元妻の母親と再会したのは、久しぶりの温泉旅行だった。仕事に疲れ果てた俺は、のんびり湯に浸かろうと思っていたのだ。湯船で目を閉じていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「え、秋人?どうしてここにいるの?」
目を開けると、そこには元妻のひよりが立っていた。そして隣には、ひよりの母であるお母さんの姿もあった。
「ああ、びっくりした。ひより、久しぶりだね。お母さんもお元気そうで何よりです」
俺が照れながら挨拶をすると、ひよりは興奮した様子でまくし立てた。
「本当に偶然ね!それより元気にしてた?新しい彼女は?」
ひよりは何も変わっていなかった。明るくてエネルギッシュで、昔と変わらない笑顔を見せてくれる。俺は心の底からほっとした。
お母さんは違っていた。俺の顔色を見て、心配そうに言うのだ。
「ちょっと痩せたんじゃない?結婚してた時よりも顔色が悪い気がするけど」
「確かに少し痩せたかもしれません。でも大丈夫ですよ」
そう言うと、お母さんは「今度家にいらっしゃい。ご飯でも作ってあげるから」と誘ってくれた。うちは主人もいないし、ひよりも出かけてばかりだから、一人で食べるのは寂しいのだと。
そこから三人で昔話に花が咲き、雪の中で温かな時間が流れていった。しばらくして話は自然と恋愛の話題へと移っていく。
「秋人は離婚してから誰とも付き合ってないの?」
「まあな。相変わらず仕事ざんまいでさ」
俺が自嘲気味に笑うと、ひよりはにやりと笑って言った。
「じゃあさ、久しぶりにどう?寂しさを埋め合わない?」
いきなり何を言い出すんだよ。冗談はやめてくれ。そう思ったが、ひよりは本気だった。
「冗談なんかじゃないってば。私だって今は彼氏がいないわけだし。ここで会ったのも何かの縁だし、元夫婦なんだから別に問題ないんじゃない?」
「日よりの言う通り別にいいんじゃないかしら」
お母さんまでそんなことを言い出す。そして衝撃的な言葉を投げつけてきた。
「でもせっかく三人で出会えたんだから、私も仲間に入れてもらってもいい?」
お母さんまで!?俺が驚いていると、お母さんは優しく俺の手を握ってきた。
「私だってもう何年も一人よ。秋人君の寂しさも痛いほど分かるから、きっと癒してあげられるわ」
相手が元妻の母親とはいえ、女性に手を握られるのは数年ぶりのことで、それだけで俺の体は熱くなった。温かい手が心地よくて、振り払うことなんてできなかった。
すると今度は反対の手をひよりが握ってくる。昔と変わらない屈託のない笑顔で、彼女は言った。
「こうして触れ合うのも久しぶりだね。せっかく再会したんだから、楽しまないと損よ」
そして俺が何か言葉を発するよりも早く、ひよりは俺の体に触れ始めた。お母さんは俺の背中に手を添えてくる。二人の女性から同時に触れられるという前代未聞の事態に、俺の脳はパニック寸前だった。
しかし何とも心地よくて、抵抗するなんて考えは一ミリも浮かばなかった。そのままひよりに唇を重ねられると、俺の中で眠っていた何かが覚醒したような気がした。さらにお母さんからも柔らかなキスをされ、完全に俺の中のスイッチが入ってしまった。
どうしてこんな展開になったんだ?俺は混乱した頭の片隅でそんなことを考えていた。久しぶりに聞くひよりの声といつもより甘くどこか艶めかしいお母さんの声が、俺の鼓膜を何度も振わせていた。
結局俺たちはそのまま一つになった。遠慮も我慢も一切なく、ただ本能の赴くままに互いを求め合った。
そして俺はお母さんにも手を伸ばした。二十歳近くも離れているはずなのに、お母さんの肌は信じられないほど滑らかで吸いつくようだった。見た目の若々しさもさることながら、その奥に潜む艶な雰囲気に俺は完全に心を奪われていた。
