「間違いは君の方じゃないのかな?君は漬け物さえも食べる価値のない人間だよ。」 高級寿司店の個室で、突然放たれたその言葉に、私は箸を止めた。相手は中学時代、私を「貧乏人」と笑っていた同級生だった。彼が今、私の前で土下座している。私はかつて見下されていた人間だ。だが今、その彼の会社の命運は、私の手の中にある。 「お前が自分を認めなかったのは分かる。でも、人を馬鹿にした代償は払ってもらうよ。」…

「間違いは君の方じゃないのかな?君は漬け物さえも食べる価値のない人間だよ。」 高級寿司店の個室で、突然放たれたその言葉に、私は箸を止めた。相手は中学時代、私を「貧乏人」と笑っていた同級生だった。彼が今、私の前で土下座している。私はかつて見下されていた人間だ。だが今、その彼の会社の命運は、私の手の中にある。 「お前が自分を認めなかったのは分かる。でも、人を馬鹿にした代償は払ってもらうよ。」...

「間違いは君の方じゃないのかな?君は漬け物さえも食べる価値のない人間だよ。」
高級寿司店の個室に、冷たく鋭い声が響いた。実家が貧乏だった俺を「かっぱ巻きで十分」と笑っていた同級生の顔が、みるみる青ざめていく。

「本当に申し訳ございませんでした。お願いします。許してください。」
必死に言い訳を繰り返す彼だったが、最後には土下座して謝罪する羽目になった。
「お前は自分が何をしたか分かってるのか?取引がなくなったらうちはおしまいだぞ。そんなことも分かってなかったのか。」
激怒する上司の前で、涙目になりながら謝罪を繰り返す同級生の姿は哀れでしかなかった。だが、これも全て自業自得だ。いくらいい学歴を持ち、大手の会社に入ったとしても、人としての最低な行いは許されない。そのことを彼は40代半ばという年齢になってようやく学んだ。あまりにも大きな後悔と共に。

俺の名前は佐藤サト。地元の工業高校を卒業後、ずっと同じ会社で土木作業員として働いている。現在は45歳になり、部下もでき、現場責任者も任されている。
俺の実家は町工場を経営していた。工業高校に行ったのも実家で働くためだったが、高校1年生の時に倒産した。幼い頃から経営状態は悪かったのだ。

貧乏だと同級生からよく馬鹿にされていたのを覚えている。幼いながらも貧乏であることは自覚していたが、それでも俺は頑張って働く両親のことを尊敬していた。毎日汗をかいて必死に働く父さんの姿や、それを支える母さんの姿をずっと近くで見ていたからだ。だからこそ同級生に馬鹿にされることは本当に悔しかったし、何も言い返せず悲しい思いもした。それでも俺は実家の町工場で父さんのように働くことが夢だった。

工業高校に進学した後に倒産してしまい、夢は叶えられなくなったが、俺の気持ちは前向きだった。工業高校での勉強が生かせる仕事に就こうと決めたのだ。そこで知ったのが土木作業員としての仕事。自分の仕事が形になって残るところが、俺にとってすごく魅力的に思えた。

そして無事に今の会社に就職することができた。決して大きな会社ではなかったが、「土木作業ならここ」と言われるほど地元の建築業界では有名な会社だ。長年勤めている間に社長も変わり、今の社長は俺が高校卒業してすぐの頃に面倒を見てくれていた人。たくさん怒られたこともあったが、今では俺を信頼してくれており、現場責任者を任せてくれている。

「サト、お前はもう責任者なんだから。きちんとみんなに指示できる人になれ。今のままじゃまだお前を次期社長にはできないぞ。」
いつからか社長は、俺を次期社長にしたいと考えていることを話してくれた。言葉はきつく、この年になっても怒られることはある。だが、それだけ期待してもらえていることが本当に嬉しかった。お客様の要望に答えながら、作業員に無理をさせないように——大変なことも多い。しかし、いつかはお客様にも他の作業員にも信頼される社長になれるよう、日々努力している。

そんなある日、兄貴から食事に行かないかと誘われた。
「お前が初めて現場責任者を任されたあの寿司屋に行こう。」
初めて現場責任者を任されたのは、高級寿司店の建築現場だった。俺にとっては結構背伸びした店だが、せっかく兄貴が誘ってくれたのだからと行くことにした。兄貴とは今でもたまに会って、お互いの仕事の話をするなど良好な関係だ。昔から頭が良くて何でもできる兄貴のことを、俺は尊敬していた。今は精密部品を作る工場を経営している。

その日、俺は仕事終わりに兄貴と待ち合わせをして、高級寿司店の暖簾をくぐった。個室に通され、出てきた料理はどれも絶品だった。
「サト、最近の現場はどうだ?」
「ああ、まあ順調だよ。新しい案件も入ってきてるし、社長にも信頼してもらえてる。」
「そうか。お前がここまで成長するとはな。母さんも喜んでるぞ。」
兄貴の言葉に、自然と笑みがこぼれた。俺たちは昔話に花を咲かせながら、美味い寿司を味わっていた。その時だった。

「おい、見ろよ。あれ佐藤サトじゃねえか?」
隣の個室から聞こえてきた声に、俺は箸を止めた。
「本当だ。貧乏だった頃の面影そのままだな。かっぱ巻きしか食えなかったくせに、こんな高級な店に来るなんて場違いだろ。」
「まあ、今でも中身はかっぱ巻きレベルだろ。高級寿司なんて味も分かんないんじゃね?」
笑い声が聞こえてくる。俺はその声に聞き覚えがあった。中学時代、毎日のように俺を貧乏だと馬鹿にしていたやつらだ。今は名前も覚えていないが、あの頃の屈辱が鮮明に蘇ってくる。

