夕食の支度をしていた私の手が止まった。夫と義母が、私が作ったばかりの料理と、実家から届いたばかりの野菜を、何の躊躇もなくゴミ箱に捨てたからだ。「こんな汚い野菜、食べられるか」と。私は何も言えず、ただその光景を見ていることしかできなかった。あの日までは。夫は私を「役立たず」と笑い、義母は「不妊の詐欺師」と罵った。私が実家を「5000万の車で1億の豪邸」と例えた時、彼らは嘲笑した。でも、彼らは知…

夕食の支度をしていた私の手が止まった。夫と義母が、私が作ったばかりの料理と、実家から届いたばかりの野菜を、何の躊躇もなくゴミ箱に捨てたからだ。「こんな汚い野菜、食べられるか」と。私は何も言えず、ただその光景を見ていることしかできなかった。あの日までは。夫は私を「役立たず」と笑い、義母は「不妊の詐欺師」と罵った。私が実家を「5000万の車で1億の豪邸」と例えた時、彼らは嘲笑した。でも、彼らは知...

「お前は本当に役立たずだな。母さんの言う通り、家事もできない。小さな会社で働いて安月給。俺がいなかったら生きていけないな」
夫の正は義母と一緒になって、これでもかと私を罵倒していた。義母もそれに続く。
「おまけに実家はお化け屋敷みたいにボロボロ。ご両親は農家で毎日ドロドロだもんね。しかもとこさんは不妊だし、飛んだ詐欺師ね」
こういう言葉は今に始まったことではない。結婚してからこの1年間、私はずっと黙って耐えてきた。しかし、この時ばかりは冷静に言い返した。
「今すぐ実家に帰ります。5000万の車で1億の豪邸に」
夫は大笑いした。
「あはは、なんだよその負け惜しみは。珍しく言い返したかと思えば馬鹿なこと。俺の愛車のベンツだって700万だぞ。鞭打って怖いよな。ともこ、出て行きたいなら出て行けよ。まあ、どうせすぐに戻ってくるんだろうがな」
夫は心底楽しそうだった。ただ楽しむために私をいびっているのだ。でも、もう終わりだ。私は全て知っているから。

義母は冷たく言い放った。
「もうその辺にしておきなさいよ。そんなに笑ったらともこさんがかわいそうでしょ。ともこさんは子供の頃から優秀で有名大学を卒業して一流企業に就職したのよ。周りの人からも羨ましがられて鼻が高いわ。それだけじゃなくて父さんのことも私のことも支えてくれたのよ。何度言ったら分かるの? 田舎の高卒の頭じゃ覚えられないのかしらね」
結婚してからというもの、義母は息子の優秀さを長々と語り、私のことは高卒だ田舎者だと見下してくる。そして何よりも辛いのは、子供ができないことを責められることだった。夫に相談しても「不妊で家事ができないお前が悪いんだろう」と冷たく突き放されるだけだった。

いつものように私を見下した発言で盛り上がる義母と夫。私はここで、義母が知らない事実を突きつけることにした。
「これを見て」
私は鞄から2つの通帳を取り出した。夫の顔が蒼白になる。
「これがどうしたの? 」
「まず1つ目は2人で共同で貯めている通帳です。そして最後のページをめくると600万が一気に引き出されている。これ、正さんが車を買うために下ろしたんですよ。共有財産を私に無断で使ったんです」
2人は固まってしまっている。
「そして2つ目の通帳。これは私が独身時代に貯めたお金です。そこから200万、共有財産が引き出されたのと同じ日に出されていました」
「いや、それは勘違いだよ。確かに無断で使ったのは悪かったけど、車を買うのに使ったわけじゃ」
「とぼけないでよ。これ、車買った時の契約書でしょ。お金を下ろした日と契約日、一緒じゃないの? 」
夫は無言で下を向いた。私のことを散々「安月給」と言っていたくせに、その妻である私のお金に手を出すなんて。
ここで2人が謝ってくれていたら、少しはマシな未来もあったかもしれない。しかし義母はとんでもない言葉を口にした。
「まさ、顔をあげなさい。あなたは何も悪くないわよ。こんな不良品の嫁を今まで養ってあげたんだもの。それに共有財産も嫁のお金も、結婚したら夫にも自由に使う権利があるのよ」
私は呆れてものも言えなかった。義母は私の背中を押して玄関まで連れて行く。
「というわけでさようなら、貧乏人さん」
夫が玄関のドアをガラッと開けた。私は冷静に言い返す。
「あら、ちょうど迎えが来たわ。というわけで、お世話になりました」
玄関の外を見た瞬間、夫は驚いていた。いや、目を輝かせている。そこに止まっていたのは、夫の憧れの車の1つであるランボルギーニだったからだ。すると車のドアが開いて、作業着姿の2人が出てきた。私の両親だ。
「突然呼んでごめんね、お父さん、お母さん」
両親は丁寧に夫と義母に挨拶をした。
「どうもご無沙汰しております。娘がお世話になっております」
夫は状況が飲み込めず、困惑した様子だ。
「あの、お父さん、この車どうしたんですか?

