篠原千子は、財布から2000円札を抜き取る時、指が一瞬止まった。止まって、また動いた。それだけのことだった。それが全ての始まりだった。
人は崩れていく時、誰かに突き落とされるわけではない。自分の足で一歩ずつ丁寧に降りていく。気づいた時には、もう光の届かない場所に立っている。
彼女は66歳。40年間、区の行政機関で事務職として働いてきた。窓口業務から始まり、退職時には係長代理の肩書きがついていた。正確で、感情を表に出さず、どんな苦情も静かに処理してきた。服装は地味な色でまとめ、髪は束ねて後頭部で止める。話し方は穏やかで、間を置いてから答える。
夫の洋一は、その年の2月の終わりに亡くなった。末期の膵臓癌と診断されてから8ヶ月。予後宣告を受けた日、千子は泣かなかった。泣くより先にやることがありすぎて、そういう感情を後回しにするうちに、気がついたら夫は死んでいた。
葬儀を済ませ、手続きを片付け、カナダに住む息子の牧一郎にも連絡を入れた。息子は葬儀には駆けつけてきたが、1週間も経たないうちに戻っていった。仕方がない。仕事があると言っていた。
問題はそれからだった。洋一がいた頃は、夕食の時間に合わせて何かが動いていた。洋一の好みを考え、洋一が喜ぶ顔を想像する。その何気ない段取りが千子の夕方を埋めていた。今は何もない。鍋があって、米があって、材料を買って帰ってきた自分がいるだけだ。
4月の第2週、千子は近所のスーパーからの帰りに公園のベンチに座った。家に帰っても鍋の前で止まるだけだと分かっていたからかもしれない。隣のベンチに女が座った。60前後に見えたが、服が派手だった。紫がかったジャケットに、大きなスカーフ。甘くて少し癖のある香水の匂い。女は電子タバコらしきものを口に加え、白い煙を細く吐いた。
「お買い物ですか」
千子は少し間を置いてから、「ええ」と答えた。
女は続けた。「最近引っ越してきたんですよ。この辺り。1人なんで、近所に顔見知りでもいればと思って」
女は黒崎ひさえと名乗った。62歳で離婚して、1人でいると言った。言わなくていいことをさらりと言う人間だった。指輪を両手に3本ずつ。話し方は過剰に馴れ馴れしいが、嫌味な感じではなく、むしろ何かを埋めようとして言葉を出し続けているように見えた。
「1人には慣れてるんですけど」とひさえは言った。「慣れてるのと、寂しくないのは別ですよね」
千子はその言葉に少しだけ引っかかった。
「ご主人は?」とひさえが聞いた。
千子は短く答えた。「2月に亡くなりました」
ひさえはすぐに余計な言葉を言わなかった。ちょっと間を置いてから、「そうでしたか」と静かに言った。その間の置き方が、千子には少し意外だった。
その後、2人は何度か偶然に会った。5月の連休が明けた週の木曜日、ひさえが言った。
「しの原さん、この後パチンコでも行きませんか?」
千子は即座に断った。「ギャンブルは好きじゃないので」
ひさえは笑った。「ギャンブルとは違いますよ。お金をかけるというより、あの音とか光が気分転換になるんです。1円パチンコって知ってますか? 1玉1円のやつ。1000円持って行っても2時間は遊べますよ」
次の週、ひさえからショートメッセージが届いた。「今日の午後、近くのゲームのそばにあるお店に行くんですが、暇なら一緒にどうですか」と書いてあった。
千子はしばらく画面を見た。暇かどうかと言われれば、暇だった。時間はあるが、何もしたいことがないという状態だった。「行きます」と返信した。
パチンコ店は、ゲームセンターの裏手の路地を入ったところにあった。扉が開くたびに音が漏れてきた。千子は扉の前で一歩だけ止まった。中に入ると音が全身を包んだ。機械が何百も並び、それぞれが違うリズムでなっていて、合わさると1つの大きな雑音になっていた。タバコの煙が空調で薄まっているが、それでも存在を感じた。
ひさえに教えられ、千子は隣の台の前に立った。財布を開け、1000円だけ入れようとして、なぜか2000円を入れた。15分ほど経った頃、画面で数字が揃い始めた。左が7、中が7、右が回っている。明るくて早いリズムの音楽が流れ、右の数字が止まった。7だった。3つ並んだ瞬間、玉が大量に流れ出てきた。
千子は思わず台から少し体を引いた。視覚的な情報と音が同時に来て、処理が追いつかなかった。その数分間、頭の中から別の考えが消えた。洋一のこと、牧一郎のこと、夕食のこと。全部が音の向こうに追いやられた。残ったのは、目の前の光と手の中のハンドルの感触と、次の玉がどこに行くかということだけだった。
店を出たのは2時間半後だった。2万5000円のプラスだった。
「すごいじゃないですか」とひさえが笑った。
千子には実感が湧かなかった。ただ、2時間半の間、何も考えなかったことは確かだった。家に戻ると、今日はちゃんと椅子を引いてテーブルに向かって食べた。洋一の席は開いたままだった。でも今日は、その空席をいつもより少しだけ長く見た気がした。
自分に言い聞かせた。今日はたまたま良かっただけだ。1円玉なんだから、遊び台として使っても大した金額ではない。それだけのことだ。
しかし、5月の第3週から、千子の午後の過ごし方は変わっていた。意識して決めたことではなかった。ただ、気がついたら午後になると体が動いていた。最初の週は週に2回。そのうち週に3回になった。木、土。気がついたらそうなっていた。ひさえも大体同じ日に来ていた。
パチンコ店は、千子にとって最小限の騒音の場所だった。しかし、何度も通ううちに、その騒音は背景になった。台の前に座ると外のことが遠くなった。洋一の仏壇。牧一郎からの用事にしか来ないメッセージ。そういうものが、2時間だけ確実に消えた。消えていた分だけ、店を出て戻ってきた時、重かった。
6月に入ると、1円パチンコが以前ほど面白くなくなった。最初の週にあったあの感覚、頭が一瞬空白になる感覚が、1円台では湧かなかった。負けが続く日も増えた。1000円入れて2時間も持たずに使い切ることがあり、そういう日は追加で1000円を入れた。気がついたら3000円使っていたという日があった。
6月の中旬の木曜日、ひさえが言った。
「篠原さん、1円台ってそろそろ飽きてきませんか? 1円台は店側が閉めてるんですよ。当たりが出にくいように設定してある。4円台の方が一発で取り戻せますよ」
