スーパーの駐車場で、両親と買い物を終えて車に戻ろうとした瞬間、私は足を止めた。目の前を歩く男性。あの服装、あの髪型、あの身長。間違いない、私の夫だった。でも、夫は出張で九州にいるはずだった。
今回の一泊二日の旅行は、元々夫婦で行く予定だった。だが夫が急に「出張が入った」と言い出し、私は仕方なく両親を誘ったのだ。なのに、どうして夫がここにいる?
しかも、夫は一人ではなかった。隣にはベビーカーを押す若い女性がいて、夫はその女性の腰に手を回しながら、幸せそうに歩いている。まるで、一つの家族のように。
父も母も、その光景に息を飲んだ。
「ちょっと、タクト君じゃないか? なんでここに? 出張じゃなかったのか?」
「あの女の人、誰だ?」
私の頭は真っ白になった。そして、次の瞬間には怒りが沸き上がってきた。ふざけんな。
母も同じだった。母は私に「行くわよ」と目で合図し、二人で夫の背後に近づいた。
「素敵なご家族ですね。お買い物ですか?」
夫が振り返った。顔色が一瞬で真っ青になる。
「よ、洋子……! な、なんでここに……」
「出張じゃなかったの? それより、そちらの女性は?」
私は隣の女性を見て、今度は自分が固まった。ベビーカーを押していたのは、私の友人・レミだった。彼女は、今回の旅行に誘った時「彼氏と予定があるから」と断ったはずだ。しかも、レミはタクトを私に紹介した張本人。学生時代からずっと仲の良い友人だった。
「レミ……? なんで?」
「ち、違うの! たまたまここで会って、ちょっと買い物に付き合ってもらっただけで……」
「さっき、この子がタクトのことを『パパ』って呼んでたけど。どういうこと?」
レミの顔がこわばった。そして、夫が口を挟む。
「いや、それは……」
「この子の父親はタクト君よ。そのままの意味よ」
レミが、意外なほど淡々と言い放った。私は頭が混乱した。隠れて浮気していただけじゃない。子供まで作っていたなんて。しかも相手は私の友人だ。二人はずっと私を騙していたのか。
「タクト! ちゃんと説明して!」
周りには人が集まり始めていた。ベビーカーの子供も泣き出した。両親が「とにかく落ち着いて、場所を移そう」と提案し、私たちは近くのファミレスに移動した。
支店で向かい合い、私は二人を問い詰めた。その会話は、スマホで録音している。
「いつから、あなたたち付き合ってるの?」
「……洋子とタクト君が結婚する前からよ」
「はあ?」
「そもそも、タクト君を洋子に紹介したのは私でしょ? 紹介した後、私もタクト君のこと好きになっちゃったの。だから、奪っちゃった」
レミは悪びれる様子もなく言った。結婚してからの三年間。いや、交際期間を含めれば、それよりずっと長い期間、私は裏切られていたんだ。
「なんでタクトは私と結婚したのよ!」
「別れられるわけないだろ。だってお前は社長の娘だ。会社を継ぐには、お前と結婚する必要があったんだよ」
夫は、まるで当然のことのように言った。私たちの会社は、父が社長を務めている。夫はここで働いていて、次期社長候補と言われていた。
「社長になるためだけに……私と結婚したの?」
「そういうことだ。俺は最初から、レミと一緒になるつもりだった。お前との結婚生活は、そのための踏み台に過ぎなかったんだよ」
母は激怒し、父も温厚だった自分の性格からは考えられないほどの怒りを見せた。
「不倫の慰謝料、きっちり払ってもらうぞ」
「た、頼む! 首だけは! 子供も生まれたばかりで!」
「なに? パパが社長だって? そんなこと聞いてなかった!」
レミは驚いていたが、そんな芝居はどうでもよかった。私は二人を許すつもりはない。慰謝料も請求する。二人とも、覚悟しなさい。