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「実は私の父も正君と同じく車好きでね。今は年を取って免許は返納したけど、あの頃は仕事に趣味にとバリバリ車に乗り回していたんだ。そこで以前から欲しいと言っていたこの車を、定年退職の祝いにプレゼントしたんだ」
「こんな高い車をプレゼント? 」
「普段は農作業ばっかりしているから軽トラに乗っているけど、今日のためにこの車に乗ってきたんです」
夫と義母は信じられないという様子だ。義母は私の実家を「農家でボロい」と馬鹿にしてきた。そしてこの日、私は夫の金遣いの不正を暴き、義母の侮辱に反撃した。2人がどれほど間違っていたか、思い知らせてやるつもりだった。

「ともこさん、今農家の収入は大したことないって言っていたわよね。じゃあ具体的に私の両親の年収、いくらだと思ってる? 」
「せいぜい300万だろ。それに比べて俺の年収は1000万。半分より低いじゃねえか。笑える」
「あんたの年収なんか聞いてないっつうの。夫婦なんだから知ってるわよ。ちなみに今の答えは大外れ。0が1つ少ないです」
「え、2000万? 3000万ってこと?


「はい、そうです。どうですか? これで今までの私の実家に対する暴言は撤回してくれますか? 」
義母と夫の顔は驚きとショックに満ちている。すると母が口を開いた。
「あなたたちは農家と言うだけで私たちを貧乏人と決めつけていましたね。まあ、実際に収入が少ない時期もありましたから、それに関しては言われてもしょうがないわ。だけど、そのことで大事な娘をいびっているなら話は別ですね」
「いびっているなんて人聞きの悪い。嫁として成っていないところがあったから、少し助言していただけですが」
「ちなみにこれ、もう両親には見せたからね」
私はスマホを操作して動画を見せた。今まで私をいびってきた夫と義母の様子の数々だ。先ほど言っていた料理と野菜を捨てた時の動画も、きちんと残っている。
「気づかれなくて良かったわ。いつか使えるだろうと小型カメラを家に仕込んでいたのよ」
証拠映像まで撮られていると知らなかった義母と夫は言葉を失った。父は冷たい目で2人を見つめる。
「人を見た目で判断するような奴には、うちの娘は任せられん。ともこ、帰るぞ」
そうして私は父が運転してきたランボルギーニに乗り込んだ。車の中で両親は大笑いし始めた。
「ああ、すっきりした。あんなにきついことを言う父さん、久しぶりだわ」
「そりゃなあ。わしらのこと何も知らんと大口叩きやがって。もっと言ってやればよかったわ。でも明日も頑張らんといけんけんね。とも子も仕事が決まるまで手伝ってよね」
ほがらかな両親。こんな両親が私は昔から大好きだ。私は次の相談を持ちかけた。
「もちろん運転手も手伝わせてもらうわ。けど、もう少し協力して欲しいことがあるの」
私の話を聞いて両親はあっさりと賛成してくれた。
「うん。わしらもそんな気がしていたんだ」
「楽しみね。ふふふ」

実家に帰ってからの数日は、農作業を手伝いながら気持ちよく過ごした。結婚してからは自然に触れることがめっきりなくなっていたし、何よりも嫌がらせをする夫や義母がいなくなったから、田舎の空気がより一層美味しく感じられる。両親と3人で畑に行く準備をしていると、見覚えのあるベンツが家の近くに止まった。やっぱり来たか。
ベンツから出てきたのは、夫と義母だ。田舎には似つかわしくない、いつもより着飾った服装だ。
「やっぱり相変わらずのボロ屋ね。うわ、くせえ。この街、虫と獣しか住んでねえんじゃねえの」
わざとらしく嫌な顔をしながら、2人は私の実家を指さして笑っている。
「人がここにおるがな。で、朝早くからここに来て何の用じゃ? 」
父が2人に近づいてこう言うと、夫が笑いながら返した。
「年収嘘とかやっぱり嘘だろ。貧乏人が肩寄せ合って済むようなボロ屋じゃん。おまけに汚れた軽トラ。どう見てもこれ、金持ちの家と車じゃねえだろう」
両親は呆れて深いため息をついた。
「そんなに汚いとか言うなら、最初から来なければいいのに」
「父さん、あれをお見せするしかないわね」
「そうだな。2人とも少しついてきてくれないかね」
そうして私たち5人はある場所へ歩いて向かった。着いた先は、普段両親が住んでいる老朽化した実家とは対象的な大邸宅だった。夫は大好きな高級車の数々を目の前にして興奮している。
「うわ、この前のランボルギーニ、それにあれもこれも超高級車だ。マイバッハ、ロールスロイス、ベントレー、何台あるんだよ。これ全部売ったら何千万?

