「お前ら、これから給料30%カットだ。まったく、親父はなんでお前らみたいなのに高い給料をやってたんだか」
仙台から会社を引き継いだばかりの新社長が、ニヤニヤしながら俺たちを見下ろしていた。俺は驚いて、思わず口を挟んだ。
「しかし社長、ここにいるのは経験を積んだ本物の職人さんたちばかりです。そんな風に買い叩かれていい存在じゃありません」
「はあ? 職人? 誰でもできる単純作業だろ」
その言葉に、俺も部署のみんなも絶句した。
「とにかく、そんなくだらない仕事してる奴らに払う金はねえから。給料カットに納得いかないなら、ボーナス半分か首か、選べ」
俺はこの瞬間、怒りと諦めが混ざり合った感情になった。職人を軽んじ、下に見る社長のもとで働くことなどできるわけがない。
「わかりました。私は退職します」
俺の名前はナツキ・トモヤ。41歳で、妻と小学生の子どもがいる。務め先は赤星造園という、この地域では有名な造園会社だ。
造園業と言うと庭づくりや植栽の仕事が頭に浮かぶだろうが、実際の業務は多岐にわたる。顧客の希望を聞いて空間をデザインするところから始まり、実際の施工や植栽、その後の維持管理まで幅広く手がけている。取引先は個人から公共施設、ビルオーナー、時には海外の顧客までと幅広い。
俺は赤星造園の造園工事部で課長をやっている。現場に出て植栽や剪定なども行うが、主な業務は現場を管理監督する管理者・技術者としての仕事だった。職人として経験を積み、さまざまな資格を取得して技術者になったのだ。
俺が造園業を志したのには、庭師だった父方の祖父の影響があった。同居していた祖父は、個人宅や社寺庭園を中心に手がける腕のいい庭師だった。口数は少ない人だったが、その技術は素晴らしく、祖父が手掛けた庭園は一目見ただけでわかるほどだった。
「庭はただの庭と見てはいけない。その建物にとっては顔になるんだ」
これが祖父の口癖だった。そんな祖父が建てた家だったので、我が家には立派な庭があった。四季折々の表情を見せるその庭は、俺にとって大切な場所だった。そこで遊んだり、ただ美しい景観に見惚れたりして、俺は育ったのだ。
祖父は造園に興味を持った俺に、いろいろと教えてくれた。植物の特徴から扱い方、剪定のやり方、難しい植え替え作業まで。
「トモヤ、お前は筋がいい」
そう言って褒められ、頭を撫でられると、誇らしい気持ちになった。
俺は中学生の頃には本気で造園業に就きたいと思うようになり、そのための進路を選んできた。しかし俺が大学生になった頃、祖父は大きな病気を患った。入院することになり、病室に見舞いに行った俺に、祖父はこう言ってくれた。
「きっと夢を叶えるんだぞ」
そして、それから2か月も経たずに、祖父は亡くなってしまった。
祖父を失い、俺の胸にはぽっかりと穴が開いたようだった。自分の手掛けた庭を、祖父に見てもらいたかった。
しかし、いつまでも悲しんでいたら、それこそ祖父に怒られると思い、前を向いて日々努力を重ねた。大学卒業後、俺は赤星造園に入社。職人さんの見習いから始め、技術を学んでいった。
現場で職人として働いて10年ほど経ち、先輩職人に「もう教えることはない」と言われると、職人として働きながら技術者としても仕事をやり始めた。
赤星造園の造園工事部は、職人上がりの管理職と現役の職人さんたちが揃っていた。全員が職人、または元職人ということで高い志を持ち、チームワークを発揮して仕事をするので、顧客からの評判も良く、部署の結束も固かった。前社長の赤星ケンジ氏も、会社にとっての職人の重要性を理解しており、よその造園業よりも多い報酬を払ってくれていたのだ。
俺はこれからも赤星造園で、良き仲間と仕事を頑張っていこうと思っていた。
しかし、ある日のことだった。冒頭の給料カットの通告が、新社長によって行われたのだ。
なぜこんなことになったのか。少し時間を遡って説明しよう。
ある日、赤星造園の社長・赤星ケンジ氏が会社で倒れた。すぐに救急搬送されたが、彼は脳卒中を起こしており、一時は命が危ぶまれるほどだった。まだ60歳という若さだったので、社員は皆衝撃を受けた。
「部長、これからどうなるんでしょうか?」
