「お前の席がここにあるわけないだろう。田舎者は壁際に立っとけよ」――酒の席で年下の上司に罵倒され、笑いものにされた俺。耐えかねてステージに上がると、その場にいた全員が凍りついた。本当の俺の正体を知った時、あの傲慢な上司の顔から血の気が引いていくのがわかった。部下を見下し続けた男の末路を知りたくないか?

「お前の席がここにあるわけないだろう。田舎者は壁際に立っとけよ」――酒の席で年下の上司に罵倒され、笑いものにされた俺。耐えかねてステージに上がると、その場にいた全員が凍りついた。本当の俺の正体を知った時、あの傲慢な上司の顔から血の気が引いていくのがわかった。部下を見下し続けた男の末路を知りたくないか?

「本当に使えねえな、あの田舎者。無能すぎて行き場がないから、俺の部署で拾ってやったんだよ」

新年度の決起集会を兼ねた親睦会で、酒が入った年下の上司が上機嫌で笑っていた。他部署の社員を捕まえては、田舎の子会社から移動してきた俺のことを嘲り、笑いものにする。「ほら、田舎もんのぼれじだってよ。ちゃんと自己紹介しろよな」

今日の標的は俺。だが、この上司の暴言に心を痛めてきた社員が、今までにどれだけいたのだろうか。もう終わらせなければいけない。下品な笑い声を響かせる上司への怒りに震えながら、俺はステージへと上がった。

そして、挨拶を促された俺は、暴虐無道な上司の息の根を止めるべく、口を開いた。

俺の名前は村上健二。大手製造メーカーの地方にある小さな子会社に勤務している。

「村上さん、こちらの案件なのですが、相談したいことがありまして。お時間よろしいですか?」
「ああ、大丈夫だよ。どうかした?」
「はい、実は――」

俺の説明に、少し難しい顔をする。「うーん、それなら――私にできるでしょうか?」
「ああ、それなら僕がお手伝いしましょうか。こっちは少し手が空いているんで」
「お願いできるかい? それじゃあ、2人で頼むよ」
「了解しました」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」

自分のデスクに戻り、仕事に取りかかる2人の姿に、頼もしさを感じる。ここは地方の子会社ということで事業規模も小さく、働いている社員は少ない。だが、社員が一丸となり、全員がベクトルを合わせて未来のビジョンを描き、誰もが努力をする素晴らしい会社だ。俺がここに来た当初は、今ほど皆が一丸となってはいなかったのだが、とてもいい方向に変わってくれていた。

俺はこれまで様々な場所に赴任し、いろいろな会社で学び、キャリアと年齢を重ねてきた。そんな人生の中で獲得した知識をすべて伝え、コミュニケーションの機会を増やす努力をしている。そうやって、社員一人ひとりが成長できる仕組みを作り上げてきた。自分ではリーダーシップがある方だとは思わないのだが、親しい人が言うには、俺は周りに気を配り、人を尊重できる性格なんだそうだ。

仕事仲間をビジネスパートナーという認識で、日頃から仕事の面では尊敬し合い、いいアイデアがあれば採用し、若い感覚と伝統を大事にするスタイルを心がけている。働く世代は幅広い。年齢や人生経験も大事だが、違う世代が集まる場所に間違いも正解もない。両方を兼ね備え、知識や経験を広げることで、時代のニーズが伴ってくる。そうしているうちに、次第に俺の元へスタッフが集まり、協力し合える関係性を築いてきたのだ。

そんなある日、俺は本社への勤務を命じられた。俺は以前にも本社に勤務していたのだが、かなり前のことだ。10年は経過しているのではないだろうか。働く社員や仕事の進め方、仕組みなど、多くのことが昔と異なっているだろうことは容易に想像できる。俺はかなり気を引き締め、気合いを入れた。

俺が配属されたのは、経営企画部と呼ばれる場所だった。会社の中でもエリート集団と言われる人材が肩を並べ、日々、経営に関する売上状況や販売企画などトップへの相談はもちろん、各部署の動きに関しても常に気を配らなければならない。まさに会社の中枢と位置づけられている部署であった。

移動初日。「おはようございます」。フロアに入ると、まずは大きな声で挨拶をした。社員たちが一斉に俺を見る。「おはようございます」。皆が声をかけてくれた。俺はまず、部署のトップである笠原部長に挨拶に向かった。

俺が笠原部長の席の前に着くと、笠原部長は鼻にかかったメガネの上から上目遣いで俺を見る。「本日から本社勤務を命じられました、村上健二です。よろしくお願いします」。深々と頭を下げる。だが、笠原部長の反応は鈍かった。ちらりと俺を見て、そのままパソコン画面に目をやる。

