結婚式の入場曲が流れるはずの瞬間、会場に響いたのは私の婚約者とその愛人の浮気現場の音声だった。「今夜はじっくり楽しみましょう」という愛人の声に、婚約者は「どうせ誰にもバレないし」と笑っていた。私はその音声を、結婚式前夜のホテルの一室でスマホ越しに聞いていた。全てを知った上で、私はこの日を復讐の舞台にすると決めていた。式場で凍りつく婚約者を横目に、私は3列者たちにこう告げた。「私は信明とは結婚…

結婚式の入場曲が流れるはずの瞬間、会場に響いたのは私の婚約者とその愛人の浮気現場の音声だった。「今夜はじっくり楽しみましょう」という愛人の声に、婚約者は「どうせ誰にもバレないし」と笑っていた。私はその音声を、結婚式前夜のホテルの一室でスマホ越しに聞いていた。全てを知った上で、私はこの日を復讐の舞台にすると決めていた。式場で凍りつく婚約者を横目に、私は3列者たちにこう告げた。「私は信明とは結婚...

式場の控室で、私は無言で閉じられた扉の前に立っていた。隣で信明が何の疑いもなく声をかけてくる。「ついにこの日が来たな。一緒に幸せになろうな。」

その言葉を聞いた瞬間、私は体を硬直させた。昨日まで彼は愛人と浮気をしていたのに、よくもまあこんな顔ができるものだ。私は怒りを飲み込み、作り笑いを貼り付けて「ええ、そうね」と絞り出した。

信明は私の変化に気づくことなく、満足そうに笑顔を深める。彼は私に浮気がバレていることを知らない。いや、そもそも彼は自分が既に追い詰められていることに気づいていないのだ。

私と信明は婚約していたが、入籍はまだだった。彼は自分の両親が経営する会社に勤めており、経営不振からの立て直しが完了するまで入籍を延期していた。その苦労を乗り越えて迎えた結婚式だからこそ、彼の喜びは大きいのだろう。だが、残念ながらこれから彼を待つのは地獄だ。

信明が私を裏切らなければ、普通の幸せな式になったはず。しかし、もう引き返せない。あの夜、全てを知った瞬間から、私はこの日を復讐の舞台にすることを決めていたのだ。

「行こうか」

信明が決意を固めた顔で声をかけ、扉がゆっくりと開いた。入場曲が流れ始める――はずだった。しかし、流れたのは予定されていた曲ではない。

『はる子さん、今のうちです。今夜はじっくり楽しみましょう。』

『え、そうね。どうせ誰にもバレないし。最高の夜にしましょう。』

それは、結婚式前夜に信明と愛人が浮気の最中に交わした恥ずかしい会話だった。式場の神聖な空気を一瞬で台無しにするその音声が、彼の罪を暴いていく。

「な、なんだこれは一体!」

信明の表情は驚愕と困惑で塗り替えられ、見る見るうちに顔色が悪くなっていく。列席者たちも目を大きく見開き、何が起きたのか分からないといった顔で口をパクパクさせていた。「これって嘘でしょ?」と悲鳴が上がる。

私はその様子を静かに見つめながら、微笑みを浮かべた。信明は私の笑みに気づくと、顔を真っ赤にして詰め寄ってきた。

「おい、何をした?お前がやったんだろ?」

怒りに震えた声で叫び、私に掴みかかろうとするが、ドレスを着ている私を掴むのをためらい、その手は途中で止まる。「頼む、これを止めてくれ。みんなの前でこんなことをさらされるなんて俺は耐えられない」と泣きそうな声で懇願する。

「何を言ってるの?止める必要なんてある?楽しかったんでしょ?あの時は恥ずかしいなんてこれっぽっちも思わなかったでしょう」

皮肉を込めた言葉に、信明の顔がさらに赤く染まる。「お前、ふざけるな。こんなことして許されると思ってるのか?」

許されると思っているのはどっちだ。その言葉を喉の奥で飲み込み、私は無言で場の中央へと歩み寄った。列席者たちの視線が一斉に私に向けられる。深呼吸をし、冷静な声で口を開いた。