俺がそう尋ねると、部長のタチバナさんは難しい顔をして言った。
「上の決定に従うしかないな。当面は社長不在で会社を運営していくしかないが、場合によっては新社長が就任するかもしれない」
それから数週間後、社長交代の知らせがあった。
「俺が新社長になった。アクセイだ。父から正式に指名されて、新社長になることになった」
そう挨拶したのは、高級そうなスーツに身を包んだ30代の男性だった。聞けば、いつか赤星造園を継ぐために東京の造園会社で修行していたらしい。つまり、赤星造園で働いたことはないというわけだ。
そんな人がいきなり社長になって大丈夫だろうか、という不安を覚えた。
「俺は大学で経営学を学んだし、造園業というのもわかっているつもりだ。安心して乗っていいぞ」
そう言って挨拶を終えたが、社内は若き新社長への期待と不安でざわついていたのだった。
それからしばらくして、新社長が造園工事部にやってきた。
「ここが造園工事部か。うわ、なんだお前。汚いな。俺のそばによるな」
新社長は、仕事から戻ってきたばかりの職人さんに向かってこう言った。作業をすれば汚れるのは当たり前なのに。この言葉に、職人さんも傷ついた表情を浮かべた。
「社長、どういったご要件で?」
タチバナ部長がそう言うと、社長は鼻を鳴らした。
「ああ、これからの方針を示そうと思ってな。今後、赤星造園を俺は改革していく。無駄なコストを省き、客もよりおしゃれで洗練された相手に絞っていくつもりだ」
「え、この会社は古いんだよ。未だに日本庭園なんてやりやがって。そんな客相手にしてたら、うちの会社自体がダサいと思われちまう。社名も近々、もっとおしゃれなものに変えるつもりだ」
「お言葉ですが、社長」
俺は思わず口を挟まずにはいられなかった。
「日本の庭園をご希望のお客様は、長年のお付き合いのある方ばかりです。それにこの会社では、自社の社員や庭園も手掛けていて、それが地域からの信頼にも……」
「はあ、お前、名前は?」
「失礼しました。造園工事部の課長、ナツキ・トモヤです」
社長はじろじろと俺を眺め、にやりと笑った。
「どうせお前も職人なんだろ。その程度のやつが社長に意見できると思うな」
俺が唇を噛んで黙ると、新社長は鼻で笑い、こう言い残して去っていった。
「ということで、これからの改革に期待してくれ。近々また説明に来る」
残された俺たちは困惑し、これからに不安を抱いていた。
それからわずか1週間後のこと。新社長はまた造園工事部にやってきて、いきなり給料カットを宣言してきたのだ。
いきなり給料カットと言われて驚かない社員がいるだろうか。全員が目を丸くしていた。
「コストカットしていくと言っただろ。まずは金食い虫のお前らからだ。社内の悪い癖を出して、正しい形にしていかなければな」
得意げにそう言う新社長に、たまらず俺は意見した。
「しかし社長、ここにいるのは経験を積んだ本物の職人さんたちばかりです。そんな風に買い叩かれていい存在じゃありません」
すると新社長は、職人という仕事を馬鹿にしたように言い放った。
「様、会社にいらないんだよ、お前ら。実際に現場に出るような下っ端は、安く外注すればいいだけだ。それは何が職人だ。調子に乗りやがって」
その言葉に、俺も部署のみんなも絶句した。社長はそんな俺たちを、心底見下していた。
「とにかく、そんなくだらない仕事してる奴らに払う金はねえから。給料カットに納得いかないなら、ボーナス半分か首か、選べ」
俺はこの瞬間、赤星造園を辞める決心をした。職人を軽んじ、下に見る社長のもとで働くことなどできるわけがない。
「わかりました。私は退職します」
すると部署内がざわめいた。部長が青ざめた顔で言った。
「ナツキ君、落ち着くんだ。君がいなくなったら、うちは……」
「部長、よく考えてください。我々職人をここまで見下して、不要だとまで言う社長のもとで、本当に働けますか? それに、この会社に残ったとしても、収入は減るだけですよ」
俺が落ち着いてそう言うと、部長は黙り込んだ。
「なんだお前、やめるのか? 首にする手間が省けたぜ」
そう言って笑う新社長に、俺はその場で作成した退職届を渡した。
