部長の嫌がらせで飲み会の幹事を外された。ところが当日、部長が予約した駅前のバルには誰も来ない。俺はあることに気づき、ミキと共に別の計画を進めていた。部長が選んだ高級料亭は、まさかミキの実家だった。会社の金で好き放題した部長は、60万円もの借金を抱えてしまう。その瞬間、俺は一つの選択を迫られた。部長を助けるか、それとも見捨てるか――。 ↓…

部長の嫌がらせで飲み会の幹事を外された。ところが当日、部長が予約した駅前のバルには誰も来ない。俺はあることに気づき、ミキと共に別の計画を進めていた。部長が選んだ高級料亭は、まさかミキの実家だった。会社の金で好き放題した部長は、60万円もの借金を抱えてしまう。その瞬間、俺は一つの選択を迫られた。部長を助けるか、それとも見捨てるか――。 ↓...

「部長、今どちらにいらっしゃるのですか?」
「それはこっちのセリフだよ。お前、幹事のくせになんで会場に来ないんだ?」
「私は部長が予約なさっていた駅前のバルにおりますよ。そちらのお店は、確か10人ほどしかキャパがありませんよね」
「飲み会の話をしたら断るやつも出てきたから店を変えた。予算は50人も5人も一律だからな。豪華な食事ができるぜ」
「そちらの店には、予算からのお支払いはできませんよ。……え、今回の飲み会の趣旨はご存知でしたか?」
「なんだ?」
「社長の還暦祝いと、取引先だった製薬会社との合併を発表する会ですよ。社員は全員、初めに部長が予約されていた駅前のバルに集合しております。もちろん社長と、合併先の製薬会社の社長もです」

俺は佐々木浩司。製薬会社の中堅社員だ。今回、くじ引きで社内飲み会の幹事を引き受けることになった。社員は50人。大きな規模の宴会になるので、会場探しに苦労した。

今回は俺の彼女である山木ミキにも手伝ってもらうことにした。ミキは俺と同じ会社に勤めていて、婚約をしている。車内ではベストカップルと言われている。同時に、車内で一番の剛腕ハートを俺がめているのも事実だ。車内でも日にくられることはあるが、悪意はないので好意的に受け止めていた。

ミキはいろいろな飲食店のことを知っていて、俺にたくさんの情報をくれた。研究職の彼女は薬学部出身なので、大学在学6年間の中でいろいろ楽しんだようだ。彼女の協力によって、駅からのアクセスも良く、若い世代も従業員も食事などで楽しめる店を見つけ、50名の予約を入れることにした。

俺は部長へ予約を入れたことを伝える。俺が在籍する総務部は、社内の広報支援を行う部署だ。人事や経理の他、今回のように飲み会の企画運営なども行う。

「飲み会のお店をここにしました。ご確認ください」
部長である阿久津はかなりの切れ者だが、癖が強くて嫌われているタイプだ。
「ふん。見せてみろ。何?隣の駅前にあるパーティースペースだと?」
「ええ、こちらの依頼に応じて予算内で食事を作ってくれるそうです」
「よし、何でも応じてくれるですよ。この店は階段がないだろう」
「それが何か」
「この店は地下や2階より上に部屋はない。エレベーターも完備されているので、足が痛いという人事課長も大丈夫だとミキと2人で確認した」
「階段がない店だと、途中でとんずらするやつもいるからな。それにお前が予約した店なんか誰が行くかよ」
けけけっと笑いながら、店のパンフレットをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ放り込んだ。
「お前を干すにするとろくなことにならなそうだな」
人を馬鹿にしたような口調で笑い出した。
「俺がとってもいい店を予約しておく。お前は幹事なんて引き受けるんじゃないぞ」