「何? あんた、地方から来たの?」
「はい。これまで様々な場所に赴任して、本社に参りました」

質問に答えるも、笠原部長は視線を上げることなくパソコン画面を見たままだった。「そんなあちこち回される仕事できない人間が来るとこじゃないんだがな」。そう言うと、笠原部長は大きなため息をついた。その姿に、思わず眉をぴくりと動かしてしまう。

事前に、笠原部長の人柄について同僚から聞いていた。何でも数年前に会長がライバル社からヘッドハンティングしてきた人物らしい。そのため笠原部長は、自分のバックに会長がいると、いつも偉そうにしているらしい。だが、仕事が特別できるわけではなさそうだ。仕事は部下任せ、いいことは自分の手柄、悪いことは部下になすりつける。そんな典型的なダメ上司で、その態度から部下にはかなり嫌われていると聞いている。

最初の挨拶からその返しを見せつけられ、わずかに驚いてしまったが、可能性を考えていなかったわけでもないので、露骨に表情へ出すことはなかった。「精一杯励んでまいります。これからご指導よろしくお願いいたします」。当たりのない挨拶を、目を合わせようともしない上司に伝え、俺は準備されていた席へ座った。隣のメンバーと挨拶を交わし、軽く自己紹介する。笠原部長への挨拶を見ていた同僚は、「いつもあんな感じだよ」と、俺に気を使って声をかけてくれた。

それから俺は、不採算事業立て直しの事業計画のメンバーに加わった。エリート揃いということもあり、メンバーは新しい企画や案件を見事にさばいていく。さすがと関心させられるばかりであったが、どうしてもトップである笠原部長の動きは気になっていた。というのも、笠原部長に仕事をしている様子が見受けられないのだ。何か報告に行っても上の空で、相手も見ない。確認書類もデスクの上で山になり、部下に催促されれば不機嫌になる。そして最後は、一切目を通すことなくサインだけして突き返すのである。そのくせ、ゴルフ雑誌や競馬新聞は熱心に読み込んでいるようで、喫煙所へ行っている時以外は、そのどちらかを手にしている。当然、部内では不満が溜まっているようであった。

「定時になると、残業している俺たちに見向きもしないで帰ってしまうんだよな」
「ああ、決算を取らないといけないのに、今日もゴルフか」

そんな声が聞こえてくる。はっきり言って、お荷物以外の何者でもないのだが、笠原部長はエリート集団のトップとしてのプライドだけは高い。特に俺に対しては、やけに当たりが強かった。

「おい、おい。頼んでいた資料はできているか?」
「おい、田舎者とは俺のことか?」
「はい。昨日のうちに資料作成いたしまして、部長のデスクに置かせていただいております」

俺はすぐに部長席に向かい、資料を指示した。大きなタイトルが書かれた資料が、部長の目の前に置かれている。

「全く、一言ぐらい言えよ」
「申し訳ありません。昨日は部長が不在でしたので、今日も私も朝から企画会議がありまして……急ぎではないかと思い」

どうせ言っても無視されるだろうと思ったが、大人しく謝罪する。すると笠原部長が大きなため息をついた。

「あんた、田舎から来た冴えない田舎者は、報告一つもまともにできないのか。会社が思いやられるなあ」

笠原部長は、自分が指揮するエリート集団の中に、自分よりも年上でしかも田舎の子会社から来た俺がいることが気に入らないようだった。ネチネチと言われるのは日常茶飯事である。それは社員の前でさらに続く。

「何にもできない子会社のバカ。本当に使えないよな」

同意を求められ、社員たちは曖昧に頷いたり、視線をそらしたりしていた。

「気にするなよ」

俺が席に戻ると、隣の同僚が小声で言い、軽く肩を叩いてくれる。笠原部長の前では見て見ぬふりをしているが、影では同調してくれているのだ。

「ありがとう。大丈夫だ」

礼を言い、ちらりと笠原部長を見る。あれだけ怒っていたのにもかかわらず、書類を見ることなくゴルフ雑誌を広げている。その姿に小さくため息をついて、仕事に戻った。

その後、俺が作った資料は、笠原部長の名前に変更されて提出されていた。これも毎度のことだ。会議資料や営業報告は、いつも俺の名前から笠原部長の名前に変わっている。そして、それは俺ばかりではないらしい。何もかもが移動前に聞かされていた噂通りで、俺は頭を抱えてしまった。

そんな毎日が続くある日、新年度を迎え、決起会を兼ねた親睦会が開催された。この会は会長を始め、社長や役員、社員全員が参加し、新年度の売上計画の発表や式典のために毎年行われる定例会だ。

