「おい、新人。お前、ここがどこだか知ってるのか?」——ニヤニヤしながら近づいてきた男たちに、俺は笑顔で返した。「俺は呼ばれて来たんですけど。入口を教えてもらえませんか?」しかしその瞬間、男は部下に命令した。「こいつをボコボコにしてやれ」。抵抗もせず殴られ続けた俺は、膝をつかされた。「歓迎の挨拶だよ」と笑いながら腹に蹴りを入れてきたその男に、俺は小声で呟いた。「三田村組本家の幹部の顔は覚えてお…

「おい、新人。お前、ここがどこだか知ってるのか?」——ニヤニヤしながら近づいてきた男たちに、俺は笑顔で返した。「俺は呼ばれて来たんですけど。入口を教えてもらえませんか?」しかしその瞬間、男は部下に命令した。「こいつをボコボコにしてやれ」。抵抗もせず殴られ続けた俺は、膝をつかされた。「歓迎の挨拶だよ」と笑いながら腹に蹴りを入れてきたその男に、俺は小声で呟いた。「三田村組本家の幹部の顔は覚えてお...

「おいおい、あんたここがどこだか知ってるのか?一般人が来てもいいところじゃないんだぜ。」

俺はその男の視線を受け止めて、笑顔で聞き返した。

「二川組の本部はここで合っていますよね。俺は呼ばれて今日初めてここに来たんで、どこから入ればいいのか分からなくて」

俺の言葉を聞いて男たちは顔を見合わせていたが、すぐに先ほどの男が鼻で笑いながら俺に言ってきた。

「なんだお前?うちの新人か何か?新人が呼び出されるなんて、一体何したんだよ」

どうやら彼は俺のことを二川組の下っぱ構成員と勘違いしたらしい。しかし今は約束の時間が迫っているから、いちいち訂正している時間はない。

「入口の場所と事務所までの行き方を教えてくれればそれだけでいいので」

俺がそう言うと、男はますますニヤニヤし始め、後ろに控えている若い男たちも俺に近づいてきた。

「お前、いつさんに向かって案内してくれなんて、何様のつもりだ?いつさんは二川組の若頭補佐にもなっている人なんだぞ」

「ならあなたたちでも構わないので教えてもらえませんか?」

俺が彼らの言葉を無視して質問すると、いつと呼ばれた男は大笑いし始めた。

「お前、本当にバカなんだな。どうせそんなんだから何かやらかして組長に呼び出されたんだろう。下っぱを呼びつけるなんて、それくらいしかないもんな」

俺はそんな彼の言葉を聞き流して腕時計に目をやった。まずい。このままこいつらに構っていたら本当に遅刻してしまう。

「教えてもらえないみたいなんで、自分で探しますね」

そう言って俺は背を返してその場から立ち去ろうとしたのだが、その行手をいつたちは遮ってきた。

「何ですか?俺、本当にもう行かないとまずいんですけど」

「まあ待てよ。いちいち組長が手を下さらなくてもいいようにしてやるからよ」

焦る俺に、いつは妖しく笑いながら意味の分からないことを言い始めた。

そもそも俺は二川組の組長に呼ばれたわけではないんだがな。こんな弱っちい下っぱにわざわざ組長が手を煩わされる必要はねえ。おい、お前ら、こいつをボコってやれ。

いつが二人に命令すると、若い男たちは少し慌てたように聞いた。

「いつさん、いいんですか?勝手なことして後で組長に怒られませんか?」

「お前、若頭補佐である俺に意見するのか?大丈夫さ。組長がこいつに制裁を加える手間を省いてやるだけなんだからな」

「で、でも、こいつが呼び出されたっていう理由を俺らは聞かされてないですし」

「うるせえぞ、日向。俺が命令したらお前らは従えばいいんだよ。さっさとこいつをボコボコにしてやれ」

いつに凄まれて、かきと日向と呼ばれた二人は渋々といった様子で俺の前に立ち、俺のことを殴り始めた。

まともに二人の拳を受けた俺は少しよろめいたが、倒れ込むことはなかった。その後も二人は俺のことを殴り続けたが、どうやら手加減をしてくれているようで、俺はその場に立ち続けることができた。やり返すこともできたが、いつの命令で戸惑いながら俺を殴っている二人を傷つけることはしたくなかった。だから俺はやり返すことなく二人の拳を受け続けたのだが、そんな様子を見たいつが割り込んできた。

