義母が離婚届を突きつけてきたのは、結婚3年目の冬の終わりだった。ラウンジの柔らかな照明の下で、彼女は勝ち誇ったように書類をテーブルに置いた。
「サインしなさい。うちの息子にはもっとふさわしい女性がいるのよ。」
優馬は何も言わなかった。いつものように、母の意見に黙って従っていた。私はペンを手に取り、何のためらいもなくサインをした。義母が目を丸くする。
「……素直ね。まさかこんなにあっさりとは思わなかったわ。」
「お母さんがそう望んだのでしょう。私はただ従っただけです。」
私はバッグから、あるものを取り出した。小さなボイスレコーダーだった。この瞬間のために、私は3年間ずっと準備をしてきたのだ。
結婚して最初の頃から、義母の言葉は鋭かった。夕食の席で、私が作った料理を一口食べて、こう言ったものだ。
「この味付け、薄すぎない?息子が物足りなさそうにしてるじゃない。男の人はもっとしっかりした味を好むのよ。」
実際には優馬は何も言っていなかった。でも義母は勝手に「息子がかわいそう」という設定を作り上げた。
「それにこのお肉、筋が残ってるわよ。下処理が雑なんじゃない?料理の基本ができてないのね。」
私が一生懸命作った料理を、徹底的にけなした。その時の優馬の反応は決まってこうだった。
「母さん、もう少し優しく言ってやるよ。ゆいも頑張ってるんだから。でも確かにもう少し研究してくれるとありがたいかな。」
笑いながら言うだけで、私をかばうわけでも、母親を注意するわけでもなかった。いつも中途半端な対応だった。
結婚2年目の冬には、洗濯物についてこんなことを言われた。
「このタオルの畳み方、雑すぎない?しわが寄ってるじゃない。息子がかわいそうよ。こんな適当な家事で嫁の務めを果たしてるつもりなの?」
タオルを手に取って、わざとらしく畳み直して見せた。
「嫁としての心構えが足りないんじゃない?もっとちゃんと家事を覚えなさい。私が若い頃はね、こんな雑な仕事は絶対に許されなかったのよ。」
そして深夜、私がパソコンに向かって作業をしていると、決まってこう言われた。
「ゲームでもしてるの?そんな暇があるなら、もっと家事を覚えなさいよ。息子が疲れて帰ってきても、家が整ってないんじゃ休まらないでしょう。」
笑みを浮かべながら、わざと大きな声で言う。実際には、私は法人の財務管理をしていたのだが、説明したところで理解されるはずもなかった。そもそも聞く気がない人間に何を言っても無駄だった。
このやり取りが3年間、ほぼ毎日のように続いた。私は早い段階で、口にしても意味がないと判断し、沈黙を選び続けた。それは我慢ではなく、戦略的な放置と観察に近かった。この人たちがどこまで私を軽視するか、どこまで調子に乗るか、全て記録し続けていた。義母の発言パターン、優馬の反応パターン、頻度と強度まで。そして離婚届を受け取った瞬間、全てのデータが最終兵器として活用される時が来た。
現実に戻ると、義母がまだ言い訳を続けていた。
「第一、そんなに稼いでるなら、なぜ黙ってたのよ。嘘をついてたってことじゃない?家族に隠し事をするなんて、信頼関係を破綻させる行為よ。」
「そうだよ。隠し事をするなんて、夫婦としてありえないだろう。俺たちを信頼してなかったってことなのか。なんで相談してくれなかったんだよ。」
今度は私を攻撃する方向に転じた。でも、この攻撃も想定済みだった。私はバッグから小さなボイスレコーダーを取り出した。この3年間、重要な会話は全て録音していた。法的に問題ない。弁護士にも確認済みだった。この瞬間、私の心の中で最後のピースがはまった。準備は完璧だった。もう逃げ道は一切ない。彼らの本性を、動かぬ証拠と共に白日の下にさらしてやる。
「では、こちらをお聞きいただきましょうか。」
再生ボタンを押す。静かなラウンジに、録音された義母の声が響いた。
