「うちの事務です」 九年間、父は一度も私の名前を呼ばなかった。見合いの席で、取引先の前で、いつもそう紹介した。私は「はい」と頷くだけだった。それが、私の居場所だった。 先週、父が突然うちに来た。 「取り締まり役にしてやる。戻ってきてくれ」 と。 九年ぶりの頭を下げる父を見て、私はようやく分かった。父が欲しかったのは、私じゃない。いなくなって困った時の、穴埋めだった。…

「うちの事務です」 九年間、父は一度も私の名前を呼ばなかった。見合いの席で、取引先の前で、いつもそう紹介した。私は「はい」と頷くだけだった。それが、私の居場所だった。 先週、父が突然うちに来た。 「取り締まり役にしてやる。戻ってきてくれ」 と。 九年ぶりの頭を下げる父を見て、私はようやく分かった。父が欲しかったのは、私じゃない。いなくなって困った時の、穴埋めだった。...

父の電話は、九月の終わりのことだった。九年前、あの会社を辞めた日から、かかってきたことのない電話だった。
「ちひろ、お前、ゆトさんと結婚したんだって?」
「はい」
「あの会社の社長だそうだな」
「はい」
「お前、あの会社に勤めてたんだって?」
「はい」
父の声が、少しだけ柔らかくなった。嬉しそうだった。私はその声を聞きながら、九年間ずっと胸の奥で溶かしてきたものを、やっと口に出せると思った。
「お父さん、私はあの会社で仕事をしていました。電話番でも、反抗士でもありません。仕事をしていました」
父は黙った。それから、
「読まなかったことが罪なのではないと、私は思います。人はいつでも読まないものですから。でも、読まれなくても残る形で書いておく人間が、あの会社に一人もいなくなりました。それだけのことです」
父は何も言わなかった。電話が切れた。私は受話器を置いて、押入れの奥から、九年間ずっと書き続けてきた控えを取り出した。手が震えていた。怒りではなかった。九年前、口の中で溶かしてきたものが、やっと外に出た震えだった。

その二日後、母から電話が来た。声の調子が、まるで違っていた。
「ちひろ、私たち誤解してたわ。ゆトさんよ。立派な方じゃない。あんな大きな会社の社長さんなんて」
「お母さん、清掃員だった時はどうでしたか?」
母が、何も言えなくなった。
「あの時は、うちのお茶っぱは安いと言って帰られましたよね」
「それは、だって、知らなかったから」
「知らなかったから。私はその言葉を繰り返しました。お母さんにも言おうとしました。八月の電話です。関係ない話だと、途中で二度、切られましたよね。肩書きを知ったら、人の見え方まで変わるんですね」
母は、受話器の向こうで、湯のみを置く音をさせた。
「ゆトさんから、七月に電話がありました。お母さんがジムの管理職だと言っておられたそうですね。それは、その言い方の問題で。今は社長だと言い直しておられるんでしょうね」
母は「そうね」とだけ言った。同じ人です。あの日も今日も、同じ人が同じ服を洗って、同じ時間に出ていきます。
母が何か言いかけて、やめた。それから、思い出したように言った。
「ねえ、ちひろ。今度、ゆトさんを連れて食事でもどう?」
「今は、結構です」
「どうして」
「お母さんが会いたいのは、ゆトさんですか? 社長さんですか?」
母は答えなかった。答えが出たら、その時に。私はそう言って電話を切った。

