三ヶ月の海外出張から帰ってきた私は、自宅のあった場所で呆然と立ち尽くした。家は更地になっていたのだ。夫のサトシに電話しても出ない。すると義母から電話が。「あんたの帰る家はもうないから。私たちは新しい豪邸に引っ越したの」。さらにLINEには「新居の場所を知りたきゃ、家のローン全額を支払え」。私を家政婦扱いし、浮気を堂々と見せつけていた夫。父の会社を乗っ取り、私を追い出そうとした家族。でも彼らは…

三ヶ月の海外出張から帰ってきた私は、自宅のあった場所で呆然と立ち尽くした。家は更地になっていたのだ。夫のサトシに電話しても出ない。すると義母から電話が。「あんたの帰る家はもうないから。私たちは新しい豪邸に引っ越したの」。さらにLINEには「新居の場所を知りたきゃ、家のローン全額を支払え」。私を家政婦扱いし、浮気を堂々と見せつけていた夫。父の会社を乗っ取り、私を追い出そうとした家族。でも彼らは...

長期の海外出張を終えて久しぶりに自宅へ戻った私は、目の前に広がる光景に言葉を失った。

自宅は跡形もなく取り壊され、更地になっていたのだ。

何が起きたのか。私はすぐに夫のサトシに電話をかけたが、彼は出ない。

頭を抱えていると、義母から電話がかかってきた。

「あんたの帰る家はもうないから。私たちはサトが建てた豪邸に引っ越したの。ここにあんたの居場所はないから」

驚いたことに、サトシは私に気づかれないよう新居の建築を進め、私が出張で留守にしている間に引っ越してしまったらしい。

その時、LINEの通知音が鳴った。サトシからだ。

「新居の場所を知りたきゃ、家のローン全額を支払え」

その瞬間、私の心は完全に冷め切った。

「離婚しましょう」

「いいだろう。その代わり財産分与はなしだ」

「分かったわ。離婚届は弁護士から送らせるから」

もうどうでもよかった。サトシとの結婚生活は、私の人生に何のプラスももたらさなかった。

経営者としても、夫としても、私は決定的に見切りをつけたのだ。

私は日川真弓、36歳。IT企業を経営しながら、4歳年上の夫サトシと二人で暮らしていた。

大学卒業後、会社経営をしていた父のもとで経営を学び、父の引退に伴い代表取締役を引き継いだ。

当時はベンチャービジネスで利益を確保していたが、時代の変化を考えればこのままで終わるかもしれない。そう思った私は独自技術の開発に乗り出し、試行錯誤の末に特許を取得した。

