あの日、高級ホテルのロビーで、10年ぶりに元彼女に声をかけられた。 「ねえ、まだ私に未練があるわけ?うわ、キモ」――そう言って彼女は、今の婚約者だという現役弁護士の男を自慢げに紹介してきたんよ。んな、勝ち組になれなかった元弁護士志望の底辺だってね。れで、俺が黙ってると思ったの?…

あの日、高級ホテルのロビーで、10年ぶりに元彼女に声をかけられた。 「ねえ、まだ私に未練があるわけ?うわ、キモ」――そう言って彼女は、今の婚約者だという現役弁護士の男を自慢げに紹介してきたんよ。んな、勝ち組になれなかった元弁護士志望の底辺だってね。れで、俺が黙ってると思ったの?...

高級ホテルのロビーに、10年ぶりに元彼女が立っていた。向こうも俺に気づいたらしく、わざとらしい高い声を上げる。

「え、もしかしてエイジ君とか」

リエだった。10年前、一方的に別れを告げてきた女。あの日以来、俺は彼女を思い出すことすら避けてきた。なのに今、彼女は薄い笑みを浮かべて、こちらを値踏みするように見つめている。

「何年ぶり? こんなところで会うなんて偶然ね。……相変わらずしょぼい顔してるから、すぐにあんただってわかったわ」

「……リエ、久しぶりだな」

「何よ、そのスーツ。格好だけ一前にしても、あんたみたいなバカにはこのホテルは場違いでしょ」

彼女はクスクスと肩を揺らして笑った。10年前のあの日と、まるで何も変わっていない。むしろ、あの時よりも輪をかけて意地が悪くなっている気がする。

「あんたさ、あの時『今年は受験できない』とか言い訳送ってきたけど、あれ要は落ちるのが分かってて恥ずかしくなったから逃げたんでしょ。付き合ってた頃は見たこともない顔で、リエが口元を吊り上げる」

「なあ、リエ。今更だけど、あの時は本当に事情があって」

「はあ——何よ、まだ言い訳考えてるの。もしかして、まだ私に未練があるわけ。うわ、キモ」

そう言って彼女はため息をつくと、俺を見上げて一言吐き捨てた。

「てか、私に言わせれば、貴重な私の半年間を返して欲しいくらいなのよね。法学部受験するって聞いたから付き合ってたのに、結局あんたは直前に逃げ出す頭の悪いバカだし」

その瞬間、俺の中で何かが静かに冷めていくのが分かった。そして彼女は、ロビーに向かって突然大声で喚き始めた。

「皆さん、聞いてください。ここにいる大西エイジは、私を騙した卑怯者で嘘つきで、おまけに自分が頭いいと思ってる男です」

周囲の視線が一斉にこちらを向く。彼女は得意げに、さらに続けた。

「あ、そんなバカなエイジ君に、いいこと教えてあげるね。私の婚約者、なんと現役の弁護士なの。今日もここで、彼の世話になってる人に挨拶する予定で。あ、来た」

彼女が手を振ると、スーツ姿の男性が歩いてくる。その男性は、俺の姿を見て足を止めた。そして、驚いたように目をまたたかせた

「け太さん、こっちへ来てくれない」

「……リエさん。あなた、今、何て」

「こちら沢田ケ太さん。なんと学生のうちに司法試験に合格した優秀な弁護士さんなの。あ、ケ太さん、こちらは大西さん。あなたみたいに勝ち組になれなかった元弁護士志望の底辺よ」

リエが悪意たっぷりにそう言った時、ケ太の顔から表情が消えた。

「……君、今、なんてことを言ったんだ」

「え、何を急に怒ってるの。ケ太さん」

ケ太は静かに、だが確かな迫力を伴って言葉を紡いだ。

「こちらの方、大西さんが今日、君に紹介する予定だった先輩だよ。俺が高校1年の時、巻き込まれた通り魔事件で、倒れて動けなくなった俺をかばってくれた人だ。お前、俺がずっと話してた『命の恩人』だぞ」

リエの顔が一瞬で真っ青になる 。ケ太は構わず続けた

「君には失望した。婚約も、考え直すことにする」

「いや、待って、待ってよケ太さん。私の話を聞いて」

ケ太は一瞥もくれず、俺を連れてその場を立ち去った。背後で、リエの金切り声が響いていた。

――あの通り魔事件の日、俺はケ太という少年を助けるために刃を受け、長期入院を余儀なくされた。そしてそれによって、受験を断念せざるを得なくなり、翌年、ようやく法学部に合格した。同じ病院で知り合ったケ太は、その後俺の後を追うように法学部に進み、弁護士になった。彼が今の俺の後輩であり、婚約者のリエは、彼を通じて俺と再会したのだった。

それからしばらくして、俺はケ太と改めて会う機会があった。

「エイジさん、先日は本当に申し訳ありませんでした」

「別に構わないよ。かえって、あの場で言えたのは良かったと思う」

「彼女との婚約は、正式に解消しました。元々、合わない部分はあったんです。ただ、彼女の献身さに絆されてしまって……今思えば、それも、弁護士と結婚したかったからなんでしょうけど」

「……そうだな」

「お互い、弁護士になる夢は叶えたけど、結婚には縁がないみたいですね」

俺は苦笑して、彼の肩を叩いた。

「じゃあ今夜は、久しぶりに飲みにでも行こうか。れも一つの縁だろう」

「はい。もちろんエイジさんの奢りでしょ」

「おい、人生の先輩を立てろよ」

「いやあ、いい店知ってますから。れで十分でしょう」

そう言って笑う横顔は、あの日、病室で見た真っすぐな少年の面影を残していた。

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