「おいお前ら、俺はボコボコにしろって言ったんだぞ。何手抜いてんだよ。俺にやられたくなかったら本気で殴れ」

いつに凄まれて、二人は仕方なしに今度は本気で俺のことを殴り始めた。さすがに二人の本気のパンチを無抵抗で受け続けた俺は、とうとうその場に膝から崩れ落ちてしまった。

その時、いつが近寄ってきて笑いながら俺の腹に思いっきり蹴りを入れてきた。

「この最後の仕上げが俺の仕事なんだよ。若頭補佐としてのな」

ただでさえボコボコにされていた俺は、いつの蹴りを食らって地面に倒れ込む。咳込む俺の様子を、いつは満足げな笑みを浮かべながら見下ろしてくる。

「あとは組長にやってもらうとするか。俺が組長の手間を省いたことをきっと喜んでくれるだろうぜ」

意識が朦朧としてきた俺は、いつの笑い声を聞いて顔を上げ睨みつけた。そんな俺の顔を見ながら、いつはさらに言ってくる。

「意識飛びそうか。歓迎の挨拶だよ」

悔しいその言葉を聞きながら、俺は小さく舌打ちをしながら呟く。

「三田村組本家の幹部メンバーの顔は覚えておけよ」

「へ?」

いつが不思議そうな顔をした時、後ろからバタバタと誰かが近寄ってくる足音が響いてきた。

「若頭、一体何があったんですか?」

倒れ込んでいる俺を抱き起こし、焦ったように声をかけてくる男に、いつが聞く。

「マサルさん、どうしたんですか?こいつの知り合いですか?」

マサルと呼ばれた男が突き刺さるような視線をいつに向けると、いつと部下の二人は震え上がった。

「はぁ?うちの若頭で組長の息子さんだ。お前ら、ただで済むと思うなよ」

「え、そ、そんな…。てっきりうちの新人かと…」

いつが冷や汗を流しながら言い訳を始めたが、マサはいつを睨みつけたままだ。

俺は二人のやり取りを聞いて、少しずつ意識がはっきりとしてきた。

「マサルさん、面倒かけてすみません」

「若頭、お気になさらず。それよりも大丈夫ですか?今、他の者に組長を呼びに行かせてますんで」

そうだ。俺は組長に呼ばれてここに来たんだ。

「組長、怒ってなかった?」

「怒ってなんかないですよ。なかなか来ない若頭を心配して、組長が俺らを探しに来させたんですから」

俺とマサのやり取りを聞いていたいつは、冷や汗を流しながらも俺に話しかけてきた。

「あんた、本当に三田村組の若頭なのか?確か組長には息子はいなかったはず…」

俺はため息をつきながら、いつの疑問に答えてやることにした。

さっき話したヤクザに喧嘩を売ってボロボロになっていた若かりし頃の俺に声をかけてきた人物こそ、三田村組の組長である三田村だったのだ。

あの日、組長は部下に俺を自分の家に運ばせると、俺の怪我の治療をさせた。そして俺がまともに話せるようになると、なぜヤクザに喧嘩を吹っかけたのかと聞いてきた。初めは目を逸らしていた俺だったが、根気よく聞いてくる組長の態度に負け、自分のことを洗いざらい話してしまった。

話しながら俺は自分でもなぜかわからないが涙が止まらなくなり、最後の方はちゃんと言葉になっていなかったと思う。そんな俺の言葉を組長は最後まで静かに聞いてくれ、聞き終わると俺にティッシュを渡しながら、とんでもないことを言ってきたのだ。

「お前、俺の養子になるつもりはないか?」

組長の突然の発言に、俺は意味が分からず困惑した。そんな俺の様子を見て、組長は自分のことを話してくれたのだ。組長の奥さんは病気で早くに亡くなっていて、二人の間に子供もいない。自分に何かあった時に組を任せられる人間がいないのだと。

