夕方の食堂で、見知らぬ男二人が突然怒鳴り始めた。「こんなまずい飯食わせたんだから、料金はただに決まってるだろ」。店主の彼女と小さな双子が震えながら謝る中、男の一人が袖をまくって腕の刺青を見せつけた。すると、隣に座っていた俺に男が鋭い目を向けて言った。「あんた、何見てんだよ」。俺はその刺青を一目見て確信した。アレは本物じゃない。でも、今ここで俺がそれを指摘すれば、自分が今まで彼女に隠してきた秘…

夕方の食堂で、見知らぬ男二人が突然怒鳴り始めた。「こんなまずい飯食わせたんだから、料金はただに決まってるだろ」。店主の彼女と小さな双子が震えながら謝る中、男の一人が袖をまくって腕の刺青を見せつけた。すると、隣に座っていた俺に男が鋭い目を向けて言った。「あんた、何見てんだよ」。俺はその刺青を一目見て確信した。アレは本物じゃない。でも、今ここで俺がそれを指摘すれば、自分が今まで彼女に隠してきた秘...

映画館で推しのナちゃんを大画面で堪能した帰り道、俺は見覚えのない一軒の食堂を見つけた。今まで何度も通った道のはずなのに、こんな場所に食堂があったなんて一度も気づかなかった。

腹も減っていたので、軽い気持ちで暖簾をくぐった。店内は夕飯時には少し早く、客はまばらだった。

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

出迎えてくれたのは、顔がうり二つの双子の女の子。そして調理場から顔を出した、感じのいい女性店主が続けて言った。

「お好きな席へどうぞ。何にしますか? ハンバーグ定食がおすすめです」

「じゃあ、それでお願いします」

「はい。ひなこ、ひより、すみません。お好きなものを注文してきて」

双子の子たちはお母さんの手伝いをしているらしい。まだ幼いのに偉いものだ。料理を待つ間、映画館でもらったパンフレットを見ていると、双子の一人が話しかけてきた。

「ねえねえ、おじさん、そのアニメ好き?」

「ああ、うん。好きだよ。君たちも知ってるの?」

「知ってるよ。可愛い服にお着替えして、魔法をキラキラするやつでしょ?」

誤解されないように言っておくと、これは女児向けのアニメではない。全世代から支持を集める、異世界系バトルアニメだ。主人公が女の子だから、小さい子にも人気があるだけで。

双子は「お母さんのご飯は世界一だから」と胸を張り、俺もその言葉に頷きながら、ふわふわの肉から溢れる肉汁を堪能した。そして、サービスだと唐揚げまでおまけしてくれた。味も、雰囲気も、すべてが温かかった。

それからというもの、俺はその食堂に通い詰めるようになった。双子のひなことひよりとアニメの話で盛り上がり、店主の香織さんとも自然と打ち解けていった。気づけば、映画に誘う約束をして、四人でポップコーンを分け合い、映画の後は彼女の手料理を囲んだ。こんなに楽しい日々は初めてだった。香織さんは、先の夫を病気で亡くしたらしい。それでも懸命に店を切り盛りし、双子を育てている。そんな彼女と子供たちを守りたいと、心から思った。

日常的に一緒にいることが当たり前になった頃、俺はあるカウンターの席で見覚えのある横顔を見つけた。サングラスをかけた大柄な男。俺は恐る恐る声をかけた。

「…修二?」

その男は驚いた顔をして、懐かしい呼び方を返してきた。

「坊っちゃんじゃないですか。やめろって」

修二は、俺を育ててくれた叔父の組の組員で、昔の俺の世話係だった。叔父の家を出てから10年ぶりの再会だった。

「なんでこんなところにお前がいるんだよ」

「し、仕事ですよ」

香織さんには咄嗟に「高校の同級生」と紹介してしまったが、年齢も違うし、バレバレの嘘だった。修二は、最近この辺りで飲食店を狙った詐欺紛いの集団が出ていて、それが叔父の組の名前を騙っていることを調べているらしい。俺はピンときた。俺の大切な居場所であるこの食堂を守るために、修二は動いていたのだ。

「もしも何かあったら俺に連絡ください」

そう言って俺は修二に念を押した。だが、事件はすぐそこまで来ていた。

ある日、昼時を過ぎた食堂に、柄の悪い男が二人入ってきた。突然、店内に怒鳴り声が響き渡る。

「おい、おばさんよ。ついの癖して髪の毛まで入ってるってどういうことだ?」

「こんなまずい飯食わせたんだから、料金はただに決まってるだろ」

男たちは料理に文句をつけ、料金を踏み倒そうとしている。香織さんが困り果てていると、双子の二人が彼女の後ろに隠れながらも必死に立ち向かっていく。

「お母さんにやめて。悪いやつは出ていって」

「ああ? 俺たちが誰か分かってそんな口聞いてんのか」

男の一人が袖をまくると、腕には刺青があった。遠目からでもはっきり分かる。俺は男たちと香織さんの間に入り、声をかけた。

「その刺青、偽物ですよね。本物と比べたら全然違うし。照明に当たると光沢が見られるのは、刺青シールくらいですよ」

「あんたみたいな男に何が分かるってんだよ。どうせネットの知識をひけらかしただけだろう」

「そんなに言うなら、お見せしますよ。うちの組の本物の刺青と、あなたたちの偽物を比べてみますか?」

俺はタンクトップの下に隠していた刺青を見せた。叔父の組の証である、四つ目が出迎える独特なデザインの刺青。男たちは一瞬で青ざめ、作り物の刺青を隠すようにそそくさと店を出て行こうとする。そこに、いつの間にか連絡を入れていた修二が間に合った。

「遅くなってすみません。こいつらは俺が預かります」

男たちは修二に連行され、店は静かになった。香織さんは驚いた様子で、大きく目を見開いて俺を見ている。俺は覚悟を決めて、すべてを話すことにした。

子供の頃に両親を事故で失い、ヤクザの組長である叔父に引き取られたこと。叔父からは二度と家に戻るなと言われ、一人暮らしを始めたこと。将来に迷った時、恩返しをしたい一心で刺青を入れたこと。でも、叔父に叱られて、今はもう組とは関係のない普通の会社員であること。香織さんは静かに聞いてくれた。

「怖かったよ。でも、かずは悪い人じゃないって、ずっと分かってた」

「すみません、隠してて。俺はただ、香織さんと子供たちを守りたかっただけなんです」

「私もかさんのことが好きです」

彼女のその言葉に、十年以上ぶりに幸せが訪れた。

そして俺は、胸に彫った刺青を完全に消し、10年以上ぶりに叔父に会いに行った。叔父は最初は怒っていたが、俺が香織さんと結婚することを伝えると、無骨な笑顔を見せてくれた。

皮肉なことに、あの詐欺師集団は全員、叔父の組に捕まり、説教されたらしい。それを機に、あの食堂に平和が戻り、俺と香織さんは結婚した。そしてさらに驚くべきことに、修二が香織さんの食堂で働き始めたのだ。あの事件の時に常連客の女性に一目惚れし、なんと組を抜けるために刺青まで消したらしい。修二は「俺がこの店を守りますんで」と言い、双子たちも「赤ちゃんのために頑張る」と手伝いを始めた。

もうすぐ、俺たちの家族に新しい命が生まれる。俺はこの、平凡に見えて一番幸せな日常を、これからもずっと守っていこうと思う。

Thumbnail