほど、震えていなかった。

7時10分に家を出て、20分で病院に着いた。更衣室で白に着替えて、名札をつける。牧野安子。その日の午前中、私は普段通りに働いた。34年やってきたことは、頭が別のことを考えていても止まらない。

昼休みに休憩室の隅で携帯電話を開いた。撮った3枚の写真を見た。前の年の10月14日。写真を閉じて、白衣のポケットを探った。リツ子がくれた市民相談の紙は、まだそこに入っていた。折り目がついて、端が柔らかくなっていた。私はその紙を財布の中に移した。

その夜、私は寝なかった。自分の部屋の暗がりで、30年分の記録をどこにしまってあるか、1つずつ考え直していた。

記録を運び出したのは、その週の土曜だった。正尾はゴルフ。り介夫婦は蒼太を連れて、さやかの実家へ行っていた。押入れの衣装ケースを下ろして、通帳の束を取り出した。輪ゴムは触ると粉になって落ちた。30年分の明細は、みかん箱1つでは収まらない。2つに分けて、車のトランクに積んだ。仏壇の下の引き出しからは、茶封筒を出した。表の文字は30年前のままだ。権利書も実印も、みんなこの中にある。入院の書類も、机の便箋も、封筒ごと入れた。

みかん箱2つと紙袋1つ。それが30年だった。

月曜、リツ子に頼んだ。

「市長さん、箱を2つ、しばらく置かせてください」

リツ子は理由を聞かなかった。

「控え室の奥の物置き、私の鍵で開くから」

それだけ言ってこちらを見た。

「柴田さん、行ってきなさい。市民相談」

その週の水曜、私は市役所の3階へ行った。柏木秋という弁護士は、思っていたより若かった。40そこそこに見える。名刺を出し、椅子を進め、私が座るのを待った。私は携帯電話の写真を見せた。3枚。

柏木先生は指を広げて写真を拡大した。ゆっくり見て、それから顔を上げた。

「それ、原本はどこにありますか?」

「分かりません」

「触りましたか?」

「触って、写真を撮って、元の場所に戻しました。同じ向きに」

柏木先生の目が変わった。

「戻したんですね」

「はい。懸命でした」

柏木先生はメモを取り始めた。

「柴田さん、これから私が言うことは、少し意地の悪い話です」

「はい」

「今この写真を持って乗り込んだら、多分柴田さんは負けます」

背筋が伸びた。

「なぜですか? 私の名前を勝手に」

「そこじゃありません。物の話です」

柏木先生はペンを置いた。

「判こはいつでも作れます。相手はこう言うでしょう。そんな判は知らない。あなたが作ったんじゃないか。原本が出てこない以上、そこで止まります。そして原本はその日のうちに消えます。破って捨てるだけです。3秒で終わります」

私は写真の中の日付を見た。前の年の10月14日。

「では、どうすれば」

「相手が自分から出す日まで待つんです」

柏木先生の声は落ち着いていた。

「この紙を作った人は、いつか必ず人前に出します。出さなければ意味がない紙ですから。その日まで、柴田さんは何も知らない人でいてください」

「半年、何もしないということですか?」

「何もしないのではありません。備えるんです」

先生は指を3本立てた。

「1つ。記録を全部家の外に出す。もう済んでいますね。2つ。この日付について柴田さんが持っている材料を、正式な形で取っておく。3つ。争いは、同じ屋根の下でしないこと」

2つ目のところで、先生は言葉を切った。

「柴田さん、さっきこの日付を見た時、目の色が変わりました。その材料は柴田さんの記憶ですか? それともどこかに紙が残っていますか?」

「紙です」

「どこの紙ですか?」

「病院の紙です」

柏木先生はそこで質問をやめた。ペンの先でメモを2度叩いた。

「では、その紙を正式な手続きで撮ってください。見せてもらう。写真を撮る。そういうのは全部ダメです。手数料を払って、日付と印の入った証明として出してもらう。手間はかかりますが、その手間が全部後で意味になります」

「分かりました」

「急がなくていいです。ただし、10月より前に」

「3つ目の意味は、すぐには取れなかった」

「出ていく準備をしておいてください」

「私の家ですよ」

言ってから、自分の声が高くなったことに気づいた。柏木先生は責めなかった。

「ええ、安子さんの家です。だからこそです」

先生は身を乗り出した。

「同じ家の中で言い争えば、必ず物が動きます。書類も印鑑も通帳も。相手が3人いて、こちらが1人です。声を荒げた方が正しいことになってしまう場所では、記録は役に立ちません」

私は膝の上で手を握った。

「あと半年。私はこの家の債務者です」

なぜその言葉が出たのか、自分でも不思議だった。だが、口に出してみるとそれが自分の本心だった。

「360回目まで、あと6回あります。最後の1回まで払い切ります」

柏木先生が頷いた。

「そうすれば、この家についている銀行の担保が外れます。返せなくなったら家を取り上げますよという印です。抵当権と言います。それを消す書類が、柴田さんご本人の手に来ます。その日まで、真面目な妻でいられますか?」

「30年やってきたことです」

柏木先生は初めて笑った。

その帰り道、私は市役所の駐車場で10分ほど座っていた。フロントガラスの向こうの雲を見ていた。残り6回。

家に帰ると、今の座卓にチラシが広げてあった。アパートの広告だった。ワンルーム6畳。風呂とトイレが一緒。駅の向こうの単身者向けのアパート。

「お母さん、これ見てください」

さやかが湯茶を出しながら笑った。

「病院に近い方が楽でしょ。家事もしなくていいし。お母さんも58ですし」

正尾が新聞から顔を上げた。

「秋になったら1軒開けろ。話はついてる」

「話って、誰と?」

「俺とり介だ。課長と係長だよ」

私は間取り図を手に取った。家賃は4万8000円と書いてあった。図面の裏に「駐車場なし」と小さく書いてある。

「私は車で通勤してるんだけど。駐車場がないみたい」

「本当だ。じゃあ車手放したらどうですか? バスありますよ。朝の6時台から」

「そう」

「お母さん、ずっと働くつもりなんですか?」

「そのつもりよ」

「え、すごい。私だったら無理ー」

その時、廊下からり介が入ってきた。缶ビールを取りに来たらしい。座卓の間取り図を見て、足が止まった。

「それ何?」

「あんたのお母さんの新居?」

さやかが明るく言った。り介は間取り図を見て、私を見て、それから冷蔵庫の方へ行った。

「そ、それで、あんたはどう思うの?」

背中が止まった。2秒か3秒だ。

「父さんが決めることだろう」

缶を開ける音がして、り介は2階へ上がっていった。私は間取り図を座卓に戻した。

「考えておくわ」

それだけ言って、台所へ行った。流しに立って水を出した。水の音がしていれば、今の話し声は聞こえない。背中で正尾が笑っていた。

「あいつも年だな。前ならもっと騒いだぞ」

柏木先生が最初に言ったのは、戦い方ではなく待ち方だった。

5月の連休明け、正尾が家族会議をやると言い出した。夕飯の後、居間に4人が集まった。蒼太は2階で寝ている。

「課題は秋のことだ」

と、正尾は言った。

「ローンが終わる。そうしたら、この家のことをはっきりさせる」

「はっきりって」

「り介たちが下に降りてくる。お前は上か外か、どっちかだ」

さやかが湯茶を配りながら口を挟む。

「お母さん、2階は日当たり悪いんですよ。外の方がいいと思うんですけど」

「ここは私の家よ」

言ってから、口が滑ったと思った。「何も知らない人でいてください」。柏木先生の顔が浮かぶ。だが正尾は気にもしなかった。

「お前の家?」

正尾は鼻で笑った。

「30年住まわせてやった家を自分の家だと思ってたのか。おめでたいな」

「住まわせて」

「誰の稼ぎでこの家が立ったと思ってんだ」

私はそこで黙った。黙るしかなかったのではない。黙っている方が、この人の口はよく回るからだ。案の定、正尾は続けた。

「まあ、もう手続きは済んでるんだ。今更お前が何を言っても」

空気が変わった。さやかの湯茶を持つ手が止まった。り介が父親の顔を見た。

「どこの誰と、何の手続きをしたの?」

私の声は落ち着いていたと思う。正尾の口が半分開いたまま、止まった。

「いや、これからだ」

「『済んでる』って言ったじゃない」

「これからやるって意味だ」

「言葉の綾ですよ」

さやかが笑って割り込んだ。

「お父さん、酔ってますね。お母さん、この人の言うことは半分でいいですよ」

その日の会議はそれで終わった。何も決まらなかった。決まらないまま、正尾は満足そうに風呂へ行った。私は台所で洗い物をしながら、言葉を並べ直していた。

「もう手続きは済んでいる」「前の年の秋から黙って待っている」「10日に落ちて、それを確認してから」

紙は前の年の10月に作られ、正尾はそれを持ち、10月10日を待っている。それだけは分かった。分からないのはその先だ。譲るだけなら、なぜ10日を待つ必要があるのか。