その後、会社をM&Aで売却し、30歳で新たにスタートアップ企業を立ち上げた。3年後の売却を視野に入れて始めた会社はすぐに大きな利益を生み、事業は順調に進んだ。

さらに会社を売却し、また新しい会社を立ち上げたのが現在に至る経緯だ。

3年前、父の代から付き合いのある日川直さんの紹介で、その息子であるサトシと結婚した。

義父の直さんは国内有数の大企業・STグループの会長で、亡き父の代わりに私を気にかけてくれていた。

「真弓ちゃんの経営手腕は目を見張るものがある。本当に素晴らしい」

直さんは父譲りの経営センスを高く評価してくれていた。

「ところで、結婚は考えていないのか?」

「考えないわけではないですが、今のところいいお相手に巡り合えなくて」

「それなら、一度うちの息子に会ってみないか」

最初は戸惑ったが、直さんの息子ならきっとしっかりした人だろう。そう思って、私はサトシに会ってみることにした。

数日後、直さんの計らいで家族との食事会に招待された私は、待ち合わせのレストランへ向かった。そこには、かしこまった様子のサトシが待っていた。

サトシは見た目は爽やかで、STグループ傘下の会社社長としての自信も持っているように見えた。しかし言葉の端々に、強気な姿勢が見て取れる。

「真弓さんなら、きっとサトの力になってくれる」

「父さんがそこまで信頼している人なら、異論はないよ」

サトシは直さんの意向に逆らえず、あっさりと私との結婚を受け入れた。

「真弓さんは、結婚したら仕事はどうするの?」

「もちろん続けていきます」

「彼女の経営手腕は素晴らしい。これからは女性も社会を牽引する時代だ」

私が仕事を続けることに、義母とサトシはいい顔をしなかった。しかし直さんが私を擁護したため、その場は口をつぐんだのだ。

その後、私たちは結婚を前提に交際を始めた。と言っても、お互い仕事が忙しく、週末に夕食を共にする以外、デートらしいこともしていない。

その約束でさえ、サトシは毎度のように遅刻してくる。

「どうしていつも遅刻してくるの?」

「俺は選ばれたエリートなんだ。俺じゃなきゃダメだって客が多くて困るよ」

彼はいつも仕事のせいにするが、突然入った予定でもないのに時間の調整ができないのは、経営者としてどうなのか。私はサトシの経営能力に疑念を抱き始めていた。

ある日、直さんにそれとなくサトシの会社のことを聞いてみた。

「あいつはどうも自分の力を過信しているところがある。今の会社の社長にしてやったというのに、困ったやつだよ」

「どうして私と結婚させようとしたんですか?」

「正直に言うと、サトには真弓ちゃんのような芯の強いパートナーが必要なんだ。あいつのそばで、経営とは何たるかを教えてやってほしい」

直さんの話では、サトシは大学卒業後、一般企業に就職したものの、自分の力を過小評価されていると感じてすぐに辞めてしまったそうだ。その後も就職するが、不満をもらしては辞め、家に帰ってくるのを繰り返した。

そんなサトシを見かねた直さんが、自分の監視下であれば続けられるだろうと今の会社に入社させた。しかし、グループ会長の息子ということで役員たちは忖度し、入社して1年ほどで社長に就任することになった。

全ては親の七光りのおかげなのに、サトシはそれを自分の実力だと勘違いしてしまったのだ。

直さんの苦悩を感じた私は、自分にできることであれば力になろうと思い、サトシとの結婚を決意した。

しかし、結婚してすぐに私は自分の決断を後悔することになった。

サトシはとにかく時間にルーズで、金銭感覚もどこか人とずれている。自分の収入に見合わない生活を望み、他人への態度も横柄で、社長という肩書きに飲まれているようだった。

「部下は社長のために黙って働けばいいんだ。俺がいるから会社が成り立ってる。それを勘違いするな」

「それは違うわ。社員たちがいてくれるから、あなたは社長でいられるの。感謝の気持ちを忘れずに、下の人にこそ頭を下げるべきよ」

「何を寝ぼけたことを言ってるんだ? そんな考えだから、小さな会社しか経営できないんだ」

サトシは私の会社も馬鹿にしていた。同じIT企業とはいえ、私の会社はサトシの会社より規模は小さい。しかし、業績は倍以上あるというのに、彼には実態など関係ないかのようだった。

