「医師の妻としてふさわしい服を教えてあげる」――初対面の挨拶で、義姉は私を底辺と呼び、研修目的の看護師と決めつけた。母子家庭育ちの私を、一族の前で見下し続けた。 それでも夫は「俺が守る」と言ってくれた。結婚後も義姉の嫌がらせは続き、つい我慢の限界で言い返してしまった。 そして迎えた食事会の日。店の前で義姉がヒステリックに叫ぶ――「底辺とは絶対一緒に食べたくない!」…

「医師の妻としてふさわしい服を教えてあげる」――初対面の挨拶で、義姉は私を底辺と呼び、研修目的の看護師と決めつけた。母子家庭育ちの私を、一族の前で見下し続けた。 それでも夫は「俺が守る」と言ってくれた。結婚後も義姉の嫌がらせは続き、つい我慢の限界で言い返してしまった。 そして迎えた食事会の日。店の前で義姉がヒステリックに叫ぶ――「底辺とは絶対一緒に食べたくない!」...

義姉の弓は私を見下すように言った。「医師の妻としてふさわしい服を教えてあげる。」彼女にとって私は底辺の存在なのだろう。私の名前はみ咲。総合病院で看護師として働いている。夫の蒼太とは5年前、この病院で出会った。当時研修をしていた蒼太。多忙な彼を気遣ううちに距離が縮まり、付き合うことになった。互いに忙しく、なかなか会えない日もあったが、付き合って5年の今年プロポーズされたのだ。

蒼太の家って医師家系だよね。私のことを受け入れてもらえるかな?今日は彼の実家への挨拶に行く日。不安でつい弱気になってしまう。「俺の選んだ人なんだから自信持ってよ。何か言われたら俺が助けるからさ。」頼もしい言葉に少し安心する。

義父は医院長、義兄も後継の意思。義母と義兄の奥さんは専業主婦をしている。さらに蒼太のおじやおばも医師という典型的な医師一家だ。一方、父を早くになくした私は母子家庭で育った。早く自立して母を助けたいと思い、看護師を目指すことに。奨学金制度を利用し、国立大学へ進学した。育ててくれた母親に感謝はしているが、家の格が違うと言われるのではと心配だった。

厳格な両親だと聞いていたので、蒼太の家に着いた頃には私は緊張でガチガチになっていた。しかも婚約者を連れて行くと言ったからなのか、義両親だけでなく義兄夫婦や他の親族も勢揃いしている。それぞれ自己紹介され、私は深々と頭を下げた。

「それでみ咲さんは何をしている方なの?」緊張で冷や汗を書いていると義母に質問された。「看護師をやっています。蒼太さんが研修をしている時に出会って」私が話しているにも関わらず、義兄の奥さんである弓が口を挟んでくる。「看護師?もしかして玉の輿狙い?」少しバカにするような口調で言われ、慌てて首を振った。「まさか。そんなことありません。」必死で弁明するが「研修狙いの看護師もいるからな。」蒼太の叔父がぼそっと言うと不穏な空気になる。

「ご家族は。お父様は何のお仕事をされているの?」弓に聞かれて私はつい小声になってしまう。「父は早くに亡くなっていて。」そう言うと「やっぱり」と言わんばかりの表情をする。「母子家庭ってこと?いるのよね。お金目当てに医師と結婚する女って。」大げさにため息をつく弓を見て言葉を失ってしまう。私を心配した蒼太が少し苛立った様子で大きな声を出した。「姉さん、初対面で失礼じゃないですか?み咲はお母さんに迷惑をかけたくないって学費も自分で用意して国立大学に入ったんです。それに彼女の一生懸命な看護師を俺は見たことがありません。」あまりの褒めように思わず顔が赤くなってしまう。弓は「ごめんなさいね」と言って微笑んだが、目は笑っていなかった。

私は母子家庭であることを恁じていないし、蒼太との結婚も当然金目当てではない。言い返せないが情けなくて泣きそうになってしまう。すると厳格な義父が口を開いた。「国立大学に進むなんてすごいじゃないか。うちの息子2人はあまり頭が良くなくてね。まあ、金を積んでなんとかしたというわけだよ。」真顔で言われたが義父なりのジョークだとすぐに分かった。蒼太も義兄も学生時代から成績は常にトップだと聞いている。「そうなんだよ。俺も兄貴も親のスネかじりでさ。」義父と蒼太のやり取りに緊張していた場が和んだ。