その答えは3日後、向こうからやってきた。

土曜の午後。居間の固定電話が鳴った。固定電話が鳴るのは珍しい。かかってくるのは大抵、保険か新聞の勧誘だ。正尾は庭で車を洗っていた。

「はい、柴田です」

「駅前の中央不動産の西尾と申します。柴田安子様のお宅でしょうか」

不動産。私は一瞬間が空いた。

「私が柴田安子ですが」

「ああ、ご本人様でいらっしゃいますか。失礼いたしました。実は先日、査定のご依頼をいただきまして」

「査定?」

「はい。土地と建物の売却査定です。ご依頼をいただいたのは柴田さやか様なのですが、こちらで登記の記録を取らせていただきましたところ、所有者様のお名前が柴田安子様でしたので」

受話器を持つ手に力が入った。

「それで念のため、ということで。ご依頼の時に伺ったこちらのお電話に、ご本人様がおられないかと思っておかけした次第でして」

「その査定は、いつのご依頼ですか?」

「先週の火曜です」

家族会議の前だ。

「査定額はいくらになりましたか?」

西尾はためらった。ためらったが、答えた。

「土地と建物を合わせまして、3100万円ほどとお出ししております」

3100万円。私が30年で入れる金は、閉めて3920万円だ。頭金の500万円と返済の3420万円。それだけかかって払ったものが、売れば3100万円になる。

「西尾さん」

「はい」

「その査定書は、どなたに渡されましたか?」

「柴田さやか様に、直接お渡ししております」

「そうですか」

「あの、失礼ですが、ご家族でお話はされていないんですか?」

西尾が息を吸う音がした。

「承知いたしました。所有者様のご意向がはっきりしませんと、私どもとしても先へは進められませんので。本日のお電話はその確認ということで。ありがとうございます。助かりました」

「いえ、こちらこそ」

電話を切ってから、私はしばらく受話器の上に手を置いていた。庭でホースの水音がしている。2階でテレビが鳴っている。何も変わらない土曜の午後だった。

夕方、さやかが蒼太を連れて降りてきた。

「お母さん、今日の夕飯、店のにしようと思って。蒼太の好きなやつ」

「よかったね」

蒼太が私の腰に抱きついた。その頭を撫でながら、この子の母親が先週の火曜に何をしたかを考えていた。

「さやかさん」

「はい」

「今日、電話があったわ」

さやかの手が止まった。ほんの一瞬だ。それから、何でもないという顔で振り返った。

「電話? 誰からですか?」

「保険の勧誘。しつこいのよ」

「多いですよね、最近」

さやかは笑って冷蔵庫を開けた。私は嘘をついた。この家で嘘をついたことは、ほとんどない。ついてみると、思ったより簡単だった。

その夜、私は買い物に行くと言って家を出た。スーパーの駐車場に車を止めて、そこから柏木先生に電話をかけた。

「査定を頼んだのは長男の嫁で、査定額は3100万円でした。所有者に無断で」

「はい。柴田さん、それは大きいです」

先生の声が早くなった。

「贈与だ、譲るだと言っているのに、動いているのは売却の準備です。目的が違う。譲り受けるだけの人は、査定を取りません」

「あの人たちは、家が欲しいわけじゃないということですか?」

「そう考える方が自然です。ただ、まだ決めつけません。理由はいずれ出てきます」

私はハンドルに手を置いたまま、街灯に集まる虫を見ていた。

「先生」

「はい」

「私、今日、嫁に嘘をつきました」

「よくやりました」

即答だった。

「柴田さんは今日から、何も気づいていない人です。困ったことがあったら、私に電話してください。家の中では、一言も増やさないで」

電話を切って家に帰った。玄関を開けたら、味噌汁の匂いがした。さやかが作ったらしい。8年で3度目くらいだ。

「お母さん、お帰りなさい。お風呂湧いてますよ」

「ありがとう」

私は笑った。笑えるものだと思った。

銀行の担保がついたままの家は売れない。だから10日を待つ。売るつもりなら、それは筋の通った待ち方だった。譲ると正尾は言った。売るとさやかは動いていた。

譲るという言葉の意味を、私はまだ半分しか分かっていなかった。6月に入ると、正尾は電話が長くなった。相手は決まって親戚だ。夕飯の後、居間の電話の前で1時間近く喋っている。

「そうなんだよ。うちも息子に家を譲ることにしてな。早い方がいいだろ。俺ももう62だし。後に継がせるのが筋ってもんだ」

私は台所で洗い物をしながら聞いていた。継がせる、筋。この人の口から出てくる言葉は、昔のドラマから借りてきたようなものばかりだ。

「安子か。まあ、あれは適当にな。年寄り向けのアパートでも借りさせるよ」

皿を持つ手が滑って、水の中に落ちた。音がした。正尾は振り返らなかった。

「女房なんてのは、どこでも生きていけるようにできてんだよ」

その夜、私は帳面に書いた。6月9日。正尾、親戚に「家は息子に譲る」と電話。4件目。

正尾の上機嫌の理由はこれで分かった。この人は、もう判があると思っている。10日に引き落としが済むのを待って、司法書士のところへ持っていけばいい。そう信じているから、親戚に先に言える。筋を通したことのない人ほど、「筋」という言葉を使いたがる。

6月の中頃、正尾の妹の千恵子さんが来た。県外に嫁いだ人で、来るのは年に1度あるかないかだ。

「兄さんから聞いたわよ。り介ちゃんに譲るんですって」

悪気はない人だ。

「そうらしいですね」

「らしいって。安子さん、あなた」

千恵子さんは湯茶を持ったまま正尾の方を向いた。

「これ、安子さんと話してないの?」

「話すも何も、家のことは俺が決めるんだよ」

正尾は胸を張った。

「兄さん。この土地、うちの親のじゃないでしょ。安子さんのお父さんの。一瞬、居間が静かになった。正尾は湯茶を置いた。

「そんな昔の話をしてどうすんだ? 30年も一緒に住んでりゃ、もう一緒だろうが」

それだけ一緒に住めば、誰が払ったのかも誰の土地かも一緒になる。この人の中では、そういう計算らしい。千恵子さんはそれ以上言わなかった。帰り際、玄関で私の手を握った。

「安子さん、無理しないでね」

「大丈夫ですよ」

そう答えながら、この人にも話さないでおこうと思った。話せば必ず、正尾の耳に入る。

その数日後、り介が1階に降りてきた。夜の10時過ぎで、正尾は寝ていた。

「母さん、ちょっといい?」

「どうしたの?」

り介は台所の入り口に立ったまま、入ってこなかった。

「あのさ、去年の母さんが入院した時の書類って、どこにある?」

包丁を置いた。ゆっくり置いた。

「どうして?」

「いや、その、医療費の。ほら、確定申告で使うって前に言ってたじゃん」

「うちは申請してないわよ」

「あ、そうだっけ?」

り介の目が泳いだ。嘘をつく時、この子は必ず冷蔵庫の方を見る。小学生の頃、ゲームを隠した時も、同じ目だった。

「誰に頼まれたの?」

「誰にも」

「り介」

「頼まれてないって」

声が大きくなった。

「別にいいよ。ないならいい」

そう言って階段を登っていく。段を踏む音が早かった。

前の年の入院の書類。なぜ今、それがいるのか。理由は1つしか思いつかなかった。あの日付を描いた人間が、あの日私がどこにいたかを、今になって気にし始めたのだ。気にし始めたということは、その時は気にしていなかったということだ。

翌週、さやかが蒼太を連れて出かける支度をしていた。玄関で靴を履かせながら、こちらを見ずに言った。

「お母さん、今度の日曜、蒼太の運動会なんですけど」

「聞いてるわ。お弁当は何がいいかしら?」

「あ、いいです。今年は私の実家の親が来るんで」

「そう」

「お母さんも、色々お忙しいでしょうし」

忙しいと言った覚えはない。日勤だけで、日曜は休みだ。この子が生まれてから7年。行事には全部行った。

「さやかさん」

「はい」

「1つ聞いていい? 私、何か、気に触ることをした?」

さやかは立ち上がって髪を直した。笑ったまま、首を傾けた。

「気に触るっていうか。お母さん、最近ちょっと様子が変ですよね」

「そう」

「秋のこともう決まってるじゃないですか。お父さんが言ってたでしょ。長く住んだ家ですもんね。寂しいのは分かりますけど」

「そうね」

「でも、あんまり揉めるようだと」

さやかは蒼太の背中を押して、玄関のドアを開けた。

「蒼太を巻き込むのも考えないといけないかなって」

ドアが閉まった。玄関の床に、蒼太の上履きの袋が落ちている。それを拾って、下駄箱の上に置いた。7つの子を材料にする人間が、この家の2階に住んでいる。7年、その人の子を風呂に入れてきた。腹の底が熱くなった。それでも声は出さなかった。柏木先生の言葉を思い出した。「何も気づいていない人でいてください」。

