同窓会で、スーツ姿の同級生にこんなことを言われた。「そんな格好でここに来たらダメだろう」――彼は俺が農家になったことを知ると、「随分落ちこぼれたな。借金でもしに来たのか?」と笑った。俺が「口座を潰せる」とまで言われたのは、その場にいた全員の前だった。だけど、彼は一つだけ知らなかった。俺がその銀行に預けているのが、150億だということを。「明日、朝一でお前の銀行に行くわ」――俺はそう言って、そ…

同窓会で、スーツ姿の同級生にこんなことを言われた。「そんな格好でここに来たらダメだろう」――彼は俺が農家になったことを知ると、「随分落ちこぼれたな。借金でもしに来たのか?」と笑った。俺が「口座を潰せる」とまで言われたのは、その場にいた全員の前だった。だけど、彼は一つだけ知らなかった。俺がその銀行に預けているのが、150億だということを。「明日、朝一でお前の銀行に行くわ」――俺はそう言って、そ...

同窓会の会場で、彼は笑いながら俺を指差した。

「そんな格好でここに来たらダメだろう」

相手はスーツ姿。俺は綺麗目の普段着。幹事から「今回は普段着でOK」と連絡が来ていたのだが、佐藤はそれを知っていても構わず嘲笑ってきた。周りの同級生が「何言ってんだよ」と反論してくれたが、佐藤はひたすら俺を見下す。

「こいつ、農家なんだぞ。学年トップクラスの頭脳とか言ってたのに、農家って落ちぶれたよな」

俺の名前は高橋。35歳。祖父から代々受け継いだ土地で農業を経営している。

祖父は長年農業を続けてきたが、高齢で体力が落ち、使っている土地も狭くなっていた。数年ぶりに訪ねた時、祖父母が昔よりずいぶん弱っているように見えた。仕事に追われて心身ともに疲れ切っていた俺は、このままではいけないと思った。祖父が昔作っていたイチゴを思い出し、スマート農業に興味を持った。自動で温度管理や水やりができるシステムを作れば、人手もあまりいらない。そう考えたのだ。

父に相談すると、「俺はあの土地を継ぐ気はなかったが、やりたいならやってみるといい。じいちゃんは反対するかもしれないが、俺もサポートするよ」と背中を押してくれた。

それから俺は農業の研究を始めた。仕事を効率化して時間を作り、祖父の開いた土地でイチゴの栽培を始めた。寝る間も惜しんでシステムを開発し、初めてイチゴができた時の喜びは人生で一番の瞬間だった。祖父を呼んで一緒に食べると、「甘いなあ。うまいなあ」と目を潤ませた。あの時、俺の中で何かが決まった。

研究を重ね、フルーツトマトの栽培にも成功。特許も取得し、そのシステムはテレビや専門誌でも取り上げられるようになった。企業からの引き合いも増え、特許使用料やシステム売却益が大きな額になり、イチゴはブランド化まで果たした。その収益は、祖父が昔から使っていた銀行の口座に集約している。佐藤が就職した銀行だった。

ある日、銀行に立ち寄ると、そこに佐藤がいた。俺に気づいた佐藤はヘラヘラしながら話しかけてきた。

「あれ、高橋だろう。こんな汚い格好で銀行に来るなよ。同級生から聞いた話だが、お前、農家になったんだって? 随分落ちこぼれたな。もしかして借金でもしに来たのか? 俺が相談に乗るよ」

作業着のまま現金を引き出すために来ただけだった。外で土汚れを落とすよう普段から気をつけているし、銀行内を汚すような状態ではない。だが、スーツを着ている佐藤には、作業着というだけで見下す対象だったのだろう。俺は「借金なんてしないから。今日は現金を下ろしに来ただけだ。お前の世話にはならないよ」と冷たく返して、すぐにその場を去った。

それから銀行に行くのが少し憂鬱になっていた。

そんなある日、畑に戻ると見知らぬ車が止まっていた。祖父の家に行くと、50代くらいの男性がいた。祖父は「銀行員の田島さんだ」と紹介してくれた。だが、祖父もよく知らない人らしく、俺は「じいちゃん、他人を勝手に家にあげるなって」と怒って追い返してしまった。帰り際、田島さんは名刺を差し出してきた。受け取りはしたが、その時は特に気に留めなかった。