いや、億超えだぞ」
ようやく私の実家がお金持ちだと分かったらしい。
「あの、これだけの家が建てられるなら、どうしてあんな古い家に住んでいるの? 」
義母がおずおずと父に尋ねた。父はゆっくりと話し始めた。
「私たちだって最初からこんなに順風満帆じゃなかったんだよ。農業というのは天候に左右されるから、毎年安定した収入があるわけじゃない。とも子が学生の頃に水害や台風で畑が荒らされた頃は、そりゃもう生活は苦しかった。そんな中、とも子はこの状況を理解してから一番近い高校に進んで働いてくれたんだよ。その時だった。私の父と母が見かねて、自分たちが住んでいた家を譲ってくれたんだ。それがさっきのボロ屋さ。外見でしか物事を判断できないあなたたちには分からないでしょうけど。あの家は私たち家族にとって思い出のたくさん詰まった家なのよ。だからあのまま残しているの」
「もう1回言わせてもらうけど、大切なのは見た目じゃないの。物も人も、その中身を知って初めて価値が分かるのよ。頭がいいのに、あなたたちはそんなことも分からなかったのね」
義母も夫も下を向いて「はい」と小さく返事をした。とりあえず一見落着かと思ったその時だった。
「ふふふ。あはは」
突然、義母と夫が大声で笑い始めた。
「ちょっと何がおかしいのよ。私たちが貧乏でないっていうのはもう分かったわよね」
すると夫は私を見て鼻息を荒くした。
「確かに両親は素晴らしいよ。だけど、その両親から生まれたのは不妊の役立たずだもんな」
「そうよ。この役立たずを優秀な息子がもらってあげたのよ。感謝しなさい」
またこいつは娘を馬鹿にした。父が飛びかかろうとしたのを、私は優しく止めた。
「まあまあ父さん、落ち着いて。興奮する前にこれを見てくれる? ほら、お母さんも」
私がスマホの画像を見せると、3人が同時に目を丸くした。写真には、夫が産婦人科に入っていく様子が映っていた。
「まあ、まさ。不妊の嫁に内緒で検査に行っているなんて、優しいのね」
「そうですよね。不妊とけなしながらこっそり検査してくれるなんて、それは嬉しいことです。そこまではね」
「で、結果はこれでした」
「嘘でしょ? なんで?

なんでお前がこの写真を持っている? 」
「私、この前言ったでしょ? あんたが私をいびっている証拠を集めるためにカメラを仕込んだって。そしたらあんたが慌てふためきながらこの診療所に出入りする様子が映っていたのよ。そして、これが私の検査結果。検査の結果、不妊だと判明したのは私ではなく、夫の方だったのだ」
夫は泣きながら答えた。
「怖かったんだ。俺が不妊だと知られて軽蔑されるのが怖かったんだ。だからともこが不妊ってことにしていびっていたんだ」
義母は少し困った顔で夫を見ている。すると母が義母に問いかけた。
「あなた、おっしゃいましたよね。子供ができないのは役立たずって。それじゃああなたの息子さんである正さんは役立たずなんですか? 」
「ご、ごめんなさい」
義母は今までとは打って変わって、頭を深く下げ、床に手をついた。夫もそれに続くように土下座した。そして夫は私に懇願した。
「今までいびったり実家の悪口を言ったり、挙句に不妊を隠していて悪かった。これからはお前に寄り添えるいい夫になる。家事についても口うるさくダメ出ししない。だから戻ってきてくれ」
「まさの言う通りよ。これまでのことは謝るし、責任も取らせるから、また一緒に都会で生活しましょう」
私は冷たく言い放った。
「あなたたち、自分が何を言っているか分かりますか?