私は台所へ戻って帳面を開いた。6月17日。さやか、「蒼太を巻き込むのも考えないと」。書いてしまえば、それは私の怒りではなくなる。ただの記録になる。リツ子の言う通りだった。記録は嘘をつかない。そして、記録は怒りもしない。

運動会は6月24日の日曜だった。私は行かなかった。夕方に帰ってきた蒼太は日に焼けていて、「リレーで2位だった」と大きな声で報告してくれた。

「おばあちゃん、来ればよかったのに」

その一言だけで、その日は救われた。

その次の日曜、私は家にいた。昼過ぎに2階から声が降ってきた。さやかが実家の母親と電話しているらしい。窓を開けているから、庭の物干しにいると全部聞こえる。

「だから、もうちょっとだって。うん。年内にはなんとかする」

私はシーツを干す手を止めた。

「そんな言い方しないでよ。私だってやることやってるんだから。違うって。安子の家の名義とか、関係ないの。おじいちゃんが決めれば済む話なんだから」

そこでさやかは笑った。

「うん。大丈夫。うちのは、何も考えてない人だから」

うちの、り介のことだろう。

「お父さんに言っといて。もう少しだけ待ってって」

電話が切れた。洗濯ばさみを持ったまま、私は物干しの前に立っていた。年内に、なんとかする。お父さんに、言っといて。さやかの父親は、小さな会社をやっていると聞いた。挨拶に来た時、いい時計をしていた。その父親が、何を待っているのだろう。

夜、帳面にもう1行足した。7月1日。さやか、実家との電話。「年内にはなんとかする。お父さんに言っといて」。意味は分からない。分からないまま書いておく。分かるのは、後でいい。

前の年の10月、私が眠っていた3時間の間に、この家では何が起きていたのだろう。

7月の第1月曜、私は年次休暇を取って、岡の司法書士事務所へ行った。場所はすぐ分かった。茶封筒に住所が刷ってある。当時と同じ場所に、同じ看板がかかっていた。木の板に掘った字で、「岡の司法書士事務所」。塗料がはげて、木目が見えている。

出てきたのは50くらいの男性だった。

「岡野です。先代は父でして。看板だけはかけ替えるなと言われまして」

岡野先生は応接の椅子を進めた。私は茶封筒を出した。中身を見て、岡野先生の目つきが変わった。

「これ、うちで作った権利書ですね。父の字だ」

「はい」

「まだお持ちでしたか。皆さん、大抵なくされるんですが」

「なくしません」

私は要件を言った。

「10月10日に、住宅ローンが終わります。抵当権の抹消をお願いしたい」

「承知しました。完済されると、銀行から抹消に必要な書類が一式出ます。それを持ってきてください。こちらで法務局へ出します」

「この書類は、誰に渡されるものですか?」

「債務者ご本人です。柴田安子様に」

「郵送ですか?」

「銀行によりますが、大抵は郵送か窓口でのお渡しです」

私は考えた。

「私が窓口で受け取ることにします」

「ええ、その方が確実です」

岡野先生は書類の控えを作りながら、こちらを見た。

「柴田様、何か気になっていることが終わりのようですが」

私は膝の上で手を組んだ。

「一般論として教えてください。家の名義人が誰かに家をあげるという契約書があったとします。名義人の名前が書いてあって、判こが押してある。それだけで、名義は映りますか?」

岡野先生は表情を変えなかった。慣れているのだろう。

「映りません」

「判こが押してあってもですか?」

「登記を動かすには、3ついります。1つ。権利書。30年前の家ですから、赤い印で押された古い形のものです。2つ。実印。市役所に届け出てある、あの実印です。3つ。その実印を押した印鑑証明。この3つが全部揃って、初めて名義は動きます」

「実印と印鑑証明」

「はい。実印は、市役所に届け出たその人しか持っていない判こです。認め印は、文具店で誰でも買える判こです。認め印を押した契約書だけでは、登記は1ミリも動きません。窓口で受け付けてもらえない、という意味です」

1ミリも動かない。私はその言葉を、2度繰り返した。

「あの、柴田様」

岡野先生は控えのファイルを閉じた。

「これも一般論として申し上げますが、ご家族の間でそういう話が出ているなら、権利書と印鑑登録カードは、ご自宅に置かれない方がよろしいかと」

「もう出してあります」

「それは何よりです」

その足で銀行へ行った。窓口で完済の予定を確認する。完済してから、抵当権を消す書類が支店に届くまで10日ほどかかると言われた。届いたら郵送ではなく自分が取りに行くと伝えると、若い行員は不思議そうな顔をした。

「でしたら、お手間がかからないのですが」

「30年の最後の手続きですから」

行員は姿勢を正した。「かしこまりました」と声が返ってきた。

翌日、病院で西山先生を捕まえた。前の年、私の手術をしてくれた医師だ。夫の家の移ろいの前の廊下で、白衣のポケットに両手を突っ込んで立っていた。

「柴田さん、どうしました? どこか痛みます?」

「そうじゃないんです。去年の手術の記録のことです」

西山先生は眉を上げた。

「記録?」

「入院していた人、手術をした人、麻酔の時間。それが分かるものを、正式に出していただくことはできますか?」

「入院証明書ですね。書けますよ。何かの手続きですか?」

「はい、ちょっと手続きにいりまして」

西山先生はそれ以上聞かなかった。医者はそういうことを聞かない。

「診療録も麻酔記録も残ってます。開示の手続きは、柴田さんの方がお詳しいでしょう。ご本人ですから、それで出ます。手数料はかかりますね」

「かかります。それでいいんです」

その日の午後、私は受付の窓口で申請書を書いた。34年勤めていても、患者として書類を出す時は番号を取って順番を待つ。呼ばれたのは「柴田安子」さんだった。名札の牧野ではなく、戸籍の方の名前だ。

書類が揃ったのは8月の頭だった。入院証明書、診療情報の開示、麻酔記録の写し、手術同意書の写し。全部に、病院の確認と発行の日付が入っている。私はそれを封筒に入れて、更衣室の物置きの箱にしまった。通帳の束の隣に置いた。

鍵を渡す時、リツ子は1つだけ釘を刺していた。

「中身は聞かない。何かあっても、病院は知らない。それでいいわね」

そのリツ子が、物置きの鍵を閉めながら言った。

「柴田さん、前は困った顔だったのに。今は『待ってる顔』してる」

待っている顔。その通りだった。

8月の終わり、柏木先生の事務所で材料を並べた。市民相談ではなく、正式に依頼した。着手金の話をされた時、私は貯金の額を言った。先生は頷いた。

「それに柴田さん、これは持ち出しの多い事件にはなりません」

「そうですか」

「ええ。こちらは何も作らなくていいんです。もう、全部揃っているので」

柏木先生は机の上を指した。通帳、返済の明細の束、権利書、入院証明書、麻酔記録、手術同意書、携帯電話の写真が3枚。

「柴田さんがやったのは、30年、書いて取っておいただけです。それがこの厚さになる。ただめんどくさいな、だけです」

それで、あの人たちは負けます。

9月に入ると、家の空気が変わった。さやかがダンボールを買ってきて、廊下に積み上げた。10枚はあった。

「お母さん、荷造り早めがいいですよ。年を取ると、腰に来ますから」

「まだ何も決まってないでしょう」

「決まってますよ。お父さんが言ってたじゃないですか」

正尾は食卓で爪を切っていた。切りながら、こちらを見ずに言う。

「引き落としが済んだら、その足で司法書士のところへ行く。お前は、月末までに出ろ」

「月末?」

「30年も住んだんだ。十分だろ。感謝しろよ」

感謝。私は湯茶を片付けた。廊下のダンボールは、そのまま10日まで置きっぱなしになった。自分の荷物は、押入れの中で少しずつまとめた。衣類と下着と常備薬と白衣の替え。それだけあれば、当面はどうにでもなる。

10月10日は水曜だった。私は年次休暇を取っていた。この日に休みを取ったのは初めてだ。前の日の夕方、病院の物置きから通帳だけ取り出しておいた。

朝、銀行の開店を待って機械に通す。最後の1行が表示された。9万5000円。文字は「住宅ローン返済 360回目」。私はしばらく機械の前に立っていた。後ろに人が並んでいるのに気づいて、脇へ寄った。

