夜の九時、仕事を終えてオフィスを出た瞬間、武装した男たちに囲まれた。一目でヤクザだと分かった。怯える俺を見て、新人社員の須藤が笑いながら言った。「お前、墓だな。ここで終わりだぜ」ただのサラリーマンだと思っていた俺は、冷静にリーダーの顔を見て言った。「お前、須藤組だよな。今すぐ親父と幹部全員呼べ」須藤は笑い飛ばしたが、俺の電話一本で事態は一変した。どうやら俺は、隠してきたある組織の若だったよう…

夜の九時、仕事を終えてオフィスを出た瞬間、武装した男たちに囲まれた。一目でヤクザだと分かった。怯える俺を見て、新人社員の須藤が笑いながら言った。「お前、墓だな。ここで終わりだぜ」ただのサラリーマンだと思っていた俺は、冷静にリーダーの顔を見て言った。「お前、須藤組だよな。今すぐ親父と幹部全員呼べ」須藤は笑い飛ばしたが、俺の電話一本で事態は一変した。どうやら俺は、隠してきたある組織の若だったよう...

夜の九時を回り、仕事を終えてオフィスビルを出たその瞬間、数人の武装した男たちが俺を取り囲んだ。一目で全員がヤクザだと分かった。

「なんだ?」

俺が問いかけると、男たちの背後から新人社員の須藤が現れた。

「お前、墓だな」

須藤は大爆笑しながら言い放った。俺は驚いて一瞬動きを止めた。

「はは、ビビってるよ。いい顔だな」

須藤はそれを恐怖から来るものだと思ったのか、嬉しそうにニヤニヤと笑っている。

「お前ここで終わりだぜ。じじいがいい気になると痛い目見るんだよ」

俺を取り囲むヤクザたちもニヤニヤと笑いながら口々に言った。その中のリーダー格と思われる人物の顔に見覚えがあった。

「お前、須藤組だよな。そうか。須藤。お前、勝也さんの息子か」

「はあ?」

「今すぐお前の親父と幹部全員呼べ」

「は?なんでそんなことしなくちゃいけないんだよ。バカか」

須藤は俺の言葉を笑い飛ばす。

「そうかよ。じゃあ俺がかけるわ」

俺はスマートフォンを取り出し、電話をかける。そんな俺に取り囲んでいたうちの一人が殴りかかってきた。俺はそれを易々とかわし、逆に背中に蹴りを入れる。そいつは勢いよく地面に転がった。ヤクザたちは驚いて呆然としている。須藤も口を半開きにして俺を見つめていた。

「あ、もしもし。親父。俺だ。今ちょっとめんどくさいことになってる」

俺は簡単に状況を説明した。

「すぐに幹部を送る。場所を教えろ」

俺は場所を伝え、電話を切った。須藤は不思議そうな顔をして、まだ何も分かっていないようだった。取り囲んでいる奴らはジリジリと間合いを詰めようとはしてくるが、飛びかかってくる奴はいなかった。

少しして、黒塗りの車が目の前に止まった。車から白川組の幹部が出てくる。彼らは俺を見るなり深々と頭を下げた。

「お久しぶりです」

俺は何年かぶりに聞くその呼び方に苦笑した。

「若」

須藤が引きつった顔を向けてくる。

「会社の前で大立ち回りするわけにもいかないからな。じゃ、こいつらのこと頼んだ」

俺は幹部の一人に声をかけて歩き出した。

「お送りしましょうか?」

そう声をかけられたが、俺は首を小さく横に振って駅に向かった。あんな目立つ車で帰ったら、近所の人たちに何を噂されるか分かったもんじゃない。

「おい、待てよ。お前らも何言ってんだよ。おい。あ、やめろよ」

須藤以外の面々は、目の前にいるのが総本家・白川組の幹部たちだとすぐに分かったのか、縮こまって抵抗しない。騒いでいた須藤もすぐに幹部によって車に押し込まれた。

翌日、須藤の件で話があると親父に呼び出された。実家である白川組の本部に到着すると、組長である親父以外にも須藤組の組長で須藤の父親でもある須藤勝也と須藤本人もそこにいた。しかも親父の目の前で須藤親子は土下座をしている。勝也からは必死で心からの謝罪の意が伝わってくるが、肝心の須藤の方からは「いやいや」という雰囲気がただ漏れである。

