「お前みたいな無能は会社にはいらないんだよ」と、新しい部長に解雇を言い渡されたのは、44歳のシステムエンジニアの私。20年以上、現場で結果を出してきた自負はあった。大切に育ててきた新人教育も、私の仕事も、全て彼に奪われ、挙句の果てには罪まで被せられた。私は何も言い返せず、荷物をまとめて会社を去った。だが、1週間後、意外な人物から電話がかかってくる。「お前が管理してたシステムにバグが出た。助け…

「お前みたいな無能は会社にはいらないんだよ」と、新しい部長に解雇を言い渡されたのは、44歳のシステムエンジニアの私。20年以上、現場で結果を出してきた自負はあった。大切に育ててきた新人教育も、私の仕事も、全て彼に奪われ、挙句の果てには罪まで被せられた。私は何も言い返せず、荷物をまとめて会社を去った。だが、1週間後、意外な人物から電話がかかってくる。「お前が管理してたシステムにバグが出た。助け...

「お前みたいな無能は会社にはいらないんだよ」

部長の言葉が頭をよぎったとき、俺の中で何かが音を立てて切れた。44年間生きてきて、20年以上システムエンジニアとして働いてきた俺が、こんな扱いを受けるなんて。自分が仕事を覚えようとせず、電話すら取らないくせに、俺の責任にする。その理不尽さに、俺はもう我慢の限界だった。

「なんでそうなるんですか?おっしゃってることがむちゃくちゃです」

俺は言い返したが、無駄だった。何を言っても、この男には響かない。俺は「わかりました。今までお世話になりました。失礼いたします」と言って立ち上がると、一礼して部屋を出た。自分のデスクに戻り、荷物をまとめた。その翌日から、俺は会社に出社しなくなった。

俺の名前は松田義。専門学校を卒業してすぐに入社したこの会社で、気づけば20年以上の月日が流れていた。一度は昇進の話もあったが、俺は現場が好きだったので断り、一社員として頑張ってきた。吉田社長は入社当時から俺を可愛がってくれ、実力を評価して仕事を任せてくれる。役職に関係なく実力で人を見てくれる、そんな社長を俺は尊敬していた。俺は平社員のままなのに、幹部社員並みの年収をもらっている。社長は「松田君にしかできない仕事がある。お前の働きはそれぐらいの価値があるんだ」と言ってくれた。俺は一生この人のために働こうと心に決めていた。

しかし、その居心地のいい空気を壊す出来事が起きた。人事異動の時期に、ある人物が部長として俺の部署にやってきたのだ。小杉という男で、前の会社で営業をしていたのを専務がヘッドハンティングして連れてきたらしい。仕事さえしてくれれば文句はなかったが、部長はどうも俺のことが気に入らないらしい。「システムエンジニアってのは空調の効いた部屋でのんびり仕事ができていいよな」と、わざと聞こえるように嫌みを言ってくる。どうやら、俺が部長よりも多くの年収をもらっているのが気に入らないらしい。人を攻撃する前に、自分の仕事を頑張ればいいのに。

小杉はエンジニアの仕事を理解しようとしなかった。現場の俺たちは仕事がしづらくて仕方がない。俺は基本的なマニュアルと仕様をまとめた資料を渡してみたが、それが余計に部長を怒らせてしまった。「お前、俺のことを馬鹿にしてるのか?」と怒鳴られた。そしてその日から、俺への当たりはより強くなった。理不尽に仕事を振られ、少しでもミスがあれば過剰に責められる。俺が大事にしていた新人の教育も中止にされてしまった。「会社の未来のためには若い人材の育成が重要ですよ」と訴えても、「そんなこと言ってお前は仕事をサボりたいだけだろ」と一蹴された。

ある日、会社に新しいシステムが導入されることになった。それに伴い、新業務体制の構築や顧客周りの説明など、仕事が急に増えて忙しくなった。俺たち現場の社員は毎日、世話しなく走り回っている。しかし部長はと言えば、書類のチェックと承認を繰り返すだけ。せめて電話ぐらい取ってくれと思うが、それすらしない。問い合わせの電話がかかってきても、「おい、お前に電話だぞ」と乱暴に受話器を置き、自分には対応する意思がないことを示す。相手を待たせるわけにもいかないので、俺が電話を変わる。これが何度も繰り返される。通常業務に加え、新システム導入による雑務、それから部長の知らない電話。仕事を片付けるそばから新しい仕事が増えるので、俺は毎日何時間も残業するはめになっていた。

「そんなに残業しなきゃいけないほど仕事を残してるってことは、お前はよっぽど無能なんだな」

部長は定時で退社するとき、いつもそう嫌みを言う。ほとんどお前のせいだろうが、と思うが、言い返す時間すらもったいないほど俺は忙しかった。毎日の残業、理不尽な仕事の押し付け、そして嫌み。それらが重なって、俺は肉体的にも精神的にも限界だった。

