義理の娘から「お母さんはもう済みですから、いつまでも私たちを見つけないでください」と言われた時、私は言葉を失いました。息子のためだけに積み立ててきた500万円も、勝手に全て解約されていました。愛する息子に「縁を切る」と言われた瞬間、私の人生は真っ暗になりました。しかし一年後、かつて私を切り捨てた息子が突然、新しい家族を連れて現れて…。息子の幸せを願う気持ちと、裏切られた悲しみの間で、私はどう…

義理の娘から「お母さんはもう済みですから、いつまでも私たちを見つけないでください」と言われた時、私は言葉を失いました。息子のためだけに積み立ててきた500万円も、勝手に全て解約されていました。愛する息子に「縁を切る」と言われた瞬間、私の人生は真っ暗になりました。しかし一年後、かつて私を切り捨てた息子が突然、新しい家族を連れて現れて…。息子の幸せを願う気持ちと、裏切られた悲しみの間で、私はどう...

息子の妻から「お母さんはもう済みですから、いつまでも私たちを見つけないでください。死んだ人のことでグダグダ言わないで」という言葉を聞いた瞬間、け子さんの心は凍りつきました。

66歳の中谷け子さんは、まさか自分の息子からこんな言葉を投げかけられる日が来るとは思ってもみませんでした。

け子さんは7年前に夫をなくし、息子の直さんだけが家族でした。直さんは優しく真面目な性格で、夫が亡くなった時も「母さんを守る」と言ってくれていました。

その言葉を信じて、け子さんは息子夫婦を心から支え続けてきたのです。

しかし現在、け子さんに息子からの連絡は一切ありません。息子夫婦が住むマンションの鍵も返却し、息子のために7年間毎月積み立てていた500万円の預金も全て解約されています。

そして最終的に、け子さんは息子にこう告げました。「あなたはもう私の息子ではありません」

愛する息子がなぜ豹変してしまったのか。そして、け子さんがなぜ断固として縁を切る決断をしたのか。

築かれてきた家族の絆であっても、時には自分の尊厳を守るために立ち上がらなければならない時があるのです。

け子さんの人生は決して恵まれたものとは言えませんでした。しかし、夫の正尾さんと息子の直さんと過ごした日々は、何者にも代えがたいものでした。

正尾さんは町工場で働く真面目な職人でした。給料は決して多くありませんでしたが、家族のために一生懸命働いてくれる優しい夫でした。

け子さんも小学校の教師として働きながら家計を支えていました。

「お疲れ様、けこ。今日も遅くまでありがとう」

仕事から帰った正尾さんはいつもけ子さんをねぎらってくれました。

そして息子の直さんも両親の愛情をたっぷり受けて育ちました。勉強熱心で素直な性格の直さんは、両親の自慢の息子でした。

「お母さん、僕が大きくなったらお父さんとお母さんを守るからね」

小学生の頃、直さんがそう言ってけ子さんに抱きついてきた時のことを、け子さんは今でも鮮明に覚えています。その純粋な瞳と温かい笑顔は、け子さんの心の支えでした。

3人家族の生活は決して裕福ではありませんでしたが、愛情に満ちた温かい毎日でした。正尾さんは休日になると直さんを公園に連れて行き、キャッチボールをしたり、一緒に釣りに出かけたりしていました。け子さんは手作りのお弁当を持たせて2人を送り出すのが楽しみでした。

直さんは高校を卒業すると地元の大学に進学しました。経済的な理由で県外の大学は諦めましたが、直さんは文句一つ言わず、むしろ「家から通えるから家族と一緒にいられて嬉しい」と言ってくれました。

「直は本当にいい子に育ったね」

正尾さんは息子を見つめながら、よくけ子さんにそう言っていました。確かに直さんは親思いの優しい青年に成長していました。大学時代もバイトをして家計を助け、将来は安定した職業について両親を安心させたいと語っていました。

しかし、幸せな日々は突然終わりを告げました。

それは7年前の秋のことでした。正尾さんが59歳の時、職場で突然胸を押さえて倒れたのです。急いで病院に搬送されましたが、急性心筋梗塞でした。懸命な治療も虚しく、正尾さんはそのまま帰らぬ人となってしまいました。

「父さん、父さん!」

病院のベッドで静かに眠る正尾さんの手を握りながら、直さんは涙を流しました。当時23歳だった直さんはすでに大学を卒業して会社員として働いていましたが、父親の突然の死は大きなショックでした。

