俺は飯田覇斗、27歳。7年前まで藤山徹部長の下で働いていた。あの男はいつも部下を見下し、特に俺の学歴を馬鹿にしては雑用ばかり押し付けていた。仕事を終わらせられないと毎日のように怒鳴られ、残業続きの日々。自信を失いかけたこともあった。
ある日、藤山部長に呼び出された。いきなり「お前、大学出てないんだってな」と言い放たれた。ちゃんと卒業していると伝えても、「そんな底辺大学は高卒と同じだ」と怒鳴られ、そのまま解雇を言い渡された。抗議しても聞く耳を持たず、悔しさだけが残った。
それから7年。俺は友人に誘われて起業し、副社長まで昇り詰めていた。取引先の山崎商事が主催する懇親会に出席した時、まさかの再会が待っていた。藤山さんが同じ会場にいたのだ。
彼は俺を見るなり「なんでここにいるんだ」と不審者扱い。山崎社長が挨拶に来た途端、「社長、こんな底辺大学卒がいますよ」と指をさして笑い出した。俺がどれだけ無能だったかを声高に語り始める。耐えかねて「今はあなたの部下でもありません。見下した言動はやめてください」と伝えると、逆上した藤山さんはワイングラスを掴み、俺に中身を浴びせかけた。
「底辺野郎にはお似合いだな」とゲラゲラ笑う彼に、山崎社長が怒鳴った。「彼を誰だと思っているんだ!」
驚く藤山さんに、山崎社長は続ける。「飯田君はとても優秀な副社長なんだぞ。君は何も分かっていない」
実は、解雇された後、中学からの友人・川辺に誘われて一緒に会社を立ち上げた。俺は大学こそ家の事情で諦めたが、高校は県内トップの進学校だった。大学では時間を作って知識を詰め込み、それが今の評価につながっている。山崎社長は「うちに引き抜きたいぐらいだ」と言ってくれた。
信じられないと連呼する藤山さん。彼は7年前の俺の働きぶりを事実を歪めて話し始めた。でもそれは、1時間では到底終わらない仕事を渡されていただけのこと。彼が自分の仕事を押し付けていたから、自分だけ早く帰れていたのだ。
山崎社長は静かに告げた。「あなたの行動は本社の社長に伝えておきます。それに、ワインをかけるのは暴行罪です。被害届けを出しましょう」
慌てる藤山さんを無視して、俺は警察署へ向かった。被害届は受理され、藤山さんは罰金刑に。スーツの弁償と慰謝料も請求した。事件を聞いた彼の会社の社長は、日頃の勤務態度の悪さや部下へのいびりの証言もあり、彼を解雇した。
その後、藤山さんは慰謝料地獄に陥り、妻にも見放されて離婚。58歳で職も失い、パートで細々と暮らしているそうだ。貯金も尽き、周りに人は誰もいない。やっと後悔しているらしいが、手を差し伸べる者はいない。
この経験から、俺は地位に奢らず、人を大切にすることの大事さを再確認した。藤山さんの行動を反面教師にして、これからも会社を大きくするために努力し続けるつもりだ。
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