問石を当てる角度を、んのわずかに変える。この一言で俺の35年が否定された。
「機械で十分だろ。首だ。」
この朝墓な新社長の一言で、俺は金型製造工場から放り出された。複雑な形状の特中金方の仕上げに不可欠な手作業を「勘だ」と切り捨てられ、その場で首になった。55歳、職人歴35年。設計データには書けない判断を積み重ねてきた男が、数字にならないという理由だけで不要とされたのだ。
あの日、俺は懸念書を総務に提出した。複雑形状の金型を機械化することの限界とリスクを、品番と根拠を添えて書き記した。しかしそれも握りつぶされた。佐野が平川に呼び出され、「高橋のやり方を引き継ぐならお前も首にする」と脅されたと聞いたのは、退職から2ヶ月以上が過ぎてからのことだった。
退職から2ヶ月後、杉浦から電話が入った。納品した複雑系の特中金方が全数不良になったと。熱変形で部品が肩から抜けなくなったという。俺が懸念書に書いた通りの不良が、実際に起きたのだ。
俺は杉浦に伝えた。工場に行きます。総務の担当者と平川社長にも来ていただきたい。と。
その日の夜、佐野から電話があった。声はかれて低く、震えていた。「高橋さんのやり方を引き継ぐならお前も首にする」と言われ続けて、耐えてきたのだと。佐野には妻と子供が2人。上の子が大学受験の年だった。だからやめられなかったのだと。
翌朝、工場に着くと杉浦と製造部長が待っていた。フロアには不良品の金型が10数個並んでいた。指の腹で抜き勾配の面を確かめる。懸念書に記した通りの不良だった。佐野にも工具を渡し、「やれるか?」と聞く。はい、やります。と佐野は静かに頷いた。
午前中が終わる頃、平川と総務の担当者が工場に現れた。俺はポケットから懸念書の控えを取り出した。「社長、これをご覧になったことがありますか?」平川の目が紙に向いた。「今回不良が出た品番と根拠は、ここに書いてあるものと一致しています」平川は無言のままだった。総務の担当者は観念したように「上からの指示で…」と口を開いた。つまり社長の指示で握りつぶされたということだ。
俺はさらに畳みかけた。「俺が工場を去った日、佐野に何を言ったか覚えていますか?」平川の顔が歪んだ。佐野が一歩前に出て「高橋さんのやり方を引き継ぐならお前も首にする。そう言われました」と告げた。平川は「指導の発言であって…」と言いかけたが、俺は遮った。「佐野はその言葉を2ヶ月間抱えながら仕事を続けた。上の子が受験の年で学費がかかる。やめられないと分かっていて言ったのですか?」平川は目をそらした。「技術を数字にならないと言って私を切り捨て、それを指摘した後輩の弱みを握り、会社に縛りつけた。その結果がこの前数不良を産んだ」と、俺は不良品の並んだ仕上げ台に目を向けた。「社長、あなたはコスト削減の専門家として来た。では聞きます。今回の損害を数字にしてみましたか?あなたが切り捨てた職人を機械に変えて得たコストより、この不良が生み出した損害の方が大きいはずだ。そして何より、あなたの判断が会社の信用という、数字にはできないものまで失わせた。あなたに人の技術を預かる会社の社長など、勤まるはずがない」
平川は答えなかった。何かを諦めた顔だった。
杉浦が口を開いた。「弊社はこの件で少なからぬ損害を受けています。提出済みの懸念書が適切に処理されなかった事実は、会社の注意義務違反として賠償交渉の根拠になるでしょうock3者の損失総額は20億円規模に達する可能性があります。賠償についての協議を正式に求めます。再発防止策を文書で提出してください。期限は2週間以内です。」平川は「わかりました」と、うなだれた。
杉浦は製造部長に向き、佐野に作業を続けてもらうよう伝えた。佐野が問石を持ったまま俺を見ていた。俺は何も言わない。佐野も何も言わない。ただ目が合う。それで十分だと俺は思った。
数日後、杉浦から電話があった。佐野が再生した金型が検査を通過し、大手自動車メーカーの製造ラインも動き出したという教それから数週間後、平川が社長を退任したと聞いた。取締役会が経営責任を問うた結果だと、杉浦は淡々と言っていた。「当然だ」と、俺は静かに呟いて電話を置いた
平川の退任を聞いた翌日、俺は前の工場に足を運んだ。フロアに入ると、佐野が仕上げ台の前に立っていた。問石を持つ手つきに、以前と変わらない迷いのなさがある教俺は工具バッグから、表紙がすり切れた厚いノートを取り出した杏「これは俺のものじゃない。”お前が次につぐためのものだ”」佐野はノートを受け取り、ゆっくりとページを開いた杏文字と数字がびっしりと並んでいた教佐野と目が合い、俺はゆっくり頷く教35年間、俺はこのノートのために働いてきたのかもしれない教そしてこの技術が、その手に渡った教今、俺の仕事は本当に終わったんだ。