サトシは経営者としての私を否定し、同時に妻としての私も認めないと言いはった。

「結婚したからっていい気になるな」

サトシは何かにつけて暴言を吐き、まるで家政婦のように私を扱った。

近くに住んでいる義母も毎日のように家に訪れ、嫌味を言ってくる。

「嫁に来たなら家庭に入って夫を支えるのが本筋だというのに、全く。いつまで仕事を続けるつもり?」

「私の会社にも社員が大勢います。そんな簡単に辞めるとは言えません」

「まあ、なんて憎たらしい女なの?」

サトシの人間性は、母親譲りなのかもしれない。

義母は家事の一つ一つに文句をつけ、その全てが私が仕事の片手間にやっているからだと決めつけた。

「親父の紹介だから結婚してやったんだ。この家から追い出されたくなかったら、余計なことは言わずに大人しく家政婦をやってろ」

サトシは私のことを家政婦と呼び、妻として接することはなかった。私が意見しようものなら、容赦なく暴言が飛んでくる。

仕事に行っている時間以外は、私には苦痛しかなかった。

直さんが一緒の時以外、サトシと義母が私に笑顔を見せることはない。

サトシとの結婚生活を続けていいものか。私は連日、頭を悩ませていた。

義母の所業を直さんに相談しようかと何度考えたかわからない。しかし、STグループの会長として多忙な日々を過ごす彼に、余計な心配をかけたくなかった。

私はサトシや義母からの嫌がらせを、黙って耐え忍ぶことにした。

しばらくして、サトシの会社が大きく業績を伸ばした。私と結婚したことで直さんがバックアップするようになり、関連企業に口を利いてくれたようだ。

しかしサトシはそれを自分の成果だと勘違いし、さらに態度を大きくしていった。

「俺の会社は時期に大企業の仲間入りだ。お前のアドバイスなど必要なかったってことだ」

サトシはすっかり調子に乗っていた。

「一時的に契約が増えたからって、これから先も続くわけじゃないわ」

「なんだ、焼いてるのか?」

「そうじゃないわ。会社の経営はそんな単純なものじゃないの」

直さんの口利きで一時的に契約が増えたとはいえ、継続されるかどうかは今後のサトシ次第だというのに、彼はすっかり長点になっていた。

サトシの生活は見る見るうちに派手になり、義母も会うたびに高級ブランド品が増えていった。

毎日のように高級料亭やレストランで食事をし、頻繁にホームパーティーを開くようになったサトシは、その度に私に全ての準備を命じる。

「何の役にも立たないお前をこの家に置いてやってるんだ。文句があるなら、いつだって出ていっていいぞ」

サトシとの離婚を考えない日はなかった。それでも、直さんへの恩義を考えると、簡単に離婚するわけにはいかなかった。

私は湧き上がる怒りをぐっと堪えて、サトシの命令に従った。

数ヶ月後、サトシが突然新しい家を建てると言い出した。

「家ってどういうこと? この家もまだ全然住めるじゃない」

「今の俺にはこの家は小さすぎる。だから豪邸を建てることにしたんだ」

驚いたことに、サトシは今住んでいる家を売却し、倍以上の規模の豪邸を建てるというのだ。

「今は世界情勢も不安定だし、過度な投資や贅沢は避けるべきよ。世界を見渡せばいろんな国で紛争が起きてるし、日本の社会情勢も危機に瀕してる。一時的に経営が右肩上がりになったとはいえ、手元の資金を全て注ぎ込んでしまえば、今後起こるかもしれないリスクに対応できなくなるわ」