け子さんもまた、最愛の夫を失った悲しみに打ちのめされました。40年近く連れ添った伴侶を失うということは、想像を絶する辛さでした。夜中に目が覚めて、隣にいるはずの正尾さんがいないことに気づくたびに、胸が締めつけられるような思いでした。

しかし、そんな母親の姿を見て、直さんは決意を新たにしました。

「母さん、僕が父さんの分まで母さんを守るから」

直さんはけ子さんの手を握りながら、強くそう言いました。その言葉にけ子さんは涙があふれて止まりませんでした。夫を失った悲しみは深いものでしたが、息子の優しさがけ子さんの心の支えになりました。

それからけ子さんと直さんの2人暮らしが始まりました。直さんは仕事から帰ると、必ずけ子さんの顔を見て「母さん、今日はどうだった?」と声をかけてくれました。休日には一緒に買い物に行ったり、2人で故郷の墓参りに行ったりもしました。

け子さんは思いました。この子さえいれば、私は大丈夫。夫を失った悲しみはあるけれど、それでもまだ幸せだ、と。

そうして月日が流れ、直さんが28歳になったある日、彼は一人の女性を家に連れてきました。それが美咲さんでした。

美咲さんは当時26歳で、直さんの会社の同僚でした。綺麗でしっかりした印象の女性で、初対面のけ子さんにも丁寧に挨拶をしてくれました。け子さんは初め、美咲さんに良い印象を持ちました。直さんが選んだ相手ならきっと良い人に違いない、と思ったのです。

「母さん、美咲と結婚したいんだ。了承してもらえないだろうか」

直さんがそう言った時、け子さんは心から嬉しく思いました。自分の人生も、これから新しい家族が増えて、もっと豊かになるかもしれない。そう思ったのです。

「もちろんよ。おめでとう、直」

け子さんはそう言って、息子の結婚を祝福しました。そして直さんは美咲さんと結婚し、2人は新しくマンションを借りて生活を始めました。

け子さんは息子夫婦の新しい生活を心から応援していました。何か困ったことがあれば力になりたいと思っていたのです。しかし、美咲さんは嫁としてというより、け子さんと距離を置こうとする態度が見られました。

「お母さん、お義母さんにはあまり干渉しないでほしいの。私たち2人の生活があるから」

美咲さんは結婚してしばらくしてから、け子さんにそう言いました。け子さんはショックでしたが、若い2人の生活があるのだから、それが普通かもしれないと思い、距離を置くことにしました。

しかし美咲さんの態度は次第にエスカレートしていきました。け子さんが息子夫婦のマンションを訪れると、美咲さんは嫌な顔をしました。呼んでもいないのに来られると困る、と直接言われたこともありました。

それでもけ子さんは我慢しました。直さんが幸せなら、それでいい。そう自分に言い聞かせていたのです。

直さんも最初のうちは、美咲さんとけ子さんの間で板挟みになっていました。

「美咲、母さんにそんな言い方をしないでくれ」

直さんはそう言ってくれることもありました。しかし、美咲さんの影響力は日増しに強くなっていきました。

そしてある日、直さんがけ子さんに言ったのです。

「母さん、これからは俺たちの生活に干渉しないでほしい。美咲が望んでいるんだ」

その言葉を聞いた時、け子さんの心は深く傷つきました。愛する息子が、自分の妻の言葉をそのまま伝えている。け子さんは何も言い返すことができませんでした。

それでも、け子さんは息子を思っていました。直さんが幸せなら、それでいい。自分のことは我慢しよう、と。

孫が生まれた時も、け子さんは心から喜びました。直さんから「母さん、赤ちゃんが生まれたよ」と連絡があった時、け子さんは病院に駆けつけました。初めて孫の顔を見た時、け子さんの涙が止まりませんでした。

「可愛いね。本当に可愛い。直にそっくりだね」

け子さんがそう言うと、美咲さんは無表情のままでした。その時は、産後で疲れているのだろうと思いました。しかし、その後も美咲さんのけ子さんに対する態度は変わりませんでした。

「お義母さん、勝手に家に来ないでください。子どもを連れて実家に帰ることもありますが、それは私たちの都合で決めることなので、お義母さんが指示しないでください」

美咲さんはけ子さんが孫に会いたいと言うたびに、こう言って拒否しました。

け子さんは悲しかったけれど、美咲さんの気持ちを考えようと努めました。若いお母さんは自分のやり方で子育てをしたいのだろう。自分から干渉しすぎるのは良くない、と思ったのです。