お母さんの甘い吐息が耳元をくすぐり、その吐息が俺の理性を一瞬で溶かしていった。ただ触れられるだけなのに、ひよりとするのとは全く違う感覚だった。お母さんの熟練されたテクニックなのか、それとも単純に俺との相性がいいのか。当時の俺にはそんなことを考える余裕なんてなかった。
ようやく一つになった時、ひよりは息を整えながら、まるで映画でも見ているかのように興味深そうに俺たちの様子を観察していた。これどんな状況だよ。俺は心の中で突っ込んでいたが、見られているという状況が不思議と刺激になって、俺の興奮をさらに書き立てた。
そして俺は最高潮に達し、互いに力尽きた。
「秋人たち結構相性良さそうだったね」
ひよりはケラケラと笑っている。
「私の場合はさっさと終わらせるのが好きだから、男の人からしたら物足りないんだろうね。でもお母さんと気が合うなら、またこうして二人で楽しめばいいじゃない。二人とも一人身なんだから悪いことじゃないでしょ」
ひよりは本気なのか冗談なのかよくわからないことを言って笑っていた。お母さんは控えめに「まあ秋人君が嫌じゃなかったらね」と言っていた。
この先、元妻の母親と本当にそういう関係になるのか。俺は現実味が分からずに、ただ曖昧に笑って返すことしかできなかった。
そして俺たちは湯から上がり、休憩所で冷たい飲み物を飲みながらしばらく談笑した。温泉の熱気と予想外の出来事に、俺の頭はまだ少しぼんやりしている。
服を着るために一旦解散し、俺は脱衣所へと向かった。一人になった途端、さっきの出来事がまるで走馬灯のように頭の中で駆け巡った。
俺何してんだろう?温泉で疲れを癒しに来ただけなのに。
それでも不思議と嫌な気持ちや後悔は微塵もなかった。むしろ全身が温かくなり、心も満たされていて、久しぶりの感覚を味わっていた。
そのまま服を着て外に出て、二人と少しだけ言葉を交わし、車に乗り込んで家へと帰った。
しかし家についても、お母さんとの感触が鮮明に蘇ってくる。まるで体中に電流が走ったみたいだった。あんな強烈な快感は今まで味わったことがない。俺は何度も何度もお母さんのことを思い出してしまう。
違うことを考えようとしても、すぐに彼女の顔が浮かんできて、その度に俺の体は熱くなる。それだけ今日の出来事は俺の中で衝撃的な体験だったのだ。
次の日からは、またいつもの仕事だけの単調な日常が始まった。食事は適当に済ませ、ただひたすら仕事に没頭する毎日。心がどんどんすり減っていくような気がしていた。
そんな状態が四ヶ月も続いた。その間、俺は一度もお母さんに連絡を取っていない。やっぱり元妻の母親だし、あんなことがあった後で気軽に連絡を取るなんて気が引けてしまう。それにわざわざ俺のために食事を作ってもらうなんて申し訳なさすぎる。
記憶の中のお母さんの優しい笑顔と温かい手の感触。そしてあの優しい声だけが俺の心の支えだった。それが恋愛感情なのかどうかは自分でもよくわからなかったが、あの温泉でお母さんによって心が癒えたのは紛れもない事実だ。
そんなある日のこと、部下がとんでもないミスをやらかした。そのフォローをしなければならなくなった俺は、連日深夜まで残業するはめになった。寝る時間すらまともに取れない日が一週間ほど続き、さすがの俺も限界ギリギリだった。
食事を取る気力すら湧かなかった俺は、無意識のうちにお母さんに電話をかけていた。
「お母さん、会ってもらってもいいですか?」
疲れきっていたせいか、ただその一言だけが喉から絞り出された。お母さんは俺の様子をひどく心配してくれて、とりあえず住所を教えてと言われた。