「何が起こるっていうんだ? これからだって金はいくらでも入ってくる」

「それが危ない考えだと言ってるの。家を立て替えるにしても、もっと計画的に進めるべきよ」

私は手元のキャッシュを温存すべきだと何度も説得したが、サトシは一切聞く耳を持たなかった。

「女の分際で夫に意見するなんて生意気よ。亭主がやるって決めたことは、何も言わずに『分かりました』と受け入れるべきなの」

義母は古い考えを捨てられないようで、文句を言うなと私を怒鳴りつけた。

「そういうことだ。大体、親父の情けで結婚できたっていうのに、いちいち偉そうに意見するんじゃない?」

「もし事業がうまくいかなくなったらどうするの? 今どれだけの会社が倒産に追い込まれてるか分かってるの?」

「俺は選ばれた人間なんだ。無能な奴らと一緒にするな」

サトシは王様にでもなったかのようだった。結局、話は平行線のままで、サトシが考えを改めることはなかった。

しばらく経ったある日、私は新しいプロジェクトの準備に追われ、家に帰宅したのは深夜だった。

疲れて帰ると、リビングにサトシと見知らぬ女性がいた。二人は親しげに寄り添い、映画を見ていた。

「誰なの?」

「俺の彼女だ。ちゃんと見てろよ」

サトシはニヤニヤと笑いながら、私に見せつけるように愛人とキスをした。

「どういうこと?」

「家庭より仕事を優先するお前が悪い。浮気されたくなかったら、もっと尽くせ」

サトシは悪びれる様子を一切見せず、愛人といちゃつき始めた。

「いい加減にしなさいよ!」

思わずサトシを怒鳴りつけた直後、義母がやってきた。

「こんな時間に大声を出して、ご近所に迷惑でしょう」

「堂々と愛人を家に連れ込むなんて、人として間違ってるわ」

「何を言ってるの? 浮気される嫁が100%悪いのよ」

どうやら義母は以前からサトシの浮気を知っていたようだ。全て私が悪いと、一切の文句を許さずサトシを擁護した。

「分かったら、彼女と一緒に風呂に入るから準備してこい」

「なんで私が?」

「嫁は夫の命令に従うべきよ」

二人の態度に我慢できなくなった私は、そのまま家を飛び出し、その日はホテルで一晩過ごした。

サトシとの結婚生活に限界を感じた。何のために毎日我慢しているのかも分からず、離婚を考え始めた。

直さんが帰ってきたら全てを打ち明け、離婚を認めてもらおう。そう思い、翌日家に帰った。

数日後、仕事を終えて家に帰ると、玄関の前でサトシの部下の黒田さんが土下座していた。黒田さんの前には、サトシが仁王立ちになっている。

一体何があったのかと様子を伺っていると、黒田さんの必死な叫びが聞こえてきた。

「お願いです! 解雇を撤回してください! 来月、子供が生まれるんです!」

「それが俺に何の関係があるっていうんだ? 決定は絶対だ」

どうやら黒田さんはサトシによって解雇されたらしい。それでも家族のことを思い、直談判に来たようだ。

「お願いします! この通りです!」

必死に土下座する黒田さんを、サトシは聞き入れず、あろうことか足で蹴り飛ばし、玄関から締め出した。

黒田さんは悔しそうに地面にうずくまった。

「あの…詳しく話を聞かせてもらえませんか?」

私は黒田さんを近くの喫茶店に連れて行き、話を聞いてみることにした。

「一体何があったんですか?」

黒田さんの話によれば、彼は数か月前からサトシの不正に気づいており、それを内部通報として役員会に意見書を提出したらしい。しかし、その報復としてサトシに解雇されてしまったのだという。

「もうすぐ子供が生まれるんです。今解雇されてしまったら…」

その時、私は直さんから聞いた話を思い出した。サトシを社長に就任させる際、直さんは少し不安を抱えていたが、営業部に優秀な社員が複数いて、役員も信頼できる人物ばかりであることから容認することにしたという。

その優秀な社員の中に、黒田さんの名前があった気がする。

「黒田さんってもしかして、営業部のエースと呼ばれていた黒田さん?」

「エースと呼ばれたこともありましたが、解雇されては何も…」

直さんが絶賛していた人物だと分かった私は、黒田さんにいくつか質問をぶつけてみることにした。

「営業という仕事の中で、何が一番大切だと思う?」

「えっと…それは取引先様の意向にどれだけ近づけるか。相手が何を考え、何を必要としているのか、言葉の先にある本意を見抜き、寄り添うことだと思っています」

黒田さんの答えは完璧だった。

「それじゃあ、その要望が会社では受け入れられないものだったらどうする?」

「その時は社内で何とか受け入れてもらえるように尽力すると同時に、先方にも誠心誠意の状況を説明します」

「素晴らしいわね」

黒田さんの誠実さは直さんから聞いていた通りだ。それに、これまでの実績を考えると、相当な営業センスを持っている。

「サトシの考えを変えるのは難しいと思う。だけど、その代わりと言っては何だけど…私の会社で働いてもらえないかしら? もちろん、これまでと同じか、それ以上の報酬を支払うわ」