「スネかじりといえば弓スネかじりだけどな。」義兄はちらりと弓を見ると冷たく言った。弓は有名なお嬢様学校を卒業しているという。頭が良くなくても金を出せば入学できると言われている学校だ。実家がお金持ちで、義兄との結婚は見合いだったらしい。義兄の発言が気に食わなかったのだろう。弓は義兄の顔を睨みつけ「失礼なこと言わないで。家柄で言ったら私の方が上じゃない。母子家庭のこと比べないでちょうだい。」そう言って今度は私をきつく睨みつけ始めた。

蒼太から義兄夫婦は仲が悪いと聞いていた。高飛車な弓に義兄がうんざりしているという。しかもなぜか弓は義兄の浮気を疑ってヒステリックを起こしているとか。診療所で働いている事務の誰かが愛人ではないかと疑っては義兄を責めているのだ。義父が院長を務める診療所はそんなに大きい規模ではない。そのため事務だって3人くらいしかいないはずだ。確かに3人とも綺麗で若いが「兄貴は職員に手を出すようなマヌケじゃない」と蒼太は言っている。業務連絡で事務とメールしていたのを勝手に勘違いしたようだ。

まさか初対面の挨拶で夫婦喧嘩を間の当たりにするとは思わなかった。私が慌てていると義母が助け舟を出してくれる。「やめなさい。いい争いなんて何もないわ。」義母に窘められ義兄と弓は大人しくなる。そして私の方を向くと義母が静かに言った。「今日みたいに周りから嫌な言葉を言われることもあると思う。み咲さんは医師一家に嫁ぐ覚悟はある?」義母から投げかけられた質問に私は強く頷いた。

蒼太と付き合ってから先輩看護師に嫉妬されたことは多々ある。それに蒼太も「看護師と付き合うなんて」と同僚にからかわれたことがあった。それでも私たちは負けなかったし、逆に絆が深くなったものだ。「俺はみ咲との結婚しか考えられないから見守っていて欲しいんだ。」反論する人は誰もおらず「結婚おめでとう」と祝福してくれた。厳格な両親のことだからきっと祝福されないだろうと思っていた。しかし予想に反して義父も義母も優しく受け入れてくれたのだ。ただ1人、弓だけは納得できない表情をしていたのが気になっていた。

こうして無事に結婚挨拶も終え、入籍した。結婚したからと言って蒼太との関係性が変わったわけではない。1つ変わったことといえば、頻繁に弓から誘いが来ることだ。「明日買い物へ行きましょう。医師の妻としてふさわしい服装を教えてあげる。」弓はよく医師の妻という言葉を使っていた。初対面で馬鹿にしてきたくせに、よく買い物なんかに誘えるなと最初の頃は驚いてしまった。しかし彼女の様子を見たところ、どうやら私より優位に立ちたいらしい。私の給料では買えないような服を次々に買っては見せびらかしてくる。今日もブティックに行くと弓は大量のブランド服を買い込んでいた。その量に「お兄さんて稼いでいるんだな」と感心してしまう。

「前から言っているけど看護師やめたら?忙しい医師の夫を支えるのは妻の役目よ。」買い物後にお茶をしていると弓が口を開いた。またかと私はうんざりする。会うたびに専業主婦になれと言ってくるのだ。「私は栄養のことを考えているからレトルトなんて使ったことないわ。床には誇りなんて1つも落ちていない。あなたは医師の嫁としてちゃんとしているの?」確かにレトルトカレーが続く時もあるし、誇りが溜まっていることもある。自分でも不安になったことがあり、その時に蒼太に聞いてみた。私は看護師をやめて専業主婦になるべきなのかと。すると蒼太は真面目な顔をしてこう言ってくれた。「看護師はやめないでほしい。生き生きと働いている姿に俺は惚れたんだから。」誰よりも患者さんに優しく接している私を見て一目惚れしたのだと蒼太は以前言っていた。