「退職金なんてやらないぞ。まあ、これからは頑張って泥にまみれた生活をするんだな。後で泣きついてきても、再雇用なんてしてやらないからな」
俺はその場で部署のみんなに頭を下げると、荷物をまとめて赤星造園を後にしたのだった。
家に帰り、「会社、辞めてきた」と妻に伝えると、さすがに驚いていたが、新社長に言われたことなどを説明すると納得してもらえた。妻は俺に「長年お疲れ様」と声をかけてくれ、「しばらくゆっくりしたら」とまで言ってくれたんだ。
良き妻に恵まれたことを感謝しながら、これからどうするかのんびり考えていたところ、俺の携帯に着信があった。出てみると部長のタチバナさんで、「これから話せないか」と言われた。俺は指定された飲食店へ向かい、そこで思いもよらぬことを言われるのだった。
それから数か月後、俺が仕事をしていると「来客がある」と社員に伝えられた。いきなり誰だろうかと思いながら行ってみると、なんとそこには赤星造園の新社長がいたのだ。
「おい、お前、これはどうなってる?」
「社長、お久しぶりです。アポもなしに来られるので驚きました。『どうなってる』とは?」
「なんで新しく造園会社を作ってるんだよ。しかもお前が代表なんて」
そう。実は俺は赤星造園を辞めた後、ナツキ庭園という新しい会社を立ち上げていた。新社長は、その新しいオフィスにいきなりやってきたのである。
社長はそれから何やら喚き出したので、俺はため息をつき、社員を呼ぶ。
「社長、お呼びですか?」
そう言ってやってきた人物に、新社長は目を見開いた。
「タチバナ? お前、うちの元部長のタチバナじゃないか」
「赤星社長、ご無沙汰しております」
「お前らがグルになって、この会社を立ち上げたのか」
実は、俺が会社を辞めてしばらくして、タチバナさんから呼び出された先には、タチバナさんと、部署にいた職人さんたちが勢揃いしていた。
「私たちは、あの社長についていけない。俺たちも一斉にやめることにしたんだ。これから新しい会社を作りたい。そこで、お前にその代表になってほしい」
彼らはそう頼んできたのだ。俺は驚いていたが、元々独立も考えていたため、少し考えてオーケーした。代表にはタチバナさんがなるべきだとも言ったのだが、彼からは「君こそふさわしい」と言われたのだ。
そうしてナツキ庭園を立ち上げたという経緯を説明すると、赤星社長は顔を真っ赤にした。
「こんな裏切り者どもが! 今すぐこんな会社、解体しろ! そしてナツキ、お前はうちに戻ってこい」
社長は悔しそうに歯を食い縛りながら俺を見る。
「どういうわけか、うちの会社には指し図の仕事ばかりが来たんだ。それに対応できずに、売上が下がりまくっているんだよ。お前のことは雇ってやるから、帰ってこい」
俺が黙っていると、タチバナさんが口を出した。
「ようやく気づいたんですか?」
「おい、何笑ってる?」
「ナツキ社長に指名が来るのは当たり前でしょ。彼は日本に数人しかいないような職人であり、技術者でもあるんですから」
タチバナさんは、目を見開く赤星社長に淡々と説明した。
「彼は造園のことなら何でもオールマイティにこなせますが、特に難しい植え替えや剪定作業などの技術は群を抜いています。だから、歴史ある社寺や名だたる庭園を手掛けてきたんですよ」
「なに? …それだけじゃない。彼がデザインする庭園は、他にはない技術とセンスが詰まっているから、ビルオーナーや海外からの発注も受けていた。赤星造園の大きな仕事は、すべて彼の手柄だったと言ってもいいんです。今、景気が悪いでしょ?」
面白そうに笑うタチバナさんに、赤星社長は青筋を立てた。
「そんな日本有数の貴重な職人を逃したのは、すべてあなたの責任ですよ」
タチバナさんがそう言うと、赤星社長はとうとう掴みかかろうとした。しかし、俺はそれを制する。
「赤星社長、今の赤星造園がどうなっているのかは存じ上げませんが……」
「職人が一斉辞職したことで、造園工事部自体をなくし、安く外注することにしたんですってね? その結果、杜撰な仕事ぶりで顧客からクレームが絶えないとか」
「なんでお前がそんなこと知ってるんだ?」
「赤星造園さんに失望したお客様が、うちに依頼してくるパターンが非常に多いですから。新たな会社のとんでもない仕事をやり直すのは、骨が折れますよ」
