あの日、株主総会の休憩時間。専務が私を指さして叫んだ。「退場しろ。議決権は偽造だ。ギャルの冗談が相場を動かすかよ」 私は金髪を束ねただけの大学院生。祖父の会社の筆頭株主として、法律で認められた権利を主張しただけだった。でも、ホールの空気は嘲笑で凍りついた。 私は静かに言い返した。 「承知しました。では直ちに臨時株主総会を開催します。」…

あの日、株主総会の休憩時間。専務が私を指さして叫んだ。「退場しろ。議決権は偽造だ。ギャルの冗談が相場を動かすかよ」 私は金髪を束ねただけの大学院生。祖父の会社の筆頭株主として、法律で認められた権利を主張しただけだった。でも、ホールの空気は嘲笑で凍りついた。 私は静かに言い返した。 「承知しました。では直ちに臨時株主総会を開催します。」...

「退場してください。議決権は偽造です。警備を呼びます。偽の株主に発言権はありません。大人の手続きをなめるな。」

黒岩専務の声がホールに響いた。東京都港区のガラス張りホール、令和8年6月定時株主総会の休憩時間。プラズマリンクケミカル株式会社の株主総会。連結売上1兆円を超える大手化学メーカーの、その日の議題は、創業家の信託が握る筆頭株主の議決権の帰属だった。

私、久遠美佐は22歳。大学院生で、祖父の信託の受益者代表として、この総会に出席していた。日に焼けた肌、明るい金髪を束ねただけの質素な姿。でも、私は法律で認められた権利を持ってここにいる。

「承知しました。では直ちに臨時株主総会を開催します。筆頭株主は法律の要件を満たせば、この場でも招集を求められます。」

私の声は静かだった。震えも、涙も、挑発の返しもなかった。

「言えるもんなら言ってみろ。おい、誰か文句あるか?」

後方の席で何人かが喉を鳴らし、スマホの画面越しに笑う声が聞こえた。屈辱的な言葉が飛び交う中、私は一歩も引かなかった。

その時は誰も知らなかった。茶封筒と録音、名義確認書類の3本の線が、どう1本に繋がるのかを。そして、私が実際に何を握っていたのかを。

祖父の仕事を私が数字で理解したのは、大学2年の冬だった。図書館の端末で、特許の継承関係が枝のように広がっていくのを見た時。

「美佐、顔は海に出すな。手続きは海より冷たい。」

祖父の久遠鉄一は、創業期からこの会社の化学技術の礎を築いた男だった。祖母の介護でハワイに長く滞在していた私は、画面越しに遺言の内容を読んだ。信託の受益者は孫に集中し、議決権行使は本人の署名が必要だとあった。

「鉄一さんは孫を出したくなかった。弁護士は別封筒を机の下から差し出し、角に指を添えた。侮辱と招集宣言が終わったら開封を。あなたの祖父の遺言です。」

「中身は何ですか?」

「番号だけ覚えてください。BK17です。」

「でも、祖父は戦わなきゃいけない時が来るって、知ってたんですね。」

私は窓の外の波を見て、金髪の先を束ね直した。日焼けはサーフィンのためだけじゃなかった。それでも日本のホールでは、肌の色が先に語られることがある。

総会当日の朝、私は白いシャツの袖を一度だけ折った。バッグの奥で茶封筒が厚みを主張し、紐で口を閉じた。受付を抜け、配布資料を受け取った時、指先は冷たかった。

休憩のベルが鳴り、ホールの空気が張り詰めた。私は水を一口だけ飲み、卓上のコピーに目を落とした。黒岩専務が私の名義確認を否定する。

「退場しろ。議決権は偽造だ」

だが、私は祖父から教えられた。株主総会の手続きのすべてを。名義確認が取れれば、私は堂々と筆頭株主の代表として立つことができる。

「水原さん、名義確認の紹介用紙番号を」

水原誠は、名義確認の担当者として、私の書類を受け取った。そして、静かに言った。

「受け承りました。名義確認は規則通りすぐ動きます。身内名義の追加確認は明日の朝に確定の見込みです。」

「神社長の周辺も見えますか?」

「見えます。番号は嘘をつきません。」

黒岩専務は鼻で笑った。

「夢を荒らさないでください。下ろすのは偽物です。」

その時、ホールのスクリーンに数字が浮かんだ。株主名義確認の結果が表示され、最多の持ち株数を持つ私の名前が、筆頭株主として確定した。客席から小さな悲鳴が起こり、カメラの視線が一斉に私を捉えた。

「筆頭確定。」

黒岩の喉が動き、日神社長の手が資料の角を折った。私は画面を伏せ、視線だけを男場へ上げた。

「総会の開催案内は今夜から順に郵送されます。手順は法律通りで」

私はその一言を胸のうちで復唱した。

夜、ホテルの一室で、私は茶封筒を開けた。祖父の遺言書には、こう書かれていた。

「美佐へ。この番号を忘れるな。BK17。これはお前の権利の証だ。誰が何と言おうと、お前はこの会社の筆頭株主の正当な代表者だ。心配するな。手順がお前を守る。」

私はスキャンした書類をホームへ送信し、深呼吸をした。怖かった。でも、開けてよかった。

翌朝、この会社の株は売り注文で値下がりし、投資家からの批判の電話が株主総会後に殺到した。

会社の統治への不安は、借入条件を厳しくした。3300億円の時価総額は、数日で大きく目減りした。取引先は納期を様子見し、工場の夜勤が一段と静かになった。

「現場は止めたくない。でも、資金が怖い。」

工場の若手から匿名のダイレクトメッセージが届いた。

「筆頭さん、現場は止めたくないです。」

「止めさせません。約束します。」

私は指先の震えを抑えながら、返信ボタンを押した。

第3者委員会との会議室で、私は議案のコピーを並べた。役員を内側から調べる権限の追加、そして不当に近い報酬を変えさせる枠組み。実際、私は身内に迫られていた。怖い。でも、逃げなかった。