蒼太の言葉を思い出した私は「私は看護師をやめるつもりはありません。蒼太さんも理解してくれています。」そう言うと弓が鼻で笑う。「本気?あなたみたいな育ちの悪い女なんてきっとすぐに飽きられて浮気されるわよ。頭がいいことしか取り柄がないじゃない。」弓は突然ストレートに見下してきた。家のことを馬鹿にするなんて許せない。腹が立った私は思ったことをぶちまけた。「じゃあお姉さんの取り柄は実家がお金持ちなことくらいですかね。お兄さんとも不仲ですし、浮気される心配をする前に信じる努力をしたらどうですか?」言いすぎたかなと思った時にはすでに遅い。弓は顔を真っ赤にして怒っており、まるで赤鬼だ。「なんて失礼なの?あなたみたいな子にふさわしくないわ。」弓はそう言うと怒って帰ってしまった。

このことの顛末を蒼太に話すとケラケラ笑い出す。「あの嫌味な姉さんによく言ったじゃん。まあ時間が経てば落ち着くでしょ。」やってしまったと後悔していたが、それもそうかと思った。むしろ買い物やお茶の誘いがなくなって嬉しいくらいだ。「そういえば弓さんってどのブティックに入っても偉そうなの。お得意様なのかな?」買い物好きだからじゃない、と蒼太は軽く流したがなんだか気になる。

「もしもし。聞きたいことがあるんだけど。」私は1人の友人に電話をかけた。次に弓と会うのは数ヶ月先の正月だろうと思っていたが、義母から食事会をしないかと翌日連絡が来た。義父が今年古希なので、古希を高級寿司店でお祝いしようというお誘いだったのだ。弓に会うのは憂鬱だったが義父のお祝いはしたい。きっともう忘れているだろうと私は食事会を楽しみにしていた。

店の前で待っていると義兄夫婦がやってくる。私を見つけた義姉は険しい表情でスタスタと歩み寄ってきた。「どうしてきたのよ。あなたはこの家にふさわしくないって言ったじゃない。」激しく詰め寄る弓を義兄と蒼太が慌てて止めに入る。「あんたが言ったこと忘れてないんだからね。母子家庭育ちの貧乏人のくせに生意気なこと言って」弓はどんどんヒートアップしていく。「母子家庭育ちのあんたみたいな人間を底辺って言うのよ。底辺とは絶対一緒に食べたくないわ。さっさと帰れ。」店の前でギャーギャーと騒ぐ弓に義兄は頭を抱えていた。するとその時、冷たい声が響き渡る。「じゃあ、あなたが帰ってちょうだい。」この冷たい声の主は義母だった。まさか義母が見ていたとは思わなかったのだろう。弓は小さくつくと後ろを振り返った。「お店の前で騒ぐなんて恥ずかしくて仕方ないわ。」義母の言葉に義兄が頷く。

「み咲さんが失礼なことを言っていたので反論していただけです。私はこんなにも夫を支えているのに。」ヒステリックモードに突入したのだろう。またもや声が大きくなってくる。「そもそも蒼太さんがこんな底辺な女を連れてくるのが悪いわ。今からでも離婚しなさい。」もう言っていることがむちゃくちゃだ。当然蒼太は呆れた顔をしている。「頼むからこれ以上ヒステリックにならないでくれよ。」「そもそもあなたが悪いのよ。私の学歴を馬鹿にするから。」ついには義兄と弓の喧嘩が始まってしまった。すると義母が再び止めに入る。「本当は後日改めて聞く予定だったけど、あなたがこんなに騒ぐならここで聞くことにするわ。弓さん、隠し事があるわよね。」義母の言葉に言い合いをしていた声がぴたりと止まる。「隠し事って何のことですか?」弓は平静を装っているが、声は少し震えていた。「み咲さんが教えてくれたの。あなたの浪費癖について。」弓の顔はさっと青ざめる。

「いつもお姉さんが言っている百貨店がありますよね。私の友人がそこで働いているんです。」なぜ弓がこんなにブランド服を買えるのか疑問で仕方なかった。最初は義兄は随分心が広いんだなと思っていたのだ。しかし不仲な妻に高額な買い物を自由にさせるだろうか。そう考えた時、違和感を持ったのである。実家が金持ちだから両親からお小遣いをもらっている可能性も考えた。だが弓は義兄の元に嫁いでからは1度も実家を頼ったことないと自慢げに言っていたのだ。友人の話によると、義兄はお金に無頓着で給料も貯金も弓任せだとか。だからこそ弓は好き放題にお金を使っていたのだろう。友人に聞いたところ、弓は店の常連客で1日に何十万も買って帰ることもあるという。ただあまりにも態度がでかいため店員からは煙たがられているらしい。

