「お前の技術はこっちで有効活用させてもらう。」 納品前日、取引先の社長に呼び出され、5000万の契約を白紙にすると告げられた。20年前、この男は同じ手口で父の会社を潰した。図面も技術も奪い、父は何も言い返せずにいた。あの日からずっと、この瞬間を待っていた。俺は静かに契約書のコピーを手に取り、録音ボタンを押した。さあ、20年分の復讐を始めよう。 コメントで続きを読む ▼

「お前の技術はこっちで有効活用させてもらう。」 納品前日、取引先の社長に呼び出され、5000万の契約を白紙にすると告げられた。20年前、この男は同じ手口で父の会社を潰した。図面も技術も奪い、父は何も言い返せずにいた。あの日からずっと、この瞬間を待っていた。俺は静かに契約書のコピーを手に取り、録音ボタンを押した。さあ、20年分の復讐を始めよう。 コメントで続きを読む ▼

父が倒産に追い込まれたあの日のことを、俺は一度も忘れたことがない。大川という男に、契約目前で手のひらを返された。用意していた図面も技術も、すべて奪われた。父は何も言い返せず、ただ立ち尽くしていた。その背中が、あの日から少しずつ縮んでいった。

俺、宮本は34歳。故郷で設備工事会社を経営している。最初は小さな事務所から始めたが、ありがたいことに仕事は軌道に乗ってきている。現在は業界でも珍しい独自工法を開発しており、特許申請中だ。だが、そんなに華やかなものではない。俺にはある目的がある。会社を大きくすることは、そのための手段に過ぎないのだ。

大学卒業後、俺は他の建設会社に就職し、現場で実務経験を積みながら勉強を続けた。一級建築施工管理技士、一級建築士の資格を取得し、32歳で独立を果たした。かなり駆け足だったと思う。とにかく必死だった。

父の会社を潰したあの大川という男に、いつか必ず報いを受けさせてやる。これが俺が起業した本当の理由だった。父の会社が倒産してから約20年。母がぽつりと言った言葉を、俺は今も覚えている。

「長生きできないかもしれないわね。」

入院している父の病室を訪れた帰り道、母がそう言った。寿病の悪化で命に関わるものではない。だが、母のその一言に、俺は必要なものを感じ取った。今までずっとそばで支え続けた母にしかわからない何かが、そこにはあった。

数日後、相棒の木村が息を切らせて事務所に駆け込んできた。木村は俺が他社で働いていた時の同期で、俺が独立する際についてきてくれた。相棒で親友で、そして俺の本当の目的を知る数少ない理解者である。

「宮本、いい知らせがあるぞ。例の大手からいい返事があった。」

前々から営業をかけていたゼネコンから、特殊な空調設備の設計を受注できることになった。契約金額は5000万。大きな仕事だ。俺が木村の顔をじっと見つめると、木村は頷いた。俺の考えはよく分かっているらしい。

「わかった。受けよう。」

俺は静かにそう答えた。父の会社を潰した大川が社長を務める、その会社に。

準備を進める中で、俺はある契約条項を盛り込むことにした。基本データと特許出願中の独自工法等を分けて納品し、工法は代金確認後に開示するという規定だ。表向きは自衛のための当然の措置に見えるだろう。だが、本当の狙いは別にある。20年かけて調べ尽くした大川という男の手口。奴は必ず土壇場で手のひらを返す。そうなった時、こちらの手札を1枚でも隠しておけるように。俺はそのための布石を、契約書の中にそっと仕込んでおいたのだ。

打ち合わせを重ねるうち、何回か大川とも直接話す機会があった。大川は地元で有名なゼネコンの社長である。20年あまりでかなり外見が変わっていた。目の前に座った大川は、かなり太っていた。俺は自然と拳を強く握りしめた。そう、この大川こそが、俺の父の会社を倒産に追い込んだ張本人なのだ。

読み通りなら、今回もきっと。俺はそう考えながら、注意深く仕事を進めていった。

数ヶ月が経過した頃、いよいよ明日が納品期日というタイミングで、俺は大川から呼び出しを受けた。すでに納品する分は納品済みだが、そのデータについて確認したいことがあるという。俺は木村と一緒に元受け会社へと向かった。