俺にとっては都合の良い申し出だったので、阿久津部長に押し付けようと思った。店の予約をした後の人数を確定させて、費用を支払ってというような仕事中にしなければいけない面倒なことをする必要がなくなる。一緒に幹事を買って出てくれたミキには申し訳ないが、これで俺はお役御免ということでいいようだ。俺は肩の荷が下りて、気持ちを楽に仕事ができるようになった。ちょっとだけ幹事という重責を部長に取られて、残念だなくらいの表情を浮かべておくのが正解だと思う。ミキにはメールで「幹事、首になったってさ」と連絡しておいた。ミキからはわんこが腹を抱えて笑い転げているスタンプが送られてきた。

それから10日ほどが経過した。来週その飲み会があるというのに、50名規模だから早めに店を決めて段取りをつけようと言い出したのは部長なのに。部長は「とってもいい店を予約しておく」と言ったのに、店も何も決まっていないようだ。俺は部長へその後の進捗を伺いに行った。

「ああ、駅前のバルを予約したよ」
なんか上の空といった雰囲気でこのように答えていたが、部長にしてはナイスチョイスだと思う。
「では、お店側と打ち合わせをしてまいりますね」
「おお、任せた」
こういうところは他人任せなのかと俺はため息をついてしまったが、ここからの段取りは結構神経を使うので、俺がやった方が無難だろう。俺は駅前のバルなどへ出向き、調整を行ううちに、重大な事実に気づいたのだ。俺はミキにそれを相談する。

「それはないわよ。ありえない。でも段取りを浩司さんに任せたのなら、どこかで絶対に粗相が起こるわ。どうする?知らなかったふりをする?」
「うん。本当はいけないことなんだけど、この流れから知らなかったふりをするのが得策かもしれない。あちらは多分、浩司さんをはめようとしているんでしょうから、あなたもそれに乗っかりなさいよ」
ミキはいたずらっぽく笑った。
いやいや、ミキはそう言うが、これが失敗したらっていうか、成功してもやばいことになることは目に見えていた。俺は一瞬退職届を準備しようかと思ったが、ミキに部長の動きを探ってもらい、対抗策を練った。

そして飲み会当日。俺は阿久津部長へ電話をかけた。冒頭のやり取りだ。

俺はそれだけを伝えて電話を切った。昨日、部長が予約した駅前のバルに確認の電話を入れたら、予約のキャンセルがあったと伝えられた。ドタキャンで損害が出ますよと店員さんからお叱りの言葉を受けたのだ。迷わず「キャンセルはなし。このまま50人の宴会を引き受けてください」とお願いし、大事には至らなかった。予約が入っていないけど、まさかとミキに探りを入れてもらっていたのだ。

阿久津部長は案の定、本来の飲み会の目的は全く眼中になく、単純に会社の金で飲めるとしか思っていなかったようだ。厚木部長は社員に「飲みに行こうぜ」と誘って回ったが、その日は社長の還暦パーティーがあることをみんな知っていたので断っていた模様。逆に社長がこの会社の式を取ることをよく思っていない連中が、阿久津部長の誘いに乗ったと見られる。

俺とミキは水面下で社員へ個別にメールを送り、「急遽場所を変えて駅前のバルで社長の還暦パーティーを行う」と伝えた。社長へのサプライズがあるため社内外でこの話題は口にしないでほしい。この一文を付け加えたため、阿久津部長や反社長派グループに話が漏れることがなかったのだ。

そうして今ここだ。
「そこの店、居酒屋って言うけどさ、高級料亭『山木』って店よ」
厚木部長たちが飲んでいる店は、ミキの両親が営む料亭だ。カジュアルな居酒屋ではなく料理店だ。
「父に連絡して予約状況を確認してもらったんだけど、会社の予算が使えるから時間の対処、お任せコースを頼んでるわ。それにお取り寄せの幻の大銀杏なんかもオーダーしてる」
「本当に会社の予算が使えたら、これって業務上横領よね」とミキは付け加えた。俺は指折り数える。
「ミキの実家の店のお任せコースって、最低1人3万円からだろ。それにサービス料と税は別料金。うわ、反社長派のおじさんたちはケチで有名だからな。会社の予算が降りない、請求書払いができないとなると、どうなるんだろうな」
顔面蒼白の阿久津部長は、反社長派メンバーにどうこの事実を伝えるんだろうな。俺はそう思いながら会の進行を始めた。

