面接官が突然、全員に向かってこう言い放った。「T大卒以外は無能だから、今日のところは帰ってくれ」。志望企業の最終面接だと思っていたのに、学歴だけで切り捨てられようとしていた。4人は泣きながら懇願したが、面接官は猫を追い払うように手を振るだけ。その時、俺は席を立ち、思い切って言ってやった。「私はT大卒ではなく、アメリカのH大卒ですので、帰らせていただきます」。すると面接官の顔色が一瞬で変わった…

面接官が突然、全員に向かってこう言い放った。「T大卒以外は無能だから、今日のところは帰ってくれ」。志望企業の最終面接だと思っていたのに、学歴だけで切り捨てられようとしていた。4人は泣きながら懇願したが、面接官は猫を追い払うように手を振るだけ。その時、俺は席を立ち、思い切って言ってやった。「私はT大卒ではなく、アメリカのH大卒ですので、帰らせていただきます」。すると面接官の顔色が一瞬で変わった...

面接官が突然、俺に向かって口を開いた。

「T大卒の奴はいるか? T大卒以外は無能だから帰ってくれ」

俺は静かに席を立ち、面接官をまっすぐ見据えて言った。

「私はT大卒ではなく、アメリカのH大卒ですので、帰らせていただきます」

その瞬間、部屋の空気が凍りついた。

俺は就活中の23歳。今日は第一志望の企業の集団面接に来ていた。海外に広く事業を展開するグローバル企業で、世界で活躍できる人材になることを夢見る俺にとって、まさに憧れの場所だ。

わけあって大学卒業後に就活を始めた俺は、出遅れたと言われるかもしれない。だが、その分しっかり準備してきた。資格取得のために遅くまで勉強し、何冊もの参考書を隅々まで読み込み、面接練習も答えを一言一句覚えるほど繰り返した。自信はそれなりにあった。

面接当日。東京にある本社に到着し、受付を済ませると待機部屋に案内された。白い壁に囲まれた部屋には長机が並び、すでに到着している受験者が静かに座っている。同じグループの5人が横一列に並ばされているようだ。張り詰めた沈黙が、まるで喉を掴まれているような息苦しさを感じさせた。

前のグループが呼ばれるたびに鼓動が速くなる。ついに俺たちの番が来た。

「グループ6の皆さん、荷物を持ってついてきてください」

荷物を取る手が震えた。自信があったはずなのに、想像以上に緊張している自分に動揺した。

廊下を歩きながら、これまでの努力の日々を思い出す。大丈夫だ。俺はこの日のために誰よりも努力してきた。こんなところで落ちるわけがない。

自分を奮い立たせようと、勢いよく声を出した。

「よし!」

「ちょっと静かにしてください」

案内してくれている若い女性に注意されてしまった。同じグループの4人に変な目で見られ、気まずい空気が流れる。やっちまったと思いながらも、小声で「頑張りましょう」と声をかけ、ガッツポーズをすると、4人は意外にも笑顔でポーズを返してくれた。そのおかげで緊張はすっかり解け、面接への期待に満ち溢れていった。

面接会場に到着し、中に入ると、ドアから見て左側に3人の面接官が座っていた。その前に等間隔に5つのパイプ椅子が並んでいる。俺は指定された席に座り、深呼吸をして鼓動を抑えながら、姿勢を正して面接官を見た。

真ん中に年配の男性。その両脇に若めの男性と女性が座っている。

「それではまず、こちら側から自己紹介させていただきます。私は面接補佐の八谷です」
「同じく面接補佐の桜木です」
「私は今回の面接官の鬼塚です」

最後に名乗った年配の男、鬼塚という面接官は、だらしない声で言った。他の2人はちゃんと前を向いて座っているが、鬼塚は受験者の方をまともに見ようともせず、だらりと椅子に腰かけて手元の書類をペラペラといじっている。態度の悪い面接官だなと思ったが、そんなことを気にしている余裕はない。

「それでは始めましょうか」

鬼塚はそう言った後、八谷さんの方を向いて小声で「初めは任せたよ」と言った。八谷さんは少し戸惑いながらも、俺たち5人に順番に自己紹介を求めた。

自己紹介が終わると、八谷さんは順番に質問を始めた。志望動機、学生時代に力を入れたこと、専門分野、入社後のビジョン。どれも典型的な質問で、対策してきた俺たちはなんなく答える。桜木さんはうんうんと頷きながらひたすらパソコンをカタカタ打っていたが、鬼塚はというと、受験者の話を一切聞いていない。視線はずっと下を向き、机の下で何やら黒い四角い物を触っている。紛れもなくスマホだった。

憧れの企業の面接で、こっちは人生がかかっているのに、面接中にスマホをいじるなんてことがあっていいのか。怒りが湧いてきた。だが、それも対策済みだ。面接練習に付き合ってくれた友達に、呆れるほど態度の悪い面接官になってもらっていたのを思い出し、むしろ他の受験者が動揺して不利になってくれたら好都合だ、といった性格の悪いことを考えて呼吸を整えた。