窓口で名前を呼ばれた。

「完済の確認が取れました」

と行員が言った。

「抵当権を消す書類は、本部から届くまで10日ほどかかります」

夏に来た時にそう聞いて、受け取る日はもう決めてある。私は完済の控えを受け取った。

「長い間、お疲れ様でした」

若い行員がそう言った。この契約をした頃の行員は、もうここにいない。それでも、その一言で目の奥が熱くなった。車に戻って、控えをバッグの底に入れた。そのまま病院へ行った。休みなのに、更衣室の物置きを開けて、通帳と控えを箱に戻した。リツ子が廊下ですれ違って、目だけで聞いてきた。私は頷いた。リツ子も頷いた。それだけだった。

抵当権を消す書類を窓口で受け取ったのは、その10日後だ。そのまま岡野先生のところへ持っていった。抹消の登記が済んだと連絡が来たのは、11月に入ってからだ。

話を、完済の日の夕方に戻す。家に帰ったのは4時前だ。玄関を開けると、揚げ物の匂いがした。居間の座卓に、寿司桶が2つ並んでいる。ピザの箱とフライドチキンの入ったバケツもある。

「お帰りなさい」

さやかが缶ビールを開けていた。り介はもう飲んでいる。正尾は上機嫌で鼻歌を歌っていた。

「完済のお祝いですよ。お母さん、30年、お疲れ様でした」

さやかが笑いながらグラスを渡してくる。蒼太はいなかった。さやかの実家に預けたのだと、後で知った。

私はグラスを持って座った。座って、寿司桶の中を見た。この家で私が作らなかった夕飯は、数えるほどしかない。その数えるほどの1回が、その日だった。

「お母さん、飲まないんですか?」

「いただくわ」

さやかはもう3本目を開けていた。頬が赤い。

「私、この家に来た時、思ったんですよね。もったいないなって」

「もったいない?」

「こんな広い家に、お母さんとお父さんの2人でしょ? 2階の方が狭いのに、うちは3人なんですよ」

「そうね」

「壁もね、抜きたいんですよ。今と和室の間の」

さやかはもう、間取りの話をしていた。

「風呂も、新しくしたいな。あれ、いつのですか?」

「12年前に変えたわ」

「じゃあ、もう寿命ですね」

正尾が笑った。

「好きにしろ。もう、お前らの家だ」

り介がグラスを置いた。

「父さん、その言い方は」

「何だ」

り介はそれ以上言わなかった。言わずに、また飲んだ。私はその横顔を見ていた。この子は、何かを飲み込んでいる。35年育てた、この顔だ。

正尾が立ち上がった。

「この家は長男に譲った。お前は出てけ」

寿司桶の並んだテーブルの向こうで、正尾は胸を張っていた。

「やっと私たちの家ね」

さやかがグラスを持ち上げて笑う。

「お母さんはもう用済み。30年、お疲れ様でした」

り介はこちらを見ない。そのり介が、泡から目を上げずに言った。

「母さんも、もう自由になりたいんだろう」

その日、この家の住宅ローンが終わった。360回目の引き落としが、朝の9時前に済んでいた。私の署名なしで。私が返したのは、それだけだ。

正尾の眉が動く。何を言われたのか分からないという顔だった。

「照明、何の話だよ」

「この家を譲るには、私の署名がいるでしょう。私は、何も書いていないわ」

正尾は一瞬止まって、それから大きく笑った。

「書いてるじゃないか」

そう言って、正尾は座布団の下から茶封筒を引き抜いた。中から紙を1枚出して、座卓に叩きつけた。

贈与契約書。原本だった。朱色の印影が、白い紙の上ではっきりしていた。

「ほら。お前の名前だ。判こまで押してある」

正尾は本気で言っていた。この人は疑っていない。「お母さんに書いていただきました」と、誰かが差し出した紙を、一度も確かめなかったのだろう。だから自分が譲ったつもりでいる。

その紙で家を譲ることになっているのは、正尾ではない。私だ。それが何を意味するかを、この人は最後まで考えなかった。

「去年、お前が書いたんだろうが」

「そうかしら?」

「覚えてないのか。だから女は困るんだ。自分で書いたもんも忘れる」

私は紙を見た。触らなかった。目だけで追った。

柴田安子。「安」の最後の払いが、短く止まっている。そして右上に印刷された日付。前の年の10月14日。写真で見た通りだった。私はそれを3秒見た。3秒で、足りる。

「分かりました」

顔を上げた。

「出ていきます」

さやかのグラスが止まった。り介が初めてこちらを見た。正尾だけが、満足そうに頷いた。

「ああ、物分かりがいいじゃないか」

「今夜のうちに出るわ」

正尾は面食らった顔をした。

「今夜? そんなに急がなくても」

「急ぎたいの」

私は立ち上がった。追い出されるから出るのではない。30年払ったこの家の中で、この人たちと同じ空気を吸っているのが、もう嫌になっただけだ。「争いは同じ屋根の下でしないこと」。柏木先生の言葉が、そのまま自分の言葉になっていた。

「お母さん、待ってください」

さやかが立ち上がった。

「その紙、持っていかないでくださいね」

私は振り返った。

「持っていかないわ」

「なら、いいんですけど。念のため」

さやかは座卓の紙を取って、茶封筒に戻した。手つきが早かった。私が触るより先に片付けたかったのだろう。それでいい。その紙は、あなたたちが持っていてくれた方がいい。

自分の部屋へ行って、押入れからバッグを2つ出した。中身は先週のうちに詰めてある。衣類と下着と常備薬と白衣。それだけだ。部屋を見回した。長く使った鏡台と、正尾の母から譲られた箪笥。持っていくものは、もうこの部屋にはなかった。大事なものは、春のうちに全部この家から運び出してある。

仏壇の前で手を合わせた。父と正尾の母に。正尾の母の遺骨だけは持って出ようかと思って、やめた。あれは正尾が持っているべきものだ。持っていないことに、いつか気づけばいい。

玄関で靴を履いていると、居間から声が聞こえた。

「なんだ、あっさりしてんな」

「言ったでしょ。ああいう人は、言われたらその通りにするんですよ」

笑い声が2つ。私はドアを開けて、外へ出た。10月の夜は、思っていたより冷たかった。車に乗ってシートベルトを締めて、家を見た。1階は暗かった。2階の窓に明かりがついていた。私が最後に見たのは、3人の顔ではなく、紙の右上に印刷された日付だった。

その夜は駅前のビジネスホテルに泊まった。窓から線路が見えるシングルの部屋で、私は風呂に湯を張って、長く使った。この時間はいつも、誰かの夕飯か洗い物の時間だった。携帯電話はバッグに入れたまま、机の上に置いた。

翌朝、6時に目が覚めた。カーテンを開けると、雨だった。携帯電話を開いた。着信が17件。正尾と、り介と、さやか。3人からだった。最初の1件は、午前5時40分。私は画面を閉じた。出なかった。

この日も休みを取ってあった。10日と11日、2日続けての年次休暇だ。3カ月前に申請した時、リツ子は理由を聞かずに判子を押した。

1回の食堂で朝食を取った。焼き魚と味噌汁と生卵。誰かのために作らなくていい朝食を食べたのは、いつ以来か思い出せなかった。

食べている間にも、鞄の中で携帯電話が震えていた。震えるたびに、机の上のコップが小さく鳴る。それだけのことだ。長い間、私はこの音に反応して生きてきた。夜勤の呼び出し、学校からの連絡、正尾の母の容態。なったら、出る。それが私の30年だった。その朝、私は出なかった。出ないという選択肢があることを、58にして知った。

9時を過ぎて、電話が鳴った。岡野先生からだった。これには、出た。

「柴田様、今、ご家族が3人、事務所に来ておられます」

「そうですか」

「贈与書を持ってこられました。名義を映したい、と。それで30秒も拝見しませんでした。見とめです、と申し上げました。ご主人が『判こは判こだろう』とおっしゃっていまして。実印と認め印は別のものです。登記は動きません、と申し上げました。それから、権利書をお持ちですか、と。ない、と言ったでしょうね」

「ええ、家中を探したがなかった、と。柴田様がお持ちなのは存じておりますので、その旨は申し上げていません」

「ありがとうございます」

「それと。奥様の方、若いお嫁さんですが。権利書をお持ちですか、と伺ったところで、黙り込まれました。名義がどなたかは、初めからご存知だったようです。ご存知なかったのは、名義を動かすのに何がいるか、の方でした」