廊下の向こうで、黒岩の声が笑っていた。私は資料の角を折り、専務の不正の証拠を揃えていった。

臨時株主総会の当日。ホールは前回より詰めかけていた。警備の規律が強化され、通路には誘導テープが増えた。私はマイクを握り、議長の進行に従った。

「この総会は、会社の手順通り、議案を1件ずつ決めます。第1号は、役員全員の解任です。」

会場がざわめいた。私は続けた。

「解任は、信頼を失った役員だけではありません。手順と品格を守れなかった体質への、株主の返答です。」

拍手は割れた。そして、解任の決議が可決された瞬間、黒岩の顔から血の気が引いた。

「番だ。こんな真似が許されると思っているのか」

「許されるかどうかではありません。きちんと手順を踏んだ決議です。」

黒岩は壇上のマイクを奪いかけたが、警備に腕を抑えられた。

「話せ、俺は専務だ。」

「会場が荒れています。下がってください。」

その時、日神社長が壇上に上がり、深く頭を下げた。

「私は笑いを認めた代表です。筆頭株主への侮辱を止められませんでした。」

そして、彼はこう続けた。

「私の議決権の一部を、追加確認が済んだ後、株主本人に委任していました。番号はBK17。」

客席がどよめいた。私は静かに資料を一枚めくり、次の議案を読み上げた。

「続いて、共犯関係の調査です。役員だけではありません。事務、経理部長、秘書室の指示伝達も対象です。」

魚元事務部長の顔から血の気が引き、経理部長は唇を噛んだ。秘書は客席の端で顔を覆い、肩を震わせていた。

永久追放の決定が下された後、役員たちはエレベーターに乗り込んだ。私は彼らの最後の姿を見た。

「話してくれてありがとうございます。」

脅されていた元秘書は、ゆっくりと頭を下げた。

「遅すぎました。」

黒岩だけが振り返り、私の目を見られずに吐き捨てた。

「道場か。ふん。」

「いえ、事実の回収です。」

会見では、多くの質問が飛び交った。

「3300億円の蒸発責任は誰に?」

「まず、役員と笑ったその場の空気にあります。」

「見た目で偏見を受けた感想は?」

「服と肌の色は株の説明にはなりません。説明になるのは、手順と証拠資料だけです。」

フラッシュが弾け、私は一礼して退出した。

あれから半年。定時株主総会の朝が来た。

ホールは静かで、空気は以前より柔らかかった。配布資料には「見た目で人を決めない」という短い言葉が添えられていた。

私は客席で微笑んだ。肌の色も、髪の色も、もはや特別な話題ではなかった。

「さっさと進めましょう。」

笑いはなく、小さな拍手だけが起こった。総会の後、水原がロビーで手を振った。

「名義確認のやり方、他社も参考にすると言ってくれました。」

「現場に届けます。本当にありがとう。」

水原は笑い、自動ドアの向こうへ歩いていった。

離れた町では、黒岩の一日が公園の清掃から始まっていた。彼は毎朝、ゴミ袋とトングを持ち、歩道の吸い殻を拾い上げた。

「黒岩さん、おはようございます。いつも助かってます。」

彼はNPO職員たちと顔馴染みになり、少しずつ頭を下げて返すようになった。

週末、狭いマンションのリビングで、黒岩は学校から戻った息子の隣に腰を下ろした。息子の宿題には、彼の仕事の欄だけが空白で、他には幼い字が並んでいた。黒岩はその欄を見つめ、喉の奥が熱くなるのを飲み込んだ。

「ごめんな。」

区民会館の薄い蛍光灯の下、再発防止のための講習会が始まった。元役員向けの席で、黒岩は後ろから二列目に座っていた。

「あの日、笑ってしまって本当にすみませんでした。」

皇子が偏見の事例を読み上げると、黒岩は小さく手を上げた。講師は穏やかに首を振った。

「いいえ、過ぎた話です。今日が始まりにしましょう。」

「はい。」

神元社長も同じ教室の隅の席で、静かに頷いた。

「私も笑ってしまいました。すみません。」

黒岩と神は、声を合わせるように、同じように頭を下げていた。

夜、アパートの明かりのついた狭い居間で、黒岩は息子の隣に座り、宿題を見ていた。息子が「思いやり」という言葉を漢字で書けないと悩んでいた。黒岩は、その横に「思いやり」と書き添えた。そして、小さく呟いた。

「思いやりか。遅すぎたな。」

その横で、息子が無邪気な声で言った。

「パパ、これで合ってる?」

黒岩は目を細め、頷いた。

「ああ。合ってる。」

久遠美佐は、大学の図書館で再発防止メモを閉じ、深く息を吐いた。次の総会も、誰も笑わせない。

クオンみ崎は本棚の列の間を抜け、出口へ向かった。扉を開けると、夜のキャンパスの風が、金髪をそっと揺らした。彼女は振り返らなかった。

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