大川はニヤリと口角を吊り上げた。

「今回の件なんだが、やっぱり5000万の契約は白紙でお願いしようと思ってね。」

木村の問いに、大川は言葉を続けた。

「ああ、改めて現段階で納品されている図面を確認したところ、やはり若い会社にこの仕事を任せるにはちょっとリスクが高すぎると思ってね。ま、これもいい社会勉強だろ。」

大川はくっくっと声を漏らしながら笑っている。俺は唇を振るわせた。衝撃、屈辱。そんな感情ではない。よし、待ってました。俺は心の中でそう叫んでいたのだ。

父の時もそうだった。大川は契約の記日前際に手のひらを返す。もうこちらがどうにもならない時を見計らっているのだ。この瞬間を待っていた。俺は一呼吸を置き、大川をじっと見つめた。

「いきなりで到底納得できないことではありますが、本社が決めたことですから仕方がありません。では、納品済みのデータは返していただけますよね。」

一応、納得できないというフリをして言うと、大川はUSBメモリを差し出した。俺の想像通りなら、この中身はコピーで、元のデータは大川の元に残っているはずだ。隣で木村が険しい表情で口を開いた。

「元社の都合で契約が白紙になる以上、これは立派な契約違反です。契約内容に基づき、契約違反。」

「おいおい、こっちは社会勉強をさせてやったんだぞ。」

大川が悪びれもしない発言をする。俺は思わず木村と顔を見合わせた。想定内だったが、まさかここまでとは。感情に任せた言葉が出そうになり、俺は口を噛み締めた。父のことはまだ明かすべきじゃない。ここで理性を失っては全て台無しになる。沸騰する感情を必死で抑え込んだ。木村が俺の肩を軽く叩いた。その瞬間、少し頭が冷静さを取り戻す。

「よくわかりました。では私どもは失礼いたします。」

俺たちが退出する際、大川はもう会うことはないと踏んだのだろう、態度が緩んだらしく、小馬鹿にしたように告げた。

「今後はもっと注意深く仕事を受けることだな。34歳の若造が。業界最年少が何だ?お前の技術はこっちで有効活用させてもらう。」

その言葉に全てが詰まっていると言っても過言ではない。一瞬だけ俺は振り返りそうになったが、それをこらえた。帰りの車に乗り込み、発車する直前。木村がスマホを見せた。

「録音ばっちりだ。」

俺は木村に録音を頼んでいたのだ。ありがとう。やっぱりお前についてきてもらってよかった。俺一人だったら、きっと感情的になって台無しにしていたと思う。

それから1ヶ月が経った頃だ。俺はいつも通り会社で仕事をしていた。すると、乱暴な音とともに会社の扉が開け放たれた。入り口に立っているのは、大川だ。急いできたのか、スーツは乱れ、汗を流している。

「今更、何のご用でしょうか?」

「社員に用はない。引っ込んでろ。」

声をかけた木村を、大川が睨みつけた。俺はやれやれと首を横に振る。

「礼儀を欠くような人とお話する時間はありません。お引き取りください。」

俺がそう告げると、大川は屈辱と焦りの入り混じった表情を浮かべ、唇を噛みしめた。当然、大川と会う約束などしていない。大川の勝手な都合でアポなし訪問してきたのである。その上、社員に暴言を吐くとなれば、帰ってくれと言っても当然だろう。周りの視線が大川に集中する。無言の圧力に、さすがの大川もたじろいでいる。

「あ、あの、話を聞いてください。」

頭こそ下げていないものの、敬語でお願いしてくる辺り、よほど切羽詰まっているのだろう。仕方がないと、俺は大川を応接室に通すことにした。木村にも同席してもらうと、大川は着席するなり口を開く。

「例の仕事の件だ。やっぱりあんたのところにお願いしたい。条件は改めて話し合おうじゃないか。」

俺は思わず吹き出しそうになる。何を今更。そう言いたくなるのを抑え込み、俺はあえて尋ねた。

「例の仕事とは、1ヶ月前に白紙にした5000万の仕事ですか?」

大川は声を張り上げる。要約するとこういうことだ。大川は俺との契約を白紙にした後、別の安価な業者に設計を任せようとしたらしい。しかも最悪なのは、うちが手渡していた図面のデータをそのまま渡して、その通りに製作させようとしたのだ。