「皆様、このような形で驚かせてしまい、大変申し訳ありません。ここでお伝えしなければならないことがあります。私は信明とは結婚しません」

その瞬間、会場全体が凍りついたように静まり、数秒後、驚きと困惑の声が一斉に上がった。

「ふざけるな!」

振り返ると、信明が拳を握りしめ、肩を震わせながら私を睨みつけている。その隣には、見覚えのある女性――愛人が同じように険しい表情でこちらを見据えていた。

「あんたのせいで!あんたのせいでめちゃくちゃじゃないの?」

愛人は震える声で同じ言葉を繰り返しながら、大股で近づいてくる。信明も怒りに燃えた目で愛人に続き、「どう責任を取るつもりだ!」と怒鳴りながら腕を伸ばしてきた。その表情からは怒りと屈辱がひしひしと伝わってくる。だが、彼の動きはぴたりと止まった。

「信、やめなさい。絶対に手を出してはだめよ」

信明の両親、友成さんと幸恵さんが立ちふさがった。友成さんは私の前に立ち、幸恵さんは私の肩をそっと抱いて後ろへ下がらせた。

「父さん、母さん、なんで?どうして俺の味方をしないんだ?俺は何も悪いことなんてしていない。こんな茶番信じるつもりなのか?」

しかし、友成さんは動じない。「ペットカメラによって信明の浮気に気がついたから、なみさんに伝えたのよ」と幸恵さんが重い声で告げる。

信明の顔が一瞬で固まった。彼の浮気に最初に気づいたのは、両親だったのだ。家に設置されたペットカメラに、信明と愛人の一部始終が映ってしまっていた。映像の履歴は確実に残っている。これは鉄壁の証拠だ。ちなみに、結婚式前夜に私がスマホ画面越しで浮気を目撃したのも、そのペットカメラの映像だった。あの時、信明は「後から来る」と嘘をつき、私たちの寝室に愛人を呼んでいたのだ。

全てがバレたことを理解した信明は、脱力したようにその場にうなだれた。私はその様子を見て、信明に対する軽蔑の思いを抑えきれなくなる。そして、隣にいた愛人――はる子に視線を移した。

「お姉ちゃん、もう言い逃れはできないわよ」

そう、はる子は私の姉だった。信明は私の姉と浮気していたのだ。列席者たちは驚き、ざわめきが広がる。私たち姉妹は幼い頃に両親を失い、姉が親代わりとなって私を育ててくれた。その感謝と愛情は、今では完全に裏切りに塗りつぶされてしまった。

「どうして、どうして浮気をしたの?」

私の問いかけに、姉は鼻を鳴らして私を睨みつけた。浮気がバレたことに対する恥ずかしさや後悔の色は、一切見当たらない。

「私はね、あんたと信明が婚約する前から彼のことが好きだったのよ。あんたが彼を奪ったからいけないのよ。だから恨みを晴らすために、信明を略奪してやろうって決めたの」

姉の言葉に私は言葉を失った。姉はさらに続ける。「あんたが悪いのよ。信明をたらしこむから。せっかく親代わりとしてここまで育ててやったのに」

その時、信明の両親が一歩前に出てきた。「なみさんが悪いわけがないだろう。どんな理由があろうとも、浮気などして良いはずがないんだ」「そうよ。なみさんはたった1人の家族なんでしょ。それなのに裏切るような真似をするなんて」

彼らの言葉が胸に染みる。自分を責める気持ちが少しずつ和らいでいくようだった。しかし、姉は全く聞く耳を持たない。「信明はあんたのことなんて愛していないんだから。本当に愛しているのは私だけなのよ」と得意げに言い放つ。

「お姉ちゃんこそ、うぬぼれない方がいいわよ。信明のこと何も知らないくせに」

「何が?彼がどうかしたの?」

「お姉ちゃん以外にも愛人がいるの」

その瞬間、姉は体を大きく震わせ、信明も顔面蒼白になった。「え、ちょっと、どういうこと?」姉は振り向き、信に詰め寄るが、信明は慌てて顔を背ける。「私だけを愛しているんじゃなかったの?」と姉が問い詰めても、信明は唇を結び、沈黙を貫いた。

