「おい、いいこと思いついた。定時退社ばっかの仕事しない無能は首決定。」 取引先との大事な相談を数時間後に控えた、何気ない午前中。同期のくせに親の七光りで係長にまでなった男、白井胸のりが、俺のデスクの前でニヤニヤしながら、そんな暴言を吐いたんだ。…

「おい、いいこと思いついた。定時退社ばっかの仕事しない無能は首決定。」 取引先との大事な相談を数時間後に控えた、何気ない午前中。同期のくせに親の七光りで係長にまでなった男、白井胸のりが、俺のデスクの前でニヤニヤしながら、そんな暴言を吐いたんだ。...

「おい、いいこと思いついた。定時退社ばっかの仕事しない無能は首決定。どう? 面白いだろ? 」

胸のりが、取引先との大事な相談を前にした俺に、そう言い放った。理解が追いつかなかった。まさか解雇通告を受けるなんて、夢にも思っていなかったからだ。

俺の名前は斎藤り太。28歳のサラリーマンだ。子供の頃からスーパーが好きで、高校時代からずっと山取りマーケットでアルバイトを続けてきた。大学卒業後も、そのまま新卒で山取りマーケットに就職した。国内でも指折りの大手スーパー企業で、営業部に配属された。入社当初はミスも多かったが、先輩たちの根気強い支えのおかげで、今では仕事が楽しくて仕方ない。常に向上心を持って働くこと。それが俺のポリシーだ。

そして今日の午後、俺は一人で担当する大事な商談を控えていた。いつも以上に気合いが入っている。そんな俺に、同期入社の白井胸のりが声をかけてきた。こいつは営業部の部長・白井げ現太郎の息子で、俺と同期だというのに、もう係長を務めている。だが、とにかく性格が悪い。毎日のように嫌味を言ってくるので、なるべく避けていたのだが、同じ部署なので顔を合わせないわけにはいかない。

「おい、斎藤、何やってんだよ。もしかして今日も定時で帰る準備でもしてるのか? 」

「いえ、午後の商談の準備をしています」

「定時で上がることの何が悪いのか」と俺は思う。大事なのは、勤務時間中に最大のパフォーマンスで仕事を済ませることだ。だらだら残業するのは非効率だ。しかし胸のりには、それが分からないらしい。

して、突然の暴言だ。

「はあ?

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いいこと思いついた。定時退社ばっかの仕事しない無能は首決定。どう? 面白いだろ? 仕事できないバカもう来なくていいから、とっとと家帰れよ。定時上がりの斎藤君。」

一瞬、何を言われているのか分からなかった。まさか大事な相談を前にして、解雇通告を受けるなんて。

「待てよ。係長のお前に、俺を勝手に解雇する権限なんてないはずだろ」

「お前を首にする権限がなくたって、部長である親父に頼めば、お前の首なんてすぐに飛ばせるからな。」

「というか、お前、口の聞き方に気をつけろよ。んなでため口なんだ。俺は係長。お前はただの平社員だろうが。」

胸のりは顔をしかめる。腹立たしかったが、ここは従うしかないと思い、敬語で話すことにした。

「かかり長、突然首を言い渡すなんて、どういうつもりですか」

「どういうつもりも何も、お前が使えないやつだから首って言っただけだよ。あ、言っとくけどこれ冗談じゃなくてマジだから。さっさと荷物まとめてオフィスから出てけよ」

俺がいくら反論しても、その言葉は胸のりの心に届くことはなかった。本当に話の通じない相手だ。これ以上説得しようとするのは時間の無駄でしかない。

俺は諦めたようにため息をついて、デスクの荷物をまとめ始めた。

「そうそう。そうやって初めから俺の言うことをちゃんと聞いてりゃいいんだよ。平社員ごときがこの俺に歯向かおうなんて、100年早いんだからな」

俺はまとめた荷物を持って、「今までお世話になりました」と手短に別れを告げると、足速やかに営業部のオフィスから去って行った。

そして俺は、その足である場所を訪れることにした。

とある用事のためである。

嬉しいことに話がまとまり、俺はウキウキとした気持ちで帰宅した。

それから数日後のことだ。家のインターホンが鳴り、扉を開けると、そこには思いがけない人物、胸のりが立っていた。

「どうして会社に来ないんだ」

「あなたが俺を解雇したからに決まっているじゃありませんか」

胸のりは松が悪そうに頭をかいた後、「部長が呼んでいるから、とにかく今すぐ会社まで来い」と言ってきた。面倒に思いつつも、玄関先でこれ以上揉めるのも嫌だったので、しぶしぶ後についていくことにした。

そうして山取りマーケット本社の会議室で、俺たちを待っていたのは、部長のげ太郎だった。げ太郎は俺に着席を促し、早速立ち上がる。

そして、いきなり頭を下げた。

「この度は、本当に申し訳なかった」

俺は一体何のことについて謝罪しているのか、いまいち分からなかった。

「どうやらうちの息子が君に首を言い渡したらしいじゃないか。営業部の人間から報告を聞いて驚いたよ」

ふと胸のりを見ると、居心地が悪そうに俯いていた。いつもの傲慢な態度からは考えられない様子だ。げ太郎はそんな胸のりを見ながら、「全くお前ってやつは」と顔をしかめる。

