「安い外国人留学生使うから今日でやめてくれる?」——20年間の苦労を全部無視したその瞬間が、あの電話より先に本社のドアを叩いた。俺は中卒。社長の息子に「中卒の君には無欠勤しか誇れることがないんだろうね」と鼻で笑われた。時、TVの音が聞こえた。怒りを通り越して、もう何を言っても無駄だ——そう思った夜、婚約者のリナから一通の電話が来た。彼女の口調は、普段と違う決意に満ちていた。社長に受けた屈辱を…

「安い外国人留学生使うから今日でやめてくれる?」——20年間の苦労を全部無視したその瞬間が、あの電話より先に本社のドアを叩いた。俺は中卒。社長の息子に「中卒の君には無欠勤しか誇れることがないんだろうね」と鼻で笑われた。時、TVの音が聞こえた。怒りを通り越して、もう何を言っても無駄だ——そう思った夜、婚約者のリナから一通の電話が来た。彼女の口調は、普段と違う決意に満ちていた。社長に受けた屈辱を...

「安い外国人留学生使うから今日でやめてくれる?」

社長は俺を見下すようにニヤニヤしながら、唐突に解雇を告げた。36歳、中卒の俺が20年間勤めてきた建設会社。今の社長は先代の息子で、学歴ばかりを重視する人間だった。

反論しても無駄だと思った。俺は静かに頷いた。

「わかりました。お世話になりました」

社長は満足そうに笑っている。俺が辞めて困るのは、きっとあいつ自身だ。そう思ったが、口には出さなかった。

母子家庭で育った俺は、母を少しでも早く楽にさせたくて中卒で働くことを決めた。就職先は限られていて、やっと見つけたのがこの会社でのアルバイトだった。現場で汗を流し、親方や先輩たちに可愛がられながら必死に働いた。数年後、先代社長と親方に呼ばれ、正社員への道を提示された。

「学歴なんて関係ない。君の努力への正当な評価だ」

その言葉に涙が出た。それから俺は事務と営業を任されるようになり、20年間会社を支えてきた。契約してきた取引先も、現場の派遣会社も、全て俺が長年かけて信頼関係を築いてきたものだった。

去年、先代社長が体調を崩し、息子が社長になった。その瞬間から会社はおかしくなっていった。高学歴だが仕事のできない人間を役職に就け、現場の人間を「頭が悪い」と見下し、次々と解雇していった。取引先からのクレームは増え、社員は辞めていき、俺が育ててきた会社が壊れていくのを歯痒く思いながら見守るしかなかった。

「君、中卒なんだって?」

社長室に呼び出された朝、嫌な予感はしていた。社長は俺を見下す嫌な笑みを浮かべながら続けた。

「中卒の人間がいると周りの士気にも影響するんだよね。それに、最近仕事の受注量が減ってるのは知ってるだろ? 全部、お前みたいな無能のせいだ」

受注量が減った原因は、明らかにこの社長の暴走だ。技術も知識も必要な仕事なのに、何も分からない連中ばかりになったせいで取引先が離れていった。それを俺のせいにするとは。

「で、俺にどうしろと?」

イライラを抑えて聞くと、社長は満足そうに言った。

「安い外国人留学生使うから、今日でやめてくれる?」

俺は一瞬、何を言われているのか分からなかった。

「そもそも、中卒の君に周りと同じ給料を払ってきたこと自体が間違いだったと思うんだよね」

「俺は今まで任された仕事をちゃんとこなしてきました。休んだことも遅刻したこともありません」

反論すると、社長は鼻で笑った。

「中卒の君には、無欠勤くらいしか誇れることがないんだろうね」

「そんなことありません。それに、俺が辞めて外国人の留学生を雇ったところで、俺が今までしてきた仕事ができるとは思えません」

「打ち込みや取引先へのメール、見積もり作成なんて、パソコンがある程度使える人間なら誰にでもできるさ。中卒の君には難しい仕事だったのかもしれないけどね」

怒りを通り越して、呆れとため息が漏れた。この人に何を言っても無駄だ。先代社長が戻ってくることだけを頼りに頑張ってきたが、もうここまでにしかない。

「わかりました。お世話になりました」

そう答えた瞬間、社長室のドアが大きな音を立てて開いた。

「社長、安井さんを辞めさせるって本当ですか?」

飛び込んできたのは、受付をしている婚約者のリナだった。リナの父親はこの会社より大きな建築会社の社長をしていて、勉強のためという形で出向してきていた。

「君たち、婚約してるんだっけね。君は彼が中卒だと知ってたのかい?」

「もちろんです。でも、そんなこと関係ないじゃないですか」

「父親の会社で働かせてもらえない無能な君からしたら、どうでもいいことなのかもしれないね。むしろお似合いだ」

「なんですって?」

社長の暴言に、俺もリナも言葉を失った。リナの父親は社会経験を積ませるために、先代社長に頼んでリナを出向させているのだ。仕事ができないからではない。

「社長、あなたは自分が何を言っているのか分かっているんですか?」

「うるさいなあ。無能な君を置いておくのも無駄だし、君も辞めてくれて構わないよ。受付なんていくらでも代わりはいるからね」

「な、君まで巻き込まれることはないよ。俺は辞めることに決めたから」

そう言ってリナの肩に手を置くと、リナはきっぱりと言った。

「いいのよ。こんな社長がいる会社で働きたいなんて思えないわ。私も辞めます」

「ありがとう。助かるよ」

社長を睨みつけて、俺とリナは社長室を後にした。

「俺のせいでごめん」

「もう私は辞められてスッキリしてるんだから、本当に気にしないでよね」

リナは本当に気にしていないかのように明るく笑っていた。その夜、リナから電話があった。

「あの、ちょっと相談があるんだけど」

リナからの提案に俺は驚いたが、喜んで承諾した。

数日後、会社から電話がかかってきた。片言の日本語を話す外国人からだった。きっと社長が新しく雇った留学生だろう。会社に着くと、受付に座っている外国人は無言で社長室を指さした。こんな態度で受付は大丈夫なのだろうかと思いながら、俺は社長室へと歩いた。