「やはり図面データをコピーしていたんですね。」

俺が言うと、大川は視線をそらした。

「でも、データは不完全で…」

大川が言いかけて口を噛む。俺はきっと、自分が思う以上の怒りを表情に出していたのかもしれない。

「それは当然です。契約上、納品するものは最初から2つに分かれていました。設計に関する基本的なデータ。それともう1つ、うちが特許申請中の独自工法に関するデータです。出願中の技術情報を無条件に渡してしまえば、情報漏洩や無断使用のリスクが跳ね上がる。だから、施工管理技士の研修が完了し、代金の支払いが確認されてから初めて工法部分を開示するという規定を契約書に盛り込んでおいたんです。これは業界ではごく当たり前の自衛策ですよ。」

大川は動揺しつつも、ポカンとしている。その様子を見るに、全く覚えていないらしい。大川にとって父にした仕打ちなど、ゴミをゴミ箱に捨てるくらい自然な行為だったのだろう。覚えていないことこそ、大川がこれまでどれだけの人間を踏みにじってきたかの何よりの証明だ。

「大川さん。20年前、この地域の小さな設備工事会社に対して同じような真似をしましたね。その会社はあなたがきっかけで倒産した。覚えていますか?」

「はあ?何の話だ?」

俺は言葉を続けた。

「今話したのは私の父の会社です。私は最初からあなたに対する怒りをバネにして起業したんです。仕事であなたに関わり、あなたが汚い真似をしようとしたら、その時は父と同じ、いや、それ以上に返してやろうと考えていました。あなたが抜け駆けしないなら必ず何か仕掛けてくると分かっていました。いくつもパターンを予想していましたが、まさか父にしたことと同じことをしてくるなんてね。皮肉なものです。」

大川の額から汗が流れていく。

「か、金ならある。いくらだ?父親のことは分からんが、ちょっとは多く払ってもいい。今回の仕事はうちのお得意先の施設だから、不備は困るんだ。」

「大川社長、今まで何を聞きになっていたのでしょうか?」

木村が不快感をあらわにした表情で大川に放つ。

「うるさい。とにかく今回の件は水に流せないか。金を多くもらえるなら、オタクにとって悪い話では…」

「白紙にするとおっしゃったのはそちらです。」

俺はきっぱりと言葉を遮った。続けて木村がスマホを取り出す。

「ちなみに、あなたが白紙と言い出した時、私は会話を録音していました。言ってないは通用しませんよ。正式に契約が破棄され、すでに1ヶ月が経過しています。今更どうにもなりません。いい社会勉強になりましたか?この言葉、そっくりそのままお返しいたします。」

俺が告げると、大川は絶句した。

その後、大川の末路は業界の知人を通じて耳に入ってきた。結局、大川は今回の事件をきっかけに取引先の信頼を大きく損ない、長年の取引先が次々と離れていったそうだ。地元で幅を利かせていた大川の評判は、今や地の底だ。図面の横流しについては今も弁護士を交えた協議が続いており、契約そのものについても下請法違反として並行して法的手続きを進めている。

過去の父の会社のことは、時間が経ちすぎていて何もできないかもしれない。でも、今できる追求は必ずやり遂げるつもりだ。

病室で点滴を打っていた父が、俺の顔を見てぽつりと言った。

「なんだかすっきりした顔してるな。」

「いつも通りだよ。」

俺の返答に、父はじっと俺を見つめる。

「大川社長の話を聞いた。今、大変なことになっているらしいな。」

どうやら見舞いに来た知人から大川の話を聞いたらしい。俺は特に何も言わなかった。だが、父は察しているのかもしれない。黙って見つめる父の目も、またどこか澄んでいた。

病室の窓から夕暮れの空が見える。父が目指した未来を、俺がつないでいく。きっとその姿が、今後の父に元気を与えてくれると信じている。

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