後で調べると、田島さんは本当に銀行員で、しかも支店長だった。祖父が「高橋が銀行に嫌いな同級生がいて行きたくないと言っていた」と知り合いを通じて相談したことがきっかけで訪ねてきたらしい。追い返してしまったことに少し申し訳なく思った。

そして、同窓会の日。俺は綺麗目の普段着で会場に向かった。佐藤のあの態度に腹が立ったが、俺は関わり合いにならないようにしていた。しかし、佐藤は俺を見つけてわざわざ近づき、服装を嘲笑った。同級生が反論しようとしてくれたが、面倒なことになりそうなので止めた。

「お前、農家のことバカにしてんのか」

俺がそう言うと、佐藤は「別に。ただ、俺みたいなエリートには想像がつかない世界だよ。汗水垂らして働いて、少ない給料にしかならないなんて惨めだよな」と笑う。

「お前、何も分かってないんだな。そもそも農業をする人がいなければ、お前は食べ物にありつけないんだぞ」

「俺みたいなエリートは輸入品を買うこともできるからな。庶民とは違うんだよ。うちの銀行にも、赤字の相談に来る農家がいるんだよな。まあ、再建できないからやめろって言うけどね」

ひたすら農家を見下してくる佐藤に、俺は頭に来た。

「お前は親のコネで銀行に入って、そうやって人を見下してるだけか。最低だな」

周りの同級生も頷いた。みんなが非難するような目で佐藤を見る。しかし、佐藤は酒が入っていたせいか周りが見えていない。大声を張り上げた。

「貧乏のくせにでかい口叩いてんじゃねえよ」

そう言って、佐藤は運ばれてきた寿司桶からかっぱ巻きをわし掴みにして、俺に投げつけた。「おい!」と同級生が止めるが、佐藤は続ける。

「お前、うちの銀行使ってるよな。口座なんて俺の一存で潰せるんだよ」

こいつは今、顧客の情報を公衆の面前で口にしている。銀行員失格だなと内心で呆れた。どうやら佐藤は、俺が銀行を使っているということしか知らないらしい。俺が小さな口座を持っていると思っているのだろう。150億の口座を持つ客を見下すなんて、さすがにやらないだろうから。

種明かししてやる義理もないので、俺は「そうだな」と言った。そして「明日、朝一でお前の銀行に行くわ」と告げて、その場を去った。

翌日、俺は銀行に向かった。入ると、佐藤がいてニヤニヤ笑いながら「ご要件は?」と聞いてくる。

「口座の解約で」

その時、奥にいる支店長と目が合い、支店長が飛んでくる。

「高橋様、今日はどういったご要件で? こちらにどうぞ」

VIPルームに通された。なぜか佐藤もついてきて、支店長に「なぜこんなところに?」とこっそり聞くが、「君は黙っていなさい」と一蹴された。不思議そうな顔で眺める佐藤を置いて、支店長が俺に要件を聞いてくる。

俺がもう一度「口座の解約です」と告げると、支店長が青ざめた。

「高橋様、解約というのは……」

慌てる支店長をよそに、佐藤が「どうされたんですか? 解約ならすぐにすればいいじゃないですか。僕が担当しますよ。こんなのすぐ終わります」と、自分が有能だとアピールしながら端末を操作して顧客情報を呼び出した。

その瞬間だった。

佐藤の顔がピタリと固まった。さっきまでの愛想笑いがスローモーションで消えていく。手が止まっている。画面を一度見て目を細め、もう一度見直す。まるで数字を読み間違えたとでも思っているのだろう。

「え、150億……」

佐藤の声が室内に響いた。支店長が「君は高橋様を知らなかったのか? 彼は私たちにとって最重要顧客のお客様だ」と説明した。

佐藤は「150億ってどうして……」と顔面蒼白になっている。

俺は呆れて口を開いた。

「佐藤、お前は俺を『同級生が農家に転身した』という情報だけで、散々俺を馬鹿にしてきたな。俺は様々なシステムを使い農業を営んでいる。そのシステムのいくつかは特許を取り、特許使用料と開発したシステムの一部を海外のベンチャー企業に売却した売却益が、この口座に集約されている」

支店長は「同級生だったんですか? 佐藤が失礼なことを言ったのでしょうか? 申し訳ありません」と頭を下げ、佐藤に向き直った。

「高橋様はブランドのイチゴやフルーツトマトも作っている。お前も知ってるだろう? この辺りの有名なブランドだよ」

佐藤は顔面蒼白のまま「え、ブランド? 嘘だろ」とつぶやく。支店長は「佐藤が失礼をしたなら、私から厳重注意をいたします。ですから、どうか口座の解約だけは……」と言ってきたが、俺はすぐに口を開いた。