千子は何も答えなかった。移行したのは、その5日後だった。あの感覚、頭の中が空白になる感覚を、最近は1円台では得られなくなっていた。それだけのことだ。
4円コーナーの台に座った。1玉の重みが違う。玉が消えるたびに4円ずつ消えていく。最初の5分間、千子の手に汗をかいた。15分後、最初の1000円が消えた。追加で1000円を入れた。20分後、それも消えた。また1000円。合計3000円が消えた頃、画面が変わり始めた。リーチになった。1円台で感じなくなっていた緊張感が胸の中に蘇った。止まった。外れた。
しかし、その直後、またリーチ。今度は当たった。玉がどっと流れた。体の中で何かが解放された気がした。2時間後、換金すると7000円のプラスだった。帰り道、千子は右手で財布を握った。指輪を回すことを忘れていた。
7月になると、生活のリズムが変わっていた。朝は遅く起きるようになった。夜眠れない時間が増えたからだった。眠れないのは、負けた日の夜だった。3万円使って戻れなかった日。そういう夜は、布団の中で台の画面がまぶたの裏に映った。もう1回リーチが来ていたら、あそこで台を変えなければ。そういう思考の反芻が止まらなかった。
食事の支度が面倒になった。コンビニで菓子パンを1つ買って、それで昼食にする日が増えた。夕食も同じようになった。何も食べずに水だけで終わる日もあった。体重が落ちたかもしれないが、確かめなかった。
外見にも変化が出た。以前は外出前に必ず鏡を確認した。しかし、その習慣が店に行く時は適用されなくなった。パチンコ店で身なりを見る人間はいない。7月の半ば、ひさえと店で顔を合わせた時、ひさえが一度、千子を上から下まで見た。何も言わなかった。千子も何も言わなかった。
7月24日木曜日、千子はその日、1万円が消え、ATMで追加の1万円を引き出し、それも消えた。また1万円を引き出した。3万円目だった。今度は1時間もかからずに使い切った。大きな演出が3回来て、全部外れた。財布を開けると、1万円札が1枚あった。すぐに取り戻せる。今日は運が悪かっただけで、あと少しで当たりが来るはずだ。
その1万円を機械に入れた。30分後、それも消えた。
ATMに行き、残高を確認した。画面に数字が出た。千子はその数字を見て、手が少し震えた。引き出せる金額はあった。しかし、数字が以前と比べて随分小さくなっていた。今日だけで6万円使った。ATMの前に立ったまま30秒ほど画面を見ていた。引き出さなかった。その日、初めて引き出さずに店を出た。
夜の7時過ぎ、家に戻った。コートも脱がずにソファに座った。6万円は、千子が窓口で働いていた最後の頃の月収の3分の1程度に当たった。1日で。しかし、感情がその数字に追いつかなかった。驚いていなかった。怒っていなかった。悲しくもなかった。ただ数字があった。
洋一が生きていたら、こんなことにはなっていなかっただろう。しかし、それが何の意味もないことも確かだった。
8月の頭から、千子は毎日店に行くようになった。週3回が週5回になり、やがてほぼ毎日になった。1日に使う金額も増えていた。2万円が基準になり、3万円使う日も珍しくなくなった。退職金の口座からも引き出し始めた。最初は5万円。次は10万円。その次は30万円をまとめて引き出した。その度に、取り戻したら元に戻すと思っていた。取り戻せなかった。
8月の半ば、ひさえと店の外で話した。「ひさえさんは、負けた時どうやって気持ちを切り替えますか?」と千子が聞くと、ひさえは少し間を置いて言った。「あまり切り替えないですよ。負けたら負けたで、明日また来ればいいかなって」そして続けた。「篠原さん、最近随分気合い入ってますね。何か通ってますか?」
千子は「そうですね」と短く答えた。ひさえは笑ったが、笑い方がいつもより薄かった。「気をつけた方がいいですよ。あんまりのめり込まないように」
8月27日水曜日。この日のことを千子は後々まで細かく覚えていた。朝から調子がおかしいとは感じていた。ATMで引き出した時、残高の数字がいよいよ少なくなっていた。それでも店に来た。今日こそ大きく取り戻すという思いがあった。午前11時の開店と同時に入った。最初の1時間で1万5000円が消えた。台を変えた。また消えた。3代目に移った。
午後2時、3時。リーチを何度外しながら打ち続けた。大当たりが1度来たが、すぐに使い切った。午後5時、手元の玉が消えた。財布を開くと、入れるものがなかった。ATMに行った。画面を確認した。指が止まった。残高が、その日だけで6万円以上出ていた。累計で考えれば、今月だけで30万以上になっていた。
引き出した。2万円。今日これで終わりにすると自分に言い聞かせながら歩いて戻った。それも1時間で消えた。
閉店は午後11時だったが、千子が立ち上がったのは8時を過ぎた頃だった。財布が空になっていた。家に帰ると、リビングの床に座り込んだ。床が冷たかった。冷たさが少しだけ頭を戻した。今日1日で8万円を超えた。その数字が、今度はゆっくりと実感を持って入ってきた。8万円は、千子の1ヶ月の年金受給額とほぼ同じだった。1ヶ月分を、1日で。
頭の中では台の音楽がまだ鳴っていた。以前の自分がここにいないことは分かっていた。以前の自分が今ここにいたら、何と言うだろう。そう考えたが、その声が思い出せなかった。
9月になっても、千子は毎日店に来た。昨日の負けを今日取り戻す。それが朝、布団から体を引き剥がす、目的とは言えないものが目的の代わりに機能していた。9月の最初の2週間で、千子は退職金の口座からさらに80万円を引き出した。その度に、これで最後にする。これで取り戻したら元の口座に戻すと考えた。1度も戻せなかった。
10月の第1週の水曜日、ひさえから電話がかかってきた。いつもはショートメッセージだけなのに。声のトーンが普通ではなかった。
「篠原さん、今日時間ありますか? 会えますか?」
ファミリーレストランで落ち合うと、ひさえは化粧が薄かった。メニューを開く前に、ひさえが話し始めた。
「実はね、困ったことになっちゃって」声が揺れていた。「昔の借金があって。ずっと放っておいたやつが、回収みたいな人たちに知られてしまって、何度か家に来てるんです。怖くて」
千子は聞いた。「警察には相談しましたか?」