「本当にいいんですか?」

「もちろんよ。こちらこそ、これだけ優秀な人材を確保できるんだもの。願ったり叶ったりよ」

私は即座に黒田さんを雇うことにした。

「本当にありがとうございます」

「しばらくは様子を見させてもらうけど、それなりのポストも用意するから、ご家族にも心配をかけなくて済むわ」

翌日からの出社を約束し、黒田さんは晴れやかな顔で帰っていった。

しかし、私の心は怒りに満ちていた。

家に帰った私は、そのままサトシの元へ向かった。

「これまで必死に会社を支えてきてくれた社員を、一言で解雇するなんてどういうつもり?」

「俺の会社のことだ。お前には関係ない」

サトシは私の顔も見ようとせず怒鳴りつけた。しかし、あまりの横柄さに、私も引き下がるわけにはいかない。

「自分の不正を指摘されたから首だなんて、あんまりじゃない? 訴えられたら会社も危うくなるのよ」

「訴えられたから何だっていうんだ? 高が平社員の一人くらい、どうとでもできる」

サトシは社員のことをただの駒だと思っているようだ。

「社員がいるから会社が成り立っているのよ。それに、不正だなんて、会社を潰したいの?」

「うるさい。部外者のお前にとやかく言う権利なんてないだろう」

「いいえ。同じ経営者として、意見させてもらうわ。あなたのやっていることは最低よ」

サトシは私を睨みつけ、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせてきた。

「俺に楯突くなら、それなりの覚悟があるっていうことだな」

「覚悟ならとっくにできてるわよ」

「よく分かった。この先、何が起こっても後悔するなよ」

サトシは不気味な微笑みを浮かべて家を出ていった。

その背中を見送りながら、私は抑えきれない怒りに駆られていた。

会社は社員に対して、顧客に対して、常に誠実であるべきなのに、サトシはそんなことも分からず傲慢に振る舞っている。会社を私物化し、それを正そうとした社員を切り捨てるなど、経営者として決して許されることではない。

私は、サトシがどんな行動に出ても引くつもりはなかった。

2日後、私は新技術のライセンス契約のため、3ヶ月の海外出張に出かけることになった。

数ヶ月かけて準備を進めてきたもので、この契約が決まれば会社には新たな未来が開けていく。

社内のプロジェクトメンバーに黒田さんも加え、私は現地へと向かった。

黒田さんは海外のエージェント相手にも臆することなく、堂々と商談を進めていく。他のメンバーたちも黒田さんの実力に感動したようで、出張が終わる頃には全員が黒田さんに絶大な信頼を寄せるようになっていた。

