「もうお前がやることはないから、この先ずっと休んでいていいぞ。」
過労で倒れてから半月後、出社した僕にかかり長は冷たくそう言い放った。
「でも、私はこれからも会社に貢献していけると思います」
僕は必死に訴えた。しかし、かかり長は聞く耳を持たなかった。
「お前みたいな奴がこの会社にいると邪魔でしかないんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが弾けた。もう、こんな理不尽な思いをしてまで、この人の下で働くのは限界だった。
「そうですね。私もその意見に賛成です。私がやる仕事はないようなので、これで失礼します」
僕は退職を決意し、職場を後にした。
僕は松本直樹。今年で35歳になり、工場の管理の仕事をしている。この仕事は小さなミスが大きなトラブルになりかねない。常に緊張感を持って仕事に臨んでいる。それゆえに、家庭は僕にとって何よりの癒しの場になっていた。子供たちはまだ小さく手がかかるが、妻と一緒に子育てをすることも、僕にとっては仕事とはまた別の生きがいでもある。そうやって、今まで仕事と家庭のバランスを取りながら働いてきた。
ある日、僕はかかり長に有給の相談をした。浦田かかり長は3ヶ月前に人事で新しく移動してきた人だ。かかり長は部下のことをあまり気にかけない人だった。
「すみません。本日は有給をいただいてもよろしいでしょうか? 子供が熱を出してしまったのですが、妻が出張中でして」
そう伝え、書類を差し出すと、かかり長は書類を横目で見ながら、
「そんな理由で有給の承諾はしていない」
と僕を睨みつけ、書類を叩きつけた。かかり長は言葉には出さなかったが、普段から仕事を優先しない僕のことをよく思っていなかったようで、僕の机に大量の書類を置いて、
「これも強引にやれ。明日は重要な会議があるんだぞ」
と、逆に無理ぶりをしてきた。僕は驚きと怒りで顔が赤くなった。
「どういうことですか? 子供が病気で……」
と言おうとしたが、かかり長は聞く耳を持たなかった。
「言い訳するな。仕事ができない奴はいらない。家庭のことなんて自分で何とかしろ」
そう言って去っていった。僕は仕方なく自分の母親に連絡をして、代わりに迎えに行ってもらうようお願いした。その日は何も用がなかったとのことだったので、事なきを得たが、この出来事をきっかけに、僕とかかり長の仲はどんどん悪くなっていった。
僕は仕事にも家庭にも気がかりが多くなり、ストレスが溜まっていった。かかり長は僕を見下すようになり、常に厳しく監視し、小さなミスも許さなかった。かかり長自身は管理業務が苦手で、楽な事務処理ばかりをこなしている。彼は自分の部下たちに対しても無関心で、仕事の進捗や品質に目を向けない。
「かかり長、ちょっとお時間よろしいですか? 現場管理の件でお願いしたいことがあるんですが」
と声をかけても、
「俺に指図するのか? 俺は事務処理で忙しいんだ。そんなことは自分で判断しろよ」
と言って僕を追い返した。僕は仕方なく自分の現場管理の仕事を終えてから、かかり長から渡された仕事に取り組んでいた。それは単純なデータ入力や書類整理など、時間がかかるだけでやりがいのないものばかりだった。そのせいで僕の帰宅は0時を過ぎてしまい、ヘトヘトになる。家族ともろくに会話できず、寝るだけの毎日だった。
ある日、僕は子供の面倒を見ていたこともあり、疲れが取れないまま出社した。朝一番で電話が鳴り響き、取引先からクレームの声が聞こえた。
「昨日届いた商品、発注したんだけど、こんなに多くてどうしろって言うんだ」
僕はすぐに入力画面を確認した。一桁、数字を間違えている。どうやら前日に僕の部署の新入社員が発注した時にミスをしたらしい。
「昨日いなかったお前の責任だ。なんとかしろ」
と僕は叱られた。
「すみません。すぐに対応します」
そう言って取引先に頭を下げに行き、商品を回収した。取引先の担当者は、
「君が来てくれたから、今回のことは水に流そう。これからもよろしく頼むよ」
と許してくれた。
「申し訳ありませんでした。今後はこのようなことがないように気をつけます」
と謝り、取引先を後にした。この出来事を聞いた課長は僕の元を訪れ、
「これで済んだのは、君の普段の努力の賜物だな」
と言った。僕は課長に、
「ありがとうございます。今回はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
と答えた。その様子を見ていたかかり長は僕に近づいてくると、
「調子に乗るなよ」
と小声で話し、すぐにその場から去っていった。僕はかかり長の態度に呆気に取られながらも、自分の仕事に誇りを持った。
数日後、僕は自分のデスクで書類を整理していると、電話が鳴り響いた。大口の取引先である遊泳者からのクレームの電話だということが分かった。僕はすぐに電話に出て、
「どうしたんですか?」
と聞くと、電話口で、
「発注した商品が足りないんだよ。何やってんだ」
と怒鳴られた。
「申し訳ありません。すぐに確認して折り返します」