ひさえは首を振った。「警察に相談できる種類のことじゃないんです。私も昔、ちょっと良くないお金の借り方をして……だから向こうの方が立場が強くて」
ひさえが言った。「300万円あれば、全部ケリがつくんです。300万円払えばもう来ないって言ってるらしくて。篠原さんに頼むのは本当に申し訳ないんですけど、頼れる人が誰もいなくて。もし300万円貸してもらえたら、必ず返します。パチンコやめて、ちゃんと仕事して必ず返す」
千子はコーヒーカップを持った。飲まずに置いた。
その夜、千子は久しぶりに眠れなかった。パチンコの台の音ではなく、ひさえの話が頭の中を回っていた。千子には、夫の洋一が残した生命保険の死亡保険金があった。500万円。パチンコの費用は退職金の口座から出していたが、保険金だけは別の口座に置いていた。
ひさえの話が本当かどうか分からなかった。本当ではないかもしれないという考えがあった。しかし、ひさえの怯え方が演技には見えなかった。あの目の動き、指の震え、化粧を薄くしてきたこと。
千子には、ひさえを信じる理由が1つあった。ひさえは、千子が退職後に初めてできた、定期的に顔を合わせる相手だった。洋一が死んで、牧一郎が遠くにいて、以前の職場の同僚たちとも疎遠になっていた。ひさえと店で顔を合わせ、外でコーヒーを飲む。それだけの関係だったが、それが今の千子には唯一の、人との接点だった。その唯一の人が今、困っている。
翌朝、千子は銀行に行った。貯蓄専用の口座から300万円を引き出し、ひさえに指定された口座に振り込んだ。窓口の行員が「大きな金額ですが、ご本人の意思でのお引き出しですか」と確認した。千子は「ええ」と答えた。
ひさえにショートメッセージを送った。「振り込みしました」と書いた。返信が来た。「本当にありがとうございます。助かりました。絶対に返します」と書いてあった。
その翌日から、ひさえは店に来なくなった。最初の日は気にしなかった。調子の悪い日や用事のある日もある。2日目も来なかった。ショートメッセージを送った。返信が来なかった。3日目、また送った。既読がつかなかった。4日目、電話をかけた。繋がらなかった。5日目、また電話した。今度は「この番号は現在使われていません」というアナウンスが流れた。
千子は店に行き、常連客に聞いた。「あの派手な服装の女性、最近見ませんか?」
知っている人はいなかった。1人が言った。「そういえば先週から見かけないですね。急にいなくなった人って、たまにいますよ」
2週間後、千子は別の常連客から話を聞いた。60代の男性で、千子と同じ列によく座っていた人だった。
「あの、黒崎さんという方と知り合いでしたよね。実はあの方、この辺りでは有名なんですよ。何人かから聞いた話なんですが、1人暮らしの年配の方に近づいて、お金を借りて消えてしまうっていうことを繰り返してるらしくて。私の知り合いも以前に50万円化して、戻ってこなかったと言っていました」
千子はしばらく男性の顔を見た。「ありがとうございます」と言った。声が自分でも変だと思った。薄い声だった。
夜、家に帰ると、ひさえから最後に届いたメッセージを何度も読んだ。「絶対に返します」。その文字が画面に残っていた。
怒りが来るかと思った。来なかった。悲しみが来るかと思った。それも来なかった。来たのは、奇妙な静けさだった。何かが結着した後のような、乾いた静けさ。公園のベンチで最初に話しかけてきた時、店を紹介した時、1円台から4円台へ進めた時、ファミリーレストランでのコーヒー、財布に向いた視線、夫が残した保険金の話をさりげなく引き出したこと。1つ1つを並べると、輪郭が見えた。
警察に相談するという考えが浮かんだ。銀行振り込みの記録はある。しかし、ひさえが借金を頼んだという証拠がショートメッセージにはっきり残っているかどうか。振り込みの理由を行員に説明するとしたら、何というか。そして何より、この話が外に出れば、自分がパチンコに通っていたことが知られる。区の職員として40年間働いた。退職後もその評判を守って生きてきた。牧一郎にも、この半年間の話は一切していない。
千子は、警察にはいかないと決めた。
翌朝、千子は目を覚ました時、すでに何かを決めていた。300万円を失った。しかし、手元にはまだ洋一の保険金の残りがある。元々500万円だった保険金から300万円が消えた。残りは200万円だ。200万円を元手に、300万円を取り戻す。
千子は自分でも、この考えが正常ではないとは分かっていた。分かっていて止まらなかった。ひさえへの怒りが今頃になって動き始めていた。しかし、その怒りの受け先が、ひさえではなくパチンコの台に向いていた。あの台に勝ちに行く。取り返す。そういう論理だった。論理とも言えないものだった。
千子は保険金の口座から100万円を引き出した。まずは100万円から始める。その日から、千子のパチンコ店での過ごし方が変わった。回転開始から閉店まで店にいた。外に出るのはATMに行く時だけだった。昼食を食べなかった。水だけ飲んだ。
100万円は3日で消えた。残りの100万円を引き出した。台を変えた。機種を変えた。座る位置を変えた。前日に当たりが出ていた台に座った。しかし機械に記憶はなかった。残りの100万円も、10日で消えた。
千子は口座の数字を見た。保険金の口座が、残高ゼロに近くなっていた。体が落ちていた。頬がさらに削れた。シャツを3日着続けていた。気づいていたが、変える気力がなかった。それでも毎日店に来た。
10月の終わりの木曜日、千子はクレジットカードのキャッシング枠から引き出した10万円を持って台に座っていた。使えなくなるまで使うつもりだった。
2時間ほど打った時、台の画面が変わった。今まで見たことのない演出だった。画面全体が金色に光って、キャラクターが派手に音楽を鳴らした。千子は体が硬くなった。これだと思った。これが来れば、全部取り戻せる。右の図柄が回って、音楽がさらに高まった。止まった。数字は揃っていなかった。
千子は1秒、2秒、画面を見ていた。右手の拳が、気がついたら台のボタンの上に落ちていた。痛みがあった。しかし、痛みより先に、また玉を入れなければという思いが来た。
その日、千子は閉店時刻の23時まで店にいた。持ち込んだ10万円は、最終的には全部消えた。