私は窓の外の雨を見ていた。さやかは名義を知っていた。知った上で、紙と判こで足りると思っていた。足りないものが何かを、一度も調べなかっただけだ。

「柴田様。あの方たちは、10月10日を待っておられましたね」

「そのようです」

「待つ必要はなかったんです」

岡野先生の声が、そこだけ強くなった。

「抵当権があろうがなかろうが、あの紙では登記は動きません。半年待とうが、1年待とうが、同じです。あの方たちが待った時間には、何の意味もありませんでした」

何の意味もない半年。その半年、私は360回目まで払い切って、書類を揃えていた。

「柴田様」

岡野先生が最後に言った。

「ご主人が帰り際にこうおっしゃいました。女房が判こを隠したに違いない、と」

「隠してはいませんけど」

「ええ。ご自分の持ち物をご自分でお持ちなだけです」

それだけ言って、岡野先生は電話を切った。私はもう一度、着信の画面を開いた。22件になっていた。

昼過ぎ、今度は西尾から電話が来た。これにも出る。

「柴田様、本日、柴田さやか様がお見えになりまして。売却の手続きの契約を結びたい、と」

「お断りになったんですね」

「はい。所有者ご本人でなければ結べません、と申し上げました。ご本人の委任状があれば別ですが、それも実印と印鑑登録証明書がいりますので」

「怒っていましたか?」

西尾はしばらく黙った。

「店の中で少し声が大きくなられまして。ご迷惑をおかけしました」

「西尾さん」

「はい」

「もし今後、あの家のことで正式にお願いすることがあれば、あなたにお願いします」

西尾の声が明るくなった。

「お待ちしております」

夕方、私は着信を全部無視したまま、届いていた文字の伝言だけを読んだ。正尾から。「話し合おう」「あれは冗談だ」。正尾から。「おい、どこにいる? 帰ってこい」。さやかから。「お母さん、誤解です。蒼太が寂しがってます」。

蒼太の名前を出してきたのを見て、私は画面を伏せた。

り介の伝言は長かった。

「母さん、ごめん。俺、全部は知らなかった。さやかの実家が借金してるのも、この前初めて聞いた。1200万だって。父さんは借金があることだけは聞いていたらしい。家を売って返す話までは聞いてないって言ってる。俺はどっちも聞かされていなかった」

私はその文字を3度読んだ。1200万。6月の物干しで聞いた電話が、そこで繋がった。「年内にはなんとかする。お父さんに言っといて」。この家は誰かの借金を消すための金だった。住むのでも、暮らすのでもない。私の名前からり介の名前に移して、り介の手で売って、そのままさやかの実家へ流す。3100万円の使い道として、最初から数えられていた。

私は返事を打たなかった。

その夜、また着信が増えた。今度は3人が代わる代わるかけてきた。10分起きになって、留守番電話の録音がいっぱいになった。

電気もガスも水道も、名義は私だ。柏木先生を通して以後の料金は家に残る3人で負担するよう伝え、私の口座からの引き落としは翌月分で止めた。

ホテルは3日で引き払った。リツ子が病院の近くの単身者用の賃貸住宅に空きがあると教えてくれて、そこへ移った。居間と台所だけの部屋だ。窓から病院の給水塔が見えた。

引っ越しの日、リツ子がダンボールを1つ持ってきた。中身は米と味噌と湯のみが2つだった。

「湯のみ2つですか?」

「1つは私の。時々来るから」

リツ子は窓を開けた。

「柴田さん。あの広い家であなたが自分のために使ってた場所って、どこ?」

答えられなかった。鏡台の前と、布団を敷く場所。それくらいだ。

「じゃあ、ここの方が広いわね」

リツ子は笑って、米を戸棚にしまった。

柏木先生には、その週のうちに全部報告した。先生は私の話を一通り聞いてから、1つだけ確認した。

「柴田さん。ご主人たちは、まだあの紙が使えると思っていますね」

「思っているでしょうね」

「では、次はこちらから動きます。順番があります」

電話に出なかったのは意地ではない。出る出番が、まだなかっただけだ。

こちらから通知書を出したのは、家を出てから10日後だ。柏木秋弁護士の名前で、正尾とり介とさやかの3人宛てに出した。内容証明郵便に配達証明をつける。出した事実と、書いた中身と、届いた日が郵便局に残る。

書いてあることは3つだ。

1つ目。柴田安子は柴田正尾との離婚を求めており、協議を申し入れる。

2つ目。土地及び建物の所有者は柴田安子であり、柴田り介、さやか両名は無償で使用しているに過ぎない。この使用関係の終了を通知する。退去までの期間として4カ月を設ける。

3つ目。4カ月を過ぎても退去がない場合は、次の法的手続きに移る。

それだけだった。

「先生、売却のことは書かないんですね」

下書きを見せてもらった時、私は聞いた。

「書きません」

柏木先生はペンを置いた。

「順番があります。分ける話の前に売ると宣言すると、財産を隠すつもりだと言われかねません。言わせる必要のないことは、言わないでおきます」

「4カ月は、こちらから決めていいんですか?」

「決めるのではなく、提示するんです」

柏木先生は指で書面の2つ目をなぞった。

「無償で身内を住ませていた場合、出ていってくださいと言えば翌日に出るというものではありません。住んでいた年数、話し合いの中身、何のために貸していたか。争えば、そこが全部見られます。感情で追い出すのではなく、記録を残して段階を踏むんです」

「4カ月あれば、部屋は見つかりますか?」

「見つかります。それに、期間を出しておけば、相手が拒んだ時に筋を通した記録が残ります」

届いた翌日から、3人の様子が変わった。電話が減り、代わりに伝言が丁寧になった。正尾から。「話し合おう」「悪かった」。正尾から。「弁護士なんか立てないでくれ。恥ずかしいだろ」。さやかから。「お母さん、私、何か誤解されてるんです。会って話させてください」。り介から。「母さん、俺、出る。出るから、1回話をしよう」。

丁寧な伝言の間に、時々本音が出た。正尾から。「大体、お前1人で何ができるんだ? 30年、俺の女房として生きてきただけだろうが」。さやかから。「お母さん、58ですよね。この年から1人で家借りて、そのうち体壊しますよ。誰が面倒見るんですか?」。

その2つを読んだ時、私は笑ってしまった。頭を下げに来ているのに、下げ方を知らない。一度も下げたことがないからだ。

その週、千恵子さんから電話が来た。

「安子さん。兄さんから電話が来たのよ。『安子が家を出ていった。頭がおかしくなった』って。それで、私に間に入れって」

「そう言ってましたか?」

「6月にそちらへ行った時、変だと思ってたのよ。あの土地、安子さんのお父さんのものでしょ? それに兄さん、家に金を入れてないって、自分で言ってたじゃない」

「30年、払いました」

「そう」

しばらく黙ってから、千恵子さんは言った。

「間には入らないわ。兄さんにも、そう言う」

「ありがとうございます」

「お礼を言われることじゃないの。恥ずかしいだけ」

私は、一通も返さなかった。返事は全部、柏木先生から出た。

その週、私は先生の事務所であの紙の話をした。

「原本は向こうが持っています。写真しかありません」

「それで十分です。むしろ、向こうが持っている方がいい」

柏木先生は写真を拡大して、署名の部分を長く見ていた。

「ご自分の字を書いてもらえますか? 『柴田安子』と」

私は紙に3回書いた。先生は写真と見比べて、それから病院から取り寄せた手術同意書の写しを横に置いた。同意書には前の年の10月12日の日付で私の署名がある。手術の説明を受けた後に書いたものだ。

「安の最後の払い」

柏木先生の指が止まった。

「柴田さんの字は、これが右へ長く伸びますね。同意書もそうです。今書いていただいた3枚も、全部そうです。癖です。34年、治りません」

「契約書の方は、途中で止まっています」

先生は写真を置いた。

「これは柴田さんが書いた字ではありません。私はそう見ます。ただ、私がそう見るだけでは足りない。相手が言い逃れられない形にしないと」

「どうすれば」

「日付です」

先生は入院証明書を手に取った。

「この日付を、向こうの口から言わせます。柴田さんの手ではなく、向こうの手であの紙を出させて、向こうの声で日付を読ませる。そこまで行けば、終わりです」

誰が書いたのか、それはまだ分からなかった。正尾ではないと思う。正尾は自分で物を書かない。年賀状も保険の更新も学校の書類も、全部私が書いてきた。り介か、さやかか。

その2人の言うことが、だんだん食い違い始めた。柏木先生のところへ、り介が1人で電話をかけてきた。「俺は書いていない。判こを押しただけだ」と。その2日後、さやかからも電話があった。「あれはり介が用意したものだ。私は関係ない」と。

