「給料上げないと全員やめる」
そう言って、新入社員のボス的存在である佐々木が、全員分の退職届を差し出してきた。俺は宮本、30歳。高卒で入社して12年目の総務部主任だ。久しぶりの新入社員研修の担当を任されたが、たった3日で疲れ果てていた。12人の新入社員、全員が一流大卒なのに、常識がなさすぎる。
初日、佐々木が「スーツなんて堅苦しくて着てらんねえ」と上着を脱ぎ始め、他の連中も続いた。注意すると「おっさん、細かいこと言うなよ」とおっさん呼ばわり。資料を配って説明を始めると、全員が雑談し、スマホをいじり出す。「ノートにメモを取ってください」と言えば「ノート? どんな時代だよ」と笑われる始末だ。
2日目、清掃をさせると「エリートが掃除? 冗談だろ」と不満たらたら。掃除道具も雑に投げ捨てていく。3日目、パソコンでの資料整理。雑談しながら適当にこなす態度。休憩時間になると、スマホの着信音が鳴りっぱなしだ。
あまりの態度に俺は直属の田中部長に相談へ行った。すると、衝撃の事実を知らされる。
「内密にしていたんだが、あの12名は俺の大学時代の同窓の親御さんの子供たちなんだよ。就職先を頼まれてな」
いわゆるコネ入社だったのだ。俺は呆れながらも、これは許せないと判断した。防犯カメラの映像を社長に見せると、社長は激怒。「これはひどい。全員首だ」と即決した。
そして4日目の朝。営業部に挨拶回りに行き、会議室へ戻った瞬間、佐々木が退職届を集めて俺の前に突きつけた。
「会社の規則が厳しすぎる。給料を上げないと全員やめる。これ、受け取って」
俺は一言だけ放った。
「本当に残念な話だが、そもそも君たちは研修期間中に首になってますが」
瞬間、12人の顔が真っ青になった。「首? どういうことだ!」と騒ぎながら全員が総務部へ走り、田中部長に詰め寄る。田中部長が慌てふためく中、社長が現れ、退職届を預かり、「自主退職してくれてありがとう」と全員を追い出した。佐々木たちは背中を丸めて帰っていった。
しかし、翌日からが本当の騒動の始まりだった。朝から田中部長の席の電話が鳴りっぱなし。新入社員たちの親御さんからの電話だ。午後には親御さんの数人が直接会社へ乗り込んできて、「田中部長を呼べ!」と受付で叫び始めた。俺は事前にスマホで防犯カメラの動画を録画しておき、社長に渡した。
社長が受付に現れ、親御さんたちに研修中の動画を見せた。そこには、上着を脱ぎ、雑談し、スマホをいじり、掃除を雑にこなす子供たちの姿が映っている。
「このようなマナーもない新入社員は、こちらからお断りしようかと思っていたところです。退職届は確かに預かりました。お引き取りください」
社長の言葉に、親御さんたちは土下座して謝り始めた。「今からどこも面接してくれないんです。なんとかお願いします!」と懇願するが、社長は「業務妨害になります。お帰りください」と一蹴した。親御さんたちも背中を丸めて帰っていった。
その後、社長は田中部長に向き直り、烈火のごとく怒った。「当社ではコネ入社は禁止しておる。田、お前は規則を破った。今すぐ広格処分だ。平社員からやり直せ」
田中部長は額に汗を流しながら、デスクを静かに片付け、平社員の席へ移動した。後に聞いた話では、給料が下がり、奥さんにも離婚されたそうだ。あの12名の新入社員たちも、新しい就職先が見つからず、いまだにアルバイトをしているらしい。
一流大学を出ていても、社会人としてのマナーがなければ何にもならない。俺はそう痛感した。
そんな中、社長が俺の履歴書をもう一度見てくれたらしい。「絵を書くことが好きだと書いてあるな」と、海外からの広告デザインの仕事を任せてくれることになった。俺は幼馴染のケトも社長に紹介し、一緒にデザイン企画を担当することに。そのデザインはクライアントに認められ、俺とケトは企画部の部長と課長に昇進した。
今、俺たちは好きなことを仕事にできて、毎日充実した日々を送っている。あの3日間の研修がなければ、今の自分はなかったかもしれない。そう思うと、あのクソみたいな新入社員たちにも、少しだけ感謝したくなった。