俺は会場に入り、席を探していた。すると、その様子を半笑いを浮かべて見ていた笠原部長が、笑いながら言った。

「おいおい。お前の席がここにあるわけないだろう」

周りにも聞こえるくらいの大きな声だ。笠原部長の隣に座る社員は、あまりいい顔をしていない。むしろ、そんな言葉を投げる部長に不愉快な気持ちを感じているのがわかる。

「田舎者はほら、あっちの壁際に立っとけよ」

笠原は壁際を指で差して、声を上げて笑った。そのひどい姿に呆気にとられ、声も出ない。怒る気にもなれず、立ち尽くして笠原部長を見つめる。

「あの……よかったら、こちらにどうぞ」

すると、一人の若い社員が席を立ち、自分の席を譲ろうと申し出てくれた。だが、その瞬間、笠原の顔から笑みが消える。

「お前、余計なことするんじゃねえよ。ほら、おい。みんなが気を使うじゃねえか。あっち行けよ」

笠原部長の怒声に、その社員がびくっと肩を震わせた。心優しい若者を怒鳴りつけるとは、なんたることか。さすがに腹が立ったが、ここで文句をつけても騒ぎになるだけだと思い、ぐっとこらえる。

「ありがとう。けど、そこには君が座りなさい」
「はい……」

席を譲ろうとしてくれた社員に礼を言って、背を向ける。今日の標的は俺だが、笠原部長の暴言に心を痛めた社員が、今までに何人いたのだろうか。そう思いながら、俺は壁際へと向かった。

親睦会が始まり、笠原部長は酒が入り上機嫌だ。酔っ払うとさらに人を馬鹿にする癖を持っているようで、他部署の社員を捕まえた笠原部長は、自分のテーブルに座らせた。

「壁際のあの田舎者、本当に使えなくてさあ。あまりに無能で行き場がないから、俺の部署で拾ってやったんだよ」

俺を指差し、酒を飲みながら罵倒する。今までも誰かを標的にして、いじめや嫌がらせを酒のつまみにしてきたのだろう。相手をさせられている社員は困り顔で頷き、相槌を打っている。周りの社員は苦い顔をして、どんどん笠原部長から離れていった。浮いているのは明らかに笠原部長だけ。そして、本人はそのことに少しも気づいていないのだ。

「これより大事な発表がありますので、皆さん席にお戻りください」

親睦会も終盤に差しかかった頃、会場アナウンスが聞こえてきた。笠原部長に捕まっていた社員が、ほっとしたように席を立ち、笠原部長から離れていく。笠原部長は不満げに酒を煽った。

「あら、こんなところにおられたのですか?」

笠原部長の様子を眺めていると、声をかけられた。振り向くと、秘書室の女性社員が俺のところに歩み寄ってきていた。

「探しました。なぜこのようなところに立っておられるのですか?」
「いや、まあ、いろいろありましてね」

笠原部長を横目に、苦笑いを浮かべて答える。すると女性社員は、不思議そうに首をかしげ、それから要件を切り出した。

「社長がステージに上がられます。村上さんもご登壇ください」

俺をステージに促す。それを見ていた笠原部長は、少し驚いた様子だったが……。

「新人紹介か? 新人にしちゃ田舎もんの田舎者だからなあ。あまりの珍しさに、社長自ら紹介かなあ」

と、テーブルのメンバーにゲラゲラ笑いながら同意を求めた。それに周りは困り顔で頷きながらも、好奇の目で俺を見ている。どうして俺がステージに呼ばれたのか、その理由が誰も分からないのだろう。

ステージ上には、会長と社長。そして、俺が並んだ。並んだメンバーを見て、会場が静まり返った。ホテルのスタッフが社長にマイクを渡す。

「皆さん、今日は楽しんでくれているかな? 少し飲みすぎの社員もいるようだが、この場を借りて我が社の新体制を発表する」

会場がどよめく中、笠原のポカンとした顔が見えた。

「まず初めに、今まで多大な尽力を頂いた会長が、会長職を退任されることになりました」

みんなが初めて知らされる内容に、こそこそと小声で話す。「え、会長が退任? どういうことだ?」

「皆さん、静粛に。えー、それに伴い、会長職には私が就任することになる。そして、新社長には――」

社長は一旦言葉を止めて、ちらりと俺のことを見た。

「今、私たちとここに立つ、村上健二君が就任する」

さらにざわめく会場。その中で、みるみる血の気が引き、真っ青になった笠原部長は印象的だった。仕事もろくにせず、人を見下し罵倒し続け、そして今、魂が抜けてしまったような顔の笠原部長。その姿に、俺はこの気持ちを忘れてはいけないと思う。人の上に立つ立場になった。今のような人間には、絶対にならないと心に決めた。