そしてある日、直さんが突然、け子さんの家に来ました。顔色が優れませんでした。何かあったのだろうか。そう思っていると、直さんが切り出しました。

「母さん、俺たち、新しく家を建てることにしたんだ」

「ああ、そうなの。それは良かったね。どこに建てるの?」

け子さんがそう尋ねると、直さんは言いました。

「新築の家は、美咲の実家の近くに建てることにしたんだ。それで、母さんには…」

直さんはそこで言葉を止めました。そして、思い切ったように続けたのです。

「母さんには、しばらく会わないでほしい。美咲が、母さんと距離を置かないと、私たちの家庭がうまくいかないって言っているんだ」

け子さんは、自分が何か悪いことをしたのかと思いました。何か美咲さんを怒らせるようなことをしただろうか。しかし心当たりはありませんでした。

「直、私は何か悪いことをしたかしら?」

け子さんが尋ねると、直さんは視線をそらしました。

「母さんは何も悪くない。でも、美咲が…。俺たちの家庭を優先させたいんだ」

直さんの言葉は、け子さんの心を深くえぐりました。息子にとって、自分はもう邪魔な存在なのか。そう思うと、涙が止まりませんでした。

「わかったわ。お母さんは、あなたたちの邪魔をしないようにするから」

け子さんはそう言うのが精一杯でした。

それからしばらく、け子さんは連絡を待っていました。しかし、直さんからの連絡はありませんでした。電話をかけても、出ないか、留守電になっているか。メッセージを送っても、既読がつくだけで返事はありません。

そして、ある日。直さんから一通の手紙が届きました。

「母さん、しばらく連絡をしなくてごめん。実は、美咲があまり母さんと会いたがらなくて、俺もどうしたらいいかわからなくなっている。しばらく距離を置きたい。そうしてほしい」