と僕が答えると、電話は切れた。僕は慌ててかかり長に報告しに行った。
「かかり長、大変です。遊泳者から連絡が来ました。注文数が少なく届いたそうです」
と僕が言うと、かかり長は無表情で言った。
「クレーム担当はお前だ。自分で何とかしろ」
「でも、これはかかり長が担当した案件ですよね?」
と驚いて言うと、かかり長は冷たく言った。
「そんなこと知らねえよ。お前がやれ」
そして、かかり長はデスクに戻ってしまった。僕は呆然とした。どうしてこんなことになったのだろう。どう対応しようかとあれこれ考えた。
1時間後、遊泳者の社長が来た。僕はすぐ出迎えに行った。
「こんにちは。私はこの部署の担当の松本と申します。この度は大変ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
と僕が頭を下げると、遊泳者の社長は厳しい表情で言った。
「なんでこんなミスをするんだ? これじゃ仕事にならないよ」
「本当に申し訳ありません。私どもの不手際でございます」
と僕が謝罪すると、遊泳者の社長は言った。
「謝って済む問題じゃないだろう。どうやって責任を取るつもりだ?」
「私どもとしては、不足分の商品を至急お届けし、送料は無料とさせていただきます。そして、今回の件のお詫びとして、次回の注文から10%引きさせていただきます」
と、あらかじめ考えていた対応策を取引先の社長に話した。
「これだけで済むと思ってるのか」
と遊泳者の社長は不満そうに言った。
「それ以上のことがございましたら、なんなりとお申し付けください」
と僕が言うと、遊泳者の社長は言った。
「じゃあこうしよう。今回の不足分は次回の注文にまとめて送ってくれ。送料は無料でなくてもいい。その代わり、次回の注文から半年間は20%引きにしてくれ。それで納得する」
僕は頭の中で瞬時に考えた。厳しい条件だが、想定範囲内だ。
「かしこまりました。それでよろしければ、契約書を作成いたします」
と僕が言うと、遊泳者の社長は言った。
「そうだな。契約書を作ってくれ。それで決まりだ」
こうして、僕と遊泳者の社長は3時間ほど議論になったが、最終的には合意に達した。
「ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします」
と僕が言うと、遊泳者の社長は笑顔で言った。
「こちらこそよろしくな。また連絡するよ」
そして、僕は遊泳者の社長を玄関まで見送った。職場に戻ると、かかり長は僕を睨みつけた。
「なんであんな条件を飲んだんだ。利益が減るじゃないか」
とかかり長は怒鳴った。
「でも、これで取引が続くんですから、長期的に見ればプラスですよ」
と僕が言うと、かかり長は何か言いかけたが、そのままその場を去った。その後、かかり長は僕の机にやってきて厳しい表情で言った。
「これからはお前がクレーム担当だ。クレーム対応に集中しろ」
僕は驚いて顔を上げた。クレームを受け続けるのは精神的にも疲れる。今の仕事を抱えながらクレーム処理をこなしていくのは大変なことだ。僕は言った。
「でも、かかり長、私には他の仕事もあるんです。こなしていく時間がありません」
と抗議したが、かかり長は聞く耳を持たなかった。
「言い訳するな。クレーム対応は経験を積むチャンスだ。感謝しろ」
と言って、僕の机に山積みになったクレーム書類を放り投げた。
「そして、俺も全部処理しろ」
と言って去っていった。僕は呆然とした。自分の仕事だけでも大変なのに、これだけのクレームをどうやって処理すればいいのだろうか。しかも、かかり長からの指導やアドバイスは一切ない。一人で試行錯誤しながら、お客様と向き合わなければならなかった。
結局、仕事がさらに増えた僕の生活サイクルは、7時に出社し、昼の業務が終わると0時までかかり長の仕事をこなす日々に変わった。休日も残業や持ち帰り仕事で潰れていった。睡眠時間も食事もまともに取れず、体調も悪化していった。
半月後、僕はとうとう限界を迎えた。自宅で倒れてしまったのだ。目覚めると病院のベッドにいた。同僚たちと家族が心配そうに眺めていた。過労で倒れてしまった僕は、当分の休みが必要だと診断された。僕は涙がこぼれた。自分は何のためにこんなに頑張ってきたのだろうか。かかり長は自分のことをどう思っているのだろうか。会社は自分のことをどう評価しているのだろうか。僕は病院のベッドの中で、今までのことを振り返りながら、これからどうすればいいかを考えていた。
「おはようございます。この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
倒れてから半月後、僕は出社した。
「何しに来たんだ」
と、挨拶もせずに係長は言った。
「休んでいた間の引き継ぎをしています」
と僕が言うと、かかり長は鼻で笑った。
「笑わせるなよ。システムは俺が引き継ぎをする。お前がやることはないから、この先もずっと休んでいていいぞ」
かかり長は冷たく答えた。
「でも、私はこれからも会社に貢献できると思います」
僕は必死に訴えた。しかし、かかり長は聞く耳を持たなかった。
