妻のふさ子が亡くなってから、そう一の生活は静かに崩れ始めていた。毎朝仏壇に手を合わせ、庭の柿の木を眺める。そんな日常の裏で、兄の家の固定資産税を肩代わりしたことが、思わぬ連鎖を生んでいた。ある日、役所から届いた特定空き家の指定通知。そこからすべてが加速した。差し押さえ、年金の差し止め、預金の減少。11月、コンビニのATMで残高不足の表示を見た。赤いエラー光と「残高不足」の文字。400円を下ろせなかった。これまでの人生で聞いたどんな音より、そのエラー音が長く耳に残った。
ガスは止まった。電気も危うかった。そう一は台所の電気ポットで湯を沸かし、洗面器に移して体を拭いた。寒い朝ほど湯はすぐに冷める。それでも毎朝欠かさず続けた。清潔でいることが、残された唯一の誇りだった。電気ストーブは6畳の間に置き、そこから離れないように過ごした。食事も掃除もすべてその部屋で済ませた。11月の年金はまた同じように差し引かれ、残高はほぼゼロ。カレーと卵と醤油で何とか1ヶ月を乗り越えた。12月に入り、寒さが増す。そう一は机の前に座り、紙に選択肢を書き出した。分割納付はもう破綻している。兄の家を売る相手はいない。取り壊すには300万かかる。最後に残ったのは、自分が住んでいるこの家を売ることだった。ふさ子と暮らした家。子供が生まれ育った家。仏壇のある家。30年分の暮らしが染み込んだ家を、手放すしかない。
翌朝、そう一は地元の不動産業者に電話をかけた。翌日、30代半ばの藤巻という男性が訪ねてきた。スーツはきちんと着こなし、靴も磨かれている。そう一は事情を包み隠さず話した。兄の家のこと、特定空き家の指定、追徴税、差し押さえ、残高。藤巻は途中で一度も遮らず、手帳に書きながら静かに聞いていた。話し終えると、藤巻は「難しい状況ですね。ただ、解決策がないわけではない」と言った。この家を買い取る。ただし市場価格よりは低くなる。代わりに兄の家の解体費用と残税を買い取代金から直接処理する。手元に残るのは差し引き後の金額。多くはないが、借金が膨らむことはなく、行政手続きから完全に解放される。公営住宅への入居申請の手伝いもできると言う。そう一は少し間を置いて「わかりました」と言った。藤巻は驚いたように「もう少し考える時間が必要ではないですか」と聞いたが、そう一は首を振った。「もう十分考えた」と。それは本当だった。あの紙に選択肢を書き出した瞬間から、答えは決まっていた。自分に認めるまでに数日かかっただけだ。
手続きは年内に動き始めた。年が開けてすぐに完了する見込みだという。そう一は少しずつ荷物を整理した。運べるものだけを選んだ。衣類が入ったダンボール1箱。食器の必要最低限が1箱。書類のファイルが1箱。そして仏壇の仏具一式。仏壇そのものは運べない。新しい部屋が15平米に満たないと聞いた時、直感的に理解した。あの幅90センチの仏壇は置けない。それを考えたのは一度だけで、それ以上は考えないようにした。考えると動けなくなるからだ。12月23日、引き渡しの日。朝から曇り空で、昼前には白いものがちらつき始めた。雪だった。静岡の平野部に雪が降るのは珍しい。そう一は3箱のダンボールを玄関先に出し、もう一度家中を回った。机の引き出しをすべて開けて確認した。台所の冷蔵庫は空で、電源も抜いてある。寝室の押入れの布団は置いていく。最後に6畳の間に戻り、電気ストーブのコードを抜いた。赤い光が消えて、部屋が一回り暗くなった。仏壇の前に座り、観音扉を開いた。遺影を取り出して布に包む。位牌と、ふさ子の写真。香立てと小さな線香を袋に入れ、あらかじめ用意していた小さなダンボール箱に納めた。これが4つ目の箱だ。仏壇の扉を閉め、その表面をそっと撫でた。木の感触が冷たい。この仏壇はふさ子の両親が用意したものだ。運び込まれた日のことを覚えている。黒い光沢が眩しかった。あれから何年になるだろう。毎朝その前に座り、ほとんど何も言わずに手を合わせ続けた。その積み重ねが、この木の中に少しでも残っているだろうか。そう考えたが、もう仕方ないと思い直した。