3ヶ月後、無事にライセンス契約を結んだ私は、黒田さんに新事業の責任者を任せることを心に決めていた。

出張を終えて久しぶりに家に帰った私は、目の前に広がる光景に言葉をなくした。

自宅は跡形もなく取り壊され、更地になっていたのだ。

一体どうしたというのか。私はすぐにサトシに電話をかけた。しかし、彼が電話に出ることはない。

どうしたものかと頭を悩ませていると、義母から電話がかかってきた。

「あんたの帰る家はもうないから」

「どういうことですか?」

「そのままの意味よ。私たちはサトシが建てた豪邸に引っ越したの。ここにあんたの居場所はないから」

驚いたことに、サトシは私に気づかれないように新居の建築を進め、出張で留守にしている間に引っ越したのだ。

その時、LINEの通知音が鳴った。サトシからだ。

「新居の場所を知りたきゃ、家のローン全額を支払え」

それを見た瞬間、私の心は覚め切った。

「離婚しましょう」

「いいだろう。その代わり財産分与はなしだ」

「分かったわ。離婚届は弁護士から送らせるから」

もうどうでもよかった。サトシとの結婚生活は、私のマイナスにしかならない。

経営者としても、夫としても、私はサトシを見限った。

1ヶ月後、サトシの会社に異変が起きた。

主要な取引先が、次々と取引停止を申し入れてきたのだ。同時に、それらの企業が一斉に私の会社との新規取引を開始した。

サトシは慌てふためいているだろう。主要取引先がなくなってしまえば、会社の存続も難しくなる。

しかし、自身の会社のトップ営業マンを解雇したのが彼の運の尽きだった。黒田さんはトップ営業マンというだけでなく、その誠実さから取引先からの絶大な信頼を得ていた。

これまでサトシの会社と取引してくれていたのは、サトシの能力のおかげではなく、全て黒田さんの人望によるものだった。

それなのに自分の力を過信し、取引先を下に見ていたサトシに、それぞれの企業が見切りをつけるのは仕方のないこと。

黒田さんがいなくなった会社に信頼は置けないと、取引先は私の会社に乗り換えていった。

さらには、黒田さんを不当解雇したという噂が業界内に広く浸透し、サトシの会社の信用は地に落ちた。

サトシは怒り狂い、連日社員たちを怒鳴りつけているらしい。

その結果、サトシの会社を去る社員が続出し、黒田さんを頼って私の会社に入社を希望する者が増えていった。

そんなことが続いたある日、サトシが私の会社に乗り込んできた。

「お前が黒田を引き抜いたせいで、俺の会社はめちゃくちゃだ! 絶対に訴えてやる!」

サトシは警備員が止めるのも聞かず、私のオフィスへと押し込み、大声で怒鳴った。

「黒田さんはあなたが解雇したんでしょ? 変な言いがかりはよしてちょうだい」

「なんだと? 俺はあいつが誠心誠意謝ってきたら、許してやるつもりだったんだ」

「あら、玄関先で黒田さんを蹴り飛ばしていたのを見たけど、何かの間違いだったのかしら」

サトシは黒田さんの存在の大きさにようやく気づいたらしい。しかし、自ら手放した以上、他の会社に取られたからと文句を言う権利などない。

「とにかく、お前が俺を困らせるためにやったことだ。この責任は取ってもらうからな」

サトシが叫んだ直後、直さんが立ち上がった。

「自分の愚かさも反省せず、お前はどこまで腐ってるんだ?」

実はこの時、私は直さんと新事業の立ち上げに関して打ち合わせを行っていた最中だったのだ。

「本日をもって、貴様の会社をSTグループから除名する」

直さんはサトシを厳しい目で見つめ、言い放った。さらに、今後一切の資金援助もバックアップもしないと宣言した。

「そんな! 親父に見捨てられたら、俺はどうしたらいいんだよ!」

「自業自得だ。お前は選ばれたエリートなんだろ? だったら経営は自力で何とかしろ」

「俺より、その女を取るっていうのか?」

サトシは私を睨みつけている。

「お前はまだ分からないのか? 真弓ちゃんはこれまでも、これからも、私の大切なビジネスパートナーだ。それに比べてお前は、会社の信用を失墜させることばかり」

「だったら、会社を立て直す金を貸してくれ! 資金さえあれば、すぐに立て直してみせる」

「馬鹿者に貸す金などない」

どこまでも身勝手なことばかり言い放つサトシに愛想を尽かした直さんは、親子の縁を切ると宣言した。

「ふん。そっちがそのつもりなら、やってやるよ。親父を見返してやるからな」

プライドだけは高いサトシは、捨て台詞を吐いて去っていった。