ヤクザをやっている以上、いくら組長といえどいつ何があるかわからない。しかし、自分の代で組を潰すようなことは他の組員のためにもしたくない。だから俺を後継として養子に迎えて、次組長候補として育てていきたいのだと。

「なんで親も知らない俺を?それにあんたの部下に喧嘩を売ったのに」

俺が疑問を口にすると、組長は静かに笑って答えてくれた。

「お前が荒れた生活から抜け出せないのは、生きる目標がないからだ。俺が目標を与えてやるから、自力で上がってこい」

その日から俺は、組長の息子として生きていくことになったのだ。

俺が成人するまでは、俺が養子になったことは幹部以外には秘密にしていた。息子だと他の組にも知られることになったら、俺が狙われる可能性があったからだ。

俺は学校に通い、帰ってくると幹部たちに鍛えられた。組長の息子だからという理由だけで次組長として扱ってもらうことは俺は嫌だった。組を将来背負って立つのであれば、それだけの実力を身につけて周りの人間に認められた上で任されたい。俺のそんな気持ちを組長は理解してくれて、幹部たちに俺を厳しく指導するように言いつけたのだ。

最初は急に組長の息子になった俺を不審に思っていた幹部たちも、俺の努力を次第に認めてくれるようになっていった。今では俺のことをちゃんと認めてくれて、信頼関係を築くことができている。マサルもそのうちの一人だ。

そんな日々を送り、月日が流れて今年28歳になった俺は、とうとう若頭を任されるほどの実力を身につけたのだ。

俺の話を聞いたいつは、顔面蒼白になりながら俺に頭を下げてきた。

「申し訳ございません…。三田村組の若頭なんて、知らなかったものですから…」

俺のいる三田村組は本家にあたり、二川組はその傘下だ。傘下である二川の人間が本家の若頭に手を上げたなんて、許されるわけはない。

「知らなかったら済む話だと思っているのか」

マサが怒鳴るといつは縮み上がったが、それでも言い訳を重ねてくる。

「で、でも、なぜ自分が本家の人間だと言ってくれなかったのですか?言ってくれてたら、こんなことには…」

「そうですよ。俺らにやり返すこともできたのになぜやり返してこなかったんですか?」

彼らの質問に、俺は静かに答えた。

「君たちはこいつに命令されて仕方なく俺を殴っていただけだろう。目上の人間の命令は無視できないもんな。俺はそんな君たちを殴ることはしたくなかったんだよ」

「そ、そんな…。俺らなんかのことを考えてくれてたんですか?」

「君たちも初めは手加減してくれてたじゃないか。悪いのは若頭補佐とかいう、そこにいる君たちの上司だからね」

俺がいつを睨みつけると、いつの顔はだんだんと青ざめていく。

「俺が自分の素性を教えなかった理由は特にないよ。俺は組長との約束に遅れないように急いでいたから、君たちと話して時間を無駄にしたくなかったんだ。それに俺は君みたいに自分の立場を利用して選ぶことはしたくないからね」

