「お母さん、何してるんですか?」キッチンに戻ると、義母が笑いながら私の作った料理をゴミ箱に捨てていた。の日のために、骨折した腕で家族みんなが準備してきた料理だった。れを見た8歳の娘が泣き出し、義母はこう言い放った。「だって、ま子さんが男の子を産まないから悪いのよ。。別に女の孫なんて、可愛くも何ともないわ」と。の後、義父が40年越しの真実を問い詰めると、義母はとんでもない過去を告白した。まさか…

「お母さん、何してるんですか?」キッチンに戻ると、義母が笑いながら私の作った料理をゴミ箱に捨てていた。の日のために、骨折した腕で家族みんなが準備してきた料理だった。れを見た8歳の娘が泣き出し、義母はこう言い放った。「だって、ま子さんが男の子を産まないから悪いのよ。。別に女の孫なんて、可愛くも何ともないわ」と。の後、義父が40年越しの真実を問い詰めると、義母はとんでもない過去を告白した。まさか...

気がつくと、キッチンのゴミ箱には、私が今朝作った料理が捨てられていた。シンクには、見覚えのある義母のハンカチが置いてあった。朝、きれいに片付けたはずの場所に、食器が並んでいる。冷蔵庫を開けた時、作り置きのおかずが消えていることに気づいた。の後、電話をかけると、義母は平然と言った。「捨ててあげたのよ」。匂いを嗅いだら酸っぱかったから、腐ってるのかと思ってね。

私は保育士として働く35歳のマ子だ。高校1年から付き合ってやり馬と結婚したのは24歳の時。義父や義兄は祝福してくれたが、義母だけは違った。結婚の挨拶に伺った日のことだ。義母は私を見て言った。「まあ、結局この子にしたのね。前から思ってたけど、小さい人が元気な子供を産めるのかしら」。身長と出産は関係ないと思うが、義母はそうは思っていなかったらしい。馬はその時、私を守ってくれた。「そんなの関係ないだろ。俺はマ子が好きだから結婚するんだ。今後、マ子にひどいことを言わないでくれ」。その日はそれ以上、何も言われなかったけど、義母の嫌がらせはこれだけでは終わらなかった

その後も、義実家に行くたびに言われた。「子供はまだか」「保育士で他人の子供の面倒を見るくらいなら、早く産みなさい」。私も馬も子供は好きだ。でも、これは授かりものだ。自然に任せようと2人で決めていた。しかし、義母はそれを許さなかった「あなたの作るご飯が良くないんじゃないの」。今度は食生活に口出ししてくるようになった

当時、私たちは将来家を建てるために、子供もいないので1LDKの安い賃貸アパートに住んでいた。馬が物をなくしやすい性格で、鍵をなくした時のために、近所に住む義実家に合鍵を預けていた。もちろん、勝手にいつでも入っていいという意味ではない。それをしっかり説明した上で、万が一の時のためだけに預けていた

ある日のことだ。お盆で遅めの帰宅をした私は、作り置きのおかずを取り出そうと冷蔵庫を開けると、朝作って入れておいたおかずが消えていた。間違えて冷凍庫や野菜室に入れたかと思い探したが、どこにもない。とりあえず落ち着こうと、冷蔵庫のミネラルウォーターを飲み、グラスをシンクに置いた時だ。なんと、朝きれいにしていったシンクに食器が置いてある。まさかと思いゴミ箱を覗くと、今朝作った料理が捨てられていた。キッチンの上には、見覚えのある義母のハンカチが置いてある

「もしもし、お母さん、今日、家に入りましたか? 」「あら、ま子さん、突然どうしたのかしら? 」「今日、家に入りましたか? 冷蔵庫に入れてあった作り置きの料理が捨てられてたんですが、お母さん、捨てたりしてないですよね」。私が聞くと、義母は当たり前のような口調で言った。「捨てたわよ」。あまりにも普通に答えるものだから、聞き間違えかと思ったほどだ。「捨ててあげたって、なんてことしてくれたんですか?