「『農家なんて俺の一存で潰せる』。そんなことを言う銀行員がいるところに、こんな大金を預けるなんてできません」

その瞬間、支店長が大慌てで佐藤を見て、「そんなひどいことを言ったのか?」と低いトーンで問いかけた。

佐藤は慌てながら「いや、その、昨日同窓会があってですね、酒の席で……その、ほら、冗談ですよ。冗談」と笑う。

「冗談でそんなことを言う銀行員なんて、もっと信用できないだろう。それに『潰せる』って、融資を引き上げるって意味だろう? それこそ無意味だ。うちは融資は一切受けていない」

支店長は「申し訳ありません」と頭を下げるが、俺は首を横に振った。

「食べ物を粗末にする人間も信用できないしな。それにお前が昨日俺に投げつけてきたかっぱ巻きには、うちのキュウリが使われていたんだよ。あのホテルの担当者から、この日使う食材のリストが事前に届いていたからな」

「あそこは高級ホテルだぞ」と佐藤が驚く。

「だから何だ。キュウリにも色々味があるんだ。うちのキュウリはAIシステムで管理されていて、食感や甘みが他とは違う。ブランドキュウリとして納品している。高級ホテルやレストランとよく取引してるんだけど、味の違いも分からない。食べ物を粗末にするようなやつには理解できないんだろうな。じいちゃんがよく言っていた。『土を馬鹿にする人間は、土に生かされていることも知らない』ってな」

佐藤が「うるさい!」と怒り出したが、俺はその話を立ち切った。

「支店長、これ以上は時間の無駄です。すぐに解約してください。もうおたくを使うことはございませんから、こちらの口座に移してください」

そう言うと、支店長は渋々手続きを終えた。実は昨日の同窓会の後、口座を解約することはすぐに決めていた。新しい口座は、あの田島さんの銀行で作ったのだ。追い返した時に押し付けられた名刺を捨てずにいたのが役に立った。田島さんは突然の電話にも関わらず丁寧に話を聞いてくれ、すぐに口座を用意してくれた。電話口の対応は穏やかで誠実だった。この人なら信用できると直感した。

支店長は「これはうちのライバル銀行じゃないですか」と愕然としていたが、そんなことは俺には関係ない。支店長は俺に頭を下げて見送った後、俺が出ていく直前に大声で「佐藤! どうしてくれるんだ!」と怒鳴っていた。

その後、同級生にこの話をすると、地元で噂はすぐに広まった。事業をやっている同級生で佐藤の銀行を使っていた友人たちは、次々と解約した。同級生によると、佐藤は支店長から相当詰められ、父親にまで話が行って実家を追い出されたらしい。最終的に佐藤は父親に自主退職させられ、ボロボロのアパートでアルバイトを探しているということだった。

それからしばらくして、俺が畑に出ていると、自転車に乗った佐藤がやってきた。

「仕事が見つからなくて、車も売るしかなくて……今は家賃も払えず、追い出される寸前なんだ。頼む。助けてくれ」

泣いて頭を下げてくる佐藤に、俺は冷たく言い放つ。

「ここがどういうところか知ってて言ってるのか? まさかスマート農業はただ座っていればいいだけだと思ってないか? 楽してお金がもらえるなんて思ってないか?」

どうやら図星だったようで、佐藤は言葉に詰まる。

「いや、そんなことは……でも、普通の農業より楽だろう」

俺はその言葉にため息をついた。

「お前なんか足手まといだよ。お前に農業の知識が少しでもあるのか? 味の違いも分からないだろう。人手は欲しくても、お前みたいなやつは要らない。どうしても働きたいなら、まずは自分で野菜の一つでも育ててからにしてくれ」

俺は佐藤を追い返した。同級生によると、佐藤は「時給自足」とやらをすると言って家庭菜園を始めたらしいが、やはり育たず、家賃を滞納してアパートを追い出され、今はどこで何をしているか分からないという。

俺は今、新しい品種を開発中だ。何人か新しい従業員が入ったので少し楽になった分、研究や開発に時間を回せるようになった。これからも日本の食料自給率に少しでも貢献できるよう、頑張っていきたいと思う。

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