11月になった。財布の中には、小銭が少しと限度額が止まっているクレジットカードが1枚あった。退職金の口座は残高がほぼゼロ。保険金の口座も同じだった。家賃の引き落とし日が先週だったが、口座に残高がなかったから引き落とされていなかった。管理会社からはがきが届いていた。千子はそのはがきを玄関の棚の上に置いたままにしていた。開いていなかった。
千子は台所に立って冷蔵庫を開けた。卵が2個、醤油、少しだけのごま油。それだけだった。昨日コンビニで買った消費期限間近の菓子パンを、まだ半分残してあった。それを出して、立ったまま食べた。甘くて粉っぽかった。
今日は店に行けるか。手元に現金がなかった。財布からカードを取り出し、その日の午後、パチンコ店に入った。カードを機械に入れた。限度額が出た。まだ使えた。3万円を引き出した。息が少し楽になった。3万円あれば今日は打てる。取り返せるかもしれない。
1時間後、3万円は消えた。
千子は立ち上がりかけて止まった。床を見た。台と台の間の隙間に、光るものがあった。10円玉だった。隣の台の下にも、何かがあった。100円玉だった。千子はしばらくそのまま床の近くで目を動かした。小銭がいくつか落ちていた。全部拾って手のひらで確認した。合計で350円ほどあった。
350円では機械には入れられなかった。千子は景品交換所で、ジュース1本に変えた。店を出た。外の空気が冷たかった。ジュースを飲みながら歩いた。甘かった。体が少し温かくなった気がした。
翌日も、千子は床の小銭を探した。その翌日も。少ない日で100円、多い日で500円ほど拾えた。誰も拾わないのだから、落ちているのを拾うことは問題ないはずだ。千子はそう考えた。考えた上で、台の下に目をやる癖がついた。
11月の食事は、ほぼ毎日同じだった。朝は何も食べないか、前日の残り。昼はコンビニの値引き商品か、菓子パン1個。夕方は店に行き、帰り道に自動販売機の近くを通ると、返却口に小銭が残っていないか確認した。夕食は豆腐か卵か、あるいは何も食べない日があった。体重は落ちていた。洗濯は週に1度するかしないかになった。
お風呂には入った。それだけは続けた。理由は自分でも分からなかった。ただ、お風呂に入らなければという感覚が、他の習慣より長く残っていた。
指輪はまだはめていた。外そうとは思わなかった。それだけは変えなかった。
11月の半ばになっても、千子は毎日店に来ていた。来るたびに、今日こそ大きく当たるという感覚があった。根拠はなかった。しかし感覚があった。昨日は外れたから今日は来やすい。そういう思考が自動的に働いていた。
11月の第3週、テレビで台風の情報が流れていた。台風が関東に近づいていると言っていた。千子は歩きながら考えた。台風でもパチンコ店は閉まらないはずだった。あの店は1度も臨時休業したことがなかった。客が少なくなれば、空いている好きな台を選べる。そう考えると、台風の日に行くことが悪くないように思えてきた。
台風が上陸したのは水曜日だった。朝から雨が強かった。テレビでは「外出は控えるように」という速報が流れていた。区からのメッセージも届いた。千子はテレビを消した。財布を開けた。昨日までに引き出せた現金が1万円あった。
雨がっぱを押入れの奥から引っ張り出した。以前、洋一と2人でキャンプに行った時に買ったものだった。薄い緑色だった。玄関で靴を履き、傘を手に取った。扉を開けると、雨と風が顔に当たった。
店まで歩いて3kmほどあった。最初の5分はまだ耐えられた。しかし風が強くなり、傘は何度か裏返りかけた。千子は傘を閉じて、手に持ったまま歩いた。雨が顔に当たった。前が見えにくくなった。水溜まりを踏んだ。靴の中に水が入った。それでも足が止まらなかった。体が震えていた。寒さからではなかった。それより先に、台の前に座りたいという感覚が体を引っ張っていた。
2kmほど歩いたところで、風が一層強くなった。千子は建物の壁際に寄った。体が重かった。食事がほとんどできていない日が続いていた。足がいつもより重く感じた。それでも歩いた。
店の看板が見えてきたのは、出発してから40分後だった。全身が濡れていた。カッパの中も、首元から雨が入って湿っていた。店の入り口を開けると、音が出てきた。いつもの音だった。しかし今日は客が少なかった。いつもの半分もいなかった。好きな台を選べた。
千子は、3日間他の客が座っていて取れなかった台の前に座った。1万円を機械に入れた。手持ちの最後の現金だった。
最初の30分は、リーチが来ても全部外れた。1時間後、残りの玉が少なくなった。財布を開いた。もう現金はなかった。カードを取り出し、機械に入れた。画面にエラーが出た。限度額に達していた。別のカードも、使えなかった。
千子は台の前に座ったまま、しばらく画面を見ていた。立ち上がれなかった。正確には、立ち上がる理由が分からなかった。立ち上がって、どこに行くのか。家に帰っても、何もない。ATMに行っても、引き出せない。
もう1度だけ、試してみようと思った。カードの限度額の計算を間違えているかもしれない。先日、増額の手続きをしたカードが、もしかしたら通っているかもしれない。店を出た。外はまだ雨が強かった。カッパを着ていなかった。そのまま雨の中を走った。200mほど先のコンビニのATMまで、雨が頭から降った。
ATMの前に立った。カードを入れた。暗証番号を押した。画面が止まった。そのままカードが出てこなかった。画面に文字が出た。「このカードはご利用いただけません」という内容だった。しかし、カードは出てこなかった。ATMに飲み込まれていた。
千子はATMの前から離れた。雨の中を歩いた。どこに向かうでもなく、少し歩いた。気がつくと、店の方向に戻っていた。入り口の前に立った。扉を開ける理由はなかった。現金もカードもなかった。しかし、中の音が聞こえていた。機械の音、音楽の音。
千子は扉の横の壁際に立った。ずぶ濡れのまま立っていた。しばらくして、扉が開いて客が1人出てきた。扉が閉まる前に、一瞬だけ中が見えた。台の光が床に反射していた。千子はその光を見た。胸の中で何かが収縮した。痛みではなかった。乾きに似た何かが、一層強くなった。
次の客が出てきた。若い女性だった。千子を見て、少し表情を変えた。ずぶ濡れで壁際に立っている老女が、奇妙に見えたのかもしれなかった。