一通り質問を終え、八谷さんが「皆さん、何か質問はありますか?」と聞いた。5人全員が首を横に振る。もう終わりなのかと首をかしげた。これほどの人気企業が、こんな典型的な質問だけで終わるなんてことがあるのだろうか。

そう思っていると、今までずっと黙っていた鬼塚が口を開いた。

「終わったか」

「はい、私からは以上です」

すると鬼塚は急に顔を上げ、俺たちに質問した。

「お前たちの中に、T大の新卒はいるか?」

「え?」

突然の質問に、受験者たちは困惑する。すると、受験者の1人が質問の意図を探ろうと聞き返した。

「えっと…どういう意味でしょうか?」

「どういう意味じゃないよ。T大の奴は優秀だから聞いたんだな。俺もT大なんだがな」

鬼塚はそう言って得意げに体をのけぞらせ、ガハハと下品な笑い声をあげた。八谷さんは「また始まってしまった」とでも言うように気まずい顔をしている。桜木さんは何も言わず、ずっとパソコンを打ち続けている。

「八谷、この中にT大卒はいるのか」

卒業した大学なんて履歴書を見れば一発で分かるのに、八谷さんに聞くということは、鬼塚は履歴書を読んですらいないのか。俺は鬼塚のあまりのやる気のなさに内心呆れた。八谷さんは「ここの中にT大卒の方はいません」と少し戸惑いながら答えた。

すると鬼塚は急に立ち上がり、大きな声でこう言った。

「T大卒以外は全員無能だ。不採用だから、今日のところは帰ってくれ」

俺を含む受験者全員が、たった今面接官の口から発せられた言葉の意味を理解するのに、3秒ほど固まっていた。何を言っているんだ、この人は。

「そ、そんな! あまりにひどいです! きちんと面接して、中身で評価してください! お願いします!」

俺以外の4人は必死に鬼塚に面接の続行を懇願した。しかし鬼塚には全く響いていないようで、

「無能がいくら喚いたって無駄だ。T大卒でないのに、うちの会社に入ろうなんて随分図の高いことをしてくれたもんだ。腹立たしい。ふざけるのも大概にしろ。分かったら大人しく帰れ」

と、彼らの頼みを一蹴し、猫を追い払うように手を払った。不採用を言い渡された受験者4人は「そんな…」と言いながら、力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。

その状況にしびれを切らした俺は、その場で静かに席を立ち、部屋にいる全員に聞こえるように大声で言った。

「それでは私は海外のH大卒業であり、T大卒ではないので、帰らせていただきます」

俺が言葉を発した途端、部屋が水を打ったように静まり返った。桜木さんがパソコンを打つ手も止まっている。

「なんだって…」

3秒ほどの沈黙の後、受験者の1人が驚きの声をあげて聞き返してきた。

「ですから、私はアメリカのH大卒業であり、T大卒ではないので、帰らせていただきます」

俺は鬼塚の方をわざとらしく見ながら言った。鬼塚、そして受験者たちの目が見る見るうちに見開かれる。H大といえば世界ランク1位の大学で、学生が皆優秀であることは日本どころか世界の共通認識だ。もちろん鬼塚もそのことは理解しているのだろう。急に鬼塚は八谷さんが持っていた受験者の履歴書を奪い取ると、まじまじと見た。履歴書と俺を交互に見比べる鬼塚。その姿は何とも滑稽だった。

俺は冷静を装って言った。

「鬼塚さん、T大卒以外は無能なんですよね。無能が出しゃばって、御社のような人気企業に応募してしまい、すみません。失礼します」

俺はそう嫌みったらしく言い捨てて、部屋から出ようとした。すると鬼塚が呼び止めた。

「に、西沢君! 待ってくれ! すまない、H大卒とは知らずに失礼なことをした。もう一度しっかりとした面接をするから、帰らないでくれ」

さすがにこんな優秀な学歴を持つ受験生を採用しないのはまずいと思ったのだろう。鬼塚は深々と頭を下げ、さっきまでの態度とは打って変わった真剣な様子で懇願してきた。何を今更だと思い、言い返そうとした時だった。1人の男が部屋に入ってきた。

「お待ちしておりました。安西取締役」

桜木さんがそう声をかけた。鬼塚も八谷さんも、俺を含めた受験者5人も、何が起こっているのか理解できなかった。安西取締役のことはもちろん知っている。就活の準備で調べたからだ。名前は安西慶一。父が立ち上げた地元の中小企業を40歳の若さで継ぎ、たった13年ほどで現在のようなグローバル企業に育て上げた、凄まじい経営手腕の持ち主だ。対面したのは初めてだったが、頭のてっぺんからつま先まで全身から醸し出されるカリスマのオーラに圧倒され、俺はただその場を見守ることしかできなかった。