片方は自分ではないと言い、片方は相手だと言っている。2人の話が、初めて食い違った。柏木先生は書類を揃えながら続けた。

「こういう時は、待つのが一番です。放っておくと、2人のうちどちらかが必ず先に喋ります」

病院ではいつも通りに働いた。更衣室で名札をつける。牧野安子。点滴を変えて、記録を書いて、家族の説明に立ち合う。手は勝手に動く。

リツ子が休憩室で、私の前に茶を置いた。

「柴田さん、この頃、よく食べるわね。前は昼パン1個だったでしょう」

言われて気がついた。呑気な所で、私は自分のためだけに飯を炊いている。

11月の頭、柏木先生から連絡が来た。

「4人で会って話をしたいと言ってきた人がいます」

名前を聞いて、私は受話器を持ち直した。

日時と場所はこちらから指定した。柏木先生の事務所の会議室。平日の午後2時。録音を取ること。

「向こうが来ますかね」

「来ます」

先生は言い切った。

「あの人たちには、もうあの紙しか残っていませんから。使うつもりで来ます」

「4人で会いましょう」と言い出したのは、さやかだった。逃げる人ではなく、押し付けてくる人だ。8年、そういう人だった。

11月12日、午後2時。柏木先生の事務所の会議室に、4人が座った。私と柏木先生が窓側。向かいに正尾、り介、さやかが並んだ。机の端に録音機が置いてある。

「録音させていただきます。よろしいですね」

柏木先生がそう言うと、正尾が鼻を鳴らした。

「大げさなことを。家族の話し合いだろうが」

「ご不満でしたら、中止にします」

「好きにしろよ」

1カ月ぶりの3人は、変わっていた。正尾は髭を剃っていない。シャツの襟が黄ばんでいる。36年、あの人のシャツを洗ってきたのは私だ。り介は痩せ、さやかは爪がはげていた。

「では、始めましょう」

柏木先生が書類を広げた。

「本日は、通知書の3点についてお話しします。1つ目。離婚の協議。2つ目。建物の使用関係の終了と、退去までの4カ月。3つ目は」

「そんなもん、こっちは認めてないぞ」

正尾が遮った。

「大体、なんだあの手紙は? 近所に判こをもらいに、郵便局の人が来たんだぞ。恥ずかしいと思わんのか?」

「恥ずかしいですか?」

正尾がこちらを向いた。

「なんだと?」

「配達証明が恥ずかしいなら、なぜ寿司を取ってお祝いをしたんですか?」

正尾の眉が動いた。

「あの日、あなたは私を追い出すために寿司を頼みました。それは、恥ずかしくなかったんですね」

「余計なことを言うな」

さやかが身を乗り出した。

「お母さん、あれは違うんです。あの日は本当にお祝いのつもりで。お父さんが急にあんなことを言い出したから、私も驚いて」

「驚いていましたか?」

「驚きましたよ」

「あなたはグラスを持ち上げて笑いました」

さやかが黙った。

「では、始めましょう」

柏木先生が、もう一度言った。だが正尾は待たなかった。鞄から茶封筒を出して、机の上に置いた。

「話は簡単だ。この紙がある。だから、家はもう、り介のもんだ。それだけの話だろう」

封筒から紙を出して、机の真ん中に押し出した。贈与契約書。原本だった。

「弁護士さんも見てくれ。ここに安子の名前がある。判こも押してある。本人が書いたんだ」

柏木先生が私を見た。私は頷いて、紙を持ち上げずに、指先で角だけを押して自分の方へ向けた。私は読み上げた。声はよく出た。34年、大勢の前で申し送りをしてきた声だ。

「甲、柴田安子。乙、柴田り介。乙に対し、記載の土地及び建物を無償で譲渡する」

「そうだ。書いてある通りだ」

「日付。右上」

私は指で示した。正尾が身を乗り出して、そこを読み上げた。

「去年の10月14日」

読んでから、正尾は満足そうに頷いた。

「去年の10月だ。もう1年前の話なんだよ。今更知らないとは言わんぞ」

「正尾さん」

私は顔を上げた。

「去年の10月14日、私はどこにいたと思いますか?」

正尾が止まった。

「どこって? 家だろ?」

「病院です」

さやかの指が机の縁で小さく動いたのが見えた。

「10月13日に入院しました。17日に退院しました。14日は、午前9時から午後まで手術室にいました。全身麻酔です。3時間、私は眠っていました」

柏木先生が書類を1枚ずつ机の上に並べていった。

「入院証明書です。入院の日と退院の日、病院の印が入っています。麻酔記録の写し。麻酔開始が午前9時12分、覚醒が午前11時4分。5分置きに血圧と脈が残っています。手術記録。術者の氏名と、開始と終了の時刻。診療記録です。手術の後、その日は1日、酸素と点滴がついたままベッドから起きていません。歩き始めたのは翌日からです」

紙が4枚、正尾の前に並んだ。正尾は紙を見なかった。私の顔を見ていた。

「正尾さん。あの日、あなたは病院に来ませんでした」

「仕事だ」

「そうです。手術の同意書には、本人の欄の下に家族の署名欄があります。そこは空のままです。誰も来なかったので」

麻酔から冷めた時、ベッドの脇に家族はいなかった。看護師の後輩が1人、点滴の落ち方を見ていた。「柴田さん、終わりましたよ」。その声で目を開けた。天井の明かりが眩しくて、また目を閉じた。その日、私は誰の名前も呼ばなかった。呼んでも誰も来ないと知っていたからだ。

「その5日間、私は一度も家に帰っていません」

私は正尾の目を見た。

「ですから、私はこの契約書に署名していません。書けなかったんです」

「午後に書いたのかもしれんだろう」

「午後は床の上です。トイレにも行っていません」

「じゃあ、次の日だ」

「次の日も、病院です。17日まで」

「退院してから書いたんだろう」

「日付は14日と書いてあります。あなたが今、そう読みましたね」

正尾の口が半分開いた。

「柴田さん」

柏木先生が5枚目の紙を出した。

「これは手術の説明を受けた時の同意書です。10月12日。入院の前日。柴田安子さん、ご本人の署名があります」

柏木先生は席を立ち、契約書を隣の部屋のコピー機へ持っていった。戻ってくると、契約書の写しを原本と同意書を並べて置いた。

「『安子』の『安』という字をご覧ください。最後の払いです。私の書いた『安』は、最後の払いが右へ長く伸びている。契約書の『安』は、途中で止まっている。34年、治らなかった癖です」

私は紙から指を離した。

「看護記録に毎日、牧野安子と署名してきました。癖は、書けば書くほど固まります。私の『安』は、この34年で一度も途中で止まったことがありません」

会議室が静かになった。エアコンの音がしていた。

「柴田正尾さん」

柏木先生が口を開いた。

「私はこの書面が偽造であると断定する立場にはありません。それは別の場所で判断されることです」

正尾が顔を上げた。すがるような目だった。

「ただ、こう申し上げることはできます。この紙は、名前を書いたご本人が自分の意思で作ったものだとは、言えなくなりました。そうである以上、この紙を根拠に何かをすることは、もうできません」

「いや、だって、俺は」

「柴田正尾さん。あなたが作られたのですか?」

「違う」

「では、どなたが柴田正尾さんに、この書面を渡されましたか?」

正尾の口が止まった。止まったまま、目が隣へ動いた。私はそれを見ていた。この人は、自分で書類を作ったことがない。自治会の名簿も、社判も、全部私が書いた。この人ができるのは、誰かが用意した紙に課長の顔で判こを押すことだけだ。

その紙を、今度は別の人間が用意した。それだけの話だった。

正尾の顔から血の気が引いていくのが分かった。私は看護師だ。人の顔から血が引いていくのを、何度も見てきた。

「おい」

正尾が隣を見た。

「これはどういうことだ?」

り介は答えなかった。テーブルの木目を見ていた。

「り介、お前が書いたのか?」

「俺じゃない」

「じゃあ、誰が書いたんだ?」

り介が答える前に、隣の椅子が音を立てて動いた。さやかが立ち上がっていた。椅子が後ろへずれて、足が床をこすった音だった。

「もう、いい」

声が低かった。この8年、聞いたことのない声だ。

「もういいです。私が書きました」

正尾が振り返った。

「なんだと?」

「私が書いたって言ってるんです」

さやかは座り直して、髪を耳にかけた。

「だって、お父さん、自分じゃ何もできないじゃないですか。名義も権利書も、1個も知らないで。課長だ係長だって言ってるだけで」

「お前がやれと言ったんだろうが」

「言いましたよ。でも、書けって言われて書いたのは私です。文句あるなら、自分で書けばよかったでしょう」

柏木先生が録音機器へ目をやった。回っている。

「さやかさん」

私はさやかの方へ体を向けた。

「去年の10月、私に便箋と筆ペンをくださいましたね」

さやかの肩が動いた。

「心配だから、書き置きを残しておいた方がいいって。覚えてません?」

「私はあの便箋の1枚目に、家族への言葉を書きました。あなたの名前も書きました」

さやかが下を向いた。

「筆圧の跡が一番濃く残るのは、2枚目です。その2枚目だけがなくなっていて、次の紙に薄い跡が残っていました。あなたが持っていったのは、その2枚目ですね」

沈黙が続いた。やがてさやかは、笑うような息を吐いた。

「はい。筆跡の見本ですね」

「そうです」

り介が両手で顔を覆った。り介の声はくもっていた。

「お前、あの時、なんて言った? 『母さんの字がいる』って言うから、何の話だよって聞いたよな。そしたらお前、『お母さんが元気なうちに書いてもらった方がいいものがある』って」