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今日の夕飯だったのに」。私が訴えても、義母は悪びれもせずに続ける「あら、そうだったの? それはごめんなさいね」。匂いを嗅いだら酸っぱかったから、腐ってるのかと思ったの。「明日、ゴミの日だし、捨てといてあげたのよ」。一応謝ってくれたが、何か引っかかった。その日は暑かったので、確かに酸っぱい匂いを発していただろう。勘違いしたのなら仕方がないと思う。しかし、勝手に人の家の冷蔵庫を開けて、食べ物を捨てていくという行為は非常識だろう。「今後は勝手に捨てないでください」。そうお願いし、電話を切った。馬にも事情を説明し、その日はデリバリーサービスを使って食事にした

馬からも義母に、勝手に家の中に入らないでくれと伝えてくれたので、これ以上変なことはされないと安心したのも束の間だった。また義母が勝手に家に上がり込んでいたのだ。私が早番の時は、夕飯は帰宅してから作るので気づかなかったが、事件はお盆の日に限って起きている。また作り置きのおかずを捨てられていた

「お母さん、もうやめてとお願いしたと思うのですが、また捨てましたよね」「なんでそんなことをするんですか? 」普段は温厚な私も、2度同じことをされると腹が立ち、言い方がきつくなっていたのだろう。すると義母が笑いながら言った「あら、バレちゃった」。今度は親切になったのに、食器を洗ってあげたのに「冷蔵庫に入れたものがなくなれば、誰だって気づきますよね」。私が言い返すと、義母も負けじと続ける「だって、あんな料理じゃ妊娠できないわよ」。栄養バランスが悪そうだし、「なんたって、まずそうじゃない? あんな犬の餌みたいな食事を、馬に食べさせないでちょうだい」。私は栄養バランスだってそれなりに考えて料理をしている。それに、私は年の離れた妹のため、両親の帰りが遅い時はいつも夕飯を作っていたので、料理の味にも自信があった。現に、馬も毎日美味しいと食べてくれていたし

ただ、義母に弁明しても無駄だろう。それよりも、私は疑問に思っていたことを義母に投げかけた「あの、お母さん、なんでこの家に勝手に出入りしてるんですか?

」すると義母は、呆れたような声で言った「そりゃ、合鍵もらったんだから、好きな時にどうぞってことでしょ? 私がお父さんと付き合ってた頃だって、そうだったし」。しかも、よく聞くと毎日のように家に来ては、冷蔵庫のチェックをしていたようだ。れを聞いた私は、頭がクラクラした「それは恋人間での場合で、なおかつお互いの了承が取れている場合ですよね」。今回の場合は、万が一何かあった時のために、合鍵を預かって欲しいとお願いしただけです「万が一って何よ? 勝手に入っちゃだめなら、預けないで欲しいわ」。義母は全く悪いと思っていないようだ

その後も何か文句を言っていたが、呆れ果てた私の耳には何も入ってこなかった。の後、いつの間にか通話が終わっており、これからどうしたものかと考えていた時、「ただいま」。電気もつけずにどうした」「と馬がリビングに入ってきた。の声で我に帰った私は、いつの間にか家の中が暗くなっていることにすら気づいていなかったようだ「あ、ごめんなさい」。これ見て「。私はゴミ箱の中を見せる」「あ、また母さんが来てたのか」。それを見たり馬の顔が、みるみる怒りの表情に変わっていった「そうなの」。さっきまでお母さんと電話で話してたんだけど、まるで悪いとは思ってないみたい「ご飯は栄養バランスが悪そうとか、合鍵があるんだから入っていいってことでしょう、って言ってたわ」。この私の言葉に、馬の怒りゲージが上昇しているのを感じた

その週末、馬が1人で義実家に向かい、義母をきつく叱ってくれたという。れを聞いた義父が激怒し、合鍵は義父が管理してくれることになった。れからしばらくは、義実家に行かない限り義母からの嫁いびりはなく、普段は平穏に暮らせていた