その後、自力で経営の立て直しを試みたサトシだったが、これまで直さんに依存し、経営の何たるかも分からない彼に立て直せるはずがなかった。

社員にも見捨てられ行き詰まったサトシは、会社の資金を増やそうと投資コンサルタントを頼ったそうだ。

しかし、その内容は詐欺を疑うようなものだったらしい。役員たちは会社を倒産させるわけにはいかないと全力で反対した。

しかし、投資コンサルタントの口車に載せられ、すっかり話を信じ込んでいるサトシは、役員たちの反対を強引に押し切った。

会社に残された貴重な内部留保と、新居を担保に借り入れた多額の資金を、怪しげな海外投資に注ぎ込んだのだ。

3ヶ月後、国内最大手メーカーによる合同コンペが開催された。

何の因果か、この場所で私の会社とサトシの会社が直接対決することになった。

私の会社は黒田さんが現場のニーズを汲み取り、それを具体化した画期的な技術を提案した。対するサトシの会社は、過去の遺産を使い回したような、月並みな提案だった。

結果は、私の会社の圧勝だった。

サトシの会社に残っている社員は経験の浅い社員ばかりで、新しい技術を開発する力もない。トップにいるサトシ自身がITのことも理解していないのだから、技術力の差は歴然だった。

しかし、この敗北でサトシの会社は過去にないほどの大損失を被ることとなった。

本来であれば社長であるサトシ自身が社員に頭を下げなければならないところだが、彼には反省という言葉がないのだろう。

サトシは会議の場で「お前たちは無能だ」と全ての責任を部下に押し付けた。

それに激怒した部下たちは、その日のうちに全員が辞表を叩きつけ、他社や私の会社へと転職した。

最悪なことに、このタイミングでサトシが多額の資金を投資した海外企業が倒産したと連絡が入った。サトシが信用した投資コンサルタントは姿をくらまし、資金が消えてなくなったのだ。

数日後、義母が私の元を訪ねてきた。

「お願いよ! サトの会社を助けて! このままじゃ家も会社もなくなってしまうわ!」

義母はせっかく建てた豪邸を失う恐れから、私に土下座してサトシを助けてほしいと懇願してきた。

散々私のことを蔑んできたというのに、都合が悪くなったからといってすがってくる義母に、嫌悪感が湧き上がる。

「すでに離婚済みなので、私には関係ありません」

私は冷たく言い放ち、警備員を呼んで義母に帰ってもらった。

その後、退職した役員や黒田さんにより、サトシが長年行ってきた架空発注や横領、脱税の証拠が税務署と警察に提出された。

呆れたことに、サトシは社長に就任して以来ずっと会社の資金を私的に流用し、裏帳簿を作成して経費の水増しを行い、脱税を行っていたそうだ。

税務署の調査により多額の追徴課税を命じられ、同時に刑事罰も問われることになった。

警察に逮捕されたサトシは当初は容疑を否認していたが、黒田さんたちが提出した証拠を突きつけられ、全てを認めた。

その後行われた裁判では、執行猶予付きの懲役と罰金が言い渡された。これにより、サトシの会社は倒産を余儀なくされた。

同じ頃、義母が私が稼いだ生活費や家の売却益の一部を使い、ホストクラブに入り浸っていたことが判明した。

直さんは激怒し、即座に義母に離婚を言い渡し、家から追い出した。

その後、サトシは自身の持つ資産を全て投げ打って追徴課税を支払ったそうだが、投資に当てた借金の返済と罰金までは首が回らなかったらしい。

購入したばかりの豪邸は差し押さえられることとなり、サトシと義母は豪邸からも追い出された。罰金が払えないことで、サトシの身柄は拘束されることとなった。

一人残された義母は清掃員の仕事を始めたが、慣れない肉体労働のため1週間と持たずに体を壊してしまったらしい。

しかし、これまでの贅沢三昧と傲慢な態度のせいで、誰にも助けてもらえず。その後は福祉の力を借りながら、ボロボロのアパートで孤独に暮らしている。

私はと言うと、会社は黒田さんという強力なパートナーと、直さんのグループとの提携強化により、世界へと活躍の舞台を広げている。

新事業も順調に進み、その後もスタートアップ企業を立ち上げ、新たな道へと邁進している。

一人暮らしとなった直さんのために時々家事を行いながら、会社の今後の展望を話しながら酒を酌み交わすのが、最近の日課となっている。

信頼できる仲間たちのおかげで、私の毎日は明るく光り輝いているのだ。

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