「つまり、お前らがうちから顧客を奪っているのか」
「人聞きが悪いですね。お客様は職人による丁寧な仕事を望まれていた。赤星造園はそれに答えられなかったから、見限られただけですよ」
俺がそう言うと、赤星社長はブチ切れた。
「うるさい、うるさい! すべてお前のせいだろうが! いいから黙って戻ってこい! こんな会社はさっさと潰せ!」
「お断りします。うちは職人さんを大切にする会社として、順調に運営していますので。新たな会社に戻るつもりもなければ、会社を潰すなんてお言葉も聞けません」
「貴様、やる気かよ!」
社長が立ち上がった瞬間、響く声があった。
「称号、やめんか!」
振り向くと、そこには赤星造園の先代社長・赤星ケンジ氏が、杖をついて立っていたのだ。
「は、親父! なんでこんなところに?」
「私が呼びました。あなたとではお話にならないと思いましたので」
タチバナさんが涼しい顔で言うと、先代社長は俺に頭を下げた。
「ナツキ君、久しぶりだね。この通り、体が言うことを聞かなくてね」
「赤星社長、ご無沙汰しております。だいぶ回復されたと、風の噂でお聞きしていましたが…」
「ああ、なんとか杖をつけば歩けるくらいにはな」
そこまで言うと、先代社長は俺たちに再度頭を下げた。
「ナツキ君、タチバナ。うちのバカ息子が本当に済まなかった」
「社長!」
新社長はぎょっとした表情で先代を見た。
「親父、やめろよ! こんな奴らに頭を下げるな!」
「だから、お前は黙っていろ」
先代に一喝されて、不満げに口をつむる新社長。俺は「頭を上げてください」と伝え、先代に座るよう促した。
「まず、経緯から説明したい。私は確かに、将来的には称号に赤星造園を継いでほしいと思っていた。そのために修行に出していたんだ」
俺が頷くと、先代は続ける。
「そして今年から称号を呼び戻し、赤星造園で経験を積んで、いつかの社長交代に備えるつもりだった。しかし、その前に私が倒れてしまってな」
「ええ、とても心配しました」
「ありがとう。しかし、私が治療している間に、勝手に称号が赤星造園の新社長になってしまったんだ。経験不足は承知だったので私は反対したが、『絶対に大丈夫だ』という称号の言葉を信じてしまった」
そこで先代は新社長を睨みつける。
「その結果がこれだ。こいつは私の『職人を尊敬し、丁寧に扱え』という言葉を無視し、暴走した。君たちが辞めても仕方がないことだし、会社を作ってくれたのは、むしろ良かったと思っている」
「おい、親父!」
すると先代は、何かを言おうとした新社長の頭を掴んで下げさせた。
「ここで親子揃って、深く君たちに謝罪する。これまでの赤星造園を支えてくれたのに、こんなことになり、本当にすまない。こいつの処遇は、どうか私に任せてくれないか」
そこで俺は頷き、まだ悔しそうな顔をしている新社長をまっすぐに見た。
「我々職人は誇りを持って仕事をしています。どうか、それをお忘れなきよう。もう関わることもないかと思いますが、あなたが改心することに期待しています」
黙った新社長を引きずるようにして先代が去っていき、俺とタチバナさんは頭を下げてそれを見送ったのだった。
その後の話は、先代に聞いた。赤星造園は新社長を社長から更迭した上で、営業を続ける道を選んだという。社員が苦労しないよう、先代社長は新しい雇用主を探し回り、うちでも数人引き取ることになった。ちなみに先代はケジメとして、退職金もきちんと払ってくれた。
先代は新社長と親子として絶縁することを宣言。新社長は社長職を奪われ無職になったことで、妻と幼い子供に逃げられてしまったんだとか。転職活動をしたものの、あの性格の彼を雇ってくれるところもなく、現在はアルバイトで食いつないでいるらしい。
彼にはせめて、下積みから頑張って社会勉強してほしいと思うばかりである。
一方の俺はというと、変わらずナツキ庭園の社長として仕事をしている。うちへの指名の仕事はどんどん舞い込んでくるし、赤星造園の顧客をほとんど引き受けることになったおかげで、今日も大忙しだ。これからも職人の誇りを胸に、社員を大切にする会社を築いていきたいと思っている。