「専業主婦のくせに偉そうに。あんたなんかいなくても何も困らないのよ。むしろ、息子が解放されてせいせいするわ。そんな役立たずは早く出て行けばいいのよ。息子の稼ぎがなかったら、ただの居候よ。自分一人じゃ何もできないくせに、よくそんな生意気な口が聞けるわね。身の程を知りなさい。どうせ金目当てで結婚したんでしょ。最初から息子を騙すつもりだったのよ。そんな汚い女に騙される息子がかわいそうだわ。本当に迷惑な話よ。」
義母の顔が真っ青になった。自分の声が機械から流れてくる現実に、完全に動揺している。続けて、優馬の声も流れる。
「まあまあ、母さんの言うことも一理あるし、ゆいも母さんの気持ちを理解してやれよ。家族なんだから我慢も必要だろ。お互い歩み寄ることが大切だよ。ゆいも少し反省した方がいいんじゃない?完璧な嫁なんていないんだから、素直に受け入れればいいのに。母さんだって悪気があるわけじゃないんだから。俺が稼いでるから生活できてるんだから、もう少し感謝の気持ちを見せて欲しいよな。当たり前だと思われると困るよ。家族の大黒柱として認めてもらいたいんだ。」
優馬も絶句している。自分の言葉が録音されていたという事実に、衝撃を受けている。
私はレコーダーを一旦止めて、2人を見据えた。この計画的な証拠収集こそが、私の最大の武器だった。
「この録音は3年間分、合計200時間以上ございます。重要な会話は全て記録し、日時と状況も詳細に記載いたしました。全て時系列で整理され、いつでも検索可能な状態で保管されております。弁護士の先生にも事前に確認していただきました。証拠として法的に有効であることも確認済みです。必要であれば、いつでも裁判でも調停でも使用可能です。」
「ただの感情で言っただけで、本心では——」
「文脈というものがございます。その時の状況があって、一時的な感情で言っただけで、本心ではない。でも、文脈も状況も前後の会話も、全て録音されております。言い訳は一切通用いたしません。」
私はレコーダーを再び操作して、別の日の録音を再生した。結婚2年目の春、私が風邪で寝込んでいた時の会話だった。
「熱があるくらいで寝込むなんて、根性がないのね。私なんて多少の熱では動き回ってたわよ。今の若い子は本当に軟弱ね。昔の女性はもっと強かったものよ。息子の世話もできないなんて、嫁として失格よ。結婚した意味がないじゃない。何のために嫁に来たのかしら。息子に迷惑をかけるだけじゃないの。こんな弱い女と結婚させて、息子がかわいそう。もっとしっかりした女性と結婚すればよかったのに。本当に選択肢を間違えたわね。」
その時の優馬の反応も記録されている。
「母さん、まあそう言わないでよ。でも確かにもう少ししっかりして欲しいかな。俺だって仕事で疲れてるんだから、家のことはちゃんとやってもらわないと困るよ。頼りにしてるんだから。」
「この日、私の熱は39度ありました。それでも夕食の準備をしろって言われて、ふらふらになりながら台所に立ちました。倒れそうになりながらね。」
「それはあなたの体調管理が悪いからでしょ。自己管理ができてないのよ。責任を人に押し付けないで。」
「体調管理の問題じゃありません。インフルエンザでした。病院の診断書もありますよ。」
この時も私は冷静に状況を分析していた。義母の攻撃パターン、優馬の同調パターン、全てが予想通りの展開だった。そして私は確信した。この人たちは変わらない。ならば、私が変わるしかない。
次の録音を再生する。結婚3年目の夏、私が料理教室に通いたいと言った時の会話だった。
「料理教室?お金の無駄よ。そんなお金があるなら、息子のために貯金でもしなさい。自分のことばかり考えて、本当に自分勝手ね。家族のことを考えなさい。そんな時間があるなら、家の掃除でもしなさい。まだまだ行き届いてないところがたくさんあるでしょ。基本ができてないのに応用なんて100年早いわ。息子のお金で習い事なんて、思い上がりにも程があるわ。働いてもいないくせに、よくそんなことが言えるものね。恥知らずにも程があるわよ。」
優馬の声も続く。
「俺も母さんと同じ意見だな。今のままで十分だよ。変に外に出ていって、変な知識つけられても困るし。家庭に専念してもらった方がありがたいよ。お金がかかることは控えめにしてもらいたいな。俺だって会社で大変なんだから、家計のことも考えて欲しいよ。無駄遣いは避けてもらいたいんだ。」