そんなある時、事件が起きた。会社のある企画に不備が見つかり、取引先からクレームが入ったのだ。「こんな適当な仕事をされるとは思いませんでした。このままでは契約を切らせてもらいます」と、先方はかなりご立腹だった。その取引先は昔からの大事なお得意様で、会社は大騒ぎになった。「誰だ?こんな企画を通したのは」と専務も慌てている。

これで部長も終わりかな、と俺は思った。あの企画書に承認し許可したのは部長だったからだ。これで部長に処分が下り、この部署からいなくなってオフィスに平和が戻ってくれたらいい。たとえそうならなくても、これを機に部長が反省してくれたらいいと思っていた。

しかし事態はそうならなかった。

「これは松田の責任です」

部長は専務にそう伝えた。俺は驚き、言葉を失った。

「ちょっと待ってください。なんで俺の責任になるんですか?」

確かにその企画には俺も関わっていたが、俺一人で進めたものではなく、部署全体で作ったものだった。しかも、俺はアドバイスをした程度で、主導で行ったものではなかった。

「お前、責任転嫁する気か?」

部長がそう言う。俺は我慢の限界だった。

「責任転嫁してるのは部長の方でしょ。この企画書に承認して許可したのは部長じゃないですか。責任は部長にあるはずです」

「自分が仕事ができないからって俺のせいにするのか?どこまで無能なんだ、お前は」

「なんでそうなるんですか?おっしゃってることがむちゃくちゃです」

「うるさい!お前は首だ!お前みたいな無能は会社にはいらん!」

「待て、今は先方への対応が先だ。言い争ってる場合じゃない」

専務が間に入り、その場はなんとか収まった。しかし、それで全てが終わりではなかった。

後日、俺は専務から呼び出しを受けた。部屋に向かうと、そこには専務となぜか部長がいた。部長は何か企んでいるような、悪い笑顔を浮かべている。ものすごく嫌な予感がした。

「急に呼び出してすまないな。まあ、座ってくれ」

「お話とは何でしょうか?」

俺が専務に聞くと、答えたのは部長だった。

「お前は首だって話だよ」

そしてニヤニヤと笑う。

「どういうことですか?」

俺は再び専務に聞いた。

「松田君、君の勤務記録を見せてもらったんだけどね。随分と残業が多いね」

「それが何か?」

「他のみんなも残業がないわけじゃないが、君だけ異常に多いんだよ」

「それは部長から理不尽に仕事を押し付けられているからだ」

「一体何をそんなに時間がかかるの?新システムの管理とか電話とか、そんなことはみんながやってることだよね。部長だってそれらをこなして定時に帰ってるよ。どうして君だけそんなに時間がかかるの?」

俺はこの際、全部話そうと思った。

「専務、部長は自分の手に終えない仕事は全部俺に押し付けて、かかってきた電話も全て俺に回すんです。それで時間を取られ、残業が増えてしまうんです。どうにかならないんですか?」

俺が専務にそう訴えると、部長は満足そうな顔をした。

「ほら、俺の言った通りでしょ。こいつはすぐに俺のせいにするんですよ。この前の時みたいに」

「ちょっと待ってください。全部本当のことでしょう」

「どうやら小杉君の言っていたことは全部本当のようだな」

そう専務は言った。俺はやられたと思った。部長はこの展開になるように、専務に俺のことを吹き込んでいたのだ。

「待ってください。誤解です!」

「松田君、会社にはね、無能な人間に払うような無駄な金はないんだよ」

専務は部長の言うことを信じきっていて、俺の話に耳を貸さなかった。こうなると、もう何を言っても無駄だ。

「残念だが、君は首だ」

正式に専務から解雇を言い渡された。隣に座る部長は満面の笑みを浮かべている。

「わかりました。今までお世話になりました。失礼いたします」

俺はそう言って立ち上がると、一礼して部屋を出た。その時、部長の笑い声が聞こえた気がした。自分のデスクに戻り、荷物をまとめた。その翌日から、俺は会社に出社しなくなり、1週間ほどが経った。