その手紙を読んで、け子さんの目から涙があふれました。息子が、自分から距離を置きたいと言っている。信じられませんでした。

それでもけ子さんは息子を思い続けました。直さんが幸せなら、それでいい。自分は身を引こう、と思ったのです。

しかし、それからもけ子さんは息子夫婦のことを気にかけていました。気づけば、孫の成長も、息子夫婦の生活も、何も知らないまま時間が過ぎていきました。

そして、け子さんはある決心をしました。息子のために、何かできることはないだろうか。昔のように、少しでも力になれたら。そう思ったのです。

け子さんは、息子夫婦が住むマンションを訪ねることにしました。会えるかどうかわからなかったけれど、せめて孫の顔だけでも見たいと思ったのです。

呼び鈴を押すと、しばらくしてドアが開きました。そこに立っていたのは、美咲さんでした。

「あら、お義母さん。どうしてここに?」

美咲さんは冷たい口調で言いました。け子さんは緊張しながらも、精一杯の声で言いました。

「ごめんなさい。急に来てしまって。孫の顔を見たくて。直にも会えればと思って」

すると美咲さんは、少し間を置いてから言いました。

「お母さんはもう済みですから、いつまでも私たちを見つけないでください。死んだ人のことでグダグダ言わないで」

け子さんは一瞬、何を言われたのかわかりませんでした。

「死んだ人のこと?」

「ええ、お父さんのことですよ。お義父さんが亡くなったのはもう7年も前のことです。いつまでも過去を引きずって、私たちにまでその悲しみを押し付けないでください」

美咲さんの言葉は鞭のようにけ子さんの心を打ちました。

「私は… 私はお父さんのことを…」

け子さんの言葉はそこで途切れました。何と言えばいいのかわからなかったのです。

それから美咲さんは続けました。

「それに、直は今、仕事が大変なの。あなたがちょいちょい連絡をしてくるから、直がストレスを溜めているんです。もう関わらないでください」

その言葉を聞いた時、け子さんの胸は張り裂けそうになりました。息子がストレスを溜めているのは、自分のせいだと言われたのです。

「私が… 直に、ストレスを…」

「そうですよ。もういいでしょう?そろそろ身を引いてください。私たちは私たちの生活があるんです」

美咲さんはそう言うと、ドアを閉めようとしました。その瞬間、け子さんは叫んでいました。

「直に会わせて!直に直接話をさせて!」

しかし、ドアは冷たく閉ざされました。

け子さんはその場に立ち尽くすしかありませんでした。涙が止まりませんでした。息子に会いたい。ただそれだけなのに。

その後、け子さんは何度も電話をかけました。しかし、直さんは出ませんでした。ようやく一度だけ、直さんが電話に出たことがありました。

「直、お願い。一度でいいから、会って話をさせてくれない?」

け子さんがそう言うと、直さんは沈黙しました。しばらくして、絞り出すような声で言いました。

「母さん。もう、無理だよ。美咲が…」

「美咲が何て? 直、あなたは本当にそれでいいの?」

「母さん、ごめん。俺は…」

そこで直さんは言葉を止めました。

「俺はもう、どうしたらいいのかわからないんだ」

その声は泣いているようでした。け子さんは思わず言いました。

「直、お母さんはあなたを責めているんじゃないの。ただ、あなたが幸せなら、それでいいの。でも、どうしてこんなことになったの?」

「…美咲が、母さんと縁を切れって言うんだ」

直さんの言葉に、け子さんは絶句しました。

「縁を…切れ?」

「そう。美咲が、母さんと縁を切らなければ、離婚するって言ってるんだ。俺は…俺は美咲を選んだんだ」

け子さんはその言葉を聞いて、何も言えませんでした。息子は、自分と妻の間で妻を選んだのです。

「わかったわ。直。あなたがそう決めたのなら…」

け子さんはそこまで言って、言葉を飲み込みました。

「母さんは、あなたにとって一番大切なものではなかったのね」

「母さん、違うんだ! 俺は…!」

直さんは言いかけて、また言葉を止めました。

「…もういいわ。直。お母さんはもう引っ込むから。あなたと美咲さんと、赤ちゃんを大事にして」

け子さんはそう言って、電話を切りました。受話器を置いた時、涙が止まりませんでした。息子に縁を切られた。その事実が、心を引き裂くように痛みました。

それから数週間後、け子さんのもとに書類が届きました。それは、直さん夫婦が住むマンションの権利に関する書類でした。直さんは、自分名義のマンションを売却するための書類を送ってきたのです。そこには、け子さんが息子のために積み立てていた預金が使われていることが記されていました。

け子さんは、息子のために毎月積み立ててきたお金を、すべて解約されていました。息子夫婦の生活の足しにと思って貯めてきたお金です。それが、息子の意思で全て引き出されていたのです。

「直、どうして…」

け子さんは呆然としました。しかし、もはや何も言えませんでした。息子は完全に、自分との縁を切る決断をしたのです。

それでもけ子さんは、まだ息子を思い続けていました。息子に会いたい。孫に会いたい。ただそれだけでいい。そう思い続けていました。

しかし、ある日、け子さんは決心しました。このままでは自分がダメになってしまう、と。

「私はもう、息子を追いかけるのはやめる。息子には息子の人生がある。私は私の人生を生きる」

け子さんはそう言い聞かせました。そして、息子への連絡を一切断ちました。家の鍵も返却しました。預金の解約手続きも完了しました。

そうして、け子さんは静かに新しい生活を始める決意をしました。

しかし、その時はまだ知らなかったのです。これは、ある日突然、あの日見た光景によって、け子さんのその決意が揺らぐことになるとは。

ある日、け子さんがスーパーで買い物をしていた時、ふと見覚えのある背中が目に入りました。急ぎ足でその背中を追いかけると、それは直さんでした。

直さんは、ベビーカーを押しながら歩いていました。その隣には美咲さんがいました。3人は楽しそうに笑っていました。

け子さんは、その場に立ち尽くしました。息子はとても幸せそうでした。妻と子どもと一緒に、笑顔で歩いています。自分がそこにいなくても、息子は幸せなのです。

け子さんの目から涙がこぼれました。しかし、その涙は哀しみだけではありませんでした。どこか、安堵の気持ちもあったのです。息子が幸せなら、それでいい。本当に、それでいいのだと。

け子さんはそのまま、静かにその場を離れました。息子の幸せを見届けた。それで十分でした。

しかし、その帰り道、け子さんの心に、ふと何かが引っかかりました。さっき見た光景。何かが、おかしい。

け子さんは足を止めて、さっきの光景を思い返していました。直さんと美咲さんは、まあ、それなりの距離感で歩いていました。それは恋人でも、夫婦でもない、何か他人行儀な感じでした。それに、直さんの笑顔。あれは、心から笑っているような笑顔ではありませんでした。何か、無理に作っているような笑顔でした。

