「あんたがやったんでしょう。何をですか?知らばっくれるんじゃないわよ。り子の足を折るように誰かに頼んだんでしょう。それにこの顔、自分が見にくくて、り子が綺麗で寝たままでいるからって、顔を火傷させるなんてどういう神経してるの?」
母の言葉が頭にこびりついて離れなかった。目の前には、足をギプスで固定され、顔に大きな傷を残した姉・り子がベッドに横たわっていた。包帯の隙間から見える傷は痛々しくて、私は怒りで震える母をまっすぐ見返して、ため息をついた。
「はあ……私はそんなことしませんよ」
「嘘よ。おっしゃい!」
母は私の話なんて一切聞こうとせず、携帯電話を取り出して警察を呼ぶと脅してきた。私は強がって「どうぞ、お好きに」と返した。本当に困ってなんかなかった。
その時、突然姉が母に言った。「だめ、呼ばないで」
「なんでよ」と母が問い返すと、姉は「いいから、呼ばないで」と繰り返すだけだった。
私は半田直子。二十三歳の新米社会人。地味な見た目と控えめな性格で、毎日家と会社の往復を繰り返す。結婚願望なんてなかった。
家族は、美人で有名な母、姉のり子、そして父の四人家族。父は私と姉を分け隔てなく愛してくれた。けれど母は昔から、綺麗な姉ばかりを可愛がっていた。クリスマスや誕生日には姉が最新のおもちゃやお洒落な服をもらい、私はそのすべてを、両親のいないところで姉に奪われてきた。
幼い頃の私は、姉に嫌われたくない一心で、姉の望むものは何でも渡してきた。たまに一人で泣いているところを父に見つかって、父は私を抱きしめてくれた。姉も父の前だけは、私に謝ってくれた。
けれど成長するにつれて、姉は母の性格をどんどん受け継いでいった。気がつけば、母と同じように高圧的な態度で私を責めるようになっていた。父は仕事で不在がちで、私は母と姉に虐げられる生活の中で、自然と結婚も将来も諦めていた。
高校を卒業して家を出た。一人暮らしは快適で、人生で一番楽しい時期だった。
そんな生活が二年続いた頃、姉が同僚と結婚した。姉の夫・介さんは何度か会ったけど、私が苦手とするタイプで、あまり関わらないようにしていた。
翌年、父に癌が見つかった。早期発見で手術をして退院できたけれど、父はすっかり弱ってしまった。心配になった私は、一人暮らしの家を解約して、実家で父の看病をすることに決めた。
そこから私の地獄のような日々が始まった。母は私に父の看病を押し付け、自分は買い物や外食の毎日。姉夫婦はたまに実家に来ては「ご飯を用意しておいて」「部屋を片付けておいて」と、私をこき使うだけだった。
どんなにひどい扱いを受けても、父の部屋で過ごす時間だけは穏やかだった。父が私の支えだった。けれど、そんな父も長くはもたなかった。
看病を始めて半年後、父は亡くなった。葬儀の日、悲しみの中で私は親戚に挨拶をしながら、すべてを一人で取り仕切っていた。
「なおこ、しっかりね」
「ありがとうございます」
そう言ってくれる人もいた。悲しみはあったけれど、葬儀は滞りなく進んだ。
そして今、父が亡くなって間もないのに、私は姉を傷つけた容疑をかけられている。しかも、姉は警察を呼ばれるのを拒んだ。なぜ?一体、何が隠されているの?
私は母にも姉にも知られていない、あることを知っている。それを知ったとき、私はこの家にいる意味を完全に見失った。——そして、私はひとつの決断を下そうとしていた。