そんなある日、俺のスマホが鳴った。画面を見ると、解雇された会社からだった。今更何の用だと思いながら、通話をタップする。

「おい、松田か」

電話の主は部長だった。なんだか妙に慌てている。

「何ですか?」

「お前が管理していた新しいシステムにバグが起こってしまったんだ。助けてくれないか」

なんて都合のいいやつなんだ、と思った。

「いや、でも俺はもう首になった身ですので、修理はできません」

「そこをなんとか頼むよ。今、全く仕事にならない状況なんだ」

「いや、部長がおっしゃったんじゃないですか。俺みたいな無能は会社にはいらないって」

部長が明らかに苛立っているのが、電話越しに伝わってくる。

「仕えて出てりゃいい気になりやがって。だったら部下か誰かに教えて引き継いでおくべきだろう。なんでそうしなかったんだ?」

「それも部長がおっしゃったんじゃないですか?若手の育成なんて時間の無駄だからやめろって。俺はちゃんと指導していたのに」

「もういい!お前みたいな無能の力なんて借りる必要ないんだよ!」

部長はそう暴言を吐いて電話を切った。だったら初めから電話なんてかけてくるな、と思うが、もう俺の知ったことではない。

しかし、部長の電話からほどなくして、また俺のスマホが鳴った。画面を見ると、また会社からだった。仕方なく通話をタップする。

「もしもし」

「もしもし、松田君か。吉田だが」

今度は社長からの電話だった。思わず姿勢を正す。

「社長、いかがしましたか?」

「いかがしましたかじゃないだろう。なんで会社に来ないんだ?」

社長の口調は穏やかだが、静かに怒っているようだった。

「首になりましたので」

「何?」

「部長と専務から首を言い渡されました。ですので会社には行けません」

「それは本当か?」

「本当です」

「ちょっと待ってろ。またかける」

そう言うと社長は電話を切った。俺は社長の様子に少し緊張しながら、折り返しの電話を待った。そして数十分後、今度は社長の携帯から電話がかかってきた。

「もしもし」

「松田君、今そっちに向かっているから、準備しておいてくれ。じゃあ、後でな」

社長はそう言って電話を切ってしまった。俺は何をしに来るのか、何を準備すればいいのかも分からず、戸惑うばかりだった。戸惑っているうちに、家のインターホンが鳴った。何の準備もできていないが、社長を待たせるわけにもいかないので、とにかく玄関に向かう。ドアを開けると、そこには社長だけではなく、部長と専務もいた。部長は不機嫌そうな顔をしていて、専務は顔色が悪く真っ青だった。

「松田君、すまないな、突然」

「あ、いえ」

「ほら、お前ら」

社長が2人の頭をはたいた。

「松田君、この度は本当に申し訳なかった」

真っ青な顔の専務が、その顔色のまま俺に頭を下げる。

「部長の話を鵜呑みにし、君の話を聞かずに首を言い渡してしまった。本当にすまない」

「ああ、いえ」

専務はまた頭を下げたが、部長は動かなかった。

「おい、いい加減にしろ」

社長が部長を睨みつける。そうしてようやく部長はしぶしぶ小さく頭を下げた。

「悪かったよ」

しかしその顔は不服そうで、いやいや謝っているのが明らかだった。

「もっとちゃんと謝れ」

社長に怒鳴られ、部長の顔が悔しさで真っ赤になる。そしてようやく頭を深く下げた。

「申し訳ありませんでした」

この様子に、俺の溜飲が少し下がった。

「松田君、私も小杉君が君に何をしていたか全く知らなかったんだ。申し訳なかった。この通りだ。許してくれ」

そして社長にまで頭を下げられてしまった。社長にそこまでされては、俺も動かざるを得ない。俺は3人と共に会社に向かった。

そしてシステムのバグの様子を見る。幸い、大したバグではなく、バグが起こってから時間もまだそんなに経っていなかったため、すぐに修正することができた。周りの部下や同僚からとても感謝され、少し気分が良かった。幸い、このバグによる顧客への影響も最小限に抑えられ、今回の一件は大事にならずに済んだ。

「ありがとう。松田君のおかげで助かったよ」

「いえ、とんでもありません」

「これからもよろしく頼むな」

「ところで、人事に聞いたが、君はまだ首になっていないぞ」

どうやら人事部の部長は、俺の突然の解雇に疑問を持ち、受理せずに保留にしてくれていたらしい。しかし、またあの部長の元で働かなければならないと思うと、気が重かった。

「安心しろ。小杉の部長は別部署へ移動だ。君は彼の元で働く必要はない」

俺の気持ちを見透かしたように、社長が言う。

「それならよろしくお願いします」

「うん。頼むぞ」

「はい。精一杯頑張らせていただきます」

その後、小杉部長は別部署へ移動の上、減給の処分が下りた。斎藤専務も、ちゃんと確認もせずに社員を解雇しようとしたとして、減給の処分が下りたようだ。風の噂で聞いた話だが、小杉部長は専務のおいっこで、専務のコネで入社していたらしい。今までどの会社でもコネで入社し、問題を起こして短期間で辞めさせられてきた無能社員だったという。それを聞いた時、この会社を首になるのもそう遠い話ではないな、と思った。

そして、俺には社長から新たな提案があった。

「そうだ。小杉君がいなくなった部長の席に、君に座ってほしいんだ」

「でも、俺は」

「君が現場が好きなのは知っている。昔、それで君に昇進を断られたからな。しかし、今回のことで若手の育成が大事だということも身にしみて分かっただろう」

「それは確かに」

「あの一件で君を尊敬する若手も増えた。今の松田君ならついていきたいという社員も多い。どうだ?やってくれないか?」

確かに、優秀な人材育成は俺がずっとやりたかったことだった。嫌がらせをしてくる部長がいなくなった今なら、前よりももっと充実した指導ができるだろう。

「わかりました。やらせていただきます」

俺は昇進の話を受けることにした。部長となった俺は、現場での仕事もバリバリこなし、若手の育成も手を抜かなかった。現場で結果を出すことで、若い人たちはついてきてくれるようになる。自分の仕事と人材の育成。どちらにもやりがいを見い出せた俺は、これからも社長と会社のために精一杯頑張っていこうと心に決めたのだった。

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