次の日は、姉が電話をよこした。父のいない電話だったので、私は昔通りの言葉で受けた。
「あの縁談、本当は私のだったんだよね」
姉は言い方だけ変えて、同じ話を何度も繰り返した。私が断らなかったら、私が社長夫人だったのに。
「そうかもね」
私がそう答えると、姉の声が明るくなった。
「でしょ。だからあれは事故みたいなもので」
「お姉ちゃん」
「何?」
「清掃員だったゆトさんを捨てたのは、お姉ちゃんだよ」
姉が黙った。
「写真も見ないで、貧乏人だって言ったよね。同じ地味同士、お似合いじゃないって」
「それは、その、社長になった途端に欲しくなるなんて、やっぱり会わなかったと思う」
「あの人は、肩書きを見ない人に会いたかったんだって。だから、私に、仕事だけ書いてくださいって頼んだの」
「知らないよ、そんなの」
「うん。でも、あの部屋で本人が同じことを言っていたよね」
姉が息を吸った。泣くのかと思ったが、出てきたのは別の言葉だった。
「ちひろはいいよね。何もしないで、勝手にそうなって」
「何もしないでって。お姉ちゃんが職業欄だけで決めた人がいるんでしょ。私はあの人の話を、一時間、最後まで聞いた。私がしたのは、それだけだよ」
姉はそこで、少し声を落とした。
「ねえ、ゆトさんの会社、私を入れてもらえないかな? 企画部長をやってたし、秘書でも役員の秘書でも」
「それは、あの人に聞いて。私からは言わない」
「なんで」
「あの人は、身内だから入れる、という決まりはうちにはない、という人だから」
私はしばらく黙っていた。
「お姉ちゃん、私は九年前、あの会社の支払いを一日も落としたことないよ」
「そんなの、知らないし」
「うん。それも聞いてくれなかったよね」
姉は何も言わなかった。私は続けた。
「お姉ちゃん、私、忘れてはいないよ」
「じゃあ、何なの?」
「私がいなくなって、あの会社で何が起きたか、それだけは覚えておいてほしい」
私は静かに受話器を戻した。

その電話の後、実家では別のものが崩れ始めていた。十二月に入って、ゴダさんが電話をかけてきた。
「千ひさん、俺、やめるわ」
私は、しばらく声が出なかった。
「ゴダさん、今日、社長に行ってきた。あんたの親父さんにな。年内いっぱいで」
三十二年いた人だった。
「あの二人も一緒に出る。プレスの松本と、外注に出した分の受け入れを見てる田渕だ。二人とも二十年超えてる」
「どうして、急に」
「どうしてって、社長も同じ顔をしてたよ。なんで急にやめるんだって言われた。だから答えた。急じゃありませんって。千ひさんがずっと止めてくれてただけですって」
私は何も言えなかった。
「あんたがやめてから、社長の無茶がそのまま現場に来るんだ。納期を勝手に決める。人が足りないのに受ける。材料が来ないのに作れという。前は全部、あんたが間に入って直してた」
「そんな大したことは」
「大したことだよ。取引先に謝りに行くのもあんただった。下の連中がやめたいと言い出した時、話を聞いてたのもあんただ。俺は、現場のことしかできん。ゴダさんは、現場を守っていました。守れなくなったから、やめるんだ」
しばらく黙ってから、ゴダさんは言った。
「あんたは、この現場の止め方を知ってた。無理な注文が来た時、どこで止めれば誰も怪我をしないか、あんたには見えてたんだ。今は、止められる人間が一人もいない。走り続けるしかない現場は、どこかで必ず折れる」
ゴダさんは、そこで話を継ぎ足した。
「それとな、プレスの松本は、先月の給料の計算がまた間違ってたそうだ。田渕は、外注の単価が上がったのを誰も知らずに見積もりを出して、社長に怒鳴られた。あれは契約の更新を落としたからです。そうだろうな。だが、怒鳴られたのは田渕だ」
ゴダさんは、長く息を吐いた。
「みんな、あんたがやめた日から、じわじわ我慢してきたんだ。それがあの髪の毛で切れた」
「あの髪のことは、皆さんご存知なんですか?」
「事務所であんたの親父さんが読み上げたよ。うちの記録と違う記載があったから落ちたって。その後、若宮さんが泣きながら出ていった」
「そうですか」
「若宮さんはやめない。あの子は残るそうだ」
「そうですか」
私は同じ返事を二度した。それしか言えなかった。

