義母から突然の電話がかかってきたのは、いつも通りの穏やかな午後だった。用件を聞いて、私は耳を疑った。100万円を貸してほしいというのだ。欲しいバッグがあるから、と。
私は夫に相談しようとしたが、義母はそれを拒んだ。夫に言ったら怒られる、と。首をかしげる私に、義母は不機嫌そうな顔で言い放った。「私、さえ子さんに嫌われるようなことしたかしら」と。結局、その日はお金を貸さずに別れたが、なんだか心に引っかかるものがあった。
帰宅して夫に話すと、ちょうどその時、義母からまた電話がかかってきた。スピーカーにして夫にも聞こえるようにすると、義母は再び100万円を要求してきた。夫は仕方なく、借用書を書くことを条件にお金を貸すことに決めた。しかし、それが悪い流れの始まりだった。
義母は何度も何度もお金を借りに来るようになった。最初は1万円、3万円と小額だったが、やがて返済もされないまま借金は200万円にまで膨れ上がった。「家族なんだから」という言葉を盾に、義母は全く返済しようとしない。私も夫もいい加減うんざりしていた。
やがて義母から「返済の用意ができたので、1人で実家に来てほしい」と連絡が来た。私は夫にあるお願いをして、言われた通り1人で義実家を訪れた。すると、そこには義父がいた。義母は私がお金を借りに来たように装っていたのだ。義父は私を「援助される立場のくせに」と怒鳴りつけた。
私は借用書を見せて、本当は義母が私たちから借りていたのだと説明した。義母は真っ青になってうつむいた。そこへ、夫が連れてきた人物が現れる。義母の娘、つまり義妹だった。彼女は仕事をクビになり、義母に泣きついていたのだ。私たちが貸した200万円は、全て義妹の生活費や趣味に使われていた。
義父は激怒し、義母と義妹を叱りつけた。義妹は「お父さんが200万返したんならもういいじゃん」とふてくされる始末。義父は「お前たちにはほとほと愛想が尽きた。もう縁を切りたいくらいだ」と冷たく言い放った。義母は私にすがりついて「離婚なんて嫌よ。あなたも私の娘でしょ」と懇願したが、私はもう揺れなかった。
「初めてご挨拶した時、本当の母親だと思ってくれって言ってもらえて、私は本当に嬉しかったんです。でも実際は、お母さんは都合のいい時ばかり私を娘と呼んで、私の気持ちを考えてはくださらなかった。そんな母なら、私いりません」
私はそう言い放ち、義母との関係に終止符を打った。数週間後、義父が50万円を持って謝罪に訪れた。慰謝料として受け取ってほしいという。義母は義妹と一緒に家を追い出され、離婚に至ったという。互いを責め合いながら、親戚の民宿で住み込みで働いているらしい。
その後、私は妊娠が判明した。夫も義父もとても喜んでいる。返済してもらった200万円と義父のくれた50万円は、生まれてくる子供のために使おうと思う。あの騒動は決して良い思い出ではないけれど、私は自分の人生を歩み始めている。