「昨日の夜の件についてお前に謝罪したいってのと、まあどうしてそんなことになったのかって理由を説明して欲しいんだとさ」

親父は俺の視線を受けて説明してくれる。

「須藤、お前から説明したらどうなんだ?」

俺は土下座をしている須藤を見下ろしながら言う。須藤は俺の言葉にふてくされたようにそっぽを向く。するとすかさず勝也がその頭を押さえつけた。俺はため息をつき、ことの経緯を説明した。まず勤務態度に問題があることを説明していると、須藤が顔を上げて口を開いた。

「課長。それはちょっと話を盛りすぎじゃないすか?俺は至って真面目に仕事をしてますよ。そりゃちょっとはミスもしますけど」

須藤はヘラヘラと笑いながら言う。

「若が嘘をついてるっていうのか。お前は」

勝也が怒りで震える声で言う。

「う、嘘っていうか……だって、白川組の組長の息子がなんであんな普通の会社で課長なんてやってるわけ?おかしいじゃん。しかもたまたま俺がその会社に入って、たまたまこの人の部下になったっての」

「まあ確かに、偶然にしちゃ重なりすぎだな」

親父がカラカラと笑いながら言う。すると勝也が少し言いづらそうに口を開いた。勝也の話によると、大学を卒業したらなんとなく組に入って努力もせず、そのうちなんとなく組長になれると思っている息子を心配した勝也が、一度は社会に出て荒波に揉まれてこいと言った。ただ就職活動なんてするつもりもなく、入りたい会社どころか興味のある業種すらない息子を見かねた勝也が、俺が務めている会社をなんとなく進めたそうだ。

「すみません。以前若が楽しそうに仕事の話をしていたのを思い出して、つい。でもまさか若の部署になってこんなご迷惑をおかけすることになるとは」

勝也はさらに頭を床に擦りつける。

「まあ、うちはそこまで大企業ってわけじゃないから、同じ部署になる確率はそこそこ高いかもしれない。それに専門知識があったり、強い希望があったりしない場合、新人は俺が所属している部署に配属される可能性が高い」

「で、でも俺、課長なんて今の組の集まりとかで見たことないんだけど」

「お前はそもそもほとんど人の顔なんて覚えてねえだろうが」

「さ、さすがに白川組の後継ぎになるかもしれない人の顔ぐらい、俺だって覚えてるって。ほら、正春さんのことは知ってるし」

須藤は勝也の言葉に必死に反論する。どうしても俺が白川組の組長の息子だと信じたくないのだろう。俺は大学卒業後、ヤクザの世界から足を洗い、平穏な生活を求めて家を出た。そのため白川組の参加にいる者たちで俺のことを知っているものは少ない。