「ところで部長、今日のご要件は」

「それはもちろん、今回の件について謝罪したかったのと、君の解雇を取り消すためだよ」

「私は、私にブレーキを働いたのはあくまでも係長の方であって、いくら部長に謝罪していただいたところで、私の気持ちが動くことはありません」

俺はきっぱりと言った。その言葉を受けて、げ太郎は胸のりに「おい、早く斎藤君に謝りなさい」とやや慌てた様子で促す。しかし胸のりは断固拒否だ。

「なんでこんなただの平社員にペコペコしなくちゃならないんだよ。かしいじゃねえか」

胸のりは逆切れし始めた。げ太郎は軽減そうな表情を浮かべて、

「お前、もしかして彼がこれまでどれだけ素晴らしい営業成績を上げているのか知らないのか? 斎藤君はな、営業部トップの成績を誇る超優秀な社員なんだぞ」

「え、だったらなんでこいつは平社員なんだよ」

「肩書きがない方が、いろんな取引に対して迅速に動きやすいからだ。斎藤君は、あえて平社員のままなんだ。そんなことも知らずにお前は彼を馬鹿にするなんて、恥を知れ」

胸のりは驚いているらしく、何も言葉を発することができないようだった。

「申し訳ありませんが、実は係長に首を言い渡された後、すぐに転職先が決まりましたので、これ以上私に関わらないでもらいたいのですが」

俺は既然とした態度で明かした。

実は、俺は胸のりにひどいことを言われてオフィスから出て行った後、ある場所へ向かっていたのだ。スーパーマーケット業界ナンバーワン企業、水希スーパーの本社へ。水希は山取りマーケットの最大のライバルとして知られている。

実は前々から、俺は水希からヘッドハンティングの話を持ちかけられていた。もちろん今の待遇よりもかなりいい条件でなのだが、仕事を失うわけにもいかないので、すぐに承諾することを伝えた。実は明日から、もう水希で働くことが決まっている。

俺の言葉を聞いたげ太郎の表情は、見る見るうちに真っ青になった。血の気が引くとは、まさにこういう状況のことを言うのだろう。

「さ、斎藤君がうちの営業部からいなくなってしまったが、最後、山取りマーケットの業績は悪化してしまう」と独り言を呟いている。

別にげ太郎が俺に何かしたわけではないので、その惨状ぶりを見ていさのに思えたが、そもそもこの人が胸のりを全倒に育てていれば、今回のようなことにはならなかったのだ。だから同情する余地などない。

「俺は明日から新しい職場で働くための準備もあるので、そろそろ帰ってもいいですか」

「待ってくれ、頼むから考え直してくれないか?

給料は以前の2倍。いや、3倍だそう。私が上と掛け合うから、どうか水希スーパーに行くのだけはやめてくれ」

げ太郎はすがりついてきたが、俺は自分自身の意思を変える気は毛頭なかった。突き離すために、あえて冷たくこう言った。

「2倍や3倍? 水希さんは、前の5倍の給料で役職も与えてくれるという条件で私を引き抜いたんですよ。冗談も大概にしてください。それに、部長にお言葉ですが、あなたは息子さんに対して甘すぎます。さらに、俺は営業部のかつての仲間たちも、部長の係長への態度に関してはみんなかなり不満を持っていますよ。改めないと、そのうち取り返しのつかないことになるかもしれませんね」

げ太郎は返す言葉もないらしく、「うう」と唸り声のようなものをあげるばかりだ。

そんな父親の様子を見て、胸のりは「おい親父、しっかりしろっての。こんな脳なしに偉そうなこと言われて、黙ってるなんてありえないだろう」と焚きつけた。

しかしげ太郎は「うるさい。彼が脳なしなんかじゃないことが、お前にはまだ分からないのか。大体、胸のり。お前がもっとまともな人間なら、こんなことにはならなかったんだ」と胸のりに掴みかかった。

そしてげ太郎と胸のりは、俺をそっちのけにして組み合いを始めてしまった。これではもうどうしようもない。

「では、忙しいのでそろそろ失礼します」

俺は手短に告げて、さっさと会議室から出て行こうとする。

「あ、待って、斎藤君、どうか私の話をもう少し聞いてくれ」

げ太郎は引き止めようとしたが、俺はそんな言葉に立ち止まってあげるほどお人好しではない。そのままの足取りで、速やかに会議室から出ていったのだった。

その後、俺がいなくなったことにより、山取りマーケットの営業部は崩壊への一途を辿っていくことになったらしい。

わがままばかり言って無能が頭を張る胸のりへの反発は次第に大きくなり、営業部の人間たちはとうとうげ太郎に、胸のりの処分について直談談したらしいのだが、太郎はそんな訴えを無視することもできず、とうとう胸のりを解雇することにした。

仕事を失った胸のりは、げ太郎の脛をかじって生活していた。

が、暇つぶしに見ていたSNSで闇バイトを発見し、応募したらしい。そして特殊詐欺の受け子としてしばらくは甘い汁を吸っていたようだが、まもなく警察に捕まった。最愛の我が子が警察沙汰を起こしたことに、げ太郎はすっかり精神的に参ってしまったようだ。仕事も手につかなくなり、とうとうげ原太郎も退職して、今は精神病院に入院している。

一方、俺はといえば、業界ナンバーワン企業、水希スーパーの営業部で楽しく働いている毎日だ。ここでも俺は無所属でトップの成績を誇っている。もちろんそれは俺だけの力で成したことではない。周りの人間が色々と助けてくれるからこそ、俺は安心して仕事ができるのだ。やはり業界1位の会社だけあって、社員全体のレベルが高くて、俺の向上心も刺激されている。こういういい環境というものは、本当に大事だと思う。

俺はこれからも、他人への感謝を忘れずに、一生懸命働いていきたい。