鬼塚は安西取締役に向かって、焦ったように質問した。

「あ、安西取締役。こんなところにどうされたのですか?」

すると安西取締役に代わって、桜木さんが説明を始めた。

「安西取締役は、人材育成に力を入れたいと以前からおっしゃっていました。そこで過去の採用担当から話を聞いたところ、鬼塚さんの面接がかなり偏った基準で行われており、その条件に合わない受験者には高圧的な態度で接しているという、見逃せるものではない話を耳にされました。安西取締役はその真相を調査するため、秘書である私に面接に潜り込むようにと指示されました。私は今年から人事部に配属されたふりをして、ずっと鬼塚さんの言動を取り締まり役に報告していたんです。そして今の面接も、PCのメールで随時報告をしておりました」

そう言って、桜木さんはパソコンの画面を鬼塚に見せた。確かにそこには、安西取締役とのメールの履歴が大量にあった。

それを聞いた鬼塚は、見る見るうちに青ざめた。

「い、いえ、私はそのようなことはしておりません! 言い方や態度は少々きつかったのかもしれませんが、社会人としての教育というものは、採用の段階から行っても良いと思われませんか? 私は受験者のためを思って厳しくやっているのです」

あまりに苦しい言い訳に、見ているこっちが恥ずかしくなる。すると桜木さんは、鬼塚の目の前にスマホを突き出し、画面中央のボタンを押した。

『無能がいくら喚いたって無駄だ。T大卒でないのに、うちの会社に入ろうなんて随分図の高いことをしてくれたもんだ。腹立たしい。ふざけるのも大概にしろ。分かったら大人しく帰れ』

紛れもなく、さっき鬼塚が発した言葉だった。

「こんなこともあろうかと、面接を全て録音させていただいておりました。本当はこんなことしたくなかったのですが…」

桜木さんは罪悪感を感じているのか、少し申し訳なさそうに言った。

鬼塚は「そ、それは…その…あの…」とぶつぶつ言いながら、じりじりと後ずさる。逃げ道を完全に塞がれた鬼塚は、力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。

安西取締役は鬼塚に言った。

「鬼塚さんの処分は後日決定し、伝えます。今はこの部屋から出て行っていただけますか」

言葉は丁寧だが、1ミリも上がっていない口角と、見下ろすような目は、彼の静かな怒りを如実に表しているようで、背筋が凍る思いがした。鬼塚は反論する余力も残っていないようで、情けなく立ち上がると「失礼します」と言って、部屋を出ていった。

再び静まり返った部屋。安西取締役は鬼塚が出ていったのを見届けると、俺に近寄りながら聞いてきた。

「H大卒というのは君かな?」

安西取締役から感じるオーラは、近づけば近づくほど強まり、俺は周りの空気ごと飲み込まれてしまうような感覚になった。思わず挙動不審になってしまう。

「あ、はい。私は昨年の6月にH大を卒業しました」

H大の卒業式は例年6月に行われるため、日本の大学の卒業時期とずれが生じる。しかもアメリカの大学は卒業すること自体が大変だということもあり、日本と違って在学中に就活をする風習がなかった。だから日本の企業に就職する場合は、どうしても期間が空いてしまうのだ。

安西取締役は俺の目をまっすぐ見つめる。その目は刃のように鋭く、なんとなく心の奥深くまで見抜かれているような気がして、思わず目をそらした。安西取締役はそんな俺に構わず話を続けた。

「そうなんだね。実は僕もH大卒なんだ。今年H大卒の子が1人いるって聞いていたから、採用されないのでは企業にとっても損害だし、何よりその子自身の尊厳が傷つくって心配していたんだよ。なんとか間に合ってよかった」

「そうだったんですね。本当にありがとうございます」

俺は心から感謝の気持ちを伝え、深々と頭を下げた。安西取締役は「いやいや、僕は取締役として当然のことをしただけだよ」と謙遜した後、俺を含む受験者5人に向き直った。

「今日は部下が失礼極まりない言動をしてしまい、本当に申し訳ございませんでした。後日、きちんとした形で再試験を行わせてください」

そう言って安西取締役が頭を下げた。もちろん俺は試験を辞退する気なんてなかったし、取締役の誠実な対応は文句のつけようがなかったので「よろしくお願いします」と大きな声で言って、頭を下げた。他の4人も考えは同じようで、口々に「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。

「本当にありがとう。それではまたご連絡差し上げます。次は我が社の新入社員として、皆さんと会えますように応援していますよ」

安西取締役はにっこり笑い、ガッツポーズをして、桜木さんと一緒に部屋を出ていった。

後日、再試験を受けた俺は、実力で採用を勝ち取り、見事入社することができた。入社後に聞いた話だが、鬼塚は受験者に対する高圧的態度や、自分勝手な基準での採用が会社に損害を与えたということで、謹慎処分を受けたらしい。

俺は希望の部署に配属され、今は仕事に追われる日々だ。慣れないことばかりで大変だが、やりがいがあって毎日とても楽しい。ちなみに面接で同じグループだった4人も全員採用され、今は同じ部署にいる。出身大学はバラバラだが、それぞれ得意不得意があって、うまく補い合えている。

鬼塚、見てるか? 「T大卒以外は無能」と豪語していた鬼塚の真っ赤な顔を思い浮かべながら、俺は今日も仲間と仕事に励んでいる。

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