部長会議が始まる前から、空気がおかしいと感じていた。中西部長は上座に座り、隣には側近の織田部長がいる。俺、金井、四十歳。中堅メーカーのシステム部長だ。高卒でここまで這い上がってきた。
「では、システム部の取り組みを説明します」
口を開いた瞬間、中西部長が手を上げた。
「総務部からの見解を先に述べてもらおう」
俺の言葉は消えた。次の議題でも同じだ。発言しようとすると、織田部長が割り込む。何度も、何度も。これは偶然じゃない。最初から決められた役割分担だ。中西部長が指示し、織田部長が実行する。俺をこの会議室から消し去ろうとしている。
三時間後、会議が終了した。俺は一度も発言できなかった。
「さて、この後は大卒の三人だけで話しましょう」
中西部長が俺に視線も向けず、笑顔で言った。俺を仲間外れにして嫌な思いをさせてやろうという、意地の悪い感情が透けて見える。
「では、失礼します」
頭を下げて会議室を出ようとした時、経理部の胃嵐部長が声をかけてきた。
「金内部長、大丈夫ですか? 何か中西部長たちとありましたか? 私、今年から社内相談窓口を担当しているんです。よかったら話してください」
胃嵐部長は二十七歳までアメリカで過ごし、アジア人というだけで偏見の目に晒されてきたという。彼の目は本気で俺を心配していた。俺はある計画を胃嵐部長に打ち明けた。彼は驚いたが、最終的には頷いてくれた。
それから一ヶ月後、全体会議の日が来た。俺は事前にある機材を提出していた。
「システム部と経理部からの共同報告をさせていただきます」
マイクを握り、スクリーンに資料を映す。胃嵐部長が隣に立っている。
「システム部が運用する社内サーバー監視アラートシステム。一ヶ月前の保守点検で、あるログを見つけました。営業部の経費証憑ログです。証憑のタイムスタンプが、物理的にありえない順序になっています」
タイムスタンプは改ざんできない。誰が、いつ、データを作成し承認したかが記録される仕組みだ。
「つまり、誰かが意図的に手を加えたということです。なぜなら、普通なら承認されない経費を通す必要があったからです」
胃嵐部長が続ける。
「金内部長はサーバーの記録に違和感を抱き、三年分を保存しました。経理部で確認したところ、実態のない経費だと判明しました。これは営業部の年間交際費予算の三十八パーセントに相当します」
会議室が騒然とした。
「システムのエラーだ! そうに決まってる!」
中西部長が顔面蒼白で立ち上がり、俺を指差す。
「システム部には怪しい噂があると聞いたぞ。社員の個人情報を閲覧しているらしいじゃないか」
「その噂を流したのも、あなたではないですか? システム部の保守作業への不審感を広め、予算削減への流れを作る。そのための噂だったんでしょう」
中西部長が息を飲んだ。
「この三年間で計上された金額は、およそ四百万円。そして中西部長と織田部長が連名で提案したシステム部の予算削減額も、同じく四百万円です。この金額が偶然一致するとは考えにくい」
追い詰められた中西部長の陣営から、一人の課長が震えながら手を上げた。
「お、俺は中西部長に脅されてました。派閥の飲み会で、実態のない経費を計上するように言われて。断れる雰囲気じゃなかったんです」
その言葉を皮切りに、次々と仲間たちが口を開いた。
「俺も中西部長に言われてやりました」
「俺も逆らえなかった」
「これは明らかに横領ですね」と胃嵐部長。
人事部長が立ち上がった。
「中西君、残念だよ。今回の件、私から清水社長に報告しておこう」
「そ、そんなの待ってください!」
中西部長はすがりつこうとしたが、人事部長は手を払いのけた。
「皆さん、こんな奴の言うことを信じるんですか? こいつは高卒で学歴も後ろ盾もないやつですよ」
「そうだ。俺と中西部長を嵌めるための捏造だ」
織田部長の主張に、その場の全員が呆れた顔をした。
「捏造したとして、俺に何のメリットがあるんですか? あなたたちこそ、五年間俺を逆恨みしてきたんじゃないですか? 西中部長が推していたシステム会社の欠陥を暴き、契約の報酬をなくしてやったから」
中西部長と織田部長が俯いた。俺は続けた。
「うちの部署の予算削減をしようとしたのは、清水社長への代替わりで影響力が弱まり始めた頃から続けてきた不正を隠すためだったんですか? 保守作業をなくせば、俺がログを見る機会もなくなり、不正が露見する心配もなくなる。だから予算削減を提言した」
中西部長の顔が歪む。図星だったようだ。
「あなたたちのしたことは、到底許されることではない。しっかり罰を受けてください」
織田部長は椅子に座り、両手で顔を覆った。中西部長はその場に膝をつき、絶望の表情で床を見つめていた。
調査の結果、二人の横領が認められ、懲戒解雇となった。横領に加担したエリート軍団の社員たちも解雇。織田部長は財産を失い、路上生活寸前と聞いた。中西部長はさらに悲惨で、妻から離婚を突きつけられ、子供の親権も失ったという。
一方の俺は、清水社長からセキュリティ強化を命じられ、忙しい毎日を送っている。
「予算は増やす。人員も必要なら言ってくれ」
清水社長の期待に応えるため、俺は今日も全力で働く。