「言ったかもね」

り介は顔から手を離した。目が赤かった。

「俺は、途中から分かってた」

私はその言葉を、驚きもせずに聞いた。怒りは来なかった。来る場所が、もうなかった。

「なぜ、10月14日にしたんですか?」

私はさやかに聞いた。これが、一番聞きたかったことだ。さやかは少し考えてから答えた。答えたというより、こぼれた。

「その5日間だけ、お母さんが家にいなかったから。……日付は、作った日を書くものだと思ってました。契約書なんて書いたことがなかったので。作り直そうにも、原本はお父さんが」

「話しませんでしたし」

「そうです。押入れも机も仏壇の下も、あの5日しか触れなかったんです。お母さんがいると、必ず気づくから。2階に上がる足音でも分かる人ですから」

「仏壇の下の封筒は、見なかったんですか?」

さやかの口が止まった。

「見ました。中身が何かも、分かりました。でも、持ち出したら次の日には気づかれます。あの人は、封筒の向きまで覚えている人ですから」

「だから、判こと紙だけにしたのね」

「字と印鑑さえあれば、済むと思ってたんです。権利書だの実印だの、そんなものがいるなんて知りませんでした。知ってたら、気づかれるのを承知で持ち出してました。いるものだと思っていなかったから、置いてきたんです」

さやかは自分の言葉に納得したように頷いた。

「何がおかしいんですか?」

「おかしくありません」

私は背もたれから体を起こした。

「あなたは、私がいない日を選びました。それは正しい選び方です」

さやかが顔を上げた。

「ただ、私がいなかった場所が、病院だったんです」

さやかの顔から表情が消えた。

「病院は、分単位で時刻を残します。血圧も脈も、体位を変えた時刻も。私が34年毎日書いてきたのは、それです。そんなあなたは、私がいない日を選んだ。私がいた場所を考えなかった。それだけです」

柏木先生が、書類を揃える音がした。

「じゃあ、家はどうなるんだ?」

正尾が机を叩いた。

「お父さん、まだそんな話してるんですか?」

さやかが吐き捨てる。

「あの家、最初から無理だったんですよ。名義があの人なんだから。あなたが調べておけばよかったんです」

「調べる? 何を調べるんだ?」

「登記ですよ。登記。600円で取れるんです。私は4月に取りました。あなたは30年、一度も取ってないんでしょう」

「そんなもん取る必要がどこにある? 俺の家だぞ」

「あなたの家じゃないんですって」

さやかが叫んだ。その声が会議室に響いて、消えた。私は柏木先生を見た。先生は書類を揃え終えて、こちらに小さく頷いた。

「さやかさん。1つ聞かせてください」

私は一度、呼吸を整えた。

「あの家を、どうするつもりだったんですか?」

さやかは答えなかった。

「売るつもりでしたね。3100万円で」

さやかは答えない。

「ご実家の借金は、1200万円でしたか?」

さやかの目が大きくなった。

「なんです?」

「7月の初め、あなたは2階の窓を開けて実家に電話をしていました。『年内にはなんとかする。お父さんに言っといて』と。私は下でシーツを干していました。金額の方は、り介から聞きました」

さやかは口を開けたまま、止まった。

「さやか」

り介がさやかを見た。

「その1200万を、俺は10月まで聞かされてなかったんだぞ」

「うるさいわね。あんたに言ったって、何ができるの? お給料いくら? お母さんより少ないでしょ」

り介の顔が固まった。正尾がさやかに向き直った。

「お前、俺を騙したのか?」

「騙される方が悪いんじゃないですか?」

正尾とさやかが、同時に喋り始めた。正尾がさやかを睨んだ。

「お前が俺を課長だ係長だと担ぎ上げたんだろうが」

「言い出したのはあなたでしょ。お父さんが『完済したら譲ればいい』って」

正尾はり介の方を向いた。

「俺は、り介に継がせてやろうと思っただけだ」

さやかが乾いた声で笑った。

「継がせる? その先、どうするつもりだったんですか?」

柏木先生が口を挟んだのは、その一度だけだった。

「参考までに申し上げますと、あの土地建物は、税金の計算に使う評価額で見ても2000万円を超えます。それを無償で渡せば、受け取った側に贈与税がかかります。金額は申し上げませんが、決して小さくありません」

正尾が黙った。

「そんな話は、聞いてない」

私は正尾の方へ体を向けた。

「調べていませんね」

「だから、そういうのは向こうがやってくれるもんだろうが」

「向こうとは、どなたですか?」

正尾は答えられなかった。この人は、ずっとそうやって生きてきた。誰かがやってくれる。誰かが払ってくれる。その誰かは、いつも私だった。

誰が言い出した? 誰が書いた? 誰が調べなかった? それが、しばらく続いた。

さやかがり介の腕を掴んだ。

「あんた、なんとか言いなさいよ」

「なんて言えばいいんだよ」

「お母さんに謝るとか、あるでしょ」

「お前が先だろう」

「私は書いただけ。決めたのはお父さんが」

「書いたのが一番悪いだろうが」

2人の声が重なった。私はその声を聞きながら、机の上の贈与契約書を見ていた。前の年の10月14日。あの日、私は麻酔の中にいた。その同じ時間に、この家では紙が1枚作られていた。私はもう、この人たちに何かを期待することをやめた。

「そろそろ、本題に戻します」

柏木先生が机を軽く叩いた。3人の声が止まった。

「通知書に書いた3点です。順に確認します」

先生は書面を1枚ずつ置いた。

「1つ目。柴田安子さんは、柴田正尾さんとの離婚を求めています。協議に応じていただけますか?」

「応じるわけないだろう」

「では、次の手続きに進みます。家庭裁判所に間に入ってもらう調停の申し立てです」

先生は淡々としていた。

「その際、財産分与の話も出ます。先に申し上げておきます。土地は柴田安子さんがお父様から受け継いだものです。ご夫婦で一緒に作った財産ではありませんので、離婚の時に分ける対象にはなりません」

「土地だけだろう。家は違うだろうが」

「建物は婚姻中のものです。ただ、頭金の500万円も、360回の返済も、柴田安子さんお1人です」

柏木先生は分厚いファイルと、口の開いた紙袋を机に置いた。どさり、と音がした。

「30年分の通帳と返済の明細と、家計簿が36冊。争いになれば、これがそのまま証拠になります。360回の返済は、1回残らず柴田安子さんの口座から出ています。柴田正尾さんが家に入れられたのは最初の5年間の月3万円、合計180万円。これは生活費で、ローンには1円も入っていません」

正尾が紙袋を見た。

「そんなもん、いつから?」

「結婚した年からです」

私が答えた。36年、1日も欠かしていません。正尾は紙袋から目を離せずにいた。

「2つ目です」

柏木先生が続けた。

「柴田り介さん、さやかさん。お2人はこの8年間、家賃を払わずに2階に住んでこられました。所有者の柴田安子さんが無償で貸していた、ということです。その使用関係の終了を、書面で通知しました」

「私たち、出ませんから」

さやかが言った。

「子供もいるんですよ。追い出せると思ってるんですか?」

「追い出すとは、申し上げていません」

先生の声は変わらなかった。

「所有者は柴田安子さんです。書面で使用関係の終了をお伝えし、退去までの期間として4カ月を設けました。これはこちらから提示した、筋を通すための期間です」

「4カ月で見つかるわけないでしょう」

「見つからなければ、もう一度お話しします。応じていただけない場合は、次の法的手続きに移ります」

さやかが俯いた。

「通知書の3点は、以上です。もう1点。あの書面には、あえて書かなかったことがあります。ご本人から申し上げます」

柏木先生が私を見た。私は背筋を伸ばした。

「家は、売ります」

3人が、一斉にこちらを見た。

「年が明けたら、駅前の中央不動産にお願いします。西尾さんという方に。売ったお金は、私の老後の資金にします。1円も、お渡ししません」

「待て」

正尾が身を乗り出した。

「待ってくれ。俺は、どこに住めばいいんだ?」

「知りません」

自分でも驚くくらい、平らな声が出た。

「あなたは30年、この家のローンに1円も出していません。最初の5年の月3万円は、あなたが食べたご飯の分です。私はあなたに、30年分の住むところを差し上げました。もう、十分でしょう」