千子は壁から離れた。扉を開けて、中に入った。現金がなくても、中にいることはできる。そう思っていた。入口近くの台の列を通り過ぎ、奥に向かって歩いた。濡れた靴が床を鳴らした。いつもの台のある列に向かった。しかし、その台の前には誰かが座っていた。千子が来る前に、別の客に取られていた。隣の台も、また別の客がいた。
千子は立ったまま、少し周囲を見た。台の光、空調の流れに揺れる煙、機械の音。全部が同時に来た。胸の中心が、急に締めつけられた。最初は息が詰まったのかと思った。しかし、息はできていた。それでも何かが詰まっていた。吐き気のような重さが来た。千子は近くの台の縁を掴んだ。掴んだまま立っていようとした。膝が折れた。
そのまま、ゆっくりと床に向かって沈んだ。膝がカーペットについた。手が台の縁を離れた。体が横に傾いた。はい、カーペットの上に倒れていた。頬がカーペットの表面に触れた。ザラザラしていた。目の前に台の足が見えた。音は続いていた。機械の音が耳の横でなっていた。
誰かが近づいてくる気配があった。しかし、声はしなかった。千子に声をかける人間がいなかった。店員が来るまで、誰も千子に近づかなかった。
店員が来た。「お客様」と呼ばれた。別の店員が来て、「救急車を呼ぶ」という声がした。千子は止める気力がなかった。
救急車の中で名前を聞かれた。「篠原千子です」と答えた。年齢を聞かれ、「66」と答えた。「どこか痛みがありますか?」と聞かれ、少し考えて「胸」と答えた。
病院の廊下は白かった。処置室で、医師が検査の結果を確認しながら話した。
「心筋梗塞の疑いがあります。今すぐ命に関わる状態ではないですが、この数値と症状は、相当な身体的ストレスと栄養状態の悪化が重なった結果です。しばらく入院が必要になります」
千子は天井を見たまま、「はい」と言った。
「緊急連絡先はいらっしゃいますか?」
千子は少し間を置いた。「息子がカナダにいます。国内には……いません」と言った。
窓から外が見えた。雨が続いていた。台風はまだ通過中だった。
翌日、病院のソーシャルワーカーが来た。30代の女性だった。入院費用についての確認だった。
「ご自宅の家賃はどちらから引き落とされていますか?」
「銀行口座からです」
「残高は大丈夫ですか?」
千子は少し間を置いた。「あまり残っていないと思います」
「お子さんに連絡はされましたか?」
千子は首を振った。「心配させたくないので」
入院から5日後、区の生活保護担当の職員が来た。2人だった。1人は50代の男性で、千子には見覚えがあった。退職前に同じ庁舎で働いていた人間だった。向こうも千子を見て、少し表情が止まった。もう1人は若い女性で、千子が退職した後に入った職員だろう。
手続きについて説明してもらった。現在の資産状況、住居の状況、収入の状況、医療費の扱い。千子はそれぞれに答えた。声は揺れなかった。答えるべきことに答えた。それだけだった。
「現在の住居には戻れない可能性があります。家賃の滞納があり、入居継続が困難だということです」
千子は頷いた。それ以上の反応が出てこなかった。
手続きが終わって2人が帰った。部屋に1人になった。千子は膝の上に手を置いた。指輪を見た。回さなかった。ただ見た。40年間働いた区に、書類を持ってきてもらう側になった。その事実を、千子はどこか遠くから眺めていた。怒りも悲しみも焦りも、全部が同じ距離にある感じがした。どれも、近くなかった。
夜の消灯時間になると、病室が暗くなった。4人部屋だった。千子は天井を見た。静かだった。機械の音がなかった。パチンコ台の音も音楽もない。ただ空調の低い音と、誰かの寝息だけがあった。頭の中に音楽が鳴るかと思った。いつものように台の音楽が鳴るかと思った。ならなかった。それが千子には奇妙だった。
牧一郎には連絡していなかった。病院からも緊急連絡先として名前だけ伝えていたが、実際には連絡していないはずだった。牧一郎が知ったら、何というか。考えれば牧一郎の顔が浮かぶ。顔が浮かべば、この半年間のことが言葉になる。言葉になれば、実際に起きたことが確定する。まだ確定させたくなかった。
千子はそっと目を閉じた。暗いまぶたの裏に、何もなかった。台の画面も、洋一の顔も、ひさえの顔も出てこなかった。ただ暗かった。その暗さの中で、千子はゆっくりと眠りに落ちた。
病院にいると、時間の流れが変わった。外にいた時は、時間が足りなかった。開店まであと何分か、閉店まであと何時間か。ATMの営業時間はいつまでか。そういう単位で時間を測っていた。しかし病院では、時間は検温と食事と消灯によって区切られるだけだった。千子はその繰り返しを最初は奇妙に感じた。しかし3日目あたりから、その規則が体に合ってきた。次に何が来るかが分かっていることが、久しぶりだった。
食事が出てきた。白いトレイの上に、白いご飯、薄い味噌汁、煮物、小さな牛乳パック。量は少なかった。しかし、千子にとっては、最近食べていたものより確実に多く栄養があった。最初の食事が来た時、白いご飯が湯気を立てていた。箸を取った。食べた。米の味がした。久しぶりに米を食べた気がした。いつ以来か、思い出せなかった。
1週間が過ぎた。心臓の数値は安定してきていた。医師が来て、「急性期は脱しました。ただし、体全体の栄養状態が相当悪化していたため、もう少し入院を続けてもらう必要があります」と言った。退院後の住居については、ソーシャルワーカーが引き続き手配を進めていると言われた。家賃の滞納が続いていたため、今の部屋には戻れない可能性が高いということだった。
千子は頷いた。部屋には洋一との記憶があった。洋一が使っていた湯呑み、洋一が選んだカーテン、洋一が棚に並べていた本。それらが全部、あの部屋に残っているはずだった。しかし、取りに行くことができないという事実が、どこか遠くにあった。悲しいかどうか、千子にはよく分からなかった。感じる力がまだ戻っていなかった。
入院から10日後、千子は牧一郎に連絡した。ショートメッセージにした。電話ではなかった。電話では声を聞かれる。声に出すと、何かが崩れる気がした。
「入院していると書いた。心臓のことでと書いた。命に関わる状態ではないとも書いた」
送信した。返信が来るまで30分ほどかかった。「お母さん、大丈夫ですか? 今から電話してもいいですか?」と書いてあった。
千子はしばらく画面を見た。返信した。「大丈夫です。電話は大丈夫です」