俺がいつに言い放った時、ちょうどその場に互いの組の組長が到着した。二川組の組長は現場の様子を見て一気に顔色が悪くなっていく。

「いつ、これは一体どういうことなんだ?」

二川組の組長がいつに慌てた様子で聞いたが、いつは俯いて冷や汗を流しながら黙ったままだ。

「こいつが部下を喰いかけて、うちの若頭をボコったんですよ。二川さん、どう始末をつけてくれるんですか?」

マサが二川組の組長に食ってかかろうとするのを、三田村組の組長である俺の父が手で制して止めに入った。

「マサル。こいつは傘下の組といえど一応組長だ。お前が手を上げることは許さんぞ」

「あ、はい。申し訳ございません。若頭がやられてつい…」

マサが頭を下げて下がると、組長は俺の方に歩み寄ってきて顔を覗き込んだ。

「裕介、大丈夫か?随分とズタボロにされたもんだ」

「すみません。大丈夫です」

俺の言葉を聞いて組長は立ち上がり、今度はいつたちの方に歩み寄っていく。その姿を見て、いつと部下の二人は一斉に土下座して父にすがりついた。

「申し訳ございません!この人が若頭だって知らなかったんです!どうかお慈悲を!」

「知らなかったら人の息子に手を出していいことになるのか」

組長の威圧的な声に、いつは震え上がって言葉を失っている。

「こいつらが息子さんを殴った張本人です!俺は直接手を下していません!処分ならこいつらを処分してください!」

「そ、そんな…!いつさんが俺らに命令したんじゃないですか!」

「そうですよ!俺らは本当にやってもいいのかっていつさんに聞いたじゃないですか!」

二人が反抗すると、いつはさも当然とばかりに二人に言い放った。

「お前らよりも俺の方が立場が上なんだぞ。上の人間を守ることも下っぱのお前らの立派な務めだろうが」

「ひどいですよ、いつさん…」

いつに罪をなすりつけられて、二人は絶望的な表情になっていった。

そんなやり取りを見ていた組長は、いつを睨みつけて話し始めた。

「お前、今言った言葉は本心か?それとも冗談のつもりか?」

組長に問われて、いつは震えながらも質問に答える。

「だ、確かに俺が指示を出しましたが、こいつらが本当にやりたくなかったのであれば断ることもできたはずです。こいつらが自分の意思で俺の指示に従ったんですよ」

いつきのあまりにひどい暴論に、俺は呆れてしまった。下の者が上の人間から命令されて拒むことなんて、このヤクザの世界でできるわけないだろうに。それに彼らはいつの指示に従いながらも手を抜いてくれた。彼らが本心からやりたいと思っていなかったことの確かな証拠だ。

俺は痛みをこらえながらなんとか立ち上がり、組長のそばに歩いていき、組長に告げた。

「組長、この二人はこいつのボコボコにしろという命令に背いて、俺を手加減しながら殴ってきました。それを見抜いたこいつが、もっと本気でやるようにこいつらに言ってやらせたんです。だから処分はこのいつだけにしてください。それにこいつは最後に俺の腹に強烈な蹴りを入れてくれましたから、ちゃんと自分も手を出しているんです」

「そうか。お前がそれでいいなら、二川のお前もそれで異論はないな」

組長の言葉に、二川組の組長は慌てて頷く。

「も、もちろん。三田村さんがそれでいいとおっしゃるのであれば、こちらは異論ありません」

「組長!俺は組長のことを思ってやったんですよ!組長が下っぱに煩わされることのないようにと思ってしたことなんです!」

いつが縋って二川組の組長にすがったが、彼はそれをばっさりと切り捨てた。

「黙れ。お前が勘違いして確認もせずに勝手にしたことだろうが。お前なんかのために組を危険にさらせるか。そもそも俺はお前が若頭補佐だなんて一言も言ってないぞ」

いつの若頭補佐というのは、どうやら自称だったらしい。こんな者を若頭の候補にするなんてと、二川組の組長の人物を見る目を疑ってしまったが、そんなことはなかったようで俺は安心した。

「マサル、連れて行け。処分はお前に任せる」

「はい。お任せください」

そう言ってマサルは、泣き喚いて逃げ出そうとするいつを他の組員を使ってどこかへと引きずっていった。

「うちの者が本家の若頭に無礼を働いて、本当に申し訳ありませんでした」

二川組の組長が頭を下げてきたが、彼が悪いわけではない。俺はその謝罪を受け入れて、改めて挨拶をした。

「今日はこいつの若頭就任をお披露目するためにここに呼んだんだがな。こんなズタボロの姿ではこいつも嫌だろうから、気を改めさせてくれ」

組長はそう言って俺のことを促して、その日は一度帰ることになったのだった。

その後、いつがどうなったかは聞いていないが、二川組から姿を消したようだったから、きっちりマサが処分したのだろう。

俺はと言うと、傘下の組に正式に俺が本家の若頭に就任したことを伝えた。

「お前が自分の実力で勝ち取った地位だ。胸を張りなさい」

そう言って微笑む組長に、俺は感謝しかない。あの時組長が俺を拾って養子にしてくれていなかったら、今の俺はいなかっただろう。俺はこれからも組長である父のため、父の大切な組を守るために日々努力を重ねていくつもりだ。

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