社長の還暦パーティーは滞りなく進み、サプライズと称した会社の受付に飾る新しいモニュメントのお披露目も無事に済んだ。我が製薬会社が買収を行い、合併をする会社の社長と社長夫人も来場し、和やかな雰囲気で会を得ることができた。

そして月曜日。憔悴した阿久津部長が出社する。そして35万円もの領収書を机の上に出し、経理伝票を作成し始めた。俺が部長へ電話を入れた時には、すでに料亭での飲み会は始まっており、1本3万円以上もする大銀杏が1本からになった直後だったそうだ。事情は知らぬまま「会社のお上品なご予約だから」と、大将であるミキの父親は市場の仕入れを頑張り大奮発したという。そして酒によったおじさんたちは、コンパニオンのお姉さんたちまで呼んでしまったらしい。

食事代35万円。コンパニオン召喚5万円、プラスお車代で6万円。経理の事務が「それは経費では落とせません」とガチ切れしていた。

会社合併による人員整理も始まり、該当者に早期退職を勧告し始めた。反社長派の4人は早期退職対象者としてピックアップされており、それを断った4人は当然、配置転換へ回される。給料も待遇もこれまでの水準の半分近く減らされてしまうため、結果的に阿久津が俺たちを罠に落とし入れたということになり、反社長派の4人に疎まれることになったのは言うまでもない。50万円近くの飲食代などは一括現金払いを迫られた。会社の金で飲み食いしていると思い込んでいるおじさんたちに助けを求めることができなかったらしい。

阿久津部長は近くの無人契約でカードローン契約をしてなんとか支払いにこぎつけたが、ローンの契約書が自宅に届き、その金額に奥さんがびっくりしたようだ。無人契約で60万円もお金を借りていたのだから、飲食代なんかを支払った後、パチンコ店で残金を投入し全て溶かして帰ってきたそうだ。

一応、総務部長の席はそのまま残してもらえたが、家庭を壊しかけていると同時に社内の一部勢力を敵に回してしまい、阿久津部長自身も立場が危なくなった。元々は俺に恥をかかせるために仕組んだことだったのに、自分が恥をかいてしまったのだ。阿久津部長の俺に対する風当たりがまた1段と強くなってしまった。USBメモリを隠す、書類をシュレッダーにかけるなど、今時の会社員がやらないような陰湿なことをするようになった。俺はバックアップデータを残していたし、元々シュレッダー行きの書類だったので助かっているのだが、やることがあさますぎて俺は何度か人事に相談をしていた。

するとついに事件は起こってしまったのだ。

「副社長の宿泊先を予約したのは佐々木君だったよね」
「はい。ご指示通りに山手の温泉旅館へ、1名様特別室を1部屋」
「ところが予約は受けてないって追い返されそうなんだよ」
「え、本当ですか?」
俺は慌てて山手の温泉旅館へ電話を入れた。支配人に変わってもらい、予約の履歴を確認したら、先週の木曜日に俺は確かに山手の温泉旅館へ予約を入れていた。そしてつい昨日、男性の声で予約の取り消しがあったという。予約受付係が名前を確認しようとしたら、副社長の名を名乗って電話が切れたという。俺は顔から血の気が引くという状況を初めて経験した。本当に、耳元で音がするかのように血流が逆流したような気がするのだ。

