部長に三日かけて作った資料を、彼女はゴミ箱に捨ててコーヒーをかけた。「高卒なんて雇うからダメなのよ。無能。あんたなんて社員として認められない」と言い放ちながら。その場では何も言い返せず、「じゃあ帰りますね」とだけ言って去った。でも、その後ろ姿を見ながら、俺の中で何かが固まっていくのを感じていた。これはもう、辞めるだけでは済まない。今度は俺が彼女を思い知らせる番だ。翌朝、俺は辞表を抱えて部長室…

部長に三日かけて作った資料を、彼女はゴミ箱に捨ててコーヒーをかけた。「高卒なんて雇うからダメなのよ。無能。あんたなんて社員として認められない」と言い放ちながら。その場では何も言い返せず、「じゃあ帰りますね」とだけ言って去った。でも、その後ろ姿を見ながら、俺の中で何かが固まっていくのを感じていた。これはもう、辞めるだけでは済まない。今度は俺が彼女を思い知らせる番だ。翌朝、俺は辞表を抱えて部長室...

「無能が作った資料はゴミね。」

新しく来た女部長に頼まれて作った相談資料を持っていくと、彼女はパラパラとめくって鼻で笑った。そして、そのままゴミ箱に投げ込み、上からコーヒーをかけた。

茶色に染まっていく資料を見て、息を飲む。一生懸命作ったのに。

「やっぱ高卒なんて雇うからダメなのよ。無能。あんたなんて社員として認められない。会議は社員だけで十分ね」

腹の底から怒りが湧き上がる。見下され、仕事を押し付けられ、もう我慢の限界だった。でも、ここで言い争っても何もならない。

「分かりました。俺は社員じゃないと。じゃあ帰りますね」

この後、巻き起こる波乱の展開を見届けてほしい。

俺の名前は幸村サト。38歳の会社員だ。Tシステムズという企業向けソフトを開発する会社で、エンジニアとして働いている。前から課長というポジションを任され、張りのある毎日を送っていた。

開発部の仕事は忙しかったが、部下もついてきてくれた。周りにも支えられていた。ただ、一つだけ引け目があった。この会社には大学の工学部を出た人がほとんどなのに、俺は高卒で採用されている。

高卒なのには家庭の事情があった。両親は離婚し、母子家庭で育った。母は体が弱くてあまり働けず、家計はずっと苦しかった。高校では理系の特進コースに進み、成績も良かったが、大学進学は諦めた。

そして、思い切ってフリーのエンジニアとして働き始めた。プログラミングが元々好きだった。最初は小さな案件ばかりだったが、少しずつ成長していく。

21歳になった頃、エンジニア仲間からTシステムズの話を聞いた。社長は学歴より実力を重視するタイプで、入社したら恵まれた環境で開発に打ち込めるらしい。フリーランスの安定しない働き方に限界も感じていた。人と関わるのも好きだったから、会社で働いてみたいと思った。

こうして採用試験を受けた。結果、トップクラスの成績で入社が決まった。社長の田村氏との面談ではこう言われた。

「君は随分優秀なエンジニアのようだね」

「社長、ありがとうございます。僕は大学も出ていないのに、採用していただけて本当にありがたいと思っています」

「学歴などは仕事に何の関係もないんだ。君のこれからに期待しているよ」

こんな素晴らしい社長の元で働ける。そう思っていた。

入社してからは、当時の課長が俺に目をかけて評価してくれた。入社10年目で主任に昇進し、開発以外にもマネジメントを任されるようになる。37歳になった頃、部長に推薦されて課長に任命された。

課長ともなると、開発だけでなく、打ち合わせに出たり、お客様と会ったりもする。プライベートの時間は減ったが、やりがいはあった。部下たちも信頼してついてきてくれている。

そしてある日。新しく部長がやってきた。取引先から引き抜かれて来たらしい。女性で、バリバリのキャリア組だと聞いた。最初は誰もがいい人だと思っていた。でも、彼女はすぐに本性を見せた。