母が言ったように、人間の本質は中身です。あなたたちのように外見は良くても性格は最悪。つまり中身が腐った人の元には戻れません。さっさと出ていってください」
「こんなど田舎にわざわざ来てやってんだぞ」
「うるさいわね。近所迷惑だからさっさと帰れって言ってんの。もう2度と私たちの前に現れないでくださいね」
ギャーギャー言ってわめく夫と義母を置き去りにして、私たちは今日の作業へと向かった。

数日後、私は両親の指示である場所に身を隠していた。やっぱり来たわね。その男は手にバールを持って、ひょっこりその場所にやってきた。あの豪邸の駐車場だ。父は夫がまたここに来ると予想していた。夫が高級車を見て「これ全部売ったら何千万? 」と言った時、彼の目の奥に何か黒いものを感じたのだ。
「そこで何してるの? 」
「ま、うわ、なんでそこにいるんだよ」
「それは私たちの家だからいるわよ。そんなもの持って、何をしようとしてたの? 」
「な、なな、そんなわけないだろう。もう1回見たかっただけだ」
「じゃあ、その手に持っているバールは何なの?

まあ、あなたには車を盗まざるを得ない理由があるもんね」
「は? 何の話だ? 」
「あなたは私の貯金と夫婦の貯金でベンツを買った。その時点で気づいていたけどね。不妊の証拠を掴んだと同時に、あなたが借金をしているという動かぬ証拠も掴んだのよ」
「借金、そんなの知らないな」
夫はそっぽを向いているが、分かりやすい脂汗が流れている。私は持っていた封筒を投げつけた。中には借用書と写真と探偵の調査結果が入っている。
「病院に行っていたのも治療していたのも建前だったのよね。本当は若い看護師に会うことが目当てだったんだよね。看護師には独身だと偽って近づいて、ブランド物を貢いでいたのよね。おかげで全て貯金はなくなった。それでも彼女を口説くためにベンツを私の貯金で買ったのよね。お母さんに失望されるのが怖いってのも嘘。本当は私と別れて彼女との再婚を目論んでいただけ。今までお母さんを世話していたのも、ただ遺産を全額もらいたかっただけ。本当は邪魔な存在だってね。全部調べはついているのよ」
「ああ、そうだよ。俺の代わりにともこをいびってくれていたから利用しただけだよ。兄弟も父親もいねえから遺産は独占できるしな。お前の言う通り、俺は離婚して彼女と結婚するんだよ」
「だ、そうです。どう思われますか? お母さん」
車の影から義母が現れた。目を吊り上げて怒っている。
「まさ、よくも今まで嘘ついてたわね」
「え、なんで母さんもいるんだよ」
「あんたがここに1人で現れたっていうから呼び出されたのよ。もう、あんたに『母さん』なんて呼ばれたくないわ」
私は、夫が豪邸に侵入した直後に義母を呼び出したのだ。この際だから夫の本質をしっかりと見てもらおうと思ったのだ。
義母は夫の手を払いのけ、張り手を食らわせた。
「触るな。この前もともこさんが不妊だって嘘をついていたのに。そんなこと信用できるわけないでしょう。もう2度と家の敷居をまたがないで」
そう言うと義母は早足で去っていった。残念ながら夫の地獄は母親に見捨てられるだけでは終わらない。この邸宅のセキュリティはしっかりしていて、夫が駐車場に侵入した時にはもうシステムが作動していた。警備員が数人、夫を捕まえて連れて行こうとしている。
「話せよ。俺は盗みなんてしていない。ただ見ていただけだ。おい、助けてくれ」
「じゃあ手に持っているそれは何だ?

いいから来い」
夫は警備員に連れて行かれた。当然のことながら、しばらくは警察のお世話になることになるだろう。その後、たくさんの証拠を準備していたため、私と夫の離婚はあっさり成立した。風の噂では、夫が看護師と浮気をしていることはとっくに会社にバレていたそうだ。それが原因で一部の同僚から嫌がらせを受けているが、借金返済のために辞めることができないでいるようだ。同時に、嫁いびりをしていた自分がいかに愚かだったかを思い知らされたらしく、何度も私に謝罪のメールを送ってくる。当然、今更許す気にもならないので無視している。さらに、浮気相手だった看護師は実は既婚者であることも判明した。元夫は完全に1人ぼっちになってしまったようだ。
ちなみに私を一番いびっていた義母は、近所の人から「嫁いびりをして追い出した鬼姑」と指を刺され、これまた肩身の狭い思いをしているらしい。
一方私はと言うと、地元に戻って就職が決まった。しばらく家にいたらいいのにと両親は言ってくれたが、ここまで協力してもらっていてさらに甘えるわけにはいかないと思い、1人暮らしをすることにした。その代わり、休日は実家に農業の手伝いに行ったり、祖父母の元にも遊びに行っている。両親は基本的には例の豪邸で祖父母と暮らしているが、実際は老朽化の進んだ家で過ごしていることの方が多い。
「建てておいてなんだけど、私と父さんにはやっぱりこっちが落ち着くのよ」
母は笑っていつもこう言う。思い出には何者にも代えがたい価値がある。私は両親を見て思うのだった。