あれが、本当の直なのだろうか。け子さんの心に、そんな疑問が浮かびました。

その夜、け子さんのスマートフォンに一通のメッセージが届きました。それは、何年も音信不通だった直さんからでした。

「母さん。明日、話したいことがあります。時間をもらえませんか?」

け子さんは、そのメッセージを何度も読み直しました。息子から、話したいことがある。それは一体、何なのでしょうか。

け子さんの心は、期待と不安で揺れ動きました。息子に会いたい気持ちは山々でした。しかし、その一方で、また何か辛いことを言われるのではないか、という不安もありました。

それでも、け子さんは会うことに決めました。息子と会って、話を聞くことにしました。それが、母親としての自分の役目だと思ったのです。

翌日、け子さんは約束の場所に向かいました。そこには、どこか憔悴した様子の直さんが立っていました。

「母さん、来てくれたんだ」

直さんは、どこかほっとしたような表情で言いました。

「直、どうしたの?何があったの?」

け子さんが尋ねると、直さんは少し間を置いて、重い口を開きました。

「母さん。俺…、美咲と離婚することにしたんだ」

け子さんは、その言葉を聞いて、息をのみました。

「離婚?どうして…」

「…母さんに縁を切れって言ったの、本当は俺の本心じゃなかったんだ。美咲に言われて、言うしかなかった。美咲が、母さんと縁を切らなければ離婚するって言ったから…。でも、それも全て、俺の弱さだったんだ」

直さんの声は震えていました。

「俺は、美咲に言われるがまま動いてた。自分で考えずに。美咲の言うことをなんでも聞いてれば、家庭が上手くいくと思ってた。でも、違った。美咲は俺をコントロールしてたんだ。俺の家族を、母さんを切り離させて、自分だけのものにしようとしてた」

「直…」

「母さん、ごめん。本当にごめん。俺は…、母さんにひどいことをした。捨てるように、母さんを切り離した。取り返しがつかないことをしたってわかってる。でも、俺は…」

直さんは言葉を詰まらせて、涙をこぼしました。

け子さんは、目の前で泣く息子を見て、胸が締め付けられる思いでした。しかし、同時に、怒りが湧いてくるのも感じていました。

「直、あなたは…。どれだけ私を苦しめたか、わかっているの?」

「わかってる。すごくわかってる。母さんを無視して、連絡もせずに、預金も解約して。縁を切るとまで言って。俺がしたことは、決して許されることじゃないって、わかってる」

直さんはそう言って、さらに涙を流しました。

それから直さんは、真実を話し始めました。美咲さんが、直さんにけ子さんと縁を切らせた理由。それは、け子さんに使われるお金を、自分たちのために使いたかったからだということ。そして、美咲さんは自分の親を優先し、直さんの家族を切り離すことで、直さんを自分の思い通りにしようとしていたこと。

「俺は、美咲に言われるがまま社員旅行に行くこともできなかった。自由になるお金もなかった。友達と会うことすら制限されてた。今思えば、あれは虐待みたいなものだったんだ」

直さんの告白を聞いて、け子さんは複雑な気持ちになりました。息子は、自分が思っていた以上に辛い思いをしていたのでしょう。しかし、それでも、け子さんへの仕打ちは許されるものではありません。心のどこかで、まだ許せない自分がいました。

「直、お母さんは…、あなたを許すことはできない」

そう言った瞬間、直さんの顔は一瞬で青ざめました。

「母さん、そんな…。俺は…」

「あの日、あなたが私に言った言葉を忘れたの?『お母さんはもう済みですから』と美咲に言われた時、私は何も言い返せなかった。そして、あなたは私を切った。私はあの日、一瞬で息子を失ったのよ。それは、あなたの言葉ひとつで、私の心の中であなたが死んだのと同じことだった」

け子さんの目からも涙がこぼれました。

「直、あなたは私にとって、何よりも大切な宝物だった。夫を亡くして、あなただけが私の支えだった。なのに、あなたは私を切り捨てた。理由が何であれ、あなたが私たちの縁を切ったことは事実よ」

