式の日の朝、義母の顔は灰色だった。名前が出てこない人のように、私のことを「部害者」と呼んだ。写真の並び順からも外された。最初から決まっていたことだと思った。6年間、私はこの家でそういう人だった。義母が笑いながら言った。冗談よ、真面目に受け取らないで。公平は何も言わなかった。その家の空気に合わせて、私も黙った。
その日の夜、実家に電話をかけた。父は「落ちたのはお前のせいだ」と言った。私は何も言い返せなかった。母は電話口で泣いていた。翌週、私は自分の会社で利益相反の申告書を書いた。相手方の名前、代表者名、自分との関係。その関係を知った日付。5月30日。父の会社だった。6年もの間、隠していたわけではない。ただ、誰にも言わなかっただけだ。家族だから、と言えば聞こえはいい。でも本当は、言えば壊れると思っていた。父の会社が私の会社の取引先になるなんて、誰も望んでいなかった。
私は申告書を副社長に提出した。10日遅れの申告だった。速やかとは言えない。でも、記録には残る。残った方がいいと思った。副社長は「向こうはあなたが代表だと知っているのか」と聞いた。先週の土曜に知りました。それだけ答えた。先方から連絡が来たら全部調達へ回すこと。断りの言葉も言わないこと。何も言わないのは難しい仕事だった。私はそこから外れた。会議にも出ない。資料にも触れない。それが私の新しい役目になった。
公平が実家に電話をしたのはその夜だった。スピーカー越しに義母の声が聞こえた。どうして? 公平は言った。謝る気がないなら行かない。お前の妻を部害者扱いしたのはそっちだろう。電話は切られた。公平はため息をついて、それから少し笑った。言えたよ。6年かかった。私は何も言えなかった。ただ、彼が言ってくれたことが嬉しかった。言われるのを待っていた言葉が、自分以外の誰かの口から出たのは初めてだった。
6月12日、三雲法制のヒアリングがうちの本社で行われた。私はその日、雑居ビルの仕事場にいた。10時から5時まで、私はそちらへ行かなかった。行かなかったのではなく、行けなかった。7月3日、結果が届いた。向上審査へ進む2者に、その名前はなかった。私はその日結果を聞いていない。公平の携帯に義父から電話が来たから知った。義父は「お前のせいだろう」と言った。公平が携帯を私に渡した。私は言った。私は選定から外れています。理由も結果も聞いていません。義父は何も言わなかった。落ちた理由は通知に書いてあった。品質管理の記録が工程ごとに残っていないこと。納期が遅れた時の手順が決まっていないこと。価格以外に選ぶ理由が書かれていないこと。それは全部、うちの会社が昔からやっていることだった。誰も気にしていなかった。気にしなくても回っていたから。父の会社は今も42人でやっている。父は今年、初めて自分で得意先を回り始めたらしい。それは少しだけ、私にとっては救いだった。
義母は今も親戚への説明に困っている。うちの嫁が実は、と言いたいのに、その嫁を写真から外した話がどうしても一緒についてくる。公平はあれから一度も実家へ行っていない。義母から月に二度ほど電話が来るが、話すのは天気と吉野さんの近況だけだ。謝るまで行かないって言ったんでしょう。私が聞くと、公平はこう答えた。言った。だから待ってる。待つのが罰になる家もある。あの家がそうかどうかは、まだ分からない。
さ子さんからは8月に電話が来た。お姉さん、と呼び方が変わっていた。私が結婚する時もドレスお願いできますか? 予約の窓口から申し込んでくださいね。家族枠とかないんですか? 私は少し笑った。私は部害者だそうだから、ないかな。電話の向こうでさ子さんが息を止めた。それから、小さく笑った。ですよね。彼女は今も列に並んでいる。順番はまだ来ていない。
吉野さんは新婚旅行から帰った週にうちへ来た。この前は勝手に行っちゃってごめん。いいですよ。良くない。千ずさんが6年守ってきたものを、私が30秒で壊した。壊れてません。私は麦茶を出した。あれは吉野さんが決めることだって私が先に言いました。言われたけど、うん。あの日、名前を呼ばれて嫌ではなかったです。吉野さんはコップを持ったまま私を見た。私にとってはね。彼女は言った。ずるさんは最初から家族だったから。ありがとうございます。私は素直に受け取った。受け取るまでに6年かかった。
帰り際、吉野さんは玄関で靴を履きながら言った。あのドレス、まだ持ってるよ。クリーニングに出しましたか?

出した。専門のところに。箱に入れて押入れの奥。私は笑った。3月に私の縫ったブラウスが包みのまま置かれていた場所と同じ棚だ。同じ場所でも、置き方が違えば意味が変わる。
吉野さんは実家と縁を切っていない。電話にも出るし、盆にも顔を出す。ただ1つだけ決めたことがあるそうだ。千ずさんの悪口が出たら、その日は帰る。そう言って、実際に一度帰ったと聞いた。
10月10日、うちの新作発表会があった。会場の奥に毎年恒例の展示がある。その年の一点物から選んだ1枚の写真だ。今年は白い扉から1人で歩いてくる花嫁の写真にした。顔は入っていない。うちの写真は昔から着ている人の顔を入れない。入れるのは布と背中だけだ。札に書くのは品番と制作日数だけにしている。第147番、120日。
吉野さんは大輔さんと2人で見に来た。写真の前でしばらく黙って立っていた。あの日ね、彼女が言った。千ずさんの名前を言った瞬間の母たちの顔。私、多分一生忘れない。私もです。大輔さんが横で笑った。俺は笑いそうになるのを我慢するので必死だった。3人で笑った。
義母たちは肩書きを聞かないまま、私を部害者と呼んだ。でも吉野さんは私が何者か知る前から、ずっと隣にいてくれた。だから私が大切にしたいのは、名前を覚えた後に頭を下げる人ではない。何もわからないうちから名前で呼んでくれた人の方だ。
来年の一着を決める時期が、そろそろ来る。