その三日後の日曜日、玄関のチャイムが鳴った。扉を開けると、父が立っていた。後ろに、母と姉がいる。前に来た時と同じ、三人だ。父は前より痩せて見えた。上着の方が余っている。母は化粧が薄かった。姉は、化粧をしていなかった。
父が口を開いた。「上がっていいか?」
私は迷ってから、「どうぞ」と言った。ゆトさんは出かけていて、家にはいなかった。
父は座布団に座った。母と姉は、畳に直接座った。しばらく、誰も話さなかった。先に話し出したのは、父だった。
「ゴダがやめる。松本と田渕もだ」
「はい」
「あの三人が抜けたら、うちの現場は回らん。新しく入れた機械も、動かす人間がいなくなる。ゴダがいなけりゃ、あれの段取りも組めん」
「そうなりますか」
「取引先も、一社は考えさせてくれと言ってきた」
父は手を組んでいた。指の関節が白くなっていた。
「ちひろ、戻ってきてくれ」
父はそこで、膝に手を置いて頭を下げた。九年間、父が私に頭を下げたことは、一度もなかった。
「取り締まり役にしてやる」
私は父の顔を見た。「え?」
「母さんには降りてもらう。専務の席を開ける」
母が顔を上げた。口が、半分開いていた。
「お父さん、私は実務のできない役員を置いておく余裕は、もうない」
母は、何も言い返さなかった。長く「専務」という肩書きを持っていた人が、その日、それがただの肩書きだったと知らされた。
姉が横から割り込んだ。「ちょっと、次は私じゃないの?」
父は、姉の方を見なかった。「み先は、経営に向いてなかった」
姉の顔が、ゆっくり赤くなった。「向いていないって。そんなの、向いている人間は、中身を押す前に中身を読む」
その一言で、姉は黙った。父はもう一度、私の方を向いた。
「千ひろ、取り締まり役だ。報酬は月の途中ではあげられん決まりだが、来月からは倍にする。会社の判も預ける」
私は、膝の上で手を重ねた。言葉を探す必要はなかった。答えは、九月に電話を切った日には、もう決まっていた。
「いりません」
父の顔が、強張った。「なんだと?」
「取り締まり役は、お父さんが決めることではありません。株主総会で決めることです。その総会は、この九年で一度でも開かれましたか? 開いたことにして議事録を書いたのは、私です。私を役にする議案も、多分、私が書くことになります。それは、私にはできません」
父は、こちらを見たまま動かなかった。
「それに、役職が欲しくて働いていたわけじゃないので」
「じゃあ、何が欲しいんだ? 金か?」
「お金の話ではありません」
父は、茶碗の蓋を指でいじって、それから思いついたように言った。
「お前、うちの書類を持ち出しただろう。この前、電話で読み上げたあれだ」
「出しません。あれは、私が自分の字で書いた控えです。原本は会社に置いてきました。九年、そこだけは守ってきた人間に、そういう疑いをかけないでください」
父は、指を組み直した。私は続けた。
「九年前、私が欲しかったのは、片瀬千ひろという人間があの会社で働いていると、誰かに一度でも言ってもらうことでした」
私はそこで、一度言葉を切った。
「お父さん、見合いの会場へ届け物をしに行った日のこと、覚えていらっしゃいますか?」
父は、上着の袖口を引いた。
「あの日、お父さんは私をこう紹介しました。『ああ、うちの事務です』。お姉ちゃんのことは、『企画部長のみ先です』と紹介していました。私のことは、『うちの事務です』と。同じ場所で続けて。そんな細かいことを。取引先の前でお父さんが私の名前を呼んだことは、九年で一度もありません」
私は父の目を見た。
「今、取り締まり役の話が出ているのは、私がいるからではありません。ゴダさんがやめるからです」
父は、否定しなかった。それが答えだった。
「もう一つだけ、お願いがあります」
「なんだ」
「あの報告書の担当者の欄に、私の名前が書いてあります。その名前を、都合のいい時だけ持ち出すのは、やめてください」
父の視線が、母の方へ逃げた。
「『うちの会社には、ちゃんとしたものがおります』。本社でそう答えられたそうですね。その『ちゃんとしたもの』は、その時もういませんでした」
父は、畳を見ていた。長い時間だった。壁の時計の音が聞こえるくらい、長かった。やがて父は、膝に手をついて立ち上がった。
「分かった」
立ち上がったまま、父はもう一度口を開いた。
「あの表は、今は俺が書いてる」
「そうですか」
「お前の字より、遅い」
それだけ言って、玄関へ歩いた。母がついていった。母は玄関で靴を履きながら、一度だけ振り返った。
「ちひろ。あのお茶っぱのことだけど。あれは、悪かったわ」
それが母が私に向けて口にした、唯一の謝りの言葉になった。私は、「はい」とだけ答えた。
姉は、最後まで座っていた。立ち上がる時、私の顔を見ずにこう言った。
「私、来月から一般社員だって」
「そう」
「伝票の打ち方から、若宮さんに教わってこいって言われた」
「うん」
「あの子、私より年下だよ」
私は、何も言わなかった。姉が何か言って欲しそうにしているのは分かった。それでも、言うことがなかった。