副社長は合併前の製薬会社の社長で、今日は取引のために出張していて、宿泊先としてこの旅館を指定していたのだ。一体誰が、まさか副社長が宿なしになってしまう。
「副社長がしょぼくれた温泉に宿泊するなんて、会社として恥ずかしいですよ」
「え、今何て言いましたか?」
「山手の温泉旅館なんて、Fランクよりも隠れた、あるだけマシなホテルでしょ。やばいから私の方で宿泊先を変えておきましたよ」
「なんだって?」
俺は阿久津部長の胸倉を思わず掴んでしまった。慌てて社長が間に入り、俺を止める。社長が俺の背中をトントンと優しく叩き、落ち着かせてくれた。
「あそこの駅前にできた超高級ホテルのスイートを予約していますよ。ラグジュアリーなホテルですから、お疲れを癒していただけることでしょう」
「阿久津君、お前はバカなのか?」
今度は社長が逆上するターンを作ってしまった。ドヤ顔の阿久津部長は、俺と社長がなぜ怒っているのか分かっていない。我が社の社員なら、なぜ山手の温泉旅館を副社長が指定したのか事情を知っている。合併前の社員はもちろん、親となる我が社の社員も全員だ。
「だってわざわざ山奥まで移動するよりも、駅前に宿泊した方がいいでしょう。ああ、温泉はホテルにはありませんけどね。ふかふかのベッドで眠れるじゃないですか」
「あそこはな、今回の取引先の社長のご家族が経営しているんだ。これがFランクよりも隠れた、あるだけマシな旅館なんかじゃない。お上品様御用達の、唯一無二の温泉旅館なんだよ」
「その、よかれと思って」
「違うでしょ。俺を困らせるために、勝手に書類を見て予約を取り消したんでしょ」
俺が睨みつける。他の社員たちも阿久津部長を冷ややかな目差しで見据える。
「だからか、今回の取引は失敗したと連絡が来たんだよ。これでジェネリック薬の供給が3年も遅れてしまうことになったんだ。会社としては大損害ですよ。副社長がご尽力くださって、ここまで信頼関係を築いてきた取引先だったのに」
阿久津部長はようやく事態を把握したようだ。
「駅前のラグジュアリーな超高級ホテルのスイートルームの予約って、費用を支払っているんでしょうか?」
「もちろん、何せ1泊30万円だからな。20%の費用を支払っている」
俺は経理社員にその時の経理伝票を確認してもらう。
「こちらは無効です。会社からの支出は認められませんよ」
「費用なんて出せねえよ」
「今なんて言った?」
「この間の飲み会で負担した60万円の返済ができなくて、裁判所からその……」
「それとこれとは関係ないでしょう。今回、しょぼくれた温泉宿から豪華なホテルに変更して、費用がもらえたらいいなと思いまして」
「そんなんで費用をくれる会社じゃねえぞ」
そこまで言って俺は慌てて両手で自分の口を抑えてしまった。
「妻は呆気れて家を出て行ってしまって、今回の裁判所からの令状で妻に離婚を言い渡されてしまって……。っていうか、先月作った60万円の借金で裁判所から通知っておかしいですよね」
阿久津部長は俺の一言で膝を折って崩れてしまった。数年前から借金を続けていて、350万円に膨れ上がってしまったんだ。そんなことだろうとは思っていた。それは会社で助けることができないし、それよりも横領などの可能性が否定できなくなってしまった。

俺は取引先の会社へお詫びの電話を入れ、営業部の社員を取引先へ派遣し、取引交渉してもらえるように手配をした。副社長には近くのビジネスホテルを取り、そちらへ宿泊してもらう。阿久津部長の件は即座に調査委員会を立ち上げて、不審な経理伝票がないか調べるよう指示した。社長は阿久津部長に自宅待機を命じた。
「この家は妻への慰謝料として売却しまして、家を借りようと思っているのですが審査が厳しくて……。漫画喫茶やネットカフェを点々とするホームレス状態だというのです」
「悪いが、そんな社員を救済できる余地はないよ」
社長が吐き捨てるように言ったため、阿久津はもう首が回らなくなってしまったようだ。それでも勤続26年というので、退職金が欲しければ早期退職だな。でも早期退職も良しとされなかった。5回、150万円の不正処理と思われる経理伝票が出てきてしまい、阿久津さんの早期退職は叶わないようだった。

それで俺はと言うと、次期総務部長として指名を受け、36歳にして管理職となった。婚約していたミキと入籍を果たし、共に歩んでいく。お互いに忙しさを目の前にした結婚だが、ミキはさらに研究職に没頭できると意気込んでいる。仕事中心の結婚生活になったが、それもまた楽しめる要素ではないだろうか。

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