「正春は俺の弟だ。俺は最初から後継ぎになるつもりはなかったから、組の集まりとかに顔は出してねえんだよ」

「は?白川組の組長の長男なんでしょ?黙ってりゃ組長の座が手に入るのに。それけってあんな会社の課長なんてやってんの?頭おかしいんじゃねえの?」

須藤がバカにしたような口調で言う。勝也が須藤の頭を掴もうとするよりも早く、俺はその胸ぐらを掴んだ。

「あんな会社だと?何一つまともに仕事もできないようなひよこが、うちの会社バカにしてんじゃねえぞ」

俺は胸ぐらを掴んだ手に力を込めながら低い声で言った。

「その辺にしといてやれ。そのままだと殺すぞ」

俺は親父の言葉で我に帰り、手を離した。須藤は咳き込みながらその場にへたり込んだ。

「じゃあ、俺からの質問だ。今から聞く質問にちゃんと答えろ。曖昧な返事も嘘も許さねえ」

俺はへたり込んでいる須藤の顔を覗き込み、低い声で言う。

「お前が台無しにした商談の先方の担当者に何を言った?明らかに怯えてた。あれは単純にお前の謝罪を受け入れたって感じじゃねえ。何を言った?何をした?」

俺の質問に、須藤の顔から一気に血の気が引くのが分かった。そして口を開き、消え入りそうな声でボソボソと話し始めた。

あの日、同僚たちの冷たい視線に耐えかねて会社を飛び出していった須藤は、先方の会社に行き謝罪をしたいと伝えて担当者を呼び出した。そして外に連れ出し、待機させておいた組の下っぱと担当者を囲み、脅したという。須藤が勝也の息子だと気づいた時点で大体の予想はついていたが、実際に須藤の口から聞くと怒りが込み上げてくる。

「お前、ヤクザの息子であることを利用して一般人を脅したのか」

勝也は須藤を見つめて、信じられないといった風に震える声で言った。その目は怒りで充血している。

「いや、ちょっと脅したっていうか、お願いしたっていうか……別に手を出したわけじゃねえし、会社的にも助かっただろ。また商談させてもらえることになったんだからさ」

須藤は引きつった笑顔で言う。

「このバカ野郎。おめえは何も分かっちゃいねえな。お前はヤクザの名を汚したんだよ。一般人にしていいことをした。勝也、分かってるな」

ここまで温厚だった親父が須藤を見据えて、地の底から響くような冷たい声で言い放った。一瞬にしてその場が凍りつく。その迫力に須藤は息をするのも忘れているようだった。親父の目にはもう須藤は一切映っておらず、勝也だけをまっすぐに見つめていた。勝也も苦しげな表情を浮かべつつ、親父の目を見返してしっかりと頷いた。

この騒動が終わった後、須藤は会社を退職していった。勝也から絶縁宣言され、家も追い出されたそうだ。春に入社して一年も経たないうちに退職し、退職した理由が理由だ。そんな人間を雇う会社は早々見つからないようで、その後はかなり苦労しているようだ。何の苦労もなく組のトップに立てると思っていたのに、こんなことになって須藤としては悔しいだろうが、全て自業自得だ。

勝也は騒動は自分の息子の育て方が悪かったのがそもそもの原因だと責任を取るため、組長をやめると申し出たそうだ。しかし親父がそれを引き止めた。勝也自身は人望も厚く、組の運営手腕もピカイチ。息子がああなったのが不思議なぐらいの優秀な人材なのだ。俺も大学進学や就職についての悩みなど、親父よりも勝也さんに相談していたほどだ。真面目すぎて一度決めたら引かない勝也を説得するのにかなり骨が折れたと、親父がぼやいていた。

そして俺はと言うと、平穏な日々を取り戻すことができた。会社では須藤の問題が解決し、取引先との関係も修復された。須藤には会社を辞める前に、脅した先方の担当者にしっかりと謝罪をさせた。改めて行われた商談ではブラッシュアップした契約内容を提示し、契約は無事に結ばれた。先方にも満足してもらい、担当者の彼も心底安心したのだろう。涙を流して商談成立を喜んでいた。一時は責任を感じてひどく落ち込んでいたが、今ではすっかり元気になってバリバリ仕事をこなしてくれている。

俺はすっかり雰囲気の良くなった部署内で働く部下たちを見回し、ふと怒りで須藤の胸ぐらを力任せに締め上げたことを思い出した。

「俺もまだまだだよな」

俺は自嘲気味に呟いた。どんな状況でも怒りで我を忘れることなく、親父のように威厳のある態度でその場を納められるような人間になりたいものだと思った。まだまだ未熟な部分ばかりだが、俺はこれからも真摯に仕事に向き合っていこうと心に誓った。

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