数カ月後、私は夫と離婚した。夫は会社を首になった。父の力が働いたらしい。地域中に噂が広まり、私はしばらく白い目で見られもしたが、私には何も悪いことはない。堂々としている。
二人には慰謝料を請求した。レミは仕事を辞めていて貯金もないようで、両親に頼るも絶縁されたらしい。一方、元夫の両親は息子の味方だった。私が説明しに行くと「息子の新しい人生の邪魔をしないでちょうだい」と言われた。どうやら両親も計画を知っていたらしい。
その後、私は実家に戻り、新しい生活を始めた。すると、ある日、元夫とレミが家に押しかけてきた。
「話をさせてくれ」
「仕事が全然見つからなくて、もう無理なんだ。お父さんの会社に、もう一度雇ってもらえないか?」
二人とも、すっかり痩せ細っていた。SNSで全てを暴露したこともあり、二人は社会的に孤立していた。
「自業自得でしょ。私はあなたたちを絶対に許さない。子供のために、必死に働くのね」
そう言って、私は二人を追い出した。その後、二人は違う地域に引っ越したらしい。ボロボロの状態で、それでも子供を育てているそうだ。最低な親だが、子供に罪はない。子供だけは幸せになってほしい。
その後のある日、出張から帰宅すると、夫からテレビ電話がかかってきた。夫は親族たちと大宴会をしている真っ最中らしく、楽しそうに笑っている。
「お前、どこにいるんだ? 親族との食事会だぞ。嫁は立っておくのが常識だろうが」
夫は酔っているのか、声を荒らげた。自分の非を棚に上げて、よく言えたものだ。私は淡々と答えた。
「え? もう私は独身ですから、ご自由に。支払いは、愛人に請求しておきますね」
「はあ? なに言ってる」
「あ、そのカードは、もう解約してありますから。使えないですよ。あと、あなたには慰謝料三百万円請求しますので、よろしくお願いします」
夫の顔が真っ赤になった。驚きで大声を上げる夫の背景に、義両親が映り込む。
「あら、どうしたの? 大きな声を出して」
「い、いや、なんでもない! ただの夫婦喧嘩だよ!」
私は、画面越しに義両親に声をかけた。
「サトルさんが、私のカードを無断で持ち出して、親族との宴会の支払いに使おうとしてるんです。それで、解約済みだと伝えたら、怒り出してしまって。あと、慰謝料三百万円請求すると伝えたら、『愛人に請求する』と……」
「なに? 愛人だと? 一体どういうことだ、サトル!」
「父さん、母さん、こいつが適当なことを言ってるんだ!」
夫は慌てていたが、私の言葉に徐々に周りがザワついていく。私は構わず続けた。
「サトルさん、以前、あなたは私に『夫のために尽すのが嫁の務め』と言いましたよね。そして、勝手に私のカードを持い出して、ここで親族を集めて、私の金で奢ろうとした。これは、ドロボウと同じですよね?」
夫は必死に言い訳を始めた。だが、その時、部活から帰ってきた娘がテレビ電話の画面に映り込んだ。娘はパパの言葉を遮るように、スマホを取り出すと、画面に動画を映した。
そこには、夫が若い女性と腕を組み、自宅に入っていく姿が映っていた。夫は、あからさまに浮かれていた。
「これは、パパがママが出張で留守の時に、知らない女の人と家に帰ってくるところ。私が撮ったの」
義両親の顔色が変わる。親族たちの間にも、動揺が広がった。
「サトル……お前、こんなことしていたのか……」
「ち、違う! これは、会社の後輩が相談に乗ってほしいって言うから、仕方なく……」
「相談に乗るのに、自宅に呼ぶのか!」
夫は苦しい言い訳を続けるが、全く説得力がない。私は、探偵事務所に依頼して集めた調査報告書と写写真を、画面上に映した。