ある日、彼女に呼ばれた。

「ねえ、この資料作ってくれる?新人研修用のやつ」

「かしこまりました」

俺は三日かけて、丁寧に資料を作り上げた。会社のデータをまとめ、図も入れて分かりやすくしたつもりだった。必要な情報はすべて網羅した。

だが、彼女はそれを見てこう言った。

「無能が作った資料はゴミね」

そして、ゴミ箱に捨てて、コーヒーをかけた。

「やっぱ高卒なんて雇うからダメなのよ。無能。あんたなんて社員として認められない。会議は社員だけで十分ね」

会議からも外すつもりらしい。俺は怒りで震えたが、ここで感情的になるのは得策ではない。冷静になれ、と自分に言い聞かせた。

「分かりました。俺は社員じゃないと。じゃあ帰りますね」

そう言って、その場を離れた。

翌日から、彼女の嫌がらせはさらにエスカレートした。会議から外すだけでなく、俺の仕事をすべて取り上げ、掃除やコピー取りなどの雑用ばかりさせるようになった。

部下たちも困惑している。

「課長、どうしてこんなことに…」

「大丈夫だ。気にするな」

でも、俺はもう限界だった。このまま黙って耐え続けるのか? 俺は何も間違ったことをしていない。逆に、ここまで会社に貢献してきたつもりだ。

いや、耐える必要はない。俺には武器がある。長年の経験と、築き上げてきた人脈。それに、何よりあの社長がいる。社長は学歴よりも実力を重視すると言っていた。もしこの事実を知ったら、きっと何とかしてくれるはずだ。

俺は社長に会いに行くことを決めた。

だが、その前に――俺は携帯を取り出し、ある人物に電話をかけた。以前、取引先でお世話になった人だ。今は独立して、自分の会社を経営している。

「もしもし、幸村です。ちょっと相談したいことがありまして…」

「おお、幸村君か!久しぶりだな。いいぜ、いつでも来いよ」

その日の夜、俺は彼のオフィスを訪れた。そして、この数週間の出来事をすべて話した。

彼は腕を組んで、しばらく考え込んでいたが、やがて口を開いた。

「うちに来ないか?うちにはお前さんの能力が欲しいんだ。ここで鼻っ柱を折られるより、俺のところで働けよ。もちろん、待遇は今より良くするぜ」

俺は迷った。長年勤めた会社を辞めるのは、やはり抵抗がある。でも、このまま居続けて、あの女部長に侮辱され続けるのは我慢ならなかった。

それに、この苦しい状況は何かのきっかけになるかもしれない。俺がここで立ち上がれば、同じように苦しんでいる他の社員の助けにもなるかもしれない。

俺は決意した。

「お言葉に甘えます。お世話になります」

「よっしゃ!決まりだな!明日、辞表を出してこい!」

次の日、俺は会社で辞表を書き、部長室へと向かう。ノックをして中に入ると、あの女部長がいた。

「何か用?無能くん」

「辞表です。ここに置いておきます」

彼女は辞表を見て、面白そうに笑った。

「あら、辞めるの?ようやく自分が無能だって自覚したのね?おめでとう。これで社員の質も上がるわ」

「…言いたいことはそれだけですか?」

「ええ、あなたと話すことはもう何もないわ。さっさと出て行ってちょうだい」

俺は何も言い返さず、そのまま部屋を出た。最後に彼女に言ってやりたいことはたくさんあったが、今は言うべきではない。これから始まることを、彼女に思い知らせてやる。

俺は自分のデスクに戻り、荷物をまとめ始めた。部下たちが心配そうに近づいてくる。

「課長、本当に辞めてしまうんですか?」

「ああ。新しい道が決まったんだ。心配するな。お前たちはしっかりやれよ」

「でも、課長の代わりなんて…」

「俺のことはいい。それより、お前たちがここで頑張ることが大事だ。いいな?」

部下たちは、目を潤ませながら頷いた。俺は彼らの顔を見て、胸が熱くなった。

「それから、もし何かあったら、いつでも連絡してこい」

俺は名刺を置いて、会社を後にした。外の空気はさわやかだった。

――そして数日後、俺はその男の会社で働き始めた。やはり、ここは居心地がいい。自分の能力を活かせる場所に来たな、と実感できた。

一方、元の会社では、あの女部長による派閥作りが横行していた。俺を辞めさせたことで、彼女はさらに好き放題やっているらしい。しかし、それも長くは続かなかった。

ある日、社長が取引先との会食で、俺の名前を聞いた。彼はすぐに俺に連絡を取り、真実を知った。

社長は大激怒し、女部長を即座に解雇した。そして、俺に謝罪と復帰の要請をしてきたのだ。

「幸村君、私の見間違いだった。君に戻ってきてほしい」

しかし、俺は首を横に振った。

「社長、ありがとうございます。ですが、私はもうここには戻れません。今の会社で自分らしく働けています」

「…そうか。いや、それは残念だ。だが、君の選択を尊重しよう」

こうして、俺の長い戦いは終わった。あの女部長は、会社に居場所を失い、業界からも評判が広まって、どこにも雇ってもらえなくなったそうだ。

俺は今の会社で、エンジニアとしても、人としても、さらに成長している。あの侮辱がなければ、ここに来ることはなかったかもしれない。人生の転機は、思いがけないところにあるものだ。

だが、もしまたあんな奴に出会ったら、俺はもう何も遠慮はしない。今度はきちんと立ち向かってやる。もう、誰にも蔑まれはしない。

Thumbnail