そして、信明の両親が静かに数枚の写真を差し出す。「嘘じゃない。ちゃんと証拠もあるんだ。これを見てちょうだい」

それは、信明が異なる女性たちと腕を組んで歩いている写真だった。中には路上で女性と抱き合っている姿まであった。「お姉ちゃんは、愛人のうちの1人に過ぎなかったんだよ」

「違う!こんなの出鱈目よ!写真だって加工したものなんじゃないの?」

姉は金切り声を上げながら写真を床に叩きつけた。しかし、信明は何も言わない。「因果応報だね。人を騙したら、こんな風に報いが来るんだよ」

私のその一言に、姉は鬼のような表情になった。「なんですって!この私をバカにして!」姉は拳を握りしめ、私に襲いかかろうとしたが、後ろから式場スタッフにがっちりと掴まれ、そのまま連れ出されていった。「絶対に許さない!」という叫び声が扉の向こうから聞こえていた。

私は深く息を吐き、会場内を見渡した。列席者の反応は、私に同情の眼差しを向ける人と、信明に非難の視線を送る人に分かれていた。私は再びマイクを手に取った。

「皆様、お騒がせして大変申し訳ございませんでした。本当はこんなことをせずに、当事者同士で話し合って解決すべきだったと思います。ですが、私はどうしても浮気をした2人のことを許せませんでした。2人には絶対に後悔してもらいたかったんです。一生忘れられない出来事として刻みたかったんです」

その言葉に、列席者の視線は一斉に信明に集中した。信明はその視線を浴び、力なくその場にへたり込んだ。「大変申し訳ございませんでした」と小さな声で言い、土下座をした。

ひとまず事態は収束したかに見えたが、ここで完全に終わることはなかった。その後、信明は友成さんの会社を解雇された。浮気が発覚したからではない。露見したのは、信明が会社の経営不振を乗り越えるために行っていた不正だった。彼は確かに会社を立て直そうと努力していた。しかし、その努力の仕方が問題だった。地道な営業活動ではなく、目の前の利益に飛びつき、不正取引に手を染めていたのだ。周囲の期待に応えようとすればするほど、彼は不正を続けるしかなくなっていった。結局、浮気も不正も全てが露見し、信明は何もかも失ってしまった。現在の信明は周囲からの信頼を失い、心の中でどんどん追い込まれているそうだ。何度も送られてくる謝罪メッセージに耐えきれなくなった私は、彼の連絡先を削除した。

一方で、姉も会社をやめてしまった。浮気の話が会社内に広まり、周囲の冷たい視線に耐えられなかったのだ。さらに信明に裏切られたショックで、心身共にボロボロになってしまった。彼女からも謝罪のメッセージが届いたが、育ててもらった感謝の気持ちと裏切りの許せなさが交錯し、とても受け入れることはできなかった。

「さようなら。お姉ちゃん」

そう呟いて、私も姉の連絡先をスマホから削除した。大切な存在だった姉に婚約者を奪われ、今や家族と呼べる存在は誰もいない。その悲しみで胸が引き裂かれそうだったが、少しずつその痛みを乗り越えることを決意していた。

私を支えてくれたのは、信明の両親だった。結婚式の最中に何度も私を庇ってくれ、終わった後も頻繁に連絡をくれたり、家に来ては温かい言葉をかけてくれた。「無理をしないでね、なみさん」「何かあったらいつでも頼ってね」「血の繋がりはないけれど、君のことは本当の娘のように思っているよ」

その言葉が胸にじんわりと染み込んでいく。涙がこぼれ落ちたが、それは悲しみではなく、温かさを感じる涙だった。以前はもう家族なんていないと感じていた。だが、今は違う。血縁ではないけれど、ずっと私を支えてくれている存在がいる。私はその思いを胸に、新たな一歩を踏み出すのだった。

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