「貢献できる? 役に立たないような無能はかだ。お前みたいな奴がこの会社にいると邪魔でしかないんだよ」
かかり長は僕を見下すように言った。僕は怒りと悲しみで胸が痛んだ。僕の中で何かが弾けた。このような理不尽な思いまでして、このかかり長の元で働くのはもう限界だ。
「そうですね。私もその意見に賛成です。私がやる仕事はないようなので、これで失礼します。後日、退職願を提出します」
僕は静かにそう言うと、席を立った。かかり長は驚いた顔をしたが、すぐに嘲笑した。
「ああ、それで結構だ。さっさと消えろよ」
翌日、僕は課長に退職願を提出すると、驚いた顔で引き止められた。
「どうしてやめるんだ? もう少し落ち着いて考え直してはくれないか?」
「申し訳ありませんが、もう決めました。私はこの会社に居場所がないようです」
僕の決心が揺らぐことはなかった。退職届を提出して帰宅した。僕は残っていた有給休暇を利用し、家族と共に旅行へ出かけることにした。目的地は妻の故郷である北海道だ。
「やっと休みが取れたよ。久しぶりの北海道は楽しみだな」
「私も久しぶりに帰るから嬉しい」
子供たちも僕と久しぶりの旅行にはしゃいでいる。いろいろな会話をしながら、笑顔で家族と空港へ向かった。もう、かかり長に理不尽な仕事を押し付けられることもない。僕の気持ちはさっぱりとしていた。
退職届を出して1週間が経ったある日、僕のスマホに着信があった。スマホを見ると、かかり長からの着信だった。妻は無視するよう勧めたが、気になった僕は電話に出た。
「もしもし」
「おい、早く出社してこい」
「え? 何言ってるんですか? 私はもう退職しておりますが」
僕が電話を切ろうとすると、
「待て。システムがうまく動かないから、早く来い」
「システムが動かない? どういうことですか?」
「それはお前が来てから説明する。今すぐ会社に来い」
「無理ですよ。私はもう会社の人間じゃないので行けません。しかも、今は妻の地元の北海道にいるので、物理的にも無理です」
「工場がどうなってもいいのか。お前が作ったシステムが原因だろうが」
「私が作ったシステムは問題なく動作しています。エラーが発生したのは、おそらく他の部署や外部業者の責任です。それに、私は退職前にシステムの使用書やマニュアルを残しておきました。それを見れば対処できるはずです」
「そんなものじゃわからない。お前が一番詳しいんだから、来て直せ」
「それは無理です。私はもう一切関与しません。あなたは会社の管理者として、自分で解決策を考えるべきです。それができないなら、私に変わる専門家を雇うべきです」
「そんな金はない。お前がただでやれ」
「ただでやるわけないでしょう。私はもうフリーランスです。仮に依頼されたとしても、相場より高い報酬を要求しますよ」
「ふざけるな。お前は会社に恩義があるんだぞ」
「恩義? どんな恩義ですか? 私はずっと過労で苦しんできました。あなたは私に対して嫌がらせを繰り返してきました。あなたに感謝すべきことは何もありません。これ以上電話しないでください。さようなら」
僕はやっとの思いで電話を切った。実は、僕は同僚と電話で話していたので、かかり長が焦っている状況をリアルタイムで知っていた。
社長は今回の件を知ると大激怒した。
「浦田かかり長、あなたは何をやっているんですか?」
社長はかかり長を問い詰めるが、かかり長はひたすら言い訳を繰り返していた。
「すみません、社長。でも、これは私のせいではありません。松本が仕事をサボって、期限に間に合わなかったんです。私は何度も注意したんですが、聞く耳を持ちませんでした」
社長はかかり長の言うことを全く信じておらず、
「お前はチームのリーダーとして責任を持つべきだ。仕事が遅れるのはお前の指導力不足だ。こんな人間に会社にいてもらうわけにはいかない」
社長の怒りはピークに達したようで、後日、管理不行き届きを理由に、かかり長に懲戒解雇処分が下された。かかり長は悪いのは全部松本だと訴えた。
「待ってください。これは不当です。私は何も悪くありません。松本が悪いんです。彼が私に嫌がらせをしてきたんです。彼が私の仕事を邪魔したんです」
しかし、同僚の林が、かかり長が今まで僕にしてきた言動の一部始終をスマホで録音していた。
「それは嘘ですよ、浦田かかり長。私はあなたが松本さんにどんなことを言っていたか、全部聞いていますよ。それに、録音もしていましたし」
林がスマホを取り出し、再生ボタンを押した。それを社長の前で再生したことで、かかり長は言い逃れができなくなった。
「これは……」
かかり長は顔色を変えて口ごもった。
「これ以上言うことはありませんね。あなたは今すぐ会社から出ていってください」
社長は厳かに言った。会社を追われたかかり長は、今までの勤務態度と業界内の評判の悪さから、どこからも雇ってもらえず、アルバイトでその日暮らしをしているらしい。
ちなみに、僕は結局元の会社に戻ることはなかった。別の会社からヘッドハンティングされたのだ。今では、仕事と家庭のバランスの取れた生活を送っている。