中に入ると、顔を真っ赤にした社長が怒鳴り散らした。

「おい、これはどういうことなんだ?」

社長が叩きつけた書類を見ると、請求書だった。

「なんで資材の金額が今までの倍になってるんだ? 取引先に確認しても正規の値段だと言い張るんだぞ」

「そうですよ。これが正規の値段です」

「君が担当してた時はこの半額だったじゃないか」

「ああ、それは実は今取引している資材の会社も備品の取引先も、現場の誘導員の派遣会社も、全て俺がこの20年間で契約を結んだ会社だったんです。何度も交渉して、俺が担当してくれるなら特別に料金を安くしてもらっていたんです」

社長はそのことを一切知らなかったらしい。引き継ぎ資料にはちゃんと書いておいたのに。

「資料に書いておきましたよ。ちゃんと自分で交渉するようにって」

「そんなこと、外国人留学生にできるわけないだろう。君が取引先に交渉しておくべきじゃないか」

「1日でそんなこと無理ですし、そもそも取引先の方の感情を俺がコントロールできることではないですから」

「やめた後、取引先から何度か連絡が来ましたよ。誰もが口を揃えて不満を言っていました。俺が中卒を理由に首にされたと説明すると、俺の解雇は不当だと怒ってくれました。取引先は、取引を継続するなら正規料金、嫌なら契約終了と言ってきています」

「社長なのにちゃんと把握していなかったあなたの責任じゃないですか」

「生意気なこと言うな。中卒のくせに。今すぐなんとかしろ」

「無理ですよ。俺はもうこの会社の人間じゃない」

そう告げると、社長は机から書類を取り出して差し出した。雇用契約書だった。

「お前を再雇用してやる。それなら文句ないだろう」

内容を読み進めると、ありえないくらいの低賃金だった。

「社長、この賃金、間違いではないのですか?」

「中卒のお前を雇ってやるだけありがたいだろう。それでももらいすぎなくらいだ」

俺は雇用契約書をテーブルに置いた。

「すみませんが、お断りします」

「なんだと? せっかく雇ってやると言ってるんだぞ。中卒のお前なんか、他に就職先なんて見つかるわけがないんだからな」

「いえ、もう次の職場は決まっていますし、そもそももうすぐ潰れてなくなる会社に雇われたいとは思いませんから」

「な、なんだって? 一体何のことだ?」

その時、ドアが開いた。

「この会社は売却が決まったんだよ」

入ってきたのは、先代社長だった。

「父さん…?」

実は、俺が首になった日にリナから提案されたのは、リナの父親の会社で働かないかという話だった。その話を受けた次の日、俺はリナと療養中の先代社長の家へ行き、首になったことや今の会社の現状を伝えた。すると先代社長は激怒した。どうやら息子の社長は、先代社長に何の許可も取らずに好き勝手に暴走していたらしい。会社の代表はまだ先代社長のままで、自分が戻るまでの臨時として社長を任せていただけだった。

このままでは会社が破綻すると嘆く先代社長に、リナが提案した。それは、リナの父親の会社がこの会社を買収し、子会社化するというものだった。業務拡大を考えていたリナの父親は、1から子会社を作るより実績と経験のある会社を買収した方が効率がいいと思ったようだ。先代社長は喜んで提案を受け入れた。

「お前は、自分勝手な考えで好き勝手に行動しただけだ。会社のことなんて考えていないし、社員のことも考えていないだろう」

「そ、そんなこと…。そもそも中卒なんか雇っていた父さんが悪いんじゃないか」

「お前が見下している中卒がいなくなって、会社が困ったことになって泣きついている。まだ分からないのか?」

先代社長に一括され、社長は冷や汗をかきながら縮こまった。

「お前は今日限りで首だ。新しい会社でも2度と雇うことはないから、さっさと荷物をまとめて出ていけ」

「そ、そんな、父さん、勘弁してくれよ」

「金だけ払えば入れるような大学ではあるが、一応大卒だろ。仕事くらい自分で見つけろ」

社長は判を押すように荷物をまとめ、社長室から飛び出していった。その様子に笑いそうになったが、なんとかこらえた。

「これで邪魔者は消えたな」

「はい、社長」

「これから忙しくなると思うが、安井君、一緒に頑張ってくれるかい?」

「もちろんです」

俺は、この会社が子会社になることが決まった時に、リナにこのままこの会社で働きたいと申し出て、リナの父親に伝えてもらい了承を得ていた。

こうして先代社長が戻り、今まで社長が勝手に雇った外国人留学生や仕事のできない高学歴社員を次々に解雇して、新しいスタートを切ることとなった。解雇されたり辞めさせられた社員たちも、先代社長が戻ってきたことを聞きつけて次々に戻ってきた。先代社長の人望のなせる業だとつくづく思った。

俺は、ゴタゴタしてしまったことや子会社になることが決まったことを、あらゆる取引先に出向いて説明し、なんとか今まで通り契約を継続してもらえることが決まって一安心した。もちろん料金は半額のまま。

プライベートではリナとの結婚式に向けて準備を進めており、仕事もプライベートも忙しいながらも、充実した日々を取り戻したのだった。

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