その夜、牧一郎から電話はかかってこなかった。翌朝、牧一郎からメッセージが届いていた。「退院したら連絡してください」と書いてあった。それだけだった。
入院から2週間が経った頃、ソーシャルワーカーが改めて面談に来た。退院後の住居について、区が管理するいくつかの施設を候補としてあげたと言った。現在の生活状況を考慮した上で、まずは一時的な保護施設への入所が現実的ではないかということだった。
「一時的というのは、どのくらいですか?」と千子は聞いた。
「状況によって変わります。その後の住居について、様々な選択肢を検討することになります」
千子は頷いた。「選択肢」という言葉が頭の中に残った。しかし、選択肢の中身を聞く気力が、その時はなかった。1つだけ聞いた。
「荷物は」
ソーシャルワーカーは少し間を置いた。「今の住居の荷物については、区の方で整理のお手伝いができます。ただ、管理会社との話し合いが必要になります」
千子は窓を見た。洋一の湯呑みが棚の上にある。洋一が棚に並べていた本が並んでいる。それらを誰かに整理してもらうことが、どういうことか。千子は何も言わなかった。ただ頷いた。
12月の第1週、千子は退院した。荷物は少なかった。入院した時持っていたものだけだった。着替えが1組と、財布と保険証とスマートフォン。それだけだった。
区の職員が車で迎えに来た。無口な男性で、必要なことだけを話した。車で30分ほど走った。見慣れない町だった。千子が長年住んでいた地域とは路線が違った。
施設の外観は、特に古くも新しくもなかった。窓が均等に並んでいた。2階の部屋だった。6畳の広さで、小さな机と椅子があった。窓があった。千子は部屋の中央に立った。静かだった。ベッドに腰を下ろした。スプリングが少し沈んだ。窓から外を見た。小さな駐車場があった。その向こうに、住宅が並んでいた。ここが、しばらくの場所だった。
施設の1日は、病院よりも緩やかだった。起床時間は決まっていたが、朝食を食べなくても誰も何も言わなかった。昼食と夕食は食堂で取った。入居者十数人が集まって食べた。他の入居者は千子より年配の人が多かった。事情はそれぞれ違うだろうが、千子は聞かなかった。聞かれなかった。それがここでの礼儀のようだった。
食堂で隣に座ることが多かったのは、74歳の女性だった。名前を山田さんと言った。元々は下町の商店街で雑貨屋をやっていたと、ある日自分から話してくれた。「店を畳んで、それから色々あって、ここに来た」と言った。「色々あって」という部分を、千子は詳しく聞かなかった。
千子も同じような言い方をするだろうと思ったから。
山田さんは食事の時、千子に話しかけることがあった。「今日のおかずなんですかね」とか「昨日の夜、寒かったですね」とか、深くない話だった。千子はそれに返事をした。返事をすることが、思ったより難しくなかった。40年間、窓口で見知らぬ人と話してきた。その習慣が、まだ体に残っていた。
施設には共有のテレビがあった。談話室に置かれていた。千子は最初の1週間、談話室にはあまり行かなかった。自分の部屋にいることが多かった。部屋にすることは何もなかった。ベッドに座って窓を見るか、天井を見るかだった。スマートフォンを開くことがあった。しかし、見るものが何もなかった。牧一郎からのメッセージを開いた。「退院したら連絡してください」という文字が残っていた。退院したと送ることができなかった。退院した場所が、ここだということが説明できなかった。
手持ちぶさたというものが、ここにあった。パチンコ店にいた時、手持ちぶさたはなかった。台の前に座れば、ハンドルがあって、玉があって、画面があって、やることがあった。やることがあることが、存在している感覚だった。今は、やることがなかった。やることがないことが、こんなにも重いものだとは、以前の千子は知らなかった。
12月の半ば、施設でいくつかの日課が設けられていることを千子は知った。週に3回、午後に軽い体操の時間があった。週に1度、近くの公園までの散歩があった。そして週に2回、作業療法の時間があった。折り紙の日、塗り絵の日、簡単な手芸の日。担当の職員が道具を持ってきて、参加したい人だけが集まった。
千子は最初、参加しなかった。折り紙や塗り絵を、今の自分がするべきことだとは思えなかった。しかし、部屋にいてもやることは何もなかった。2周目の木曜日、千子は作業療法の部屋に行ってみた。その日は手芸の日だった。フェルトで小物を作るらしかった。
山田さんが千子を見て、「しの原さん、来てくれたんですか」と言った。笑顔だった。千子は入った。端の椅子に座った。担当の職員が、フェルトの切れ端と針と糸を渡してくれた。「何を作ってもいいですよ」と言った。
千子はフェルトを手に取った。赤い色だった。何を作るか、しばらく考えた。答えが出ないまま、とりあえず針に糸を通した。細かい作業だった。指先に力が入った。針に糸が通った瞬間、千子は少しだけ、何かが戻ってきた気がした。何かが、という以上には言えなかった。ただ、指先が動いて、目が細かいものを追っていた。それだけのことが、久しぶりだった。
12月の後半に入った頃、食堂で山田さんが教えてくれた。「来月から、新しいプログラムが始まるらしいんですよ」
「何ですか?」
「認知症の予防になるんだそうですよ。頭を使う遊びが、ゲームみたいなやつを使うって、職員さんが言ってました」
千子はそれ以上は聞かなかった。認知症の予防プログラムなら、自分には関係ないと思った。千子はまだ66歳で、認知機能に問題は出ていなかった。
1月の第1週、そのプログラムの詳細が廊下の掲示板に張り出された。「認知機能活性化プログラム」と書いてあった。千子は1行目を読んで、また読んだ。
「パチンコ型ゲーム機を使用します。専用のプラスチック玉を使用し、現金は使いません。脳の刺激に効果的な、集中力と反射を養います」
千子は廊下に立ったまま、しばらく動かなかった。
1月の10日、プログラムの初日だった。千子はその朝、参加しないつもりでいた。食堂で朝食を食べていると、担当の若い職員が来て言った。「篠原さん、今日から新しいプログラムがありますよ。ご一緒にどうですか?」
千子は首を振った。「結構です」
職員は少し困った顔をした。「是非来てみてください。楽しいですから」