「母さん…」

「今さら、戻りたいと言われても、私はあなたを信じることができない。あなたがまた、誰かの言葉に惑わされて、私を裏切るかもしれないと思うと、怖くて仕方ないの」

け子さんは、自分の心の内を話しました。目の前で泣き崩れる息子を見て、胸は痛みました。しかし、許せないものは許せない。そういう気持ちがありました。

直さんは、しばらく泣き続けていました。やがて、涙を拭いて立ち上がりました。

「母さん、わかった。無理に許してもらおうとは言わない。今回のことは、俺が自分で背負っていく。俺が母さんを縁切ったんだ。その結果に責任を持つ」

直さんはそう言って、深く頭を下げました。

「それでいいの。直。あなたはあなたの人生を生きなさい。お母さんは、これからは一人で生きることを選んだんだ」

け子さんはそう言って、その場を立ち去りました。

息子に背を向けて歩き出した時、け子さんの心は、悲しみと安堵が入り混じっていました。息子と深い絆で結ばれていた過去。それを自ら断ち切った今、後に残るのは大きな喪失感だけでした。

しかし、それでも前に進まなければならない。け子さんはそう思いました。

その日から、け子さんは心機一転、自分の人生を生きることにしました。趣味的なことに挑戦してみたり、友人と旅行に出かけたり。少しずつ、自分の人生を取り戻そうとしていました。

そして、あれから1年が経ったある日でした。け子さんの家に、一通の手紙が届きました。差出人は、直さんでした。封を開けると、そこには一枚の写真と短い手紙が入っていました。

写真には、直さんと、まだ小さな子どもが写っていました。直さんは、子どもを抱きかかえて微笑んでいます。その横には、かつて美咲さんとは違う、穏やかな笑顔の女性が立っていました。

手紙には、こう書かれていました。

「母さん。あれから色々あって、俺は新しい人生を歩み始めています。新しいパートナーと、子どもと一緒に暮らしています。この手紙を書くのが、精一杯の今の正直な気持ちです。いつか、母さんに会える日が来たら、その時は、ちゃんと話をしたいです。それまで、どうかお元気で」

手紙を読み終えて、け子さんはしばらく間を置きました。そして、写真を一枚、そっとテーブルの上に置きました。

「直…」

け子さんは、つぶやきました。しかし、声は出ませんでした。何と言えばいいのか、わからなかったのです。

け子さんの心は、揺れていました。息子が新しい幸せをつかんだこと。それは、祝福すべきことかもしれません。しかし、かつて自分は、息子に裏切られた。その傷は癒えていません。手紙を読んでも、素直に喜べない自分がいました。

家に帰り、リビングのソファに深く腰かけました。その時、ふとテーブルの上にある物が目に入りました。それは、夫の正尾さんの名前が刻まれた小さな写真立てでした。その隣に、直さんの写真も並べてありました。

「正さん。あなたが生きていたら、どうしたかしら」

け子さんは、心の中で夫に問いかけました。正尾さんは、きっとこう言ったでしょう。「息子が帰ってきたなら、許せばいいじゃないか。家族だもの」と。

しかし、け子さんは、自分がそうすることができないことをわかっていました。

正尾さんは正尾さん。自分は自分。許すも許さないも、自分自身が決めることです。

け子さんは立ち上がり、写真立てに向かって言いました。

「私は、私の人生を生きるの。直の幸せを祈ることだってできる。でも、知らない顔はできない。私の人生を、誰かの思い通りにはもうさせない」

その夜、け子さんのスマートフォンが鳴りました。画面には、直さんの名前が表示されていました。け子さんはしばらく迷いましたが、電話に出ました。

直さんは、少し緊張した声で、こう言いました。しかし、その先をけ子さんが聞き届けることはありませんでした。電話の向こうから、子どもの泣き声が聞こえてきたからです。

「あ、母さん。ごめん、子どもの声で切るね。また、こうやって話せたらと思う」

直さんは慌てた様子で言い、電話を切りました。け子さんの手は、受話器を握ったまま固まっていました。

電話は、ものの数秒で終わってしまいました。会話と呼べるほどの話もできませんでした。それでも、け子さんは、息子の声を聞けたことが、少し嬉しく感じている自分に気づきました。しかし、それと同時に、胸の奥に何か引っかかるものも残りました。

こうして、け子さんはこれからも、自分の人生を歩み続けていきます。けれど、息子との縁は、まだ完全に切れたわけではありません。いつかまた、向き合う日が来るのかもしれません。それまで、け子さんは自分自身を抱きしめながら、静かに暮らしていくでしょう。

Thumbnail