「それにお姉さん、家族カードでキャッシングしていませんか?」これは単なる予想であり、証拠はなかった。しかし予想は的中したようで弓はさらに真っ青になる。「どうしてそれを」金遣いの荒い彼女のことなので借り入れもしていると思った。お金の大切さも分からない上に、外で散財するだなんて。「これぞ医師の妻として恥ずかしいと思わないの?」義母に浪費癖を指摘された弓は何も言えずに黙り込んでしまう。

「職員にも随分態度がでかいらしいね。苦情が来ているよ。」無言で話を聞いていた義父も我慢できなくなったのか言い出した。弓は義父たちがいない時間を見計らって診療所に顔を出すと「掃除が行き届いていない」だのと文句をつけては怒鳴り散らしているのだ。特に浮気を疑っている事務3人への態度はひどく「夫に色目を使うならやめろ」と迫っているらしい。実情を聞いた義父はこのままでは職員が辞めてしまうと危機を感じていたのだ。

お金を使い込まれていたと聞いた義兄は怒り狂っていた。「いくら借りたのか全て話せ。」弓は謝罪もせずただ震えているだけ。義兄はその態度を見て堪忍袋の緒が切れたようだ。「お前みたいな態度がでかい女。離婚だ。今まで使い込んだ金は返せ。」まさか離婚を言い渡されると思っていなかった弓は必死で「離婚したくない」と懇願している。しかし義両親も義兄も蒼太も、誰も弓の言葉には耳を傾けない。すると私の方を見て猫撫で声を出した。「同じ嫁の立場であるみ咲ちゃんなら私の気持ち分かってくれるよね。」何を今更言うのかと笑ってしまう。「底辺女に助けてもらうんですか?家柄で人を見下す態度をしてきたのはあなたですよ。お金持ちのご実家に助けてもらってください。」きっぱり言い捨てると弓はがっくりと項垂れた。

こうして義兄と弓は離婚することに。弓は離婚届を出してもまだごねていたが、ご両親が引き取りに来たらしく、実家へ強制送還されていた。これまで使い込んできた金額は数百万を超えており、「返せない」と実家に泣きついた弓。両親にお金は払ってもらったものの、「旦那の金を使い込んだ女」だと近所で噂になっているようだ。新しい男と再婚するのは難しいに違いない。両親は「外に出すのが恥ずかしい」としばらく家から出ないようきつく言っているという。もちろん現金もクレジットカードも没収。大好きな買い物でストレス発散ができない弓は実質的に幽閉状態になっていると聞いた。

なぜ裕福な家庭育ちにも関わらず私より優位に立とうとしたのか、最後までよくわからなかった。義兄曰く、弓には学歴コンプレックスがあったという。私が蒼太と結婚してから「国立大学卒業の賢い嫁が来た」と親族の間で持て囃されたのが気に入らなかったようだ。お金持ちだからと言って幸せになるわけではないと弓の姿を見てよくわかった。

そして義母にはある疑問をぶつけてみたのだ。「なんで私との結婚を許してくれたんですか?医師一家に嫁ぐ女性って家柄が大切なんじゃないのかなって。」おずおずと聞く私に義母は笑顔で答えてくれた。「実は私も昔、研修だったお父さんと出会って結婚したのよ。子供が生まれる前は看護師だったの。」看護師だった義母は親族から結婚を猛反対されて大変だったとか。息子たちには同じ苦労をさせたくないと、長男にはいい家柄のお嬢様を見合いで出会わせた。だが弓と結婚した長男は全然幸せそうではなく、むしろ結婚生活に疲れているように見えたという。だからこそ次男には好きな相手と一緒になって欲しいと最初から認めるつもりだったらしい。「まさか次男が連れてくるのが看護師だなんて驚いちゃった。やっぱり血は争えないわね。」私と義母はクスクスと笑い合った。

それから私は看護師として義父の診療所で働くように。弓の嫌みにも負けなかった私の強さを気に入ったと義父が雇ってくれた。以前よりも給料は上がったし、大好きな家族の近くで働けるのはとても幸せだ。

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