三人が帰った後、私は畳に座ったままでいた。湯のみは出さなかった。出さないと決めたのは、その時が初めてだった。窓の外が暗くなるまで、そこにいた。
勝ったとは思わなかった。あの会社が困っているのは、私の手柄ではない。私がいなくなった穴が、誰にも埋められなかっただけだ。それでも、一つだけはっきりしたことがある。「事務くらい誰にでもできる」という言葉は、あの家の中だけで通じる言葉だった。外へ出したら、通じなかった。

その夜、ゆトさんが帰ってきた。話を聞いて、湯のみを二つ持ってきて、私の隣に座った。
「よく言いましたね」
「はい」
「疲れたでしょう」
「はい」
しばらく黙ってから、ゆトさんが言った。
「千ひさん、うちに来ますか?」
私は顔を上げた。
「うちの管理の部署は、記述と契約を見る人が何人いても足りません。あなたなら、明日からでも仕事があります」
その言葉は、嬉しかった。それでも、私は首を横に振った。
「行きません」
「そうですか」
「言ったら、また言われるので」
ゆトさんが、口の端だけで笑った。「夫のおかげですか?」
「はい」
「千ひさんらしいですね」
私は、湯のみを両手で包んだ。
「先週、連絡しました」
「どこへ?」
「経営サポートという会社です。辞める時に名刺をいただいたところで。あの会社に入って、経理と業務の立て直しをやっている会社です。年明けに、面接を受けます」
「受かるといいですね」
「受かります」
自分でも驚くくらい、はっきり言えた。
「あそこの仕事は、九年やってきたことそのものなので。簿記の試験は、年明けの一月に受ける。結果はその後だ。受かっても、受からなくても、行くと決めていた」
ゆトさんは、湯のみに口をつけてから、小さく頷いた。
「一つだけ、聞いてもいいですか?」
「はい」
「見合いの日に、最後に床を拭く人がいるとおっしゃいましたね。その人の話は、まだ聞いていません」
私は、少し考えた。
「私が高校生の頃から、ずっと同じ人でした。誰も、その人の名前を呼びませんでした」
「なるほど」
「その人がいなくなった年に、鉄粉で滑って怪我をした人が出ました。それで分かったんです。誰かがやっていた仕事は、その人が抜けてから、名前がついた」
ゆトさんは、しばらく湯のみを見ていた。そして、湯のみを置いて、こちらへ向き直った。
「おめでとうございます」
まだ受かってもいないのに、この人はそう言った。
「早いです」
「いえ、どこで働くかを自分で決めたことの方が、受かることより大きいので」
私は、湯のみの中を見た。茶色が、濃くなっていた。

その夜、私はノートの新しいページを開いた。「私が働く場所は、私が決める」。そう書いて、日付を入れた。

年が明けて、経営サポートの面接を受けた。面接では、九年のことと簿記の勉強を話した。大場さんは、最後にこう言った。
「うちが欲しいのは、資格そのものじゃありません。働いていない時期に自分でテキストを買う人は、大抵、経理も落としませんから」
面接の三日後に、採用の連絡が来た。一月の簿記の試験も、受かった。二月から働いている。担当は社員十六人の製本会社と、隣町の運送会社。最初の日、大場さんから新しいノートを渡された。表紙の何もない、大学ノートだ。開いた時、祖父の声がした。「書いておけ。人の記憶は都合で動くが、紙は動かん」。日付を書いて、一行目を書いた。