山田さんが横から言った。「しの原さん、一緒に行きましょうよ。私も行くんですから」笑っていた。「嫌なら帰ってくればいいじゃないですか」
千子はしばらく考えた。食後の時間を自分の部屋で過ごすことと、その部屋に行くことと、どちらが耐えられるかを考えた。立ち上がった。
扉を開けると、部屋の中に機械が6台並んでいた。本物のパチンコ台とほぼ同じ外見をしていた。大きさも盤面の構造も似ていた。違うのは、玉が小さなプラスチック製であることと、画面の演出が単純なことと、現金を入れる口がないことだった。プラスチックの玉が、ハンドルの横のトレイに入っていた。透明な容器に、白い玉が詰まれていた。
千子は部屋の入り口に立ったまま、動かなかった。山田さんが手を振った。「しの原さん、こっち来てください」隣の台を指した。
千子はゆっくり歩いた。台の横まで来て、椅子に座った。ハンドルがあった。盤面があった。釘があった。チューリップがあった。千子は盤面を見た。目が勝手に、釘の配置を読み始めた。どこに打てば入りやすいか。長年の習慣が、見た瞬間に動いていた。千子は、その自分の目の動きに気がついた。気がついて、止まった。
職員が玉の使い方を説明した。「ハンドルを右に回すと玉が出ます。当たりが来たら、トレイに玉が戻ってきます。ゲームとして楽しんでください」
千子は説明を聞いていた。聞きながら、別のことを考えていた。プラスチックの玉がトレイに入っていた。手を伸ばして触れた。軽かった。金属の玉とは違った。
ハンドルを右に少し回した。玉が1つ、盤面に飛び出した。カラカラという音がした。金属ではなく、プラスチックが木に当たるような、軽い音だった。玉が釘の間を転がった。チューリップに入った。また玉が出てきた。カラカラという音が続いた。
千子はハンドルを持ったまま、その音を聞いた。何かが静かに動き始めていた。感情と呼ぶには小さすぎるものだった。思い出と呼ぶには輪郭が曖昧すぎるものだった。ただ、胸の辺りで何かがゆっくりと動いていた。
画面で数字が揃い始めた。単純な演出だった。本物の台と比べれば、子供向けのような演出だった。音楽が鳴った。小さな音量だった。千子は画面を見た。
その音楽が千子の胸に入ってきた瞬間、何かが決壊した。涙が出た。出るとは思っていなかった。出てきた。目からただ流れた。千子は手の甲で拭った。拭っても、また出てきた。
山田さんが横で気づいた。「しの原さん」と小さな声で言った。千子は答えなかった。ハンドルを持ったままだった。玉が転がっていた。音楽が鳴っていた。
涙が出ていた理由を、千子はすぐには理解できなかった。悲しいのか、怒っているのか、どちらでもなかった。この音楽が憎かった。このハンドルの感触が憎かった。この盤面の釘の配置が憎かった。台風の日にずぶ濡れで歩いたこと、ATMの前でカードが飲み込まれたこと、赤いカーペットの上に倒れたこと、区の職員が書類を持って病室に来たこと。全部が、この音楽につながっていた。この機械が奪った、貯金を、保険金を、洋一が遺した部屋を、40年かけて積み上げた自分の姿を。
そう思った。そう思ったのは本当だった。しかし、同時にもう1つのことも知っていた。プラスチックの玉が盤面を転がって、チューリップに入って、また出てくる。それだけのことが、千子の心臓を確かに動かしていた。憎いものが、今も自分の心臓を動かしている。その矛盾が、涙の形で出てきた。
それが千子には分かった。分かったからこそ、涙が止まらなかった。山田さんが隣から手を伸ばしてきた。千子の背中を1度だけ、軽く叩いた。何も言わなかった。千子は山田さんの手を感じた。感じて、また涙が出た。
職員が気づいて近寄ってきた。「大丈夫ですか?」
千子は「大丈夫です」と言った。声が少し震えていた。ハンドルを離さなかった。
プログラムが終わって部屋に戻った。ベッドに座った。窓の外を見た。1月の空が薄い灰色だった。涙はもう出ていなかった。出し切ったのか、それとも出る場所が変わっただけなのか、分からなかった。
千子はしばらく空を見ていた。結論を出したかった。この機械を憎む。2度と触らない。それが正常な人間の態度だと思っていた。しかし、今日あの音楽が聞こえた瞬間、体が動いていた。ハンドルに手が伸びた。玉が転がる音を耳が拾っていた。心臓が少しだけ早くなっていた。それは確かだった。
あの感覚が憎い。しかし、あの感覚が千子の体をまだ動かしていた。それも確かだった。この2つが、同じ体の中にある。千子はそれを論理で整理することができなかった。整理できなかったが、どちらかを捨てることもできなかった。
指輪を見た。薬指についている、39年。洋一と一緒に買ったもの。右の親指と人差し指でゆっくり回した。何回か回した。止めた。また回した。
1月の終わり、牧一郎から電話がかかってきた。夕食の後だった。千子はしばらく画面を見た。着信が続いていた。受けた。
「もしもし」と牧一郎の声がした。カナダにいるせいか、少し遠い感じの声だった。
「退院してから連絡がなかったので」
千子は「そうですね」と言った。
「今は、どこにいますか?」と牧一郎が聞いた。
千子は少し間を置いた。「施設にいます」
「施設?」
千子は続けた。「家賃が払えなくなって、今は区にお世話になっています」声は揺れなかった。事実を述べるように言った。40年間、窓口で事実を伝えてきた。その習慣が、ここでも出た。
牧一郎はしばらく黙った。「どうして」と言った。一言だけだった。
千子は答えを考えた。パチンコに使いすぎたというべきか。知り合いに騙されたというべきか。それとも、全部を最初から話すべきか。
「しばらくかかりますが、話していいですか?」と千子は言った。
牧一郎は「はい」と言った。
千子は話した。5月にひさえと会ったこと。1円台から4円台に移ったこと。金額が増えていったこと。300万円を貸したこと。ひさえが消えたこと。保険金を使ったこと。台風の日に倒れたこと。
話しながら、千子は自分の声を聞いていた。事実の羅列だった。感情を載せていなかった。載せようとしたわけではなく、載せる場所が話しながら見つからなかった。
話を終えた時、牧一郎はしばらく何も言わなかった。
「お母さん」と牧一郎が言った。千子は「はい」と言った。
牧一郎はまた黙った。次の言葉を選んでいるのだと、千子には分かった。牧一郎は子供の頃から、怒る時に黙る方だった。黙ってから選んで言う。それが牧一郎のやり方だった。