そのおかげか、結婚して2年経った頃、私の妊娠が発覚した。妊娠の報告をしに行った時は、さすがに嫁いびりはないだろうと思っていたが、その考えが甘かったようだ「ああ、いらっしゃい」。さあ、中にどうぞ「。初めは普通に出迎えてくれて安心した」。早速、妊娠の報告をすると、義父は大喜び「兄さんも結婚したし、賑やかになるね」。すると、最初は黙って聞いていた義母が「まあまあ、それはおめでたいわね」。夕飯は天ぷらを取りましょうね「頼んでくるわ」と、急に優しくなったのだ。子供ができて喜んでくれているものだと安心していると、先ほど義母が頼んだ夕飯が到着した「ああ、ま子さん、座ってなさい」と義母が1人で準備をしている。私は何が出てくるのか楽しみにし、馬と待っていると「お待たせ」と笑顔で持ってきたものが、あまりにも衝撃的だった。れは特上寿司4人前だった。普段の私ならば喜んで飛びつくのだが、妊娠していることが分かってから、私は生物は避けていた。義母はそんな私に向かって「ほら、ま子さんのために特上のお寿司を頼んだのよ」。担当食べなさい「ほら」と、無理やり食べさせようとしてきたのだ。義父が「ああ、やめんか」。ま子さんは妊婦なんだぞ「生物を避けてるのがわからんのか」。お前もそうだっただろう「と義母を叱ってくれたのだが、義母は首をかしげていた」「あら、そうだったかしら」。なんたってもう25年以上も前の話だもの「覚えてないわ」

その言葉で身の危険を感じた私は、子供が生まれるまで義実家には寄りつかないようにした。もちろん、義父も馬も味方になってくれて、義母が近寄らないようにも配慮してくれたのだ

その後、娘が生まれてからは、娘のことについても文句を言われるようになる「ちょうどその頃、義兄嫁のまみさんが男の子を妊娠していると判明した」。「あんたのところには男の子が生まれるのに、あんたは女しか産めないの? 私なんて男の子2人も産んでるのに、情けないわね」と言われるようになったのだ。れからは、義実家と近距離のところに住みながら、祝い事以外顔を出すことはなくなった。義母は義兄家の息子に夢中になっているので、ちょうどいい。義父はちょこちょこ我が家に遊びに来てくれて、娘のゆきとたくさん遊んでくれてる

そんな生活がしばらく続き、義兄夫婦のおかげで幸せに暮らしていけると思っていたのだが、ゆきが8歳を迎え、来月は義母の古稀の誕生日だなと思っていた時、義兄から古稀祝の相談を持ちかけられた。子供たちの物心がついた頃から、義父母の誕生日には義兄夫婦とレストランでお祝いをしていたが、今回はまみさんが第2子を妊娠中。そんな事情もあり、古稀祝いは義実家で行い、それぞれ料理を持ち合うことになっていた

ところが、私が勤めている保育園で、滑り台からバランスを崩して落ちそうになった園児をかばい、私は腕を骨折してしまったのだ。義母の古稀祝まであと2週間というところでの骨折だった。料理を作ることができない私は、どうしようかと悩んでいた。そんな時に、馬がある提案をしてくれ、お願いすることにした

来る義母の古稀祝いの日。みんなが義実家に集まり、あとはお皿に料理を盛り付けるだけだったので、妊婦のまみさんには休んでもらい、私が1人で盛り付けることにした。始める前にトイレに行ってこようと思い、その場を離れた。数分後、キッチンに戻ってくると、とんでもない事件に遭遇した「お母さん、何してるんですか?

」そこには、料理を捨てる義母の姿があった「見られちゃったのね」。こんなまずい料理、作らないでちょうだい「こんなの、ゴミだから捨てたわよ」と、悪びれもせず続ける。もしっかりと、私が家から持ってきた料理だけを捨てている。「私はここで、お母さんにあることを告げた「腕を骨折中で、作ってないですよ」。「はあ? 」確かに、ギプスをつけているだけで腕を吊っていなかったし、今の時期は冬だから長袖を着ていたので、気づかなかったのだろう「え、な、何適当なこと言ってるのよ」。そんなはずないでしょ「と義母はヒステリックを起こしている」「この料理、馬とゆきが作ってくれたんですよ」。ほら、この通り「私は服の袖をめくり、ギプスを見せた」

さらに運の悪いことに、廊下で遊んでいた子供たちが何事かとやってきた。の瞬間、義母の持っているものを見て、ゆきが泣き始めてしまう。れを見た義兄の息子が、大人を呼びに行ってしまった。リビングにいた大人5人が、そんなに広くはないキッチンに正揃いした。これは何事かと、ひとまず事態を収めてリビングへと全員で戻る。そこで義母は、全員から何をしたのかと攻められることに「え、ちょ、ちょ、ちょっと、勘違いで」などと言葉に詰まっているようだったが、そこにゆきが割って入る「あのね、ママが料理できなくなっちゃったから、おばあちゃんを驚かせようと思って作ったのに、おばあちゃんが、ゆきがパパと一緒に作った料理を捨てたの」。捨てたという言葉と共に、また泣き出してしまう「お母さんが、そんなことするとは思ってなかったよ」。なんで、こんなことするんだ「と義兄が義母に詰め寄り、義父は黙って義母を睨んでいる」「だ、だって、ま子さんが男の子を産まないから、悪いのよ」。別に、女の孫なんて、可愛くも何ともないわ「とんでもないことを言い放ったのだ」。ゆきはすでにギャンギャン泣いているので、この言葉は聞こえていないようだった。れだけが救いだと思う