「この時、料理教室の月謝は私のパート代から出すつもりでした。自分で稼いだお金です。でも、そのパートすらも反対されました。『息子に恥をかかせるな』って言われて。だから独学で勉強することにしたんです。」
この時の私は、まだ彼らに理解してもらおうと必死だった。でも今思えば、あの時点で答えは出ていた。彼らは私の成長を望んでいない。私が「できない嫁」のままでいることを望んでいる。なぜなら、そうすることで自分たちの優越性を保てるから。私が成長し、力をつけることは、彼らにとって不和だったのだ。
夫に依存している限り、この状況は変わらない。私は在宅でできる仕事を探し始めた。最初は単発のライティング案件から始めて、次第に継続的なプロジェクトに参加するようになった。そして、自分でビジネスを立ち上げることを決めた。「ハリネ」というブランドの構想はその時に生まれ、今に至っている。義母と優馬はまだ現実を受け入れられずにいるようだった。
「掃除も料理も、人格も、何をしても評価されませんでした。でも、逆に言えば、何をしても否定されるなら、その時間を別のことに使えばいいってことに気づいたの。『できない嫁』像を押し付けられる中で、逆にそれを最高の隠れ蓑として活用させてもらいました。あなたたちが私を見下してる間に、私は着々と力をつけたのよ。」
「隠れ蓑?お前、最初から俺たちを騙すつもりだったのか。計画的に裏切るつもりで結婚したのか。」
「騙す?とんでもない。私はあなたたちの言葉通りに行動しただけよ。ただし、その言葉を文字通りに受け取らせてもらっただけのこと。」
この瞬間の優馬の表情を、私は一生忘れないだろう。困惑と怒りと恐怖が入り混じった、実に情けない顔だった。
「あなたたちが私を無能な専業主婦だって決めつけて安心してる間に、私は水面下で確実にスキルを磨いて、人脈を築いて、資金を蓄えて、そして法的な準備を整えてた。全て計画的に、段階的にね。」
私は次の書類を取り出した。ハリネの成長記録だった。売上推移、顧客数の増加、企業案件の獲得実績、全てが右肩上がりの数字で記録されている。
「1年目の売上は月平均50万円でした。手探り状態だったけど、着実に基盤を固めることができたの。2年目には月平均150万円まで成長した。企業案件も増えて、安定した収益基盤を確立できました。そして3年目の現在、月平均300万円の売上を安定的に維持してます。」
「ちなみに、稼いでいることを黙ってたのは、耐えるためじゃない。整えるためよ。この3年間、私は毎日計画的に行動してきた。朝は義母と優馬が起きる前に2時間、法人の業務をこなす。昼間は家事をしながらスマートフォンで顧客対応や商品の進行をする。夜は2人が寝た後に、再び3時間ほど集中して作業する。1日5時間の労働時間で、年3600万円のビジネスを築き上げた。しかも、全て彼らの目の前でね。彼らは私の努力を『遊び』だと思い込んでいた。その思い込みが、今日の結果を生み出したのよ。」
「私は何も奪ってません。あなたたちが欲しがった名義を、全てお渡ししただけです。ただし、名義には維持費、税金、責任がついてます。あなたたちはそれをご存知なかった。ただそれだけの話よ。」
私の心の中で、長年溜まっていたものが解放されていく感覚があった。3年間の屈辱、3年間の忍耐、そして3年間の準備。全てがこの瞬間のためだった。彼らの驚愕した表情、混乱した様子、それこそが私が求めていた最高の復讐だった。
沈黙が続いた後、義母が再び口を開いた。
「で、でも、家族なら話し合いがあるでしょ。いきなりこんなひどいことをするなんて、人としてどうかしてるわ。私は家族のために言ってただけよ。少しきつい言い方をしたのは認めるけど、あなたのためを思って厳しくしただけなのに。こんな仕返しをされるなんて思わなかったわ。血の通った人間なら、もう少し思いやりがあるはずよ。」
「仕返し?」
私は心の中で笑った。「仕返し」という言葉を使うということは、自分たちが私に何をしてきたかを理解していない証拠だ。