「これが、あなたが言う『ちゃんとした証拠』よ。あなた、私が出張だと思っていたでしょうけど、実は探偵事務所に調査報告書をもらいに行っていたのよ。あなたが、この女の人と会っているところ。全部、写っているわ」
義両親は激怒した。夫は観念したように、肩を落とした。
「……南、ごめん。いたずらなんて言って悪かった。これからはいい父親になるから許してほし……」
「ママが許すなら仕方ないけど、私はもうパパのことは気持ち悪くて、同じ空気を吸うのも嫌だから」
娘の冷たい言葉に、夫は沈黙した。そして、私は夫に言った。
「とにかく、あのカードは解約済みよ。あなたがここで親族に奢ろうとした支払いは、自腹で払ってください。あと、慰謝料と養育費の件は、弁護士を通して話を進めますから」
夫は、完全に敗北した表情で、通話を切った。
数週間後、私たちは正式に離婚した。夫は義両親から借用書を書かされ、毎月返済しているようだ。浮気相手だったレミも、会社を首になり、両親と絶縁されたらしい。夫は借金まみれになり、今はどこかで追われる身らしい。
私は娘と新たな生活を始めることにした。娘には嫌な思いをさせてしまった。本当に申し訳ないと思っている。
「ママ、どうして謝るの? ママは悪くないじゃん。私はいつでもママの味方だよ」
優しい娘の言葉に、私は心から救われた。私たちは、お互いの存在を大切にしながら、新たな一歩を踏み出した。
ある日、部屋で休憩していると、夫の優馬が背中を蹴り飛ばしてきた。私はスマホと共に床に倒れ込む。命には別状なかったが、怒りが込み上げてくる。私の腹には、赤ちゃんがいるのだ。
「ちょっと蹴ったくららいで、何言ってるんだよ。お前が全部悪いんだろ。俺に無断でサボりやがって。言うこと聞けないなら、離婚でもいいぞ。一人で生きていけるならな」
夫は、ケタケタと笑った。今までなら、私は黙って笑われるがままだった。でも、今日は違う。私は覚悟を決めていた。
「分かった。離婚しましょう。でも、慰謝料はたっぷり払ってもらうわ。不倫の慰謝料をね」
夫の顔が強張った。私は、この男の全てを知っている。夫は妻である私の母と、関係を持っていたのだ。夫はそれを必死に否定するが、私はスマホの画面上に写写真を映した。夫と私の母が、腕を組んで歩いている写真、ホテルに入っていく写真。
「お前は、私の母と不倫しているのよ。しかも、私のお腹に子がいるのに。あなたは、私のことをずっと馬鹿にしてきた。この結婚生活は、私にとってはただの苦痛だった。もう終わりにしましょう」
夫は青ざめていた。この場にいた親族たちは、皆驚いていた。義両親も、義母は涙を流していた。だが、私はもう何も感じなかった。この男に費やす時間が勿体無いだけだ。
その後、私は役所に離婚届を提出した。実家に戻り、新しい生活を始めた。お腹の子のためにも、穏やかな日々を送りたいと思った。
ある日、私はパソコンを買いに行く途中、偶然優馬と遭遇した。彼は以前とは打って変わり、痩せ細っていた。
「さ、咲き! 助けてくれ! 俺は、もうダメだ……!」
優馬は泣き縋ってきた。彼は複数の女と交際していたようで、今は全員から追われているのだという。金もない。家もない。頼れる人もない。
「私は言ったよね。『後で後悔しても遅いよ』って。あなたは、その忠告を無視した。自業自得よ。もう、二度と私に関わらないで」
私はそう言って、彼を置き去りにした。その後、優馬は親族全員から絶縁され、会社も首になり、どこかへ消えたらしい。
私は、穏やかな日々を取り戻した。父は、私のお腹の子をとても楽しみにしてくれている。そして、私は無事に女の子を出産した。
父に娘を抱かせると、父は融けそうな目で娘を見つめていた。私はこれから、この子を精一杯愛して、幸せにしたいと思う。父が私にしてくれたように。