しかし、その言葉を聞いた義父が大激怒した「お前は、なんてことを言っているんだ? 子供や孫は、どんな子だって可愛いに決まってるだろう」。そんな差別をするようなやつだとは、思わなかった「と怒りをぶつけている」。この時、まみさんが義父の形相のような顔を見てびっくりしている子供たちを、別に連れて行ってくれた

それから義父は「40年くらい前の話なんだが」と、ずっと胸に引っかかっていたことを義母に投げかける「長男のかけるが生まれてから1年後くらいの話だが、その時できた子を流したと言っていたのは、自ら流したわけではないよな」と、恐る恐る聞く。の言葉を聞いて、私を含め、その場にいた大人全員が息を飲んだ

そんな中、義母が開き直ったように答える「そうよ」。女の子は、うちにいらないもの「だから、流産したなんて嘘ついて、病院に行ったのよ」

その言葉で、全員から非難のまなざしを向けられる義母「何よ? 体を痛めて産むのは私なのよ」。私の勝手でしょ「わめき散らかしている義母に向かい、義父が言った」「お前とは、もうやっていけない」。あの時の俺の気持ちが分かるか?

お前が落ち込んでなかったのが気になっていたが、かけるの世話が忙しく、そんな暇がないのかと思っていた「だが、そういうことだったんだな」。もう、別れよう「義父は肩を落とし、力ない声で告げる」

それでもギャーギャー騒いでいる義母に、私が告げた「この家からも追い出されるみたいですし、あなた、終わりましたね」。すると、ついさっきまで騒いでいた義母が、突然大きくなった「ええ、どういうこと? 終わったって何? 」「私たち、お母さんと縁を切らせていただきます」。うちの娘にこんなひどいことをして、優しいお父さんのことも騙していたなんて「そんなお母さんとは、一緒に暮らせませんから」。その言葉に、馬が首を縦に振る。れに続き、まみさんも「今度生まれてくる子は、女の子なんだよ」。この子が生まれてくる前に、お義母さんと縁が切れてよかったわ「と言い捨てる」

絶縁宣言をした私たちの言葉に、義母は大混乱した。実は、私たち家族と義兄家族はとても仲が良く、会社経営をしている義父も、昔の事故の後遺症で体がだんだん言うことを聞かなくなってきたと息子たちに話していた。そこで、子供たちでお金を出し合って、義実家の土地に3世帯で暮らせる家を建てようと話していたのだ。元は義父名義の家なので、義父には先に相談していた。土地も広大で、2軒分の家を建てることができる。私たち家族は、偽体住宅。義兄夫婦は敷地内に離れを建てるつもりだ。しかし、義父から別れを告げられた義母が、その家で暮らせるわけがない

「そういうことなので、今日はもう帰ります」。義父にも今日はうちに来たらどうかと提案したが、「義母と話をしたい」と断られたので、私たち2家族は帰宅した

翌日、義父から電話が来て、義母とは本日正式に離婚したとのことだった。義母は、慰謝料はいらない代わりに財産分与はなし、という条件で離婚されたらしい。れまで専業主婦で生活していた義母は、一旦国の援助を受けながら生活をし、仕事を探すとのことだった。まみさんは、結婚と同時に男の子を妊娠していたことで、義母から嫁いびりを受けていたことはなかったそうだ。気の弱いまみさんが嫁いびりを受けていたらと思うと、ゾっとしたが、今後は何も気にすることはない

夏には、予定通り、義父、義兄家族、私たちの家族で新生活が始まる。れに向けて、今は馬と義兄が、ああでもない、こうでもないと言いながら家の設計に取り組んでいる。ちなみに、ゆきとかけるは、生まれてくる女の子とどっちがたくさん遊ぶか、今から揉めているようだが、実は私も2人目を妊娠している。子供がたくさんいる幸せな暮らしを送っていきたいと思う