「なんでもっと早く言わなかったんですか」と牧一郎は言った。怒っているのか悲しんでいるのか、千子には判断できない声だった。
千子は少し間を置いた。「言えなかった」
また沈黙があった。
「今から帰れるかどうか確認します。仕事があるから、すぐには無理かもしれないけど」と牧一郎は言った。
「来なくていいです」と千子は言った。牧一郎が何か言いかけて止まった。千子は続けた。「施設は今のところ落ち着いています。来てもらっても、できることはないので」
「それは」と牧一郎が言いかけた。千子は遮った。
「また連絡します」
電話を切った。手の中のスマートフォンが少し熱くなっていた。千子は窓を見た。夜の窓だった。外の光がガラスに反射していた。牧一郎に話したことで、何かが整理されたわけではなかった。ただ、言葉になった。声になった。それだけのことだった。それで良かったのかどうかは、まだ分からなかった。
2月になった。施設の暖房が廊下まで届くようになった。千子の毎日は変わらなかった。起床、食事、食堂での短い会話、自分の部屋、作業療法、食事。
作業療法の時間に、千子は続けて参加するようになっていた。手芸の日は針を持った。塗り絵の日は色を選んだ。パチンコ型のゲームのプログラムには、2回目以降も参加した。参加するたびに、千子は少し複雑な気持ちになった。複雑な気持ちを複雑なまま持ったまま、椅子に座ってハンドルを握った。整理することをやめた。整理できないものを整理しようとすることをやめた。
玉が転がった。音がした。心臓が少しだけ早くなった。それだけのことが、毎回起きた。山田さんが隣に座ることが多かった。山田さんは楽しそうにハンドルを回した。当たりが来るたびに「あら」と言った。千子もそれを横で聞いた。羨ましいとも思わなかった。山田さんが今ここにいることが、千子には少し支えになっていた。それだけだった。
2月の半ば、区の担当者から連絡があった。旧宅の荷物の整理が完了したということだった。「必要なものがあれば取りに来てください。なければ処分になります」と続けた。
千子は少し考えた。取りに行くことができるか。今の施設から、かつて住んでいたあの部屋まで行って、洋一の荷物を見る。それができるかどうか、正直分からなかった。
担当者に、1つだけ取っておいて欲しいものがあると言った。
「何ですか?」
「台所の棚の上に、湯呑みがあるはずです。薄い青の小さいやつです。それだけ、取っておいてもらえますか?」
「わかりました」と担当者が言った。
電話を切った。洋一の湯呑みが来る。それだけのことだった。それだけのことが、今の千子には持てる限度のものだった。
他は全部、処分されていいと千子は思った。思って、少し驚いた。思えた自分に驚いた。全部処分されていいということが、全部を失ったということではなかった。ただ、あの部屋の中にあったものは、もうそこに置いておく必要がなくなったということだった。それがどういうことなのか、千子にはまだ完全には分からなかった。ただ、そう思えたことは確かだった。
3月になった。施設の窓から見える木に、小さな芽が出始めていた。千子は毎朝、その木を見るようになっていた。特に意味はなかった。窓を開けると、その木が正面にあったから見ていた。
作業療法のパチンコ型ゲームのプログラムは、今月も続いていた。千子は毎回参加していた。変化があったとすれば、以前ほどそのゲームに集中しなくなっていた。集中しないというより、ハンドルを回しながら山田さんと少し話すようになっていた。「今日の昼食はどうでしたか」とか「昨日の夜の番組が面白かった」とか、他愛ない話だった。
他愛ない話をしながら、玉が転がっていた。心臓が少し早くなる瞬間はまだあった。演出が盛り上がる瞬間、玉がチューリップに入る瞬間。その瞬間だけ、千子の手が少し止まった。止まって、また動いた。
指輪を回す頻度が、少し減っていた。千子は気がついたが、意識的に止めたわけではなかった。ただ、手が別のことをしていることが増えていた。針を持っていたり、お茶のカップを持っていたり、山田さんと話す時に何かを差し出したり。指輪はまだはめていた。外すつもりはなかった。
3月の終わりの土曜日、千子はプログラムの部屋に1人でいた。その日は参加者が少なかった。山田さんが体調不良で休んでいた。他の2人は途中で帰った。職員が別の用事で席を外した。
1人になった。プログラムの終了時間まで、あと30分ほどあった。千子はハンドルを握っていた。玉が転がっていた。誰もいない部屋で、プラスチックの玉の音だけがあった。カラカラという音。軽くて薄い音。本物の台の音と比べれば、全然違った。金属の玉がガラス盤の釘に当たる音は、もっと硬くて、もっと密度があって、もっと体の中に入ってきた。この音は違った。
しかし、千子の手は動いていた。画面で数字が揃い始めた。演出が始まった。音楽が鳴った。
千子はその音楽を聞きながら、ひさえのことを考えた。どこにいるのか。別の町で、別の誰かに近づいているのか。あの怯え方が、本当に作られたものだったのか。答えは出なかった。出ないまま、音楽が続いた。
洋一のことを考えた。洋一が生きていたら、この半年間は違っただろう。しかし、その先がもう続かなくなっていた。洋一が生きていたら、という仮定を、以前ほど引きずらなくなっていた。引きずることに意味がないと分かったからではなく、単純に、引きずるための力が別のところに使われるようになったのだと思った。
演出が終わった。数字が揃った。当たりだった。プラスチックの玉が、カラカラと流れてきた。トレイに積まれた。
千子はその玉を見た。本物の台なら、今頃もっと多くの玉が出ていただろう。本物の台なら、次はさらに大きく賭けて、全部取り戻そうとしただろう。今は、プラスチックの玉がトレイに積まれていた。換金できない。持ち帰れない。取り戻せるものは、何もない。
それでも、手が動いていた。千子はそのことを、もうどちらとも言えなくなっていた。いいことでもなく、悪いことでもなく。治ったのでもなく、諦めたのでもなく。ただ、手が動いていた。心臓が動いていた。音楽が鳴っていた。
それが、今の篠原千子だった。窓の外で、3月の光が細く差していた。施設の庭の木が芽を出していた。プラスチックの玉が、また転がった。