社長から俺についての話が続いた。俺がこれまで子会社の負債事業の立て直しを任され、成果を上げてきたことが告げられる。

「現在、我が社は業績不振が続いています。これは私の力不足が招いた事態であり、大変申し訳なくはあるが、彼にはこれまでの経験を生かし、是非とも回復に向けて尽力してもらいたい」

それが、俺が本社に呼び戻され、社長に抜擢された理由であった。子会社と本社では、資産規模も責任も比べ物にならず、これまでの経験をそのまま持ち込んだだけではうまくいかないことは分かりきっているが、それでも期待されたからには、やってやろうと思っている。そして、やれることは全てやるつもりだ。

その一環として、俺はまず最初に、みんなと同じ立場で仕事がしたいと思った。そこで社長に頼み込み、社長就任のことは秘密にして、一社員として地方子会社からの移動にしてもらったのだ。その際、社長からも頼み事をされていた。実は、かねてから笠原部長の悪い噂が広がっており、社長の耳にも届いていた。しかし、上の人間に対してはいい顔をする笠原部長なので、実態を掴めずにいた。そこで、彼の所行も見て評価するよう頼まれていたのだった。

そこにアナウンスが入った。

「それではここで、新社長の村上健二様にご挨拶をいただきます」

次期社長としてマイクの前に立つ。

「この度、社長に就任することになりました、村上健二です」

突然のことにまだ少しざわついていた会場が、俺の声で静まり返る。俺に注目する社員たちをゆっくりと見渡しながら、次期社長としての決意表明を述べた。俺がここに来てからの印象や、社員の働き方についても話をする。そして、少なからず業績悪化の背景には、人的な問題もあると言及した。

「業績不振からの脱却。それには、社員全員が一丸となって同じ方向を向き、歩みを進める必要があります。しかしながら、現在我が社には、その輪を乱すもの、自分の利益しか考えられないものがいます」

場内に巡らせていた視線を、笠原部長に止める。笠原部長と目が合い、その瞬間、彼は大きく体を震わせた。俺の視線が誰に向いているのか。そのことに気づいた社員たちは、一様に笠原部長へ目を向けていた。

「人事交代やそれに伴う適材適所への配置、そして人的な問題に関しては、相応の処分を行います。覚悟していただきたい」

笠原部長の目を見据えて発表する。すると、この場から逃げようとしたのか、笠原部長は立ち上がりながら後ろに下がろうとして、椅子をひっくり返して尻餅をついた。椅子の倒れる大きな音に、会場中の視線が集まる。笠原部長の顔には、絶望が浮かんでいる。それもそうだろう。俺自身が身を持って体験し、社内の悪い噂は確信となったのだ。言い逃れなどできない。それを一番理解しているのは、笠原部長だろう。

それから数日後、取締役会で俺は正式に社長として就任した。それに伴い、社長が会長に、会長が退任した。さらに、その取締役会にて、俺は笠原部長の処分についても会議にかけた。結果、笠原部長は平社員への降格の上、地方へと左遷になった。笠原部長――いや、笠原はかなり反発したが、役員の意見は全員一致だった。スカウトした会長が退任したことで、その後ろ盾もなくなり、笠原の意見は一切通らなかった。

一人の部長が更迭されたことにより、社内は激変した。笠原が腐らせていた会社の中核部署が正常化しただけでも大きな変化であるが、その笠原が処分されたことで、管理職につく社員が気持ちを改めるようになったのだ。見せしめのようになってしまったが、おかげで社員一人ひとりの努力が認められ、認められることにより、やる気に満ち溢れる社風となった。さらに業績が目に見えて良くなったことにより、俺までもが認められた。

だが、もちろんこれは俺の力ではない。俺は社員の努力に感謝している。皆が同じ方向を向くことにより一丸となった今、その頂点に立つ俺は、社員とその家族の幸せも守っていこうと思う。俺がこうして安心して仕事ができるのも、我が社のために働く人たちがいるからだ。そんな人たちを裏切ってはならない。信用を失ってはならない。ましてや上司という立場を利用し、人を見下したりしてはいけないのだ。

左遷された笠原は、今までの行いが噂となり、左遷先で孤立したようだ。さらにその後、本社の業績が急激に上がったことにより、今までのプライドも傷つき、会社を自ら去ったと聞いた。あれほどまでに傲慢だった笠原の最後は、誰からも見送られることもなく、静かなものだったそうだ。

あの日、ステージ上から笠原を見て決意したことを胸に、大事な仲間と共に、会社の成長と人としての成長を目指していきたいと思う。

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