「そうよ。これは明らかに仕返しでしょ。家族に対してこんな冷酷なことをするなんて、血も涙もないのね。普通の人間なら、もっと情があるはずよ。」
「私は約束を忠実に守っただけです。何も間違ったことはしてません。何度も言いますが、離婚届を送ってきて私を追い出そうとしたのは、お母さんですよね。私は素直にその通りにしただけです。」
「だ、だから、あれは本気じゃなかったのよ。ちょっと感情的になって、一時的な感情で言っただけで、本当に離婚してほしいなんて思ってなかったのよ。」
「へえ。お母さんは冗談で離婚届を送るような方なんですね。全然笑えません。どうせ私を支配するための落とし文句だったんでしょ。離婚をちらつかせれば、私が怯えて従順になるとおもったんでしょ。違いますか?そういう卑劣な手段を使って、私をコントロールしようとしてたんでしょう。」
確信を突かれて、義母は何も言えなくなった。この沈黙こそが、彼女の本音を物語っている。
そんな中、優馬は自己弁護を始めた。
「俺は常に中立を保ってきたつもりだ。家の問題をエスカレートさせないよう、穏便に処理してきたじゃないか。母さんとゆいの間でバランスを取るのがどれだけ大変だったか。板挟みの苦労を理解してほしいよ。」
「中立?板挟み?」
私は再び録音を再生した。私が優馬に助けを求めた時の会話だった。
「お母さんに毎日のように叱責されて、精神的に限界です。夫として、妻である私を守ってください。これ以上耐えられません。」
「母さんも昔からああいう人だから、あまり気にしないで。そのうち慣れるよ。俺だって最初は戸惑ったけど、今では母さんの良さも分かるようになったし。」
「でも、人格を否定されるような言葉を毎日言われて、私の尊厳が傷つけられています。」
「ゆいも少し我慢してよ。母さんだって悪気はないんだから。家族なんだから、お互い思いやりを持とうよ。完璧な家族なんてないんだから。」
「私の気持ちを理解してもらえませんか?このままでは精神的に持ちません。」
「まあ、お互い様ってところもあるし、ゆいだって完璧じゃないでしょ。母さんの言うことにも一理あるんじゃない?少しは反省する部分もあるんじゃないかな。」
録音を止めて、優馬を見つめる。
「これが『中立』?これが『バランス』?私が助けを求めてるのに、加害者の味方をしてるだけじゃない。」
「い、いや、それは状況が——」
「あなたは一度も私をかばったことがないの。それどころか、常にお母さんの味方をしてた。『お互い様』『ゆいも反省しろ』『我慢しろ』。私への要求ばかりだったじゃない。あなたたちは『家族』って言葉を都合よく使うけど、私を家族として扱ったことがある?私を一人の人間として尊重したことがある?」
この質問に、彼らは答えることができなかった。その理由は明白だった。彼らにとって私は、従順で使える「火付け役」というのが本音なのだから。
「私は『嫁』って役割を押し付けられて、人格を否定され続けました。それでも『家族だから我慢しろ』って言われました。でも、あなたたちが私を家族として尊重したことは、一度もありません。私は単なる便利な道具として扱われてただけです。おかげで私はこの3年間で多くのことを学びました。言葉で変わらない相手には、行動で答えるしかないってことを。そして、誰にも依存せずに生きる強さを身につけることの大切さを。」
私は2人に背を向けて、歩き始めた。最後に、一言だけ言うために振り返った。
「最後に一つだけ言わせてください。今後何があっても、私に泣きついてこないでくださいね。私はもう、あなたたちとは完全に無関係な人間です。この先、どんなに困ったことがあっても、どんなに生活が苦しくなっても、私には一切関係のないことです。」
ホテルのラウンジを後にする。優馬と義母は書類を見つめ、固まったままだった。私の足取りは軽やかだった。長い悪夢から、ようやく解放されたのだ。