しばらくするとお母さんが家の前まで迎えに来てくれて、俺は意識朦朧のままお母さんの車に乗り込んだ。自分が今何をしているのかもよく分かっていなかった。
気がつくと俺はお母さんの家にいた。「とりあえず今はゆっくり眠りなさい」そう優しく促され、俺は意識を手放して深い眠りに落ちた。
目を覚ますと、外はもうすっかり明るくなっていた。やっちまった。俺、お母さんにすごい迷惑をかけてしまった。そう思った。
俺の様子をずっと見ていてくれたのか、お母さんは俺の隣に座ったまま静かに眠っていた。申し訳なさとそばにいてくれる安心感。そして一人じゃないという温かい気持ちが一気に押し寄せてきた。
「すみません」
俺は謝りながら、可愛らしい寝顔のお母さんの頭をそっと撫でた。するとお母さんはゆっくりと目を覚ました。
「あら、私も寝ちゃってたみたい。おはよう。よく眠れた?」
お母さんはいつもの優しい笑顔で俺に言ってくれた。
「あ、はい。あの、本当にすみませんでした。突然電話してしまって」
「こんなの気にしなくていいの。それよりも頼ってくれたことが嬉しいから。すぐに朝ご飯を作るから待ってて」
「そ、そんな申し訳ないので大丈夫です」
「遠慮しなくてもいいのよ。私もお腹空いちゃったから」
この優しい言葉と細やかな気遣いが、疲弊した俺の心にじんわりと染み渡った。そしてお母さんは手際よく朝食を用意してくれて、二人で一緒に食べることにした。誰かと一緒に食事をするのも、人が作ってくれた温かい手料理を食べるのも本当に久しぶりで、俺は胸がいっぱいになった。
食べ終わると、お母さんは俺の隣に座り、「無理しちゃだめじゃない。いつでも頼ってって言ったのに」と言って優しく抱きしめてくれた。その温かさに心がゆっくりと解きほぐされていくのを感じた。
しばらくお母さんの優しい腕の中で甘え、幸せな気持ちに浸っていたのだが、少しして俺がゆっくりと顔をあげると、彼女は唇を重ねてきた。
「疲れてるから、今はやめておこうか」
色気を滲ませながら見つめてくるお母さんは、正直めちゃくちゃ魅力的だった。断るなんて選択肢は俺の中には存在しなかった。
「いや、続けてください」
そう言って、今度は俺から彼女にキスをした。甘い空気が満たされた部屋で、俺たちはゆっくりと時間をかけて愛し合った。あの温泉で感じたような体中を電流が走るような感覚が蘇って、俺は我を忘れていた。
その日は一日中、二人でゆったりと過ごした。特に何かをするわけでもなく、ただ一緒にいるだけで心が安らぐのを感じていた。
そしてその日から俺たちの関係は、以前とは明らかに変わった。週末になるとお母さんは必ず俺を家に誘ってくれて、二人で料理をしたり一緒に食事をして笑い合う。夜になると二人で並んで映画を見ながら手を繋いだりキスをしたりするようになった。たくさんのハグと優しい言葉で、お母さんはいつも俺を癒してくれた。
いつしかこの場所が俺の本当の居場所のような気がしていた。
そんな関係が半年も続いた頃には、俺は本気でお母さんに恋をしていた。年齢差も元妻の母親という立場も関係なく、俺は気持ちを止めることができなかった。
だから自分の気持ちがはっきりと分かったその日、俺はすぐに彼女に告白した。
「どうしてもお母さんのことが好きなんです。どうしても一緒にいたいんです」
俺の真剣な思いが伝わったのか、お母さんは最終的に頷いてくれた。そしてその日から俺たちの交際が始まった。
付き合い始めてからも、週末に二人で過ごす穏やかな日常は続いた。俺はもうこれ以上ないほどに幸せを感じていた。
付き合って半年が経つ頃には結婚を意識し始め、俺はお母さんにプロポーズをした。しかし帰ってきた答えは、まさかのノーだった。