会社では、最初の月に、帳簿にない支払いの記述を三件見つけた。社長の奥さんが頭で覚えていて、入院中に二つが止まっていた。私は壁に、支払い表を作った。製本会社の社長さんが、その前に立った。
「これ、うちのカミさんが頭でやってたやつだね。これがあれば、カミさんが休めるな」
「カミさんが休めるな」。その一言が、九年分の答えに聞こえた。

新しく作った名刺は、春のうちに二十枚減った。九年で一枚も減らなかった、あの三十枚は、もう数えない。

実家のその後は、ゴダさんと若宮さんから聞いた。片瀬スチール工業は、潰れなかった。ただ、規模は小さくなった。入れた機械のリースは途中で辞められず、支払いだけが残った。取った二人のうち一人は春に辞め、取引を見送る会社も出た。父は今、自分で支払いの表を作っているそうだ。壁ではなく、机の上に置いて、朝と夕方に見ている。祖父が「背骨」と呼んだものを、父はようやく探し始めた。
母は、「専務」の肩書きを返した。外注の人を家にあげるのもやめ、茶の稽古も旅行もしていない。「食事でもどう」というあの誘いは、あれ切り来ない。
姉は、企画部長を外れて、一般社員になった。最初の月は六時に帰っていたのが、今は七時を過ぎる。
ゴダさんは年内で辞めて、今は市内の別の現場にいる。時々、電話が来る。
若宮さんからは、二月の終わりに手紙が来た。引き継ぎ書は捨てずに持っていて、項目はもう九十を超えたそうだ。先月、姉に七十四番を開いて見せたという。「今度は、閉じられなかった」。

ゆトさんは今も、月に四日、灰色の作業着で出ていく。事務所の日のネクタイは、曲がっていたら私が直す。
三月の終わりに、西谷さんが契約の期限で現場を離れた。送別の日、ゆトさんは自分の名前で花を送った。「十一年、あの現場を守ってこられた方ですので」。

四月の休日、近所のスーパーへ行った。飲み物の棚の前で、ゆトさんの足が止まった。通路の先で、女の人が床を拭いていた。こぼれた汁が広がって、客が手前で足を止めていく。
ゆトさんは、私に買い物かごを渡した。「ちょっと手伝ってきます」。そう言って歩いていく。女の人と二言三言話すと、柱の脇から黄色い表示を二枚持ってきて、汁の手前と向こうに立てた。それから、紙を重ねて、汁を先に吸い取った。モップは、その後だった。上から下へ。「拭くのが先で、拭くのが後」。新婚の台所で聞いた順番だった。慣れた手付きだった。中央から外へではなく、外から中央へ寄せていく。拭き終わっても、表示はそのままだった。女の人が、何度も頭を下げた。どこに視線を向けている人は、ほとんどいない。
見合いの席で聞いたあの言葉は、「拾うこと」ではなく「見ること」の話だったのだと、ここでようやく分かった。
戻ってきたゆトさんに、私は言った。
「社長なのに」
ゆトさんは、かごを受け取って、初めて敬語をやめて、こう答えた。
「社長だからだよ」
私は笑ってしまった。この人の答えは、いつもそういう形をしている。

レジに並んでいる時、ゆトさんが言った。
「あの見合いの日、僕の仕事の話をして嫌な顔をしなかったのは、千ひさんだけでした」
「そうですか」
「あの日までに会っていただいた方には、四人続けて断られています」
「四人?」
「はい。どの方も、会って十五分でした」
私は、前を向いたまま答えた。
「私には、断る理由が分かりません。だって、仕事でしょ」
ゆトさんは何も言わず、袋詰めの台で、私の分も広げていた。

姉が捨てたのは、「清掃員の貧乏人」ではなかった。三百二十人を食べさせている人で、床を拭くことを恥ずかしいと思わない人だった。
私の夫は、大きな会社の社長だけれど、今でも時々、清掃員だ。
私は明日も、どこかの会社の支払いの表を作りに行く。「誰にでもできる」と言われる仕事だ。それを、これからも、私がやっていく。

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