「そんな言い方があるか。夫婦だぞ」

「夫婦でした」

私は正尾を見た。

「あなたは私に、『この家に30年住まわせてやった』と言いましたね。あの日、寿司の前で。覚えていますか?」

正尾は答えなかった。

「逆でした。住ませていたのは、私の方です」

正尾は何か言おうとして、口を開いて、また閉じた。私はさやかの方を向いた。

「さやかさん」

「何ですか」

「あの日、あなたはこう言いました。『お母さんはもう用済み』と」

さやかが目をそらした。

「用済みになったのは、どちらでしたか?」

返事はなかった。

「あなたにとって、私はローンを払い終わるまでの人でした。払い終わったら、いらない人でした。だから、あなたは私の完済を待った」

私はファイルの上に手を置いた。

「その半年、私は最後の1回まで払いました。私が払い終わったのは、あなたたちの家ではありません。私の家です」

さやかが立ち上がった。

「出ていきませんから」

声が裏返っていた。

「そんな紙1枚で、人を家から追い出せると思ってるんですか? 私、絶対に出ませんからね。蒼太もいるんですよ。孫がいるのに、こんなひどいこと」

「さやか」

り介だった。さやかが振り返った。り介は通知書を手に持っていた。ずっと持っていたらしい。紙の端が汗で柔らかくなっていた。

「もう、やめよう」

「は?」

「俺たちが、出る」

「何言ってるの、あんた。出るって」

「母さんの30年に、これ以上泥を塗るな」

り介は初めて、大きな声を出した。さやかは何か言いかけて、やめた。椅子に座り直して、顔を伏せた。

り介は私の方を向いた。

「母さん。4カ月あれば、部屋は探せる。俺の給料でも、2間くらいなら」

「そう」

「ごめん。本当に、ごめん」

り介は頭を下げた。深く、下げた。私は頷かなかった。

「り介」

「うん」

「あなたは知っていて、黙っていた」

り介の肩が動いた。

「『途中から分かってた』と、さっき自分で言ったわね。分かっていて、去年の入院の書類がどこにあるかを、私に聞きに来た」

「……うん」

「私が許すかどうかは、あなたが決めることじゃないわ」

り介は口を開きかけて、そのまま閉じた。それでいい。すぐに許されると思わない方がいい。35年育てて、私がこの子に最後に教えられるのは、多分それだけだ。

その時、床で音がした。正尾が椅子から崩れ落ちて、床に膝をついていた。

「安子。は、頼む」

両手をついて、額を床につけた。

「悪かった。俺が、全部悪かった。離婚だけは、勘弁してくれ。家を売るのも、やめてくれ。頼む。この通りだ」

62の男が、事務所の床に頭をつけている。この人が私に頭を下げたことは、一度もない。正尾の母が寝たきりの時も、私が手術を受けた時も、だ。初めて下げたのが、住むところを失うと分かった時だった。

私は立ち上がった。

「正尾さん。顔をあげてください」

正尾が顔を上げた。目が濡れていた。

「その書類のことですが」

私は机の上の贈与契約書を指した。

「これを警察に持っていくかどうかは、私が決めます」

正尾の顔が固まった。

「今日は決めません。来月も、決めないかもしれません。ただ、その紙は今日、柏木先生が写しを取りました。病院の記録は初めから、私が持っています」

柏木先生が書類用のファイルを閉じた。

「では、本日はここまでにします。以降のご連絡は、全て私を通してください」

私はバッグを持って立ち上がり、ドアの手前で一度だけ振り返った。3人は座ったままだった。誰も、誰の顔も見ていなかった。

外は晴れていた。11月の風が冷たくて、私は襟を立てた。柏木先生が後ろから来て、隣に並んだ。

「まつもとさん、と呼んでもいいですか?」

私は頷いた。

「お疲れ様でした」

「先生」

「はい」

「30年って、長いですね」

「長いです」

柏木先生はそれだけ言って、笑った。

あれから1年が過ぎた。

り介たちが2階を出たのは、通知から4カ月後の2月の終わりだ。隣の市の2間のアパートで、家賃は6万2000円だという。8年間0だったものが、いきなり毎月出ていく。さやかの実家の借金は、そのまま残っているらしい。

正尾の離婚も、同じ月に成立した。土地は私が父から受け継いだものと認められた。建物についても、36冊の家計簿の前では、正尾の主張が立たなかった。建物の分として渡ったのは、200万円に満たない。調停の期日を前にして、正尾は自分から協議に応じた。最後まで判こを押すのを渋ったが、千恵子さんが正尾のアパートまで行って、その場で離婚届に判こを押させたそうだ。

正尾は再雇用の契約が更新されなかった。無断で休む日が増えて、最後は自分からやめるような形になったのだと、千恵子さんが言っていた。今は駅から遠いアパートで1人だという。年金が出るまで、あと2年あるらしい。

親戚の間では、話がすっかり知られている。千恵子さんが黙っていなかったからだ。「ローンを払った女房を追い出した男」と、正尾は呼ばれているらしい。り介も、同じように言われているという。

さやかはあれから、実家に頼ることが増えたらしい。頼る先に金がないのだから、どうにもならない。私が担ってきた迎えも夕飯も送り迎えも、今は自分たちでやっている。それだけで生活の形が変わった、と千恵子さんが教えてくれた。り介は会社をやめていない。やめられないのだろう。家賃と学童の費用が、いきなり肩に乗ったからだ。

り介からは、年に2度、蒼太の写真だけが届く。運動会のと正月の分で、手紙は入っていない。写真の蒼太が伸びて、前歯が抜けていた。私はまだ返事を書いていない。書ける日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。決めるのは私で、期限はない。そう思えるようになるまでに、1年かかった。あの書類のことも、まだ決めていない。決められないでいることが、私の側にある。

家は8月に売れた。西尾さんに任せた。2950万円。さやかが取った査定書より、150万円安い。抵当権は登記簿上で消してあったので、手続きは滞りなく進んだ。私が30年でこの家に入れたのは、頭金と返済で3920万円。差は970万円になる。損をしたとは思わない。970万円は、家族という言葉の代金だったのだと思うことにした。

売れた日、私は最後にあの家を見に行った。1階の和室の窓のカーテンは外されていて、部屋の中の壁紙が見えた。正尾の母がいた部屋だ。庭の隅に、父が植えた柿の木がまだ立っていた。新しい持ち主のご家族が「残してくださる」そうだ。それを聞いた時だけ、少し泣いた。

仏壇は父の遺骨ごと、私の部屋へ移した。正尾の母の遺骨は、正尾に渡した。受け取る時、正尾は何も言わなかった。

今は駅から歩いて6分のマンションに住んでいる。2階の角部屋で、南に窓がある。買ったのではなく、借りた。この年で長い借金を背負うのは、もう懲りた。

勤務は週3日にした。看護部長に相談したら、病棟ではなく外来の相談窓口に回してくれた。長く働きたいなら、その方がいいと言われた。

窓口には、色々な人が来る。先日は70過ぎの女性が来た。息子夫婦と同居していて、家のことで揉めているという。制度の説明をして、1つだけ付け足した。

「通帳と支払いの控えは、捨てないでくださいね」

女性は不思議そうな顔をして、それから頷いた。

名前も戻した。牧野安子。届けを出した日、更衣室で名札を見て、リツ子が笑った。

「35年かかって、やっと名札と本人が同じになったわね」

「遅いですよね」

「遅くないわよ。私なんて、まだ夫の姓のままだもの」

リツ子とは来月、2泊で温泉に行く。旅行らしい旅行は、何十年ぶりだろう。行き先を決めるだけで1カ月楽しめる。それを、59にして知った。それから月に2度、料理教室に通っている。習っているのは、イタリア料理だ。家では家族が和食しか食べなかったからだ。自分のために作るものくらい、自分で決めたい。

朝、目が覚めると、まず窓を開ける。毎月10日が来ても、もう何も引き落とされない。あの日に何も起きないということに慣れるまで、半年かかった。

ローンを完済した日、私は家を失ったとは思わなかった。本当に手放したのは、「家族だから」と我慢し続けた30年の方だった。

これからは、自分のために10日を迎えたい。

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