「サト、どうした?食えてないじゃないか。」
兄貴が心配そうに声をかけてくる。
「いや、なんでもない。ちょっと昔のことを思い出してただけ。」
俺は気にしないようにしようと、目の前の寿司に手を伸ばした。しかし、向こうの声はどんどん大きくなっていく。
「そういえば、ここの店の建設に携わったらしいぞ。あの佐藤が。工事現場の責任者だってよ。」
「はっ、下請けの現場監督のくせに偉そうに。土方がどれだけの金もらえてるんだか。」
「どうせまた借金でもあって、必死になってるんだろ。」
笑い声がさらに大きくなる。俺の手が震え始めた。今すぐ立ち上がって、あの頃の仕返しをしてやりたい——だが、俺は抑えた。ここで騒いだら店に迷惑がかかる。それに、大人になった今となっては、あの頃のことを気にする自分が情けない。

「サト、聞こえてるんだろ?」
突然、兄貴が静かな声で言った。
「ああ……まあな。」
「お前、よく我慢してるな。俺がお前の立場だったら、もうとっくに殴り込んでる。」
兄貴の言葉に、俺は苦笑した。
「殴ったところで、昔のことは変わらないしな。」
「それでもお前はよくやってる。今のお前は、あいつらが働いてる会社の取引先の現場を仕切ってんだぞ。誇っていいんだ。」
兄貴の言葉が胸に染みた。俺は少しだけ、気持ちが軽くなった。

だが、その数日後。俺のもとに舞い込んだのは、思わぬ知らせだった。
「サトさん、急な話ですが、来月から新しいプロジェクトの総括を任せたいと思っています。」
社長からそう言われたのだ。内容を聞いて、俺は驚いた。それは、同級生が働いているという大手ゼネコンの本社ビル建設プロジェクトだった。俺が仕切ることになる現場、その相手の会社は——昔、俺を馬鹿にしていたあいつらが勤めている会社だ。

「どうした?嫌な顔して。何か問題でもあるのか?」
「いや……そんなことはないです。やらせてください。」
俺は引き受けた。偶然かもしれない。だが、もしかしたらこれは運命なのかもしれない。あの頃、俺を見下していたやつらが、今度は俺の現場で働くことになる——その事実が、少しだけざわざわとしたものを胸に生んでいた。

そしてプロジェクトが始まり、初日の顔合わせの日。会議室に入った瞬間、俺はあの中学時代の記憶と向き合うことになった。
「本日からこのプロジェクトの総括を務めます。佐藤サトです。よろしくお願いします。」
俺が名乗った瞬間、室内の空気が凍った。向かい側の席に座っていた男たち——あの日、寿司屋で笑っていた同級生たちが、青ざめた顔で固まっていた。

「あ……ありえないだろ。お前が、総括だって?」
一人の男が、震える声で言った。
「おい、失礼だぞ。こちらの方針で進めさせてもらう。」
俺が事務的にそう言うと、彼らは何も言い返せず、ただ俯くしかなかった。その光景を見て、俺は昔の自分のことを思い出していた。あの頃、何も言い返せなかった少年の姿が、今ここに重なる。だが、俺はもうあの頃の俺ではない。

「俺は仕事をきちんとやる。それだけだ。過去のことは関係ない。」
そう言って、俺は会議を進めた。だが、二人の男はその後もずっと落ち着かない様子だった。会議が終わると、一人の男が俺のもとに駆け寄ってきた。
「佐藤さん……本当にすまなかった。あの時は俺たちが悪かった。許してくれ。」
土下座する男の顔には、深い後悔の色があった。だが、俺はただこう言った。
「もういいよ。俺は許すとか許さないとか、そういうことは考えてない。ただ、俺はここで仕事をするだけだ。」
そう言って、俺はその場を離れた。背中に向かって、何度も謝罪の声が聞こえてきたが、俺は振り返らなかった。

それから数日後、現場で思わぬ問題が起きた。資材の納品が遅れ、工程が大きく遅れることが判明したのだ。原因を調べると、あの同級生の一人が発注ミスをしていたことが分かった。
「どうする気だ、佐藤さん。このままだと納期に間に合いません。」
部下が焦った声で報告してくる。俺は考える。ここで彼を責めるのは簡単だ。だが——
「切り替えよう。別のルートで資材を手配する。俺が上に掛け合う。」
俺はすぐに動いた。社長に状況を説明し、別の資材会社を紹介してもらい、なんとか工程を取り戻した。その結果、プロジェクトは無事に進んだ。

プロジェクトが終わった後、あの同級生から連絡があった。
「佐藤さん。あの時は本当に助かりました。俺たち、ちゃんとお前を認めます。お前の方が、ずっと偉い人間だ。」
その言葉に、俺はただ静かに頷いた。胸のつかえが、少しだけ下りた気がした。

数年後。俺はこの会社の社長に就任した。工事現場の責任者から、会社を背負う立場になった今でも、俺は初心を忘れない。あの日、寿司屋で笑われた日。工業高校で必死に勉強した日。倒産した実家のこと。それら全てが、今の俺を作っている。
「社長、今日も現場を見に行かれますか?」
「ああ。現場は現場で見ないと分からないことがあるからな。」
俺はヘルメットを被り、いつもの現場へと向かった。

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