父が怒鳴り声を上げた瞬間、会議室の空気が凍った。私は36年間ずっと「お前は地味だから」と言われ続けてきた娘だ。でも今、私は父の会社の経理を預かってきた者として、真実を突きつける。
名古屋さんが静かに綴じた書類を机に置いた。そこには、妹リナ名義の架空の給与、母の会社への不正な家賃、父個人への顧問料。すべてが私が気づかないふりをしてきた数字だった。
「藤原社長、あなたが娘さんを身代わりに差し出した日から、私はあなたを家族だと思ったことは一度もありません」
名古屋さんの声は氷のように平らだった。1年前、私は妹の代わりにこの人と結婚させられた。作業着のまま頭を下げる「工場勤務の男」と。
でも、本当に私を捨てたのは家族の方だった。数字が読める私が帳簿のそばにいると邪魔だから。決算を取り上げ、役員から外し、保証人にして、そして「身代わり」として嫁にやった。
母が金切り声を上げた。「親不幸も家族を見捨てる気なの?」
私は玄関で立ち尽くしたまま言った。「見捨てられていたのは私の方です」
36年分の命令。働け、我慢しろ、金を入れろ、妹の代わりにとつげ。全部命令だった。私はもう命令に従わない。
最後に私は父に伝言を頼んだ。「あなたは1年前、工場勤務の男は釣り合わないと言いました。釣り合っていなかったのは、お父さんの帳簿と現実の方です」
返事は来なかった。来なくても良かった。
それから1年。私は小さな経理事務所を開いた。名前はみき経理事務所。誰の代わりでもない、自分の名前を看板に出した。祖母の写真を額に入れて壁に掛けた。「ちゃんと見とる人はおるからね」という言葉と一緒に。
名古屋さんは今日も作業着だ。社長なのに現場へ来る。「この人は最初から工場で働くことを誇りにしているから」と私が答えると、彼は照れくさそうに笑った。
私は誰かの代用品でも、誰かの付属品でもない。自分の帳簿を自分の手で締めながら、これからも自分の人生を生きていく。