朝の7時。私は新しく借りた住居のキッチンで、丁寧にコーヒーを入れていた。豆を引く音、湯を注ぐ音。全てが静かで心地よい。誰にもせかされることなく、自分のペースで朝を迎える贅沢を噛みしめている。スマートフォンには、優馬からの不在着信が47件、義母からの不在着信が23件記録されている。LINEメッセージも合わせて100件以上溜まっていた。これらも全て、既読にせず問答無用で削除した。ただし、最後に届いた優馬からの長文メッセージだけは、好奇心で読んでしまった。
「ゆい、頼む。話を聞いてくれ。会社で左遷された。年収900万に下がった。上司から『家庭管理ができない人間に大きな仕事は任せられない』って言われて、実質戦力外だ。車内でも『奥さんの方が稼いでたのに、見下してた旦那』って笑い物になってる。同僚からの視線が痛くて、居心地が悪くてたまらないんだ。固定費だけで月20万近くかかって、生活がきつい。食費も削らないといけないし、高熱費の支払いも厳しい状況だ。母さんの方はもっとひどい。電気とガス止められて、冷蔵庫も空っぽ状態だ。近所の人たちからも距離を置かれて、外に出るのも恥ずかしいって言ってる。プライドがズタズタに傷ついてるよ。俺が月3万円仕送りしてるけど、俺自身の生活も限界で、これ以上は無理なんだ。お前がいた時は、こんなに大変だとは思わなかった。家計管理も全部お前がやってくれてたから、俺は何も知らなかったんだ。本当に何も分からなくて、毎日が不安で仕方ないんだ。母さんは今でも『あの女のせいで』って言ってるけど、正直俺にはもう分からない。戻ってきてくれとは言わない。でも、少しだけでも助けてくれよ。プライドなんて捨てる。頼むから、まじで生活が成り立たないんだ。」
メッセージを最後まで読んで、私は思わず笑ってしまった。「プライドを捨てる」と言いながら、上から目線で「助けてくれよ」と言っている。しかも、義母は今でも私を恨んでいるらしい。この後に及んで、自分たちの立場を理解していない。それらの情報を聞いても、私の心は全く動かなかった。同情も罪悪感も一切感じない。むしろ「ざまあみろ」という爽快感すら覚えた。彼らが経験している困窮は、全て自分たちの選択の結果だ。私を見下し、私の能力を否定し、私を追い出そうとした結果だ。私は優馬からの連絡を一切無視することに決めた。返信する価値もない。関わる価値もない。
現在の私の生活は、驚くほど充実している。午前10時、企画会議が始まった。Zoomで参加者3名とつながり、新商品のコンセプトについて建設的な議論を交わす。誰も私の人格を否定しないし、アイデアを頭ごなしに否定することもない。全てが論理的で建設的で前向きだ。こんなにも快適な人間関係があったのかと、改めて実感している。ハリネの事業は順調に成長を続けており、4月の売上は350万円、5月は380万円と、月を追うごとに数字が伸びている。顧客満足度も高く、リピート率は80%を超えている。大手化粧品メーカーからの新しい企画依頼では、契約金額が単発で500万円。成果報酬として売上の3%が加算される。うまくいけば、年間で2000万円以上の収益が見込める案件だ。このような大きな案件を任されるまでに成長できたことに、深い満足を感じている。
夕方、私は20階のバルコニーでコーヒーを飲みながら、夕日を眺めていた。遠くには山並みが見え、近くには緑豊かな公園が広がっている。家賃月額25万円の高級マンションに、法人契約で実質無料で住んでいる。結婚生活がこれほど足かせになっていたのかと、改めて痛感している。離婚が成立してからというもの、仕事に集中できる時間が大幅に増え、ストレスからの解放により集中力も格段に向上した。誰かの顔色を伺う必要もなく、自分の判断で全てを決められる自由が、これほど快適だとは思わなかった。来年度の売上目標は年商5000万円、再来年度は年商8000万円を目指すことにした。海外展開も視野に入れている。窓の外では、新緑の街路樹が風に揺れている。新しい季節、新しい人生が始まっている。誰からも縛られず、誰にも軽視されず、誰の顔色も伺わなくていい毎日。私は今、自分で選んだ場所で、自分の意思で生きている。