昼過ぎ、藤巻がトラックで来た。若い男性が一人、手伝いとして連れてこられた。ダンボール4箱を荷台に積む。そう一は玄関の鍵を藤巻に手渡した。藤巻は両手で受け取り、深く頭を下げて「お世話になりました」と言った。そう一も頭を下げ、「よろしくお願いします」と言った。トラックが走り出す前、そう一は一度だけ振り返った。玄関の戸が閉まっている。ポストがある。表札がある。「黒」という文字が入った表札。ふさ子があまり目立たない方がいいと言ったから、プラスチックのものから木製のものに変えた。木は少し色あせていて、文字の溝に苔が少し生えていた。そう一は前を向き、トラックの助手席に乗り込んだ。藤巻がエンジンをかける。車が動き出した。窓の外は見なかった。一度振り返ったことで十分だと思った。
公営住宅は市の中心部から路線バスで20分ほどの場所にあった。複数の建物が並ぶ団地で、どれも同じ形をしている。案内された部屋は3階の4階。エレベーターはない。ダンボール4箱を階段で運ぶのに3往復かかった。手伝いの若い男性が黙って運んでくれた。そう一も自分の足で運んだ。部屋は1DKで、小さな台所とユニットバス、廊下に洗濯機置き場がある。床はクッションフロア、壁は薄いクリーム色。窓を開けると向いの建物のコンクリートの壁が見えた。空は見えない。雪はまだ降り続いていた。藤巻と手伝いの男性が帰った後、そう一は部屋の真ん中に立った。ダンボール4箱が壁際に並んでいる。電気は藤巻が事前に手続きしてくれたらしく、スイッチを入れると蛍光灯がついた。白い光が狭い部屋の隅々を照らした。台所の棚を確認すると、電子レンジが備え付けである。古いものだが動くと言われていた。その上に小さな場所が開いている。そう一は4つ目のダンボール箱を開けた。布に包んだ位牌を取り出した。写真の額も。香立てと線香も。それらを電子レンジの上に並べた。位牌を真ん中に、写真をその隣に立てかけ、香立てを手前に置いた。線香を1本立て、火をつけた。細い煙が立つ。そう一は電子レンジの前にしゃがんで手を合わせた。狭い台所では、しゃがむと頭が棚の縁に届きそうだった。仏壇ではない。扉もなく、飾り棚もなく、引き出しもない。ただ位牌と写真と香立てが電化製品の上に乗っているだけ。それでも、ふさ子がそこにいることは変わらないとそう一は思った。それが慰めなのか言い訳なのか、区別はつかなかった。そう一はしゃがんだまま目を閉じた。今日のことを何も言わなかった。家を売ったという言葉は出てこなかった。言わなくても分かっているはずだという気がした。ふさ子はあの家のことを誰よりもよく知っている。庭の柿の木に水をやるのを欠かさなかった人。換気扇の音が変わると業者に電話していた人。縁側で日当たりを確かめながら洗濯物を干していた人。その人が、今ここにいる自分を知らないはずがない。深く息を吐いた。鼻の奥に線香の匂いがある。ユニットバスの換気扇が低い音を立てている。廊下の向こうから、隣の部屋の誰かがテレビをつけている音がかすかに届く。壁が薄いと藤巻が言っていた通りだ。