「あなたは娘の元旦那さんでしょ?それに私たちは二十歳も年が離れている。これから先待っているのは介護生活よ。今はまだ元気だけど、二十歳の差は大きいと思うわ。秋人君が好きだからこそ、あなたに迷惑はかけたくないの。このまま恋人として付き合っていきましょう」
「家族にならなければ、私が介護が必要になった時、簡単に切り捨てることができるでしょう?」
そんなことは覚悟していたし、簡単に別れるつもりはないとも言った。家族として責任を持ってそばにいたいとも何度も伝えた。それでもお母さんは首を縦には振ってくれなかった。
それが彼女なりの愛情であり、優しさなんだということは理解していた。ただ俺の気持ちがその程度だとしか思われていないことが、正直悲しかった。
それでもいつか必ずOKをもらおうと、俺は前向きに考えお母さんとの交際を続けた。どれだけ彼女が俺の心の支えになっているか、どれだけ大切に思っているかを、毎日言葉と態度で伝え続けた。
そこからあっという間に二年が過ぎた。俺たちの関係は変わらず恋人同士のままだった。
そんなある夜のことだった。
「これでもう何度目のプロポーズかしらね」
お母さんは少し茶化すように言ったけれど、その瞳は優しかった。
「もう数えられないくらいしてるけどさ、もう一度プロポーズさせてほしい。俺はあなたのことが好きです。あなたは僕の癒しなんだ。だから僕に責任を持たせてほしい。介護がどうとか言うけど、そんなの百も承知だ。僕はあなたと家族になって、最後までずっと一緒にいる。それくらいの覚悟はできている。それだけ本気なんだ」
俺は何十回目か何百回目か分からないプロポーズをした。今まで何度も断られてきたのに、それでも俺を愛し続けてくれる。お母さんは少し考えてから口を開いた。
「今でも年齢のことはどうしても考えちゃう。でももうあなたの強い気持ちに勝てる気がしないわ。こんなにも長い間、一途に思い続けてくれるなんて思ってもいなかった。それに本当はずっとあなたのプロポーズを受け入れたかった。ただ、置いていくだけの自分の人生にあなたを巻き込みたくなかったの。だからこれが人生で最後のわがままにしたいと思う。それならあなたのそばにいてもバチは当たらないかなって」
お母さんは先日、ひよりに相談したらしい。
「バチなんて当たるわけないでしょ。離婚した私が言うのもあれだけどさ、秋人って本当に真面目でいい人だよ。私とは合わなかっただけ。そうじゃないと二年も待っててくれないでしょ?思い切って飛び込んでみたら」
そう言ってひよりは背中を押してくれたらしい。
「長い間待たせてごめんね。私の残りの人生を一緒に歩んでください」
そう言ってお母さんはようやく頷いてくれた。俺は嬉しくて涙が止まらなかった。
それからもう十年が経とうとしている。俺は四十六歳になり、お母さんは六十六歳になった。それでも信じられないことに、二人ともめちゃくちゃ元気にしている。付き合っていた頃と変わらず、二人で笑って食事をして、夜は一緒に映画を見る。お母さんは時々ソファーで寝てしまうけれど、そんな姿すら俺は愛おしいと思っている。
ひよりは俺たちの結婚に心よく賛成してくれたし、今でもいい友人関係を続けている。アクティブなひよりは今でも彼氏を作ったり別れたりしながら、全力で人生を楽しんでいるらしい。
互いの幸せを願いながら離婚した俺たちだが、今ではそれぞれがそれぞれの幸せを掴んでいて、会うたびに「幸せそうで良かった」と言葉を交わす。
きっと俺たち夫婦にはこれからも色々なことが起こるだろう。しかし何があっても、俺の愛情は変わらないし、一生支え続けていく。俺の願いが一つ叶うなら、一日でも長く夫婦で穏やかな日々を過ごしていきたい。俺たち二人の旅は、まだまだ始まったばかりなんだ。