12月の午後の光はあっという間に落ちる。窓の外がいつの間にか暗くなっていた。雪がまだ降っているかどうか、窓を開けて確かめる気力はなかった。そう一はダンボールから薄い布団を1枚取り出し、3畳の部屋に敷いた。電気ストーブの代わりに、この部屋には小さなセラミックヒーターがある。スイッチを入れるとすぐに温風が出た。以前のストーブより音が静かだ。台所で湯を沸かし、持ってきたほうじ茶を湯のみに入れた。湯のみは前の家から持ってきたものだ。縁にほんのわずか欠けがある。ふさ子が割りかけて、そのまま使い続けているうちに欠けた。捨てる気になれなかったものの一つ。そう一は湯のみを両手で包んで3畳の部屋に戻り、布団の上に座った。お茶を飲んだ。温かい。小さな窓の向こうに、向かいの建物の灯りが見えた。いくつかの窓にはカーテンがかかり、人影が動いているものもある。そう一と同じように、ここに住んでいる人たちだ。それぞれの事情があって、それぞれの夕方を過ごしている。そう一はその灯りをしばらく眺めた。行政の書類から解放されたという事実が、今夜初めて実感として胸に届いた。追徴税もない。差し押さえもない。来月の年金は、今度こそ自分の口座に残る。兄の家は業者が解体する。すべての因果が、この引っ越しで断ち切られた。それは間違いない。しかし、断ち切ったものの重さが軽くなったのか、重くなったのかはまだ分からない。借金がなくなった。しかし家もなくなった。仏壇もなくなった。あの庭の柿の木も、縁側の物干し竿も、書斎の机も、縁のかけた茶碗を置いていたあの台所の棚も、すべてなくなった。残ったのはダンボール4箱分の自分。68年生きて、4箱になった。それが多いのか少ないのか、そう一には判断できなかった。
お茶を飲み干して湯のみを床に置いた。布団の上で足を伸ばし、横になった。天井が低い。前の家の天井より確実に低い。そのせいか、部屋全体が自分のすぐそばにある感じがする。圧迫感とは少し違う。むしろ、包まれているような感覚に近い。目を閉じた。台所の方から線香の匂いがまだ届いている。煙が残っているのか、匂いだけが残っているのか、区別はつかない。セラミックヒーターが温風と共に低い音を立て続けている。隣の部屋のテレビの音が壁越しに遠く聞こえる。その音の中で、そう一は静かに横たわっていた。追い詰められたと思った。しかし同時に、ここまで来たとも思った。その二つは矛盾しているようで、胸の中では矛盾していなかった。追い詰められて、ここまで来た。それがすべてだった。あの薄い封筒から始まって、市役所の番号札、藤田の丁寧な声、七里の視線、コンビニのエラー音、郵便局の通帳、ハードオフの査定表、電話の向こうの山手線の音、そして今夜の向かいの灯り。それらが一本の糸で繋がって、今この布団の上に収束している。誇りはもうない。あった場所は分かる。胸の中央のやや下辺り。長年かけて固めてきたものが、そこにあった。今はもうない。しかし、失くして何かが崩れたかと言うと、そうでもない。ただ軽くなったとも言えない。空っぽになったという言葉が一番近いか。誇りが消えた後に残ったのは、何もない空間ではなく、何もないことそのものだった。そう一は目を閉じたまま深く息を吸った。狭い部屋の空気が肺の中に入ってくる。線香の匂いと、古い畳の匂いと、コンクリートの建物特有の乾いた冷たい匂いが混ざっている。それを吐き出し、また吸う。繰り返しているうちに、意識がだんだん薄くなってきた。眠りに落ちる直前、頭の中に何かの音が戻ってきた。ガタンゴトンという電車の振動音。あの電話の向こうで聞こえた音だ。その音が今夜はなぜか優しく、穏やかに聞こえた。責めているわけでも、悲しませているわけでもない。ただ、ある場所から別の場所へ向かって走っている。その事実の音だった。どこかへ向かっている。それだけのことだ。そう一は眠った。雪がまだ降っているかどうか確かめないまま。向かいの建物の灯りが一つ消え、また一つ消えていくのを見ないまま。深くはない眠りだったが、途中で目が覚めることはなかった。夜明けまで静かに眠り続けた。この小さな部屋の中で、そう一は日本という社会